●25.そして真実は語られる。
銃口が火花を散り、同時に少年の体が前に傾き地面に倒れた。その傍にグレーの髪を馬の尻尾のように結んだ少女が近寄り声をかける。神宮寺の背中から顔を出し、アケミは茫然とヤスユキを見下ろした。
「ヤスユキ」
「気を失っているだけだ。死んじゃいないから、大丈夫だよ」
神宮寺は死んだ魚のような目を、青年に向けていた。ユウヤ、と呼ばれていただろうか。ユウヤは右わき腹から溢れ出る血を押さえ、ヤスユキを睨みつけている。足は地についているが、立っているのがやっとといったところか。
後ろにいた女性が顔面を蒼白させてユウヤに近寄る。隣にいる少女はつまらなそうな表情をしていた。
「ヤスユキッ! しっかりしろ!」
雪姫の鳴き声が耳に響く。
引き金を引いた反動で倒れたヤスユキは、気を失っているので何の反応もしない。
「アユ」
口から血を滴らせ、ユウヤが女性の名前を呼ぶ。
「いったん、ひく、ぞ」
「はい。そうしましょう。このままじゃ、ユウヤさんが死んじゃいます!」
ユウヤの体を支えたアユを、冷静な瞳で少女が見つめていた。
「兄上ッ!」
雪姫の絶叫が響く。
「ヤスユキは、記憶を失くしているのじゃ!」
「……は?」
間抜けな声が響く。ユウヤが口を開けて間抜け面をした。
「どういう、意味だ」
「ヤスユキは、妾のことを覚えてなかった。えぐっ、兄上のことも、アユのことも、サイヤのことも……なにもかも」
「……騙されて、いたんだろう」
「そんなことない! ヤスユキは嘘なんてつかないのじゃ!」
ふん、とユウヤが鼻を鳴らす。
「行きましょう」
切迫した顔でアユが歩きだした。雪姫のことは、もう見えていないのだろう。
――これが、《
ヤスユキのこと。〝異端者〟の彼のこと。
神宮寺が推察していたことを、アケミは聞かされていた。彼は恐らく、《
だけどアケミは信じていなかった。
ヤスユキのあの夢を、盗み見るまでは……。
殺意の溢れるあの夢は、血の海の中心に立つ少年は、間違いなく彼だったのだから――。
「ヤスユキ!」
彼を呼ぶ少女の声に、アケミは平常心を取り戻す。取り乱している人が一人でもいると、人間はどうやら冷静になれるらしい。
「ジン」
「なんだい?」
「どうするんだよ」
返答はない。ただ神宮寺は歩きだすと、ヤスユキの傍にしゃがみ込んだ。体を仰向けにして、ヤスユキの腕をとると自分の首にかける。そうして神宮寺はヤスユキを背負うと、歩きだした。
「じゃあ行くよ」
「ヤスユキをどうする!」
「雪姫君。落ち着け。しばらくしたら、目を覚ますだろう。その時まで、君は待っていればいい」
――目を覚ましたらヤスユキはどうなる?
その声は出てこない。
アケミは雪姫の頭を撫でると、顔を上げた彼女に微笑みかける。
「ヤスは、いまから安全なところに連れてくんだぜ」
雪姫の暖かい手を握る。
歩きだした神宮寺の背を、アケミは追いかけた。
● ● ●
〝
カジュアルな服の上に白衣というミスマッチな服装の少女が、ゾンビを打ち倒すゲームに興じていた。放つはマシンガン。画面に映っていたゾンビはすべて消え失せた。次の場面になり、そうしてまた現れるゾンビを倒そうとするが、途中でマシンガンの弾が切れてしまったので、弾数が残っている拳銃でゾンビを撃ち倒す。
「よしっ!」
その声に、別の声が傘なった。
「ね、隣りいい?」
少女はそろそろ退屈してきたので、その誘いに乗ることにする。
「いいわよー」
少女の髪型はショートに見える茶髪で、だけどよく見ると一つにまとめた三つ編みが前に垂れている。三つ編みを揺らしながら振り向いた少女は、少し目を見開き、笑みを浮かべる。
そこにいたのは、フードをかぶった男だった。だけど少女の情報が正しければ、彼はまだ少年と呼べる歳だろう。フードの下からサファイアみたいに綺麗な色じゃない、濁ったような青色が覗いている。少女を見つめるその目に感情はあまり浮かんでいなかった。フードを脱いで金髪を露わにした彼は、少女の隣にある銃を模したコントロールを手に取り、見事な手さばきでゾンビを一撃で倒していく。なるほど、スナイパーの腕がいいというのは本当みたいだ。こんなゲームでも手抜きをしない。
少女は口笛を吹き、コンティニューするのをやめる。
少年は暫くゾンビを倒していたが、あまりにもゾンビが弱すぎて飽きたのか、銃を模したコントロールを置き、そして少女を見た。
「はじめまして、でいいのかな」
少女はその言葉に頷く。
少年は鋭い眼光で、少女を睨む。
唐突に、彼は怒りを滲ませた声で吠えるかのように問いかける。
「あんたさ。楽しかった?」
少女は首を傾げ、そして納得すると口を開く。
「いいえ。あまりにも茶番過ぎて、退屈だったわ」
情報で人を操るのは面白い。だけど、どうしてもそれに限界があるみたいだ。人間は、自分の思い通り動いてくれない。自分勝手に好きなように動いてしまう。
それでも今回みたいに、予想外にも思わぬ終わりとなり、少女は満足していた。
笑みを浮かべ、目の前にいる少年に微笑みかける。彼だけは自分の思い通りに動いてくれたのだから。
「貴方は、今回とてもいい働きをしてくれたわ。ありがとう。と言ってあげる」
敵意の視線をものともしない少女の言葉に、少年は低い声を出す。
「何ふざけてんの。馬鹿じゃない? 俺、お前の思い通りになんて動いていないんだけど。ただ、情報を買っただけだ」
「かわいそうに。気づいていなかったのね。貴方は、あたしの掌の上で踊っていただけなのよ」
「どういう意味だ」
「貴方は自分の意思で組織のボスに拳銃を向け、自分の意思で組織を乗っ取り、そして自分の意思で組織を抜けたとか思っているだろうけれど、それは間違いよ」
「俺は、自分の意思で《
「うふふ。かわいそうに。居場所がなくなったから、思考が追い付いていないのね。貴方はね、あたしの思い通りに動いてくれたのよ。本当は組織を分裂させたかったのだけれど、そこまでは無理だったみたいね。貴方の力では。もともと組織で煙たがられていた貴方じゃ、これが限界、といったところかしら。だけど貴方は、最後に良い働きをしてくれたわ。それも称賛してあげる。ありがとう」
ウィンクする少女に、少年が銃を向けた。ゲームのコントロールではなく、本物の銃だ。指がいまから引き金を引きますよ、と添えられている。
少女は両手を上げて、少年が口を開く。
「もう一度聞くよ。あんたさ。楽しかった?」
「うん。退屈で愉しかったわよ」
「俺さ。行く場所なくなったんだわ。いや、知ってたよ。皆が俺なんかに付き従わないことなんて。ボスになんてなれないって。俺めんどくさがりだし、飽きっぽいし。だけどあれはないよね。あのとき結構嬉しかったんだよ。ユウヤさんを組織から追い出したと思って調子に乗ってたけど、みんなが俺の言葉に耳を傾けてくれた―って。そう思ってさ、有頂天になってたから、気づかなかった。あのときさ、みんな俺がユウヤさんを殺さないように、ユウヤさんをいったん組織から外すために、あとから俺を組織から追い出すためだけに、ユウヤさんに銃口を向けたことに。滑稽、っていうのかな。でもさ、あそこは俺の居場所だったんだよ。あそこしか、〝異端者〟の俺はいることができないんだって、あとから気づいた。俺は、〝異能者〟を殺すことに、存在意義を見出していたからね。それだけが、俺の生きがいだった。だから、さ」
少年が青い瞳を煌めかせ笑みを浮かべると、少女を眺めまわしそして言う。
「いまからあんたを殺して、俺は死ぬ。〝異能者〟は、やっぱり生きてちゃいけないんだよ。特にあんたみたいに、狂ったやつは、生きている資格がない。あんたが何の〝使い魔〟と契約をしているのかは知らないけど、銃で頭を射られたら、死ぬことぐらいこちとら知っているんだよね」
「へぇ」
「あんたが少しでも動いたらこの引き金を引く。だから、最後に教えてよ」
少女は愉しそうな笑みで、少年の言葉を待つ。
「あんた、何者?」
「〝異能者〟」
その言葉が合図だった。
カチッという音が鳴った。
「あれ。弾切れ。まあいいや。死ぬのやめた」
「それは助かったわぁ」
少女が一歩足を踏み出す。少年は拳銃を捨てると、少女から視線を逸らした。
「ああ。生きるのめんどくせ」
「ねぇ、あたしは知っているのよ。貴方がどうして〝異端者〟のままなのか」
「あ?」
「貴方は、目の前で父親の〝使い魔〟の暴走をみた。それで、〝使い魔〟と契約をするのが怖くなったのでしょう? 〝使い魔〟なんかいなくても自分は強い。〝異能者〟よりも強くなれる。だから、貴方は《
「……俺は、〝異能者〟が嫌いなだけだ」
「違うわよ。貴方は、〝異能者〟になるのが嫌いなだけ。〝異能者〟を憎んでなんかいないわ。それをあたしは知っている。貴方は、〝異能者〟を殺すことを肯定したくって、ただ〝異能者〟を憎んでいるふりをしている。そしてそれは、組織の人間もなんとなく気づいていた」
「は?」
「だからあたしは、あなたを組織から抜けるように仕向けることにしたのよ。大事なクライアントだからね」
少女はもう一度ウィンクをすると、指をくるりと回し少年を指さした。
「貴方に、いま選択する時間をあげる。貴方は、〝異能者〟になるのが怖がっていた。〝異能者〟になって、いつか自分が自分じゃなくなるのが、ただ怖かった。だけどあたしは知っているのよ。暴走して死ぬことのない、〝使い魔〟のこと。それと、契約をするチャンスをあげるわ。実は貴方のために契約する枠をとっておいたのよ。しかもその〝使い魔〟は戦闘に特化している。貴方がいま持っている力を役立てるのに、特化している。スナイパーの技術をさらに向上させるのにも特化している。ねぇ、どうするの?」
嘘かもしれない。けれど彼はわかっていた。情報屋は、取引で嘘をつかない。嘘をついたら信頼を無くすからだ。彼女は自分のことをクライアントだと言っていた。だったら、その言葉を信じてみようか。
昔の記憶は、正直薄れている。目の前で父親がはじけ飛んだのも、長い年月の中どうでもいいことになっていた。〝使い魔〟への恐怖は、薄れている。
少女が愉しそうに手を差し出す。少年はそれをしばらく見つめて、そしてゆっくりと握った。
どうせいまの自分に居場所はないのだ。だったら、いままでいたところを、自分が望んで抜けた組織を、
「しょうがないから乗ってあげるよ」
少女は心の中でほくそ笑んだ。
――吊り糸は、一本でも多いほうがいいものね。
少年に、〝使い魔〟の情報と、契約する場所の情報を無償で渡し、
――これからどこに行きましょうか。
暫く、馴染みある探偵のところにはいけないだろう。明るい都心に行くには、黒い自分じゃ浮いてしまう。――天才って辛いわね。
ああ、憂鬱だ。シノのいない世界は、愉しくない。
退屈。
いくら情報で人を操っても、それで好奇心は満たせない。というよりも、閑古にとっての好奇心は、シノと共に棄ててしまった。いまは、契約している〝使い魔〟である【
『前』
短いその声は〝使い魔〟のものだ。
地面を見ながら歩いていた閑古は、その声を信じて前を向く。
そこに探偵がいた。
ボロボロになった上着を纏った、身長の高い死んだ魚のような目をした、感情の温もりのない探偵。
神宮寺と呼ばれているその人は、むかし閑古が好奇心を向けていた相手でもあった。
感情のない人間は、どうなる?
それは今目の前にいる探偵が物語っている。
ニヤリ、と口元を歪め、閑古の前まで歩みだす。
「お久しぶり、神宮寺。元気にしてた? 貴方のほうからあたしに会いに来てくれるなんて、嬉しいわぁ」
「三日ほど前に君に会っているから、久しぶりというほどではないね」
――本当に、頭の固い男。
神宮寺は、ただじっと閑古を見ていた。いや、視線がうろうろしているので、眺めている、といった方がいいのだろうか。
彼は、何かを考えている。
長年の付き合いから、閑古はそう思い声をかける。
「神宮寺。あたしになんの用?」
口を閉じて、暫くしてから開き。
神宮寺は感情のこもっていない冷たい声で言うのだった。
「真実を、教えにきたよ」
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