第2話 べとべとさん
ある日俺がいつものように下校している時の話だ。
その日はバイトで帰りが遅くなり外は暗くなり、街灯の少ない帰宅路はいつもよりも少しだけ不気味に思えた。
(あー、今日も疲れたー)
俺が働いているところは学校から少し離れたところにある喫茶店みたいなところだ。みたいなところというのは店長の柳さんがそれを認めていないからなのだが、今の所どう見ても喫茶店にしか見えないのだからしょうがない。
あと何日で給料が入るのかを頭の中で計算している所だった。それは後ろの方から聞こえてきた。
足音だ。
最初は気にしなかったが二つ角を曲がっても足音が聞こえてくるのはおかしいと思い始めた。
思い切って振り返ってみる、が、そこには誰もいない。あるのは薄暗い闇だけだ。
「…………」
不審に思いながらも再び前を向いて歩きだす。するとまた後ろから足音がする。もちろん、振り返って見てみるがそこには誰もいない。事ここに至って俺はやっと怪異の存在を疑い始めた。そうなると頼るのはアイツしかいない。
ポケットの携帯を取り出してボロアパートである自宅に電話する。しばらくのコールののちに聞きなれた声が聞こえてきた。
『はい、小守だ』
「小守、電話に出るときは相手が名乗ってから『戦場です』と応えろ何度も教えているはずだが?」
『なんだお前か、で、どうした、何か出たのか? 今ゲームがいいところだから早めにしてほしい』
「お前確か朝からずっとゲームしてたよな。まさか、一日中ずっとゲームしてた訳じゃないだろうな」
『ふふん、昼に寝落ちしてたから一日中ではないぞ』
何を得意げに言ってやがる、なお悪いわ。
「帰ったらお説教な」
『は!? 何故に!?」
「それはともかく、今帰ってる途中なんだが、後ろから足音がずっとついてくるんだよ、振り返っても誰もいない」
『あー、試しにソレに向かって「お先にどうぞお進みください」とでも言ってみろ』
「誰もいないんだが」
『いいから、それで解決しなかったらわたしが何とかするから。じゃあな』
後半は早口になって小守は電話を切った。面倒になったかゲームの待ち時間の制限が来たのかどうなのかはわからないが、他に対処の仕様がない俺は誰もいない後ろを振り返る。
「えっと、お先にどうぞお進みください」
すると、足音が近づいてきて真横を通り、そのまま先に行ってしまった。
なんだったんだ今のは。
「ただいま」
ボロアパートの扉を開けて我が家へと無事に帰宅する。あの後、一応遠回りをしてきたのだが、これといったことは起きなかった。
「おかえり」
小守は六畳間で携帯ゲーム機で遊んでいた。荷物を部屋の隅に置いて卓袱台の前に腰を下ろす。
「お前それどこからもってきたんだよ」
「いつも通り砂糖からもらった」
「お前、いくら砂糖さんがいい人だからってあまり頼むなよ」
砂糖斗塩、二つの調味料が入った名前を持つこの人は、同じアパートに住む人だ。小守のことを気にかけてくれている。ちなみに――というかやっぱりというか砂糖というのは偽名だと自分で言っていた。
「わたしは新しいゲームが欲しいなーと言っただけだ、買ってくれとは頼んでない。勝手に買ってきてわたしにくれるのは砂糖のほうだ」
「お前の性格たまにすごいと思うよ」
「それほどでもない」
褒めてねぇよ。
「それより、帰り道のアレはなんだったんだ?」
小守はゲームをしながら答えてくれる。
「多分だがそれはべとべとさんだろう。姿が見えない、足音だけ、道を譲るとどこかに行く、この三つの要素を持ってる怪異はそれほど多くはない。まー、姿が見えないストーカーみたいなやつだ、基本的に後をついてくるだけの無害なやつだよ」
「ふぅん」
「それよりも飯だ、飯にするぞ」
小守はゲームを中断して俺に呼びかける。
「はいはい、わかったわかった」
アパートの二階は大家さんの厨房がある。趣味でみんなのご飯を作る大家さんには頭が上がらない。俺たちはお腹を空かせて二階へと行くのだった。
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