●33.遅れてきた者と導く者。

 《現実主義リアリズム》に情報が入ったのは今朝だった。

 ヤスユキを見つけた――という協力者からの情報を、ユウヤは受け取るや否や行動に起こした。

 普段は〝見捨てられた町フォーセイクンタウン〟から出ることはないが、今回は別だ。〝異能者〟を狩る目的以外で、ユウヤは仲間をほとんど連れて都市に踏み出した。

 傍に雪姫はいない。ヤスユキと一緒にいるのだろう。

 右の脇腹がうずく。傷は塞がっているが、完治までは暫くかかるだろう。「安静にしていてください」とアユに言われたが、ユウヤはそれを撥ね退けた。

 そして今に至る。


「ユウヤさん。傷は大丈夫ですか?」

「ああ」

「平気ですよ、アユさん。ユウヤさんはあれぐらいの傷じゃ死にませんって」

「だけど、ミウ。あの傷は結構深かったのよ」

「アユさんが心配したところで無駄です。ユウヤさんは強情なシスコンなのですから。それよりもアユさんは、あの時何も傷負いませんでしたか? わたしはそっちの方が気になります」

「え、ええ。私は無事だけど……」

「本当ですか? ほんとのほんとに?」

「ミウ、安心して。私は平気だから」

 そういいながらアユが優しく頭を撫でると、ミウが頬を膨らませながらそっぽを向いた。

「そうですか」

「おい」

 背後で騒がしい二人に向かって静かにしろという意味でユウヤは声を上げると、ピタッと喋り声が止まった。

 ため息をつきながらユウヤは足を進める。

「そういえば」

 アユが思い出したかのように口を開いた。

「サイヤはどうしますか?」

 あのあとすっかり忘れていたが、サイヤは《現実主義リアリズム》に戻ってこなかった。どこかでのたれ死んでいると助かるのだが、もし生きていたら裏切り者として処罰しなければならないだろう。

 だけど今はそれどころではない。面倒ごとは後回しだ。

 ユウヤは唇を噛んだ。

 なるべく人通りの少ない道を選んで歩いていたものの、それでも〝異能者〟から見ると〝異端者〟は目立つ存在だ。しかも〝異端者〟が集団で歩いていればなおさら。だから、今回、《現実主義リアリズム》は複数のチームに分かれて行動をしている。

 今ユウヤの周りにいる仲間は、自分を入れてちょうど十人だ。

 それでも結構人がいるからか、〝異能者〟の視線が突き刺さってくる。それを、ユウヤは無言で跳ねのけていた。他の仲間は、ニヤニヤとして逆に〝異能者〟を眺めていたり、憎しみのこもった目で〝異能者〟を睨みながらカチカチと拳銃を触っていたりと、さまざまだ。

 ユウヤは懐の拳銃に触れた。


「なんだ」


 遠くから、複数の銃声が聞こえてきた。よほどのことがない限り、〝異能者〟が銃を使うとは思えない。

 ユウヤは嫌な予感がして、仲間と共に走り出す。

 どこかで聞いたことがある、獣の咆哮も聞こえてきた。



 ユウヤたちが到着した場所。

 そこに広がっている光景を見て、ユウヤは目を見張る。

 仲間が死んでいる。それも、抵抗する間もなく一方的に殺されたようにみえる。

 一人の仲間の死体に近づいて行き、ユウヤは傷の状態をしらべた。

「これは、人じゃないな」

「〝異能者〟でしょうか」

「ああ。そうだろうな。だがどうしてだ。連絡なしに、こいつ等が勝手な行動をしたのか」

 標的を見つけたら無線に連絡するように伝えてある。ヤスユキはユウヤが殺すと決めているのだから。

「ですがこの傷……。あの探偵がやっとは思えません」

「だろうな」

「他の〝異能者〟でしょうか。ですが、今回の標的はヤスユキの筈……」

 アユが辺りを見渡す。そこにあるのは成れ果てた十人ほどの仲間の死骸。彼らを殺したらしい〝異能者〟は見当たらない。

 「あ」とミウが声を上げると、一つの死体に向かっていた。

 うつ伏せで倒れている死体に目を凝らし、ユウヤは目を見張る。

「ヤスユキ」

 近づいて行くと、そこに倒れているのはヤスユキだった。外傷は少ないが、他の仲間と同じように死んでいるのだろうか。

「ユウヤさん。まだ、生きています」

 脈を計っていたミウが、小声で伝えてくる。

 ユウヤはヤスユキの体を仰向けにする。呼吸は浅いがそれでも心臓は脈打っている。

「どうしますか? 殺しますか?」

 感情のこもっていない目でミウが小首をかしげて問うてくる。

 ユウヤは暫く迷い、首を振った。

「いや。雪姫の居場所を聞き出す」

 目を伏せるとミウが立ち上がった。他の仲間が近寄ってくる。


「ヤスユキ! 目を覚ませ! 雪姫は、どこだ!」


 ユウヤは我を保ちながら、ヤスユキの耳元で大声を上げた。



○ ○ ○



 どこだろう。

 遠くから声が聞こえてくる。


さて、我との契約は如何に?】


 ――だれ?


【久方ぶりの邂逅がれか。我と強制的に契りを交わした分際で、勝手に力を開放しおって】


 ――ああ。【鬼生蟲】か。


【如何にも。其れで如何どうするのだ。生か死か。其れを望むのは其方そちら次第だ】

【鬼に成るか蟲に成るか、生きた屍として人の皮を被り無様な醜態を晒すか、又は死ぬか。其方の好きにするが良い】


 鬼になれば、すべての蟲を従えて無敵の力を手に入れるだろう。

 蟲になれば、意識を失いただの蟲として【鬼生蟲】の奴隷なるだろう。

 生きた屍として人の皮を被れば、今のまま変わることのない弱い自分を晒すことになるだろう。


 蟲にはなりたくない。意識を失えば、姉と一緒にいられなくなる。姉を守れなくなる。今のまま、何も成し遂げないまま死にたくはない。

 だったら鬼になるか。鬼になれば、人の姿を失うが、姉を守れるほどの力を手に入れることができる。〝異端者〟なんてゴミのように蹴散らして、〝異能者〟も蚊を叩き潰すように殺せるだろう。そうして殺したものを、食物として生きていけばいい。鬼の姿に成れば蟲を食べるだけでは物足りなくなる。鬼になれば、蟲以外も食べることができるのだ。たとえそれが人だったとしても。


 だけど――。


 アオは暗闇の中ゆっくりと瞬きをすると、答えを返した。


「人間のままがいい」


 ――だって、見た目だけでも人間じゃないと、おねぇちゃんに愛してもらえなくなる。


 それが一番嫌だった。


【良かろう】


 どこかで【鬼生蟲】の笑い声が聞こえた気がした。



○ ● ○



 アイを殺してはいけない。それは絶対だ。

 アオは蟲を吐き出しているだけで、蟲を殺さなければ敵に認められないため害はないだろう。真白の脇を通って逃げていった〝異端者〟も放置しておけばいい。今、真白がすべきことは目の前にいるアイを――ドラゴンを止めること、その一点のみ。


 銀色に輝く足を踏み出すと、軌跡のように銀色の粒子が後方に飛んでいく。

 銃創から血を滴らせ、ドラゴンの眼を顕現させたアイがこちらを見ている。いや、あれはドラゴンだ。

 にやりと歪む口に嫌な予感がするも、【銀色狼ウルフ】の姿に成っている真白はいつもより気持ちが高ぶってきているため、唸り声で答える。

 これいつも感じることのない気持ちだ。いつもは後ろ髪を引かれる思いがいつも付きまとい、本当に気持ちが休まることなんてなかった。だけど今は。今、この姿になっているときは、憂鬱な気持ちを忘れてその本能のまま、歯を見せて笑うことができる。


 さて、どうしようか。まずは、目の前にいる女の足を噛み千切るか。それとも腕にするか。はらわたを食べるのも面白そうだ。


 ――違う。あれはアイだ。殺してはいけない。


 じゃあ、隣にいる少年から食べるか? 蟲だらけでお腹を壊しそうだが、まずくはないだろう。本来、蟲も人も獣に食い殺される運命なのだ。


 そっちは後回しだ。アイに危害が行くまでは殺しはしない。

 ならどうするか。


 真白はのっそりとアイに近づきながら考える。


 立っているのは、もう真白とアイだけだ。アオはもとより、他の〝異能者〟は地面に倒れ伏している。


 アイが手を振り被った。斬撃が飛んでくるのを、真白は寸前で躱す。

 その時に気づいた。アイの手は、もうドラゴンの爪になっている。このままではアイの体はドラゴンになってしまい、意識のなくなった彼女は死んだも当然となる。それはいけない。

 それに、もしアイの体がドラゴンになってしまったら、太古の神獣であるこの世にいるはずのないドラゴンがこの世に顕現することになってしまう。そうなると、真白やアオはもとより、あの探偵や他の〝異能者〟も分け隔てなくドラゴンに殺され、この世界は血の海と化すだろう。

 それも阻止せねばならない。今、ここでアイを意識が戻るのを手助けするのだ。


 殺してはいけない。それは最も最悪な決断だ。殺せばドラゴンも体を扱うことはできないが、契約者を失ったあの神獣がどうなるのか真白にはわからない。アイの父親なら知っているかもしれないが、あの男はもういない。何より真白は、アイに生きていて欲しいのだ。

 この身が滅びようと。


 ――さて、ドラゴンとウルフ、どちらが強いのでしょうか。


 アイの手が再び振りかぶられる。その隙をついて飛ぶと、真白はアイの背後に回った。鼻息荒くうならせた全身で、アイにずっつきをする。不意を突かれた彼女の体は、ゆっくりと前に倒れた。笑い声がする。それは、アイの口から出ているがアイではない。ドラゴンだ。少年のような子供っぽい声をしている、太古の神獣。


 あれ、どうしてドラゴンの眼はこちらを向いているのだろうか。


 ドラゴンの眼と、銀色の瞳が交錯したとき、近くで足音が聞こえた。


「ふむ。これはちとやばいね」


 その人は、微笑みを浮かべて立っている。

 白衣を着た初老の男性だ。いや違う。背の低い、背筋の曲がった老女。違う。まだ若いぴちぴち肌の女子高生。違う。まだあどけなさの残る少年だ。いやそれも違う。あれも、これも、どれも違う。様々の姿に変わった後、そのは落ちくぼんだ目をしたひょろりと背の高い気味の悪いの姿のまま、緑色の髪の毛を触りながら口を開いた。


「まさかまだあの男の子孫しそんが生きていたとは。まあ、前々から怪盗ドラゴンという名前を聞いたときに気にはなっていたけど、本物とはね。太古の神獣ドラゴン、か。あの男がどうやってドラゴンを捕まえたのかはわからないけど、この私の理想郷にドラゴンみたいに強力な力を持った〝使い魔〟は必要ないからさ。もう私に世界を変える力はないけど、どうにかしないとね。さーて。狼くん」


 真白は反射的に顔を上げる。

 男はにっこりと気味の悪い笑みを浮かべていた。


「助けてあげようか」


 ――どうして。

 声を出せないため、真白は唸り声で答える。それなのに、男はまるでわかっているかのように両手を広げながらもう一度言葉を吐く。


「助けてあげるよ」


 そうしてにぃっと口角を上げた。


「これから、私のために働いてくれるならね」


 ちょうど、手駒が欲しかったんだ。


 辺りに草花が咲き乱れた。

 だけど、それはの姿に替わったことにより、一瞬で消え去る――。


 薄い茶髪のショートカットの少女が、藍色の瞳をキラキラさせて微笑んでいる。

 その両手から光が出て――真白の意識はなくなった。



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