第10話 化け狸
「へー、最近そんなことがあったのか」
「うん、そうなの」
小守と涼子が助けに来るまで暇だったので、智香と他愛ない話を捨ていたところだった。
「お嬢様、無事ですか!」
カーテンを刃で引き裂いてやってきたのは、血走った眼をしたメイドさんだった。
「うっわぁー、ひくわー」
思わず声に出してしまった。
彼女は春夜さんと言って、智香の専属メイドである。そして、なんだかんだ俺と遺恨があるわけだが、いきなり煽る形になったが、大丈夫だろうか?
「お前は、戦場大助!? なんでお前がここにいる、そしてなんでお嬢様と一緒にいる!!」
刀を構えて俺のことをキッと睨み付ける。ああ、大丈夫じゃなかったみたいだ。
「智香の兄貴に呼ばれてきたんだよ、同盟は続いているからな」
「チッ、仕方がないですけどね。でも私はアナタが気に入らないここに丁度刀があります。以前ナイフでは駄目でしたが、これなら……」
なんかブツブツ言ってるけど、そして身の危険を感じるけど。
「戦場大助、覚悟!」
「覚悟! じゃねーよ!!」
案の定、コイツ切りかかってきやがった。予想できていたということもあり、智香を刀が届かないところへと突き飛ばしてから避ける。
「智香巻き込まれるだろうが!」
「ハァ!」
「なんでだ! 聞こえてないのか!?」
「春夜、お願い! やめて!」
主人の言葉も耳に届いていないようで、春夜は狂ったように一心不乱に刀を俺に振り回す。
「チッ、智香、相手にするけどいいよな!?」
「また二人とも争っちゃうの!?」
さて、春夜さんとの戦績は一勝一敗、けど俺もあの時のままではない。小守や涼子と喧嘩して確実にレベルアップしているはずである。今の俺は、刀くらいなら見切れる実力がある。
「ハア! もう、避けるな!」
「――そこだ!」
振り下ろされた瞬間を狙って、刀を踏む。春夜さんの顔に驚きの表情が加わる、そりゃ避けてばかりの奴がいきなり反撃してきたらそうなるな。だがこっちも手加減できるほど器用でもなければ実力差もない。顎を狙って拳を突き上げる。
「――ッらっあああああああ!!」
春夜さんの体が後ろに少しだけ飛ぶ。そして背中から倒れこむ。刀は飛んだ時に手から離れた。
というか結構腕痛い。
「つーか、いくら俺が嫌いだからっていきなり切りかかるのはおかしくないか?」
ここまで来たらもう何もかも怪しく感じてしまう。
なんだかんだで実は前に涼子からもらった照魔鏡を持ってきていたりする。物は試しに照魔鏡をポケットから出して倒れている春夜さんに向ける。
「大助くん、それは?」
「照魔鏡っていって、俺もよくわからん」
「えぇ……」
鏡に照らされた春夜さんは、特に変わったところはなかった。
「つーことはこのキチメイド、正気のくせに切りかかってきたのか」
「待って、大助くん。あれみて」
大の字に倒れた春夜さんの股の間から、なにかにゅっとしたものが……いやこれ以上は春夜さんのプライドにかかわる。
俺はそう判断して智香の両目を隠す。
「え? ちょ、ちょっと何!?」
「智香は見てはいけません」
「ち、違うから! あれは、その、ち……アレじゃなくて尻尾みたいだったから!!」
「ふむ」
よくよく見てみるとスカートの間から覗いているそれは確かに茶色いもふもふしたものだった。
「大助くんわざとやったでしょうっ!」
「ばれたか」
「当たり前だよっ!!」
さて、あれは照魔鏡に照らされた後から出てきたのもであって、つまり、それは怪異的なものだと断定できる。
「よし、あの尻尾引っ張ってみよう」
「ええ、大丈夫なの?」
「知らん。もし大丈夫じゃなかったとしても、春夜さんなら何とかなるだろ」
仮にも鳳凰堂家のメイドだ。何が起こるかしらんが何か起きても何とかなるだろうという非常に無責任なことを考えつつ、大の字にのびている春夜さんに近付く。
……薄ピンクか。
「大助くんどこ見てるの!」
「尻尾に決まってるだろう。俺が無抵抗の女性のパンツをガン見する人間だと思うか? 仮にパンツを見てしまったとしてもそれは尻尾を見るために目を向けているからその近くにあるパンツを一緒に見てしまうことは半ば仕方がないと言ってもいいだろう」
「それは、そうだけど……」
やっぱり智香をいじるのは楽しいな。
さて、いつまでもこうしているわけにはいかないので問題の尻尾に取りかかる。
どうしようかとも思ったが、別に俺には小守みたいに怪異の知識はない。ので、直感的に行動してみる。
もふもふしている茶色の尻尾を掴んでみる。うん、動物的な温かさ。特に春夜さんに変わった様子はない。なら、次のステップ、この掴んだ尻尾をおもいっきり引っ張ってみる。
ぐぐぐ……
「お、引っ張れるけど抵抗が強いぞ」
まるで尻尾に意識があるみたいだ。春夜さんには相変わらず変化はない。この尻尾と春夜さんは繋がっていない別個体だと断定づける。ならもう遠慮はいらない、この尻尾、引き抜いてくれる。
「いち、にーの……さぁんッ!!」
両手に力を入れて、おもいっきり引っ張る。
「おおっと――――あ」
全力で引っ張ったおかげで尻尾は引き抜けた。それはいい、が、もう一つ薄ピンクの余計な布まで一緒に抜けてしまった。つまり、春夜さんは今――――
「大助くんは見ちゃダメ――――!!」
智香が俺に目隠しさせようと慌てながら近付く。
「あうっ!」
慌てたせいなのか智香は何もないところで転んでしまった。ドジ可愛いな。
「見ないから落ち着け」
「ぜ、絶対だよ? 絶対見ちゃだめだからね」
「はいはい」
それはそうとこの尻尾――ん、尻尾だけじゃなくその先まである。こいつは、タヌキか?
尻尾を鷲掴みにして宙ぶらりんになっているタヌキは、ピクリとも動かない。
「ただのタヌキ、という訳ではないだろうな」
「その通りだ」
右側のカーテンから不遜な態度で出てきたのは、小守と涼子の二人だった。
「そいつからは妖力を感じる、列記とした妖怪だな」
「やっほー大ちゃんに智香っちー、ん、メイドさんもいるのか。なんでパンツ穿いてないんだ大ちゃん?」
「俺に振るな」
ニヤニヤした顔を向けるな。違うからな、お前が思ってることは全く違うからな。
「ふむ、もうある程度体力が消耗しているな。大助その手を離すなよ、動かないのは狸寝入りだ」
小守の目が紅く変色する。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「うお急に暴れだしたぞコイツ」
突然狸が左右に激しく揺れだす。
「いやだーまだ死にたくないー!」
なんか急に情けないこと言い出したんだけど!?
「……ねえ大助くん、そのタヌキさん殺しちゃうの?」
「まあ、たぶんコイツが妖怪なのは確実だし、小守の妖力を奪う能力でそうなるとは思うが」
「可哀想だよ、ねえ、許してあげられないかな?」
「狸を逃がすなんて正気か人間、この手の奴は粘着して面倒になるのはお前なんだぞ?」
小守は智香を信じられんといった表情で見る。
「うん、でも、やっぱり可哀想だし。それに、また何かあったら小守ちゃん達が駆けつけてくれるでしょう? 私たちの同盟は続いてるんだからね」
ニコッと微笑む智香、小守はいづらそうに舌打ちをした。
「いいのか」
「いいも何も、アイツがやらなくていいと言ったんだ。それ以上わたしは一切関係ない。フン」
小守は腕を組み、そっぽを向く。目はいつの間にか黒く戻っていた。
コイツにしては珍しく親切心だったんだろうな、そんなことを思うが、きっと智香もその辺は分かっているのだろう、「ごめんね」と手を合わせて謝っている。
「だそうだ、よかったな」
割とナチュラルに人語を話すタヌキに呼びかける。
「ええ、ほんとありがたいですわ、智香さんと言いましたな、アンタのことはこれからお嬢さんと呼ばせていただきます」
調子のいいタヌキだ。
「おいクソ狸、逃がしてやるからこの蚊帳吊り狸を解いて行け」
「ええ、それはハイおっしゃる通りですハイ」
タヌキが手(前足)をポンと合わせると、カーテンで仕切られていた小部屋がきれいになくなって、俺らは廊下にいた。
「ここ廊下だったのか」
「それではあっしはここらで」
タヌキはいつの間にか俺の手から抜け出していて、器用にペコリとお辞儀をして一目散に廊下を走って行ってしまった。
「あいつ、いつの間に……」
「化かされたな、大助」
「え、あ」
俺の手には薄ピンクの三角形状の布切れがきつく握りしめられていた。
「あのタヌキめ、やるじゃないか」
俺はタヌキに敵ながらアッパレという称賛と感謝の気持ちを込めてコレは貰っておくことにする。
「大助くんっ!!」
顔を真っ赤にしながら智香が叫ぶ。
「冗談だよ、ほら。事情は智香が説明してくれ」
「うん、わかった」
「小守、もう何かしらの気配はないか?」
「だから、気配を探るのは並大抵のことではないと言っているであろう。まあ、今の狸が怪異をおこしていたのは間違いない、これ以上この屋敷で何らかの怪異が起きることはないだろう」
もっとも、別の奴が新しく来たら話は別だが、と小守は付け加える。
「ならもうアタシ達の出番はおしまいだな」
「あ、えっと、みんなゆっくりしていってよ」
智香がチラチラと俺らを見てくるが、
「そうしたいのは山々だが、今はそこでいつまでものびてるダメイドが怖い」
「あっ、そうか」
智香も今の春夜さんの状況を思い出したのだろう。
「また今度の機会にな」
「うん、わかった。じゃあ、大助くん、涼子ちゃん、小守ちゃん。お世話になりました、また来てね」
「あいよ」「おうよ」「あの距離を歩くのはもうこりごりだ、二度と来ないわ」
誰がどのセリフを言ったのかは言うまでもない。
こうして俺たちは智香の屋敷を後のしたのだった。
PS その日の夜、智香からタヌキが帰ってきたとかメールが来たが、もう面倒なので無視することにした。
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