番外編 

●番外編 居場所をつくるにはまずは掃除からだよね!

「おっかたずっけ~。たっのしぃなぁ~。こんなにもゴミがあって~。めっちゃ掃除のしがいがあるじゃねぇかってふざけんなよこんちくしょー! 俺は掃除屋じゃねぇっつーの。お手伝いでもねぇし、お前の専属のメイドでもねぇしッ。俺は、ただのお前の護衛だっつーのッ。なんで俺が掃除してんの? これ何年分のゴミとか言うレベルじゃなくね? ね? よくこんな部屋で、寝たり食べたりできるよな。お前、どんな神経してんの? いや、そもそも神経ないのか? 〝異能者〟だからか? うん? ていうよりお前も手伝えやおらっ!」

 持っていた可燃ごみの袋をサイヤが放る。中にごみの溜まったそれは、ゆっくりと軌道を描き、茶髪を左サイドで三つ編みにした、白衣を着た背中にぶち当たる。ぎぃーくるり、と回転椅子を回し、いまにも山登りをしそうなほどカジュアルな服の上から白衣を着ているというミスマッチな服装の少女が、眉間にしわを寄せて不機嫌そうな顔をサイヤに向けた。

 サイヤは肩で息をしながら少女を睨みつける。

 彼女はサイヤの雇い主だ。彼女は、ちょっと前にサイヤに〝異能者〟になるように唆した相手でもあり、そして今現在も立派にサイヤを雇ってくれている、というよりいく宛のなくなったサイヤが勝手にこの事務所に住み着いているだけだが、お金をくれている相手に他ならない。

 だから、この部屋の光景を見たときに、気にしないように気にしないように、少し掃除して自分の居場所を作ればいいかーっとか考えていたのだが、部屋の空気が淀んでいるし、お風呂にはカビが生えているし、カーテンはカッターで切ったかのように敗れているし、というよりそれよりもご飯を食べるために必要不可欠なキッチンの隅に、何かちょっと言葉では表すことのできないとんでもなく黒く不気味なものが集団生活をしているし――っで、とりあえず事務所兼住居のマンションのこの階だけでも掃除してやることに決めたのだが――。決めたのはいいものの、もうどっから手をつけて良いのかわっかんねーんだよ! というようなありさまで嫌になってきた。

 だからゴミ袋を、この部屋の主たる少女に投げつけてやった。

 《情報屋閑古鳥が鳴いてる堂》とかいう悲しい看板を掲げている、自称閑古さん。

 彼女は静かに立ち上がると、サイヤの耳朶みみたぶを無言で引っ張った。

「いってぇ」

「黙りなさい、護衛風情が。お金あげないわよ」

「うるっせー。お前の部屋だろうが、自分で掃除しろやボケ!」

「うるさいわね。あたしはこれで十分普通に満足して暮らしているのよ。嫌だったら出ていけばいいじゃない。貴方は勝手にここに住み着いているだけなんだから!」

「あん? 何言ってんだてめぇ。俺は、お前の、護衛、じゃねぇか!」

 閑古はまっすぐサイヤを睨みつけ、瞬間、ピースするかのように開いた指をサイヤの目に突き刺――

「って、それはやべぇよ!! 目は俺の宝なんですけど!」

 スナイパーにとって大切な目を壊されそうになり、サイヤはとっさに懐からモデルガンを取り出す。

 銃口を閑古に向け、サイヤは獰猛な笑みを浮かべた。

「ははっ。やっぱ殺そう。こいつを殺して、この部屋爆破させよう。そうすりゃもう掃除しなくって済むじゃねぇーか。さいっこう!」

「何でそういう話になるのかしら。意味が分からないわ。というよりも、あたしを殺しちゃったら、誰が貴方にお金を上げるのかしら? お小遣いをもらっているだけのガキのくせに」

「別に金なんてなぁ、そこら辺に転がってんだよ。お前にもらわなくたって、そこら辺の恰幅の良いおっさんとかに取り入って殺しの仕事でも請け負えば、お金なんて簡単にもらえんだろ? おお、結構いい案じゃん。俺殺し屋になろうかなぁ」

「馬鹿じゃないの」

 ため息をつく閑古。興味を失くしたのか、静かな目でサイヤを一瞥すると、回転椅子に座り直しパソコンの画面に目を戻す。

 サイヤはその背中を冷静に眺めながら銃口を向けていた。

 殺すなら今だ。

 このモデルガンで、彼女を殺すことなんてサイヤには容易いこと。

 そうして引き金を引こうとしたとき、彼を笑う女性の高い声がその場に響いた。

『あははははははははッ! これは愉快痛快、痛快愉快だ。くふっ、もっと我を楽しませてくれよ、我が親愛なる申し子サイヤよ』

「こういう時だけそんな大それた呼び方するんじゃねー、姫。いつもいきなり声を出すな」

『ふむ。難しいことを言うの、サイヤよ。人も我も、言葉を発するときはいきなりだぞ。腕でも叩けばよかったのか? それとも頭? いやぁ、サイヤの頭を殴るともっと阿呆になってしまうからの、それはよそう。やはり、弾丸を取り出すのが一番か、え?』

「そんなんでいちいち火薬パウダー使うなよ。お金かかるんですけどッ」

『ならいきなり声を出すのぐらい、許してくれよ』

「わっかりましたー」

 サイヤは引き金から指を外すと、銃口を下に向けた。興が削がれてしまい、やる気の出なくなったサイヤは床に座る。その部分だけ、昨日の夜寝る範囲を確保したためゴミはない。

 サイヤを笑う女性の声は、彼の周辺から聞こえてくる。だけど、そこに彼女はいない。彼女は、彼の中に眠っているのだ。彼女の姿を、サイヤは見たことがない。

 【弾眼ブレット】――サイヤが左耳の鼓膜を〝犠牲〟にして契約している〝使い魔〟。彼女は、人から敬われ姫と呼ばれることを喜ぶ、自尊心の塊の傲慢な女だ。

 彼女の能力を使うには火薬パウダーが大量に必要で、サイヤは毎日のように火薬を彼女に分け与えている。

『良きかな良きかな、くふふふっ。あははっ。愉しいの、サイヤよ。貴様のような人の契約者は久しいぞ。ふむ、褒美をやろう。どれ、ちょっとそこで踊ってみろ』

「って、なんでお前からの褒美で俺が躍らなくちゃいけねぇんだよ! ほんっとうに、なんで俺はお前と契約したんだか。うるさい女は嫌いだっつーの」

『ふむ? 我との契約を破棄したいと?』

「できればそうしてぇよ」

『できぬから無理だの。一度能力者になれば、人は死ぬまで〝使い魔〟の言いなりだからのぅ。哀れな人はそれを知らん。だから滑稽で笑いがとまらぬのだッ』

「なんかそれじゃまるで、俺の命がお前の掌の上で踊っているみたいじゃね?」

『比喩ではなく本当のことだぞ、サイヤよ。人は我ら〝使い魔〟を使っているつもりなのだろうが、それは違う。我らは貴様ら人の心に住むことにより、この世にはない異能の力を貴様らに分け与えておるだけなのだ。我とサイヤは一心同体。いや、我のほうがちと上だ。いつでも我は貴様を殺せるのだよ?』

 「ははっ」と笑うサイヤの頬を、汗が伝い落ちる。それを拭い、サイヤはモデルガンをポケットに仕舞いこんだ。

『でも、良かったの、サイヤよ。契約をしたのが我で』

「どういう意味だ?」

『我は話せる。意思疎通ができる〝使い魔〟というのは、良いものなのだぞ。意思疎通できぬ〝使い魔〟は、いきなり何をしでかすからわからぬ故、恐ろしいからの。だから、サイヤよ。我でよかったとは思わぬか、え?』

「うるさいお前よりは喋らねぇ〝使い魔〟のほうがましだ」

『くふふっ。良き良き。やはりこうでなくっては。最後の最後に殺しがいがあるってものよ!』

「あん?」

『我の契約者が誰かに殺されるのなんて反吐がでるからの。やはり、人の最後は我の手でやらねば、の。今から楽しみだ』

 哄笑が響き渡る。

 サイヤは寒気を覚え、体を両手で覆った。

 モデルガンを取り出す。それを自身のこめかみにあてると、引き金を引いた。

 弾丸は出てこない。

 サイヤはめんどうになり、モデルガンを掘った。弧を描き飛んでいくモデルガンは、閑古の背中にあたる。

 非難がましい目で閑古がこちらを睨みつける。サイヤは唇の端を引き攣らせながら歯を見せて笑った。

 閑古は再びパソコンの画面に視線を向ける。それから本日は一度も彼女がこちらを見ることはなかった。

 その背中を、サイヤはぼんやりと眺める。

 〝使い魔〟の笑い声は聞こえてこない。

 部屋の中を見渡し、サイヤはこれから暫く忙しくなることを悟り、長い長い嘆息を漏らした。

「掃除しねぇと」

 この部屋は汚い。いや、ゴミ屋敷だ。

 いつになったら掃除が終わるのか。空いたお菓子の袋を部屋の中に適当に放る閑古がいるから、もしかしたら一生終わらないのかもしれない。

 ――やっぱり殺してぇ。

 サイヤは天井を仰ぐ。

 どうして自分はここにいるのだろうか。

 こんな女の護衛をするよりも、殺し屋になってこういう女を殺しまわる方が楽なんじゃないのか? ――そんな思いが幾度も湧き上がる。



 サイヤはまだ知らない。

 彼は〝使い魔〟と契約したばかりの、〝異能者〟の新米だ。

 閑古が〝異能者〟だと思い、付き従っているだけの〝異能者〟だ。

 〝異能者〟が〝異能者〟を知覚できることを、サイヤはまだ知らない。

 だけど〝使い魔〟である【弾眼ブレット】は知っていた。

 いつか彼が閑古の真実を知った時――おそらくとても愉しい遊戯が待っているだろうということを――。

 それはいつか起こり得る先の話。



番外編「居場所をつくるにはまずは掃除からだよね!」完

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