第7話 タテクリカエシ
朝食後一息ついてから小守、涼子と共に智香の屋敷に向かう。
智香の簡単な紹介としては、世界的資産家、鳳凰堂家の娘の一人。要するに、家が超がつくほどのお金持ちということだ。
現在徒歩でその屋敷に向かっているのだが、ここに問題児が二人(一人は人間ではないので『人』であっているのかわからないが……妖怪の数え方ってなんだろう?)いて、まともに進めるわけもなく、
「しっかし、なんだよこれ、しつこいったりゃありゃしないぜ」
「仕方がないだろ、これは特定の何かをすることで回避できる類の怪異ではないのだ」
「それならせめてお前は自分の足で歩いてもらいたいのだが?」
「だが断る!」
さて、状況を説明しよう。
「それじゃ、行ってきます」
「はいはーい、いってらっしゃーい」
芽衣子さんに手を振られ、俺らは普通に歩いて智香の屋敷に向かう。ポケットに携帯は入っているので一度部屋に戻る必要もない。涼子もさっきスマホを持っていたし、部屋に戻る気はないようだ。
「大ちゃんサイフ持ってこないくていーの?」
外付けの階段を下りながら涼子が聞いてくる。
「俺は前にお前らから自販機があるたびにジュースをたかられたのを忘れはしない」
「大丈夫だって、もうアレはしない」
「ああ、アレ以外をされるとか思うと、最初から持ち歩かなければいいと言う発想に行きついた」
「チッ」
「おう小守、せめて聞こえないように舌打ちしろよ」
階段を下り終わり、道路へと出る。この辺は車の通りがほとんどないので横に並んで歩いても問題はない。背の順でこの中では一番背が高い俺が外側、(つまり車が走る方に近いほう)次に涼子、小守と並ぶ。
「そうだ、この間なんだが」
涼子が話題を振る。
「砂糖さんの所の手伝いからうちに帰る途中だったんだけど、時間もかなり遅くなっててさ、外は真っ暗で――ああ、たまに街灯なんかも立ってたんだけどさ。目の前の電信柱の裏に、誰かがいたんだよ。裏側にいるっていうのは、いる奴がでかい奴だったから隠れ切れてなかったんだけどよ。あんな場所で何やってんだろうかーとか思いながら徐々に近づいて行って、いざ横を通ろうとした瞬間にそいつが電信柱の陰から出てきて大きな声で『うわああああああん!』って、三本指の両手を顔より上に持ち上げてアタシを脅かすもんだからさーもうびっくりしちゃって」
「ああ、そいつはたぶんうわんってやつだ」
小守が口をはさんだ。
「あ、やっぱ妖怪だった? まあ、驚いちまったもんで、思わず腹部にパンチ入れて、うずくまったヤツの頭にかかと落としを決めてから悲鳴を上げて逃げたんだけどよ」
「え、悲鳴を上げたのどっち?」
俺も口をはさむ、今の言い方だと涼子が悲鳴を上げたように聞こえたが、悲鳴を上げる側はどう考えてもうわんの方だろう。
「そんなのアタシに決まってるだろう、何言ってんだよ大ちゃん、アタシみたいな可愛い女の子が襲われそうだったんだぜ? そりゃあ悲鳴くらい上げるぜ」
「ちょっと何言ってるかわからない」
「うわんも可哀想なヤツだ。完全に出る相手を間違えたな」
小守が同情のこもった言葉を漏らす。
「見るからに怪しい見た目をしているのが悪い。うら若い乙女の前で全裸で叫ぶ妖怪は万死に値するぜ。ちなみにそのうわんって、どんな妖怪なんだ?」
「お前が体験したことそのままだ、うわんと奇声を上げるだけの何がしたいのかよくわからない妖怪だ」
「へぇ」
小守の妖怪知識でもよくわからないらしい。
「そもそも、記録が不足しているからな、本来ならうわんの撃退方法なんかも伝承されていないから倒しようもないんだが……」
除霊(物理)でよく撃退したもんだ。
俺と小守の視線に気づいたのか涼子はニシシと笑う。
「そうそう、丁度ここで出遭ったんだよ。さすがに今はいないみたいだが」
「――――だが、別の奴がいるみたいだぞ」
「あン?」
小守の言葉に涼子が訝しがる。
「来るぞ」
小守の言葉に反応してか、はたまたタイミングが重なったのかソレはどこからともなく俺ら三人を狙って転がってきた。
「危ねぇ!」
「おっと」
俺はおそらく避けられないだろう小守を持ってから、涼子は普通にソレを避ける。
「なんだあれは」
木製の、なんといえばいいのだろうか、形としては砂時計のような中心は細くて両側が太い何か。棍棒の親戚辺りの武器っぽく見える。
「あれは手杵といって、ほら、昔の餅つきの道具だ。ハンマーの形の方が有名だからあまり知られることはないがな、あれでも立派な杵だ」
涼子が解説してくれる。
手杵は、まるで意志があるように今度は俺に向かって転がってくる。木製だとはいえ見た目からして重そうだし、当たると多分痛い。
向かってくる手杵を引き付けて、当たる直前に横に移動。もうタイミングを覚えたので当たることはないだろう。
「おい大助。変な持ち方するな、手が当たってるし肋骨がいたいだろう」
「おい暴れんな」
小守が俺の手から逃れて背中に回り、のぼってくる。
「よし、これでいい」
満足そうに小守は言う。
「おお高い、世界が広がって見えるぞふははは!」
その格好は一般的に肩車と呼ばれるもので、もともと背が高い俺は手杵を避けないといけないのにバランス感覚がいつもと違うとかハンデを背負うことになった。
手杵は、今度は涼子へ向かってすごいスピードで転がってゆく。
「ほい」
涼子ももう慣れたようで、転がってくる手杵の上を空中一回転をするという無駄な演出をして余裕で回避、着地後に両手を上にYの字になるようにポーズをとる。
そんな涼子の態度に手杵は怒ったのか、カタカタと小さく揺れる。
で、冒頭へと戻る。
「しっかし、なんだよこれ、しつこいったりゃありゃしないぜ」
涼子はやれやれと首を振る。
「仕方がないだろ、これは特定の何かをすることで回避できる類の怪異ではないのだ」
「それならせめてお前は自分の足で歩いてもらいたいのだが?」
「だが断る!」
「それよりも小守っちー、アレは一体なんなんだ? 解説よろ」
涼子が手杵を睨みながら小守に聞く。
「あれはタテクリカエシだろうな。お前はアレを手杵と呼んだが、あの形の杵は竪杵という名前があってな、それが転がってくる怪異だ。正体は狸だろうとも言われていたが、実際はどうなんだろうな?」
手杵改めタテクリカエシは再び俺に向かって転がってくる。
「三、二、一、今!」
もう覚えたタイミングでタテクリカエシを引きつけて避ける。小守分の体重くらいでは大したハンデにはならなかった。
「元は、転ばせるだけの妖怪なんだが、こんなにしつこいとは思わなかったな」
頭上から感心が混じった言葉が聞こえる。
「小守、どう対処すればいい」
「さっきも言ったが、こいつは何をどうすればいいみたいな対処法が存在しない、強いて言えば、お前らが弱らせてくれたらわたしが妖力を奪おう」
やっぱり除霊(物理)か。
「小守っちの『紅い目』か、アレなんかかっこいいよな」
「そうか!? そうだろう!!」
中二病的ノリの二人に混ざらず、どうやって弱らせるか考えるとするか。
「涼子、お前アレ折れそうか?」
再び俺に転がってきたタテクリカエシを避け、目で追いながら涼子に聞く。
「ん? んー、大ちゃんがしっかり押さえててくれれば蹴りで折れるぜ」
ちょっと考えた後涼子はそう答えてくれた。なら問題はないだろう。
タテクリカエシは今度は涼子を狙って転がってくる。
「涼子、そこの電信柱の前に立て」
「避けるタイミング早すぎないか? いや、そういうことか」
涼子はすぐに俺の意図に気づいてくれた。涼子はタテクリカエシが進路修正が間に合うように電信柱の前に移動する。当然、タテクリカエシは動いた先の涼子を狙い進路調整を行う。こうなってしまえばあとはもう簡単だった。涼子はタテクリカエシを飛び越えるようにジャンプして回避し、タテクリカエシは電信柱にぶつかる。
動きが止まったその瞬間を待っていた俺は、普通に手に取り両手で端っこを押さえるようにして涼子に見せる。気分は空手で割られるための木の板を持つ人だ。
「涼子!」
「あいよッ!!」
涼子は俺がタテクリカエシを持って構えるまでに少し先に走っていた。そして俺が声をかけるとこっちに向かって全力で走ってきた。
「助走つけるのかよ! いやちょっと待って、やっぱりこの計画は中止しよう!」
「小守っち、金縛り!」
ひょいと視界の上から髪が逆立った小守の顔が出てくる。その目は紅く変質しており、次の瞬間には俺の体は石のように固まってしまった。
(金縛りッ!?)
そして小守は危険を察したのか、俺の方の上から飛び降りて避難する。入れ替わるように涼子が全力の跳び蹴りを放った。
「ちぇえええええええりゃあああああああああああ――ッ!!」
ボキリ、これは竪杵の中心――砂時計でいう細いところ――が折れた音。ゴキリ、これは涼子の跳び蹴りがそのまま俺に直撃した音。
涼子は倒れる俺の上に座るように落ちてきた。
「よし、久々に大ちゃんに蹴り入れられたぜ、ニシシ。ま、大ちゃんも今そこからアタシのパンツ見れたから役得だろ?」
そう言って俺から降りる。
「小守っちー、生物じゃないからどれくらい弱らせればいいのかわかんないけど、これでどうだ?」
「……もうそれ、ほとんど即死みたいなものなんじゃないか?」
小守は、紅い目のまま俺の近くにあるタテクリカエシに手を向ける。
「――――はい、おしまい。もうこれはただの折れた竪杵だ」
そう言って目を閉じる、再び目を開けるとそこにはもう普通の黒い目をした小守に戻っていた。
「おい大助、お前いつまでそうして寝ているんだ。もう金縛りは解けているはずだぞ」
「……割と、蹴られたとこ……イタイ……」
やっとの思いでこれだけ言う。
「ありー? 予想以上にキマっちまったなこりゃ、いやー失敗失敗」
それよりも謝罪を要求したかったのだが、痛さのせいでそれほどではなかった。
そこから俺が回復するまでたっぷり五分、道路に転がっているしかなかった。
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