第6話

 その日俺は、携帯に入った一件のメールをみて、バイト先の店長である柳さんに電話を入れた。

「あ、柳さん? 戦場です。はい、早朝からスイマセン。今日のバイトなんですけど、はい、智香の兄さんから連絡が入って、ええ、そうです。おそらく怪異絡みだと思います。はい、なのでとりあえず小守連れて行ってみます。はい、今日は休みということで。はい、では失礼します」

 通話を切る。

「……まだ眠ぃ、ふあ、ああ」

 二度寝したくなる気持ちを鋼の意志で跳ね返し、布団を出る。

「くー……すー……くー……すー……」

 布団の奥底には髪が更にぼさぼさになっている状態の小守がいた。布団がひとつしかないゆえ、一緒に使うのは仕方ないのではあるが、涎を垂らすのだけは勘弁してほしい。

 俺は布団の上辺を掴み、腰を落として力を溜めると、一気に布団を引き上げた。

「オラァ、さっさと起きろこの居候が!」

「ぬがあわ!?」

 小守は布団から回転しながら落ちる。自分の身に何が起こったのかわかっていないようで、頭の上に『?』と『!?』を浮かべている。そんな小守に俺は慈しみの笑みを込めてこう言った。

「おはよう、小守」

「死ね」




 四十分後、これ以上の戦いはお互い何の利益も生まないと、停戦条約その三を発動し、二階へと朝ごはんに向かう。

「おはようございます」

「おはよう」

 俺はいつも通りに、小守は偉そうに(これもまたいつも通りではある)食堂へと入る。

「おはよう、あら、二人ともどうしたのそのキズ」

 芽衣子さんが心配そうに俺らを見るが、先に着いていた涼子が「ニシシ、いつものことだぜ芽衣子さん」と言う。そういえば小守に憑かれる前はお前と喧嘩していたな。

「なんでもないです、ちょっと飼い犬に手を噛まれて」

「そのまま噛み千切ってやってもよかったんだがな」

 ジロリと三白眼で俺を睨み付ける。ここで挑発の一つでも言ったらまた喧嘩になりかねないので、ここでは自重する。

「何か言いたげだな」

「別にー」

「フン、芽衣子、飯だ」

 とりあえず小守に拳骨をくらわせる。

「あいで!」

「芽衣子さんにその口のきき方はないだろう」

「――チッ、芽衣子さん、スミマセンがこの矮小なわたしにご飯をお恵みになってくれませんか」

「あらあら、そんなに卑屈にならなくてもいいのよ。私のことは、好きなように呼んでくれていいわ~」

 芽衣子さんは頬に手を当てる。

「ほれ見ろ、芽衣子は好きに呼んでいいと言ったではないか」

 小守はドヤ顔で俺に言いかかってくる。

「あー、はいはい。そうですね」

「キサマ、なんだその適当に流した感満載の対応は! 泣くぞ!?」

 アホは無視してカウンター席、涼子の隣に座る。

「はいはい大ちゃんおはよー」

「おう、朝からテイションの高いことで」

「いやいやー、アタシはいつもこんなもんだぜ? そして小守っちもおはよう」

「おはよう、人間。今日も朝から騒がしいな」

「いやいやー、アタシはいつもこんなもんだぜ?」

 あれ、デジャブ感じる会話だったぞ。

 と、丁度芽衣子さんが向かい側からお盆を差し出す。

「はい、今日の朝はシンプルにご飯に味噌汁、キュウリの和え物と焼き魚よ。お口に合えばいいけど、どうぞ召し上がれ」

 少し待つかと思ったが、丁度出来上がりそうなタイミングでこれたらしい。ほとんど待つことなく朝食にありつけた。

 俺、小守、涼子は全員にお盆が回ったところで声をそろえて「「「いただきます!」」」食べ始めた。

 焼き魚は好みで醤油か塩を付けれるのだが、俺はあえて何もつけずに食べる。素材の味で十分においしいのにそれ以上を望むことなんて俺にはできない。また、焼き加減も絶妙と言える、味が最大限に生かせる焼き方だと思った。しかし、焼き魚よりキュウリの和え物のほうが俺個人としてはおいしかった。薄切りキュウリを酢で味付けたものなのだが、この酢が薄すぎず濃すぎずの絶妙な加減を分かっていた。俺は本来、酢の物はあまり好きではないのだが、これならいくらでも食べられそうだった。ごはんは炊き立てで、味噌汁はナスがいい味を出していて最高だった。あっという間に食べ終わってしまったので、おかわりをした。当然である。

 しばらくして。

「ふう、朝からたくさん食ったぜ」

 満腹になった三人がいた。もうなんかメールのことなんてどうでもよくなってきた感じがある。このまま部屋に戻って二度寝でもしたい気分だ。

「あー、これは二度寝でもしたい気分だぞ」

 小守が言う。

「バカを言うな、休みの日だからってだらだらしたらダメじゃないか」

「…………」

「なんだよ」

「いや、なんでもない。なんでもないんだが、無性に腹が立った。速やかに謝罪を要求する」

「スマン、俺も二度寝したいと思ってたところだった」

「素直でよろしい」

 たまにはこっちから折れてやるのも必要だと少しだけ思った。

「さて、大ちゃんのところにメールは届いているか?」

 涼子がスマホを取り出して画面を俺に向ける。

「ほらこれ」

 メールの送り主は鳳凰堂冷士。内容は智香が怪異絡みで困っているから即刻何とかしろといった内容だった。具体的な怪異内容だとかどうしてほしいとかがまったく書いてない不親切なメールだった。

「特別権利人だなんて御大層な肩書持ってるのに親切心の欠片もないクッソみたいなやつ」

「ああ、俺ん所にも来たぞ、なんだお前のところにも来ていたのか」

 なら俺が出向く必要もないかもしれんと思ったが、わざわざ柳さんに連絡した手前後で報告白とか言ってくるのは目に見えてるので、この案は放棄することにする。

「ハ? 何の話だ、わたしにも教えろよ」

「そーいやお前にはまだ言ってなかったな」

 言う以前に取っ組み合いをしていた記憶がある。まあいい。

「小守、今日は出かけるぞ」

「いったいどこに行くというのだ」

 いつもの不機嫌そうな顔で俺に聞き返す。

「智香のとこだ。鳳凰堂智香」

「ああ、あのチョロそうな女か」

 コイツの中で智香のイメージってどういう風になっているんだと心から思った。

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