第2話 雷神さまのエレベータ


私が黄金の木を裸でよじ上り始めて、はや三日。


飽きた。


あんなにやる気満々だったのに、これいつまで続くねん!と、朝目が覚めるなり、誰にでもいいから文句を言いたい気持ちになったのでした。

風は気持ちいいし、空はすこやか。文句はない。はずなんだけどなー。

でも、飽きた。

なんでだろう?

自分で始めたことなのにね。バカ。


じゃぁ、下に降りますか?と自問します。

嫌ですね。

せっかくこんなに高いところまで登ってきたのに、せっかくだから行けるとこまで行きたいと思うじゃないですか。やっぱり。


でもどうして、こんな気持ちになるのだろう。

ずっと頑張り続けて、それが楽しくて、その楽しいのが延々と続くと思っていたのに。

実を言うと、飽きたと言いつつ、ちょっと楽しい気持ちはまだあるのです。

木登りは楽しい。

それは嘘じゃないのです。

ただ、昨日ほどには強く興奮しないのです。

楽しいのが日常になって、それが普通になって、当たり前になって、そしてついに、自分にとっては当たり前になってしまったというこの事実に気づいてしまったのです。


ああ、なんということでしょう!


であれば、一刻も早く頂上を目指すしかありません。

そう思うと、また得体の知れない力が湧いてきました。

うだうだ悩んでいるくらいならね、登ろうよ。よし、どんどん登ろう。


すると音楽が聴こえてきました。

何かこう、勇気の湧いてくる、重厚で激しい音楽です。

私はただ登っているだけなのに、何だか世界を救うために戦っている勇者のような、よくわからぬ使命感に溢れる気持ちになってきました。

ノってきたぞ。


ん?でも、誰がこの音楽を?


頑張ってるねぇ。


振り返ると雲に乗った雷神さまが、腋にステレオ挟んでニヤニヤしているのでした。

その雲はぷかぷかと浮いていて、サーフボードのように乗り物になっています。

この音楽はどうも雷神さまのセンスのようです。勇ましいね。

雷神さまは首にサングラスをぶら下げて、陽気に首を振っています。


どうも、こんにちは。

実は私、この木の頂上を目指して登っているところなんです。

あと、それ、いい雲ですね。羨ましいです。


私はとりあえず雷神さまにぺこりとお辞儀をしました。


ああ、いい雲だろう?

こいつの乗り心地は最高なんだ。

ところで、お前さん、木のてっぺん目指すのはいいけど、普通に登ったら一万年かかるよ。

それでもいいのか?


ええ、そんなにかかるんですか!?

まいったなぁ。三日前に思いつきで登り始めたんだけど。

私はぼりぼりと頭を掻きました。

まさかそんなに遠い道のりだったとは・・・。


雷神さまはカハハと笑いました。


よし、俺がエレベータ出してやるから、それで天界まで連れて行ってやろう。


雷神さまがそういうと、雲の割れ目から四角い柱のようなものが降りてきまして、まぁ、要するにそれがエレベータってわけなんですがね。

はい、ビルやマンションにある、アレです。


これ動くんですか?

私の目の前に四角い柱の最低部に付いた扉がやって来て止まりました。

なんとなくラピュタを思い出します。


当たり前だよ。200万v三相交流電源サーボモーターや。この雷神さまの力で動かしたる。


雷神さまは筋肉むきむきの、電気バリバリで、見るからに頼もしいです。

私はすっかり、このエレベータなら大丈夫に違いないな、と思いました。


扉が音もなく開きます。カッコよすぎ。

中は結構広くて、畳の真ん中にちゃぶ台とミカンが置いてあります。

座布団も敷いてあります。

それに四面はガラス張りになっていて、見晴らしもすこぶるよろしい。


では、失礼して。いそいそと中に入ります。

ほえー、このミカン、食べてもいいんですか?


いいよー。


扉が閉まると、スムーズにエレベータは上昇し始めました。

というか、Gがすごい。どんどん地上の重力に逆らって加速していきます。

カッコいい。


私は鼓膜の圧迫を感じつつも、エレベータから外の景色を眺め、びゅんびゅんと木が電車のレールを縦にしたみたいに通り過ぎていくのを見つめて、今までの自分の努力は何だったのだろうと思いました。


いや、悪い意味ではなくて、むしろ爽快なのですよ。

あれほど汗水流して、自力で登ったことのある木の幹だからこそ、そのすぐ脇を物凄い勢いで上昇していくエレベータの凄まじさ、その性能の驚くべき完成度を、まじまじと体感することができるのです。雷神さまのテクノロジ、まじパないっす。


だから、無駄じゃなかったと思える。

頑張ったから、ミカンが美味しい。

この余裕。

ただ座っているだけで、物事が進んでいくというこの愉悦。


気持ちがいいなぁ。

ぐーんと、体が天に引っ張られていくのです。


次回は、いよいよ天界です。







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