第5話 まさかのホラー


一人目の男は、予言者に会いました。

「君はもうすぐ死ぬ」

そう言われて、男は恐ろしくなりました。

なぜなら、その予言者の言葉は必ず現実になるからです。

「私は死にたくありません」

男は必死に予言者にすがりつきました。

「どうすれば死なずに済みますか?」

「いや、運命を変えることはできないよ。今日の夕刻、あの橋の向こうの窪地の底で、人が死ぬ。その男の姿は確かに君だった。私には未来が見えるのだ」


男は考えました。

夕刻までにはまだ時間がある。先に橋の向こうの窪地の底を覗いて、何が起きるのか手掛かりを得ようではないか。本当に自分がそこで死ぬのなら、何かきっとその死の原因になるものがあるはずだ。


さて、男が窪地にやって来ると、果たしてそこにあったのは、ただの水溜りでした。別段、それ以外に何か見当たるものがあるわけではありません。それに周囲に人も居ないし、ときたま近くの道を通り過ぎていく人がいるくらいです。



二人目の男は予言者に会いました。

「君はもうすぐ人を殺す」

そう言われて、二人目の男は恐ろしくなりました。

「なぜ私が人を殺さなくてはならないのですか。そんなの嫌です」

二人目の男は予言者に必死に訴えかけました。

「いや、運命を変えることはできないよ。今日の夕刻、あの橋の向こうの窪地の底で、人が殺される。その犯人の姿は確かに君だった。私には未来が見えるのだ」


二人目の男は考えました。

夕刻までにはまだ時間がある。先に橋の向こうの窪地の底を覗いて、何が起きるのか手掛かりを得ようではないか。本当に自分がそこで人を殺すのなら、何かきっとその原因になるものがあるはずだ。


さて、二人目の男がその窪地にやって来ると、そこには見知らぬ男がいて、不思議そうに窪地の底の水溜りを覗いていました。一体何をしているのだろう、と思い、話しかけてみました。


「もし、そこのあなた、不躾ですがその水溜りに何か奇妙なところでもあるのですか」

「おや、あなたこそ、こんな場所へ何をしに?」

「私はたまたま通りかかっただけですよ。それより、その水溜りがどうかしたのですか」

「いいえ、これはただの水溜りですよ」

「それじゃ、どうしてそんなに覗き込んでいるんです?」

「実は私は今日、ここで死ぬのです」

「え?」

「でも、どうして私はここで死ぬのでしょうか?」

「それはまた奇妙な話ですね。あなたはどうして自分がそこで死ぬと知っているのですか?」

「それはですね、予言者にそう言われたからですよ。予言者の言ったことは必ず現実になるのです。だから、夕刻になったら、私はきっとここで死ぬでしょう。でも、そうなる理由がわからないのです」

「なるほど、そういうことでしたか。それで合点がいきましたよ。実のところ私にはもうあなたがどうして今日ここで死ぬのか、わかってしまいましたよ」

「本当ですか?どうしてそんなことがわかるんです?ここには水溜りしかない。誰かに殺されでもしない限り、死にようがないような場所ですよ。でも、私は誰かに恨まれるようなことは何もしていない」

「それでも、あなたは殺されるのです。これはもう仕方ありません」

「どうしてあなたにそんなことがわかるのですか」

「それは、私も今日予言者に会ったからです。そして、私もその予言者に言われたことを信じて、ここへ来たのです」

「それじゃ、あなたは誰が私を殺すのか、知っているのですか」

「ええ、知っていますよ」

「誰ですか?」

「それは、私です」


二人の男はじっと見つめ合いました。


「しかしどうもそれは奇妙ではありませんか」

「何がですか?」

「私たちは今日が初対面ですよね?」

「そうですね。以前どこかでお会いしたという記憶はございませんね」

「では、あなたは私に何か恨みがありますか?」

「いいえ、ありませんよ」

「じゃあ、どうして私を殺すのです?」

「どうして、と言われても困ります。殺す理由がなくても、こうなった以上殺すしかありません。だって、予言者がそう言ったのですから。それはもう定められたことなのです」

「しかし、私はまだ死にたくありません。なんとかならないものでしょうか」

「私にそう言われましても」


二人の男は、窪地の底の水溜りを見つめながら、ゆっくりとしゃがみました。

太陽はゆっくりと傾いていきます。

「もうすぐ夕刻ですね」

「そうですね」


一人目の男は突然、二人目の男の首を絞め始めました。

「もう予言なんて知ったことか!君に殺される前に、私が君を殺してやる!」



三人目の男が、予言者に会いました。

「君はもうすぐ殺人鬼に会う」

そう言われて、男は恐ろしくなりました。

なぜなら、その予言者の言葉は必ず現実になるからです。

「私は殺人鬼になんて会いたくありません」

男は必死に予言者にすがりつきました。

「どうすれば殺人鬼に会わずに済みますか?」

「いや、運命を変えることはできないよ。今日の夕刻、あの橋の向こうの窪地の底で、君は殺人鬼を見る。私には未来が見えるのだ」


三人目の男は殺人鬼に会うと分かっていたので、用心棒を連れて行きました。

果たして、夕刻に窪地を訪れてみると、ある男がもう一人の男の首を絞めている姿が見えました。

「こりゃ、本当に例の殺人鬼だ。予言者の言った通りのことが起きている」

「どうします?あのまま放っておきますか?」

用心棒はニヤニヤしながら聞きました。

「いや、人が殺されそうになっているのに、見て見ぬふりと言うのは、どうも居心地が悪い。どうだろう、君、あの喧嘩を止めることはできるかい?」

「そのくらいお易い御用で」


用心棒は腰に携えていた短刀を抜くと、首を絞めている男を背中からブスリと刺してしまいました。

「なんだ、あんたは!」

一人目の男はそのまま息絶えて、水溜りの上に倒れました。

「どうして・・・」

「ひ、人殺し!」

二人目の男は恐怖のあまり叫びました。

「人殺しだって?そりゃないぜ。俺はあんたの命の救うためにコイツを殺したんだ。この男が噂の殺人鬼だろ?俺はその殺人鬼からあんたを救った恩人だぜ」

「いや、違う。君に助けてもらわなくても、私はこの男を殺した。なぜなら、そう予言者は言っていたからだ。それなのに・・・」

「何をわけのわからないことを言っているんだ?」

「それなのに、代わりに別の人間を殺さなくちゃいけないじゃないか・・・」

二人目の男はギラリとした目で用心棒を見ました。

「殺人鬼は私のほうだ!」


再び、血飛沫が宙を舞いました。

二人目の男は懐に隠し持っていた短刀を抜きましたが、それより先に用心棒に首を切られて、その場に倒れてしまいました。

用心棒は二人の男を見つめて言いました。

「よくわからないね。あんた達はどうして予言なんて信じるんだい?」

すると、カチリと音がしました。

二人目の男は、懐に爆弾も隠し持っていたのでした。


次の瞬間、一人目の男も、二人目の男も、用心棒も爆発で吹き飛んでしましました。

跡には大きな窪地だけが残りました。


三人目の男は、再び予言者に会いにいきました。

見事に予言者の言ったことが当たったことに感動し、その嬉しさを予言者に伝えたかったのです。

「すごいですね。予言は当たりましたよ!さすがです」

「君はもうすぐ死ぬ」

「え?」

「今日の夕刻、あの橋の向こうの窪地の底で、君は死ぬ。私には未来が見えるのだ」

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