●23.訪問者たち。
「ユウヤさん、あれ」
「……」
アユが指さす先、そこを見てユウヤは思わずうなり声を上げる。
≪神宮寺探偵事務所≫の近くまでやってきて、これからどうようか考えていた最中のことだった。
どこかで金属同士がぶつかり合うような音が聞こえてきた。
その音の出所を探し出し、そしてそれが標的にしている≪神宮寺探偵事務所≫の前での出来事だと気づき、ユウヤは険しい顔をする。
「あれは……」
視線の先――そこに、見知った顔があった。
サイヤだ。金髪を隠すことなくフードを脱いでいるが、着ているパーカーは昨日と変わっていない。そんなサイヤの前には仲間が二人いて、その内の大柄の男が金属バッドをドアノブに叩き付けており、その隣にいる短髪の女がいつでも撃てるように拳銃を構えている。相手がいつ出てきてもいいからだろう。サイヤはというと、その後ろでポケットに手を突っ込んで何もしている様子がない。サイヤの後ろにいる他の仲間――三人の男女は拳銃を構えていた。
視線をサイヤに戻し、ユウヤは鼻を鳴らす。
――まるでボスのような面だな。
《
――さて、どうする。
これから二人で乗り込むには分が悪い。こちらはアユと自分の二人しかいないわけで、対してあちらは六人だ。だけど先にサイヤたちを行かせると、雪姫に害が及ぶかもしれない。それだけはどうにか阻止しなければならなかった。雪姫だけは、雪姫が、裏切り者のわけがないのだから。ただヤスユキに唆されただけなのだろうから。雪姫の幼い恋心なんてただの思い違いで、そんなのあり得るわけがないのだ。
ヤスユキのことは諦めてもらうしかない。
その為にはどうしたらいいのだろうか。
懐から拳銃を取り出すが、昨日雨の中、傘も差さずにずぶ濡れの状態で外にいたものだから使い物にならなくなってしまっていた。腰にナイフを忍ばせているが、これでサイヤたち六人を相手にするのはもとより、〝異能者〟に手も上がらないだろ。
懐に拳銃を戻し、ユウヤはひとまず成り行きを見守ることにした。
――ガッキンッ、という音がした。恐らくドアノブが壊れたのだろう。
ユウヤは、元仲間たちに気づかれないように、さりげなく物陰から体を表し少しずつ≪神宮寺探偵事務所≫に近づいて行く。
後ろからはアユの足音がする。
大柄の男が金属バットを肩に担ぎ、ドアを蹴り倒した。
大柄の男がまず先に階段を上って行き、そのあとを短髪の女がついて行く。サイヤは先に二人の仲間を行かせ、そのあとを上がって行った。最後に、サイドで軽く髪の毛を結った十六歳程の少女が上って行く。視線がずれ、一瞬彼女と目が合った気がした。
ユウヤは足を止める。
● ● ●
ガンガン打ち付けるような音は、下からだろうか。恐らく扉を壊そうとしているのだろう。
――なんだ、何が起こってる……?
アケミが立ちあがった。
「何だよ。誰がくるんだ」
「少なくともお客様ではないみたいだよ」
「妾、怖い」
雪姫がヤスユキの腕に縋りついてくる。ヤスユキはそれにより平常心を取り戻した。
――落ち着かないと。僕は動かない方がいいだろ。僕は〝異端者〟で、戦うことになったら役に立たないのだから。だけどどうにかして雪姫は、自分よりか弱い少女のことは守らなければいけない。
ヤスユキがそう意を決したとき、雪姫の背後に神宮寺が立っていることに気づいた。いつの間に来たのだろうか。
神宮寺は上着を着ておらず、シャツにベストという服装だった。死んだ魚のような目をした彼は、徐に右手を差し出してくる。
「ヤスユキ君。これを」
ヤスユキは何なのかわからずに、それを受け取り、そして確かな重みに思わず取り落としそうになり、慌てて持ち直す。
「これ、は」
「それは君のだ。君がこの探偵事務所の前に倒れていたときに、傍にそれが落ちているのをアケミ君が見つけた。ずっと返す機会を伺っていたが……今、その時だと思ったからね。自分の身は自分で守るんだよ」
俺はそこまで優しくない、と言い残した神宮寺は事務所の入り口の近くまで行くと、小声で何かを囁いた。
少しして神宮寺の右肩が疼き、漆黒の羽が現れると共に下のほうで最後の一撃が聞こえてくる。
「……そろそろかな」
そう囁く神宮寺。彼の視線の先にある、事務所の扉の鍵はしまったままだろう。だけどそれも容易く壊されるような気がした。
高鳴る胸を押さえて、ヤスユキは右手に掴んでいる、手より大きいリボルバータイプの拳銃を見る。黒いそれは、どこか懐かしくも、どこか怖くもあり……背筋に、何か這いあがって行くような感じがした。
「ヤスユキ」
アケミに呼ばれて顔を上げる。アケミはどこかバツの悪そうな顔をしていた。
「その、な。その拳銃のこと、アタシすっかり忘れてたんだ。隠していたわけじゃない。記憶が食べられたんだよ。いや、思い出したわけじゃないから推測でしかないけどさ、それでも……それはヤスに似合わねーぞ」
「……そう、でしょうね」
アケミの言葉に素直に応じられないのは、この重みが懐かしいからだろうか。
――僕はこれを知っている。
もしかしたら、記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない。この引き金を引いたとき、そのときに記憶が戻るのは、どこかドラマチックだ。
それが、本当に自分の望みなのだろうか……。
ズキッと、肯定するかのように頭が痛んだ気がした。
「ヤスユキ……妾は、どちらでもよいのじゃぞ」
雪姫が腕に頬を摺り寄せてきた。
「ヤスユキといられるのなら、妾は裏切り者になってもよいのじゃ」
それにどこか悪い気がするのは、なんでなのだろうか。
ヤスユキは彼女の体温に落ち着く自分と、同時に恐ろしく冷たい目でこちらを見つめる……グレーの瞳を思いだし、唇を噛みしめた。
双子の少女の事件のとき。あのとき目が合った青年の瞳と、雪姫のグレーの瞳はどこか似ているような。髪の毛も、同じ色じゃないか……?
思考を断ち切るように、ドアが吹っ飛び大柄の男が事務所の中に入ってきた。
無言で入ってきた男は、目の前に立っている神宮寺に気づき目を大きく見開く。そのあとから短髪の女がやってきて、そのあとに三人の男が入ってくる。少し遅れてサイドで軽く髪の毛を結った少女が入ってきて――壊された扉は閉まることなく、静寂が訪れた。
「あーあ。初っ端からボス登場、ってか?」
六人の男女の中から。金髪に青い瞳という身なりをした青年が躍り出てくる。彼だけは何も所持しておらず、背後にいる青年の仲間は拳銃を構え、大柄の男だけ金属バットを構えている。
その前に立ち塞がり、神宮寺は死んだ魚のような冷たい目で六人を見渡し、ゆっくりと口を開いた。
「ボスとは、君のことかい?」
「え? 俺? うーん。違うんじゃね。つーかどうでもいい」
鼻を鳴らして笑う青年を見て、雪姫が小さな声で「サイヤ」と呟いた。彼の名前だろうか。そういえばあの声、どこかで聞き覚えがあるような……。
「あ、昨日の」
「そうじゃ。昨日ヤスユキを殺そうとした」
雪姫はギュッとヤスユキの腕を握りしめながら、視線を入ってきた六人の男女に向ける。ヤスユキも再びそちらを見て、大柄の男と目が合った。大柄の男は眉を潜めて目を逸らす。
「それで。君たちは、いったい誰だい。何をしにきた? そんなに物騒なものを持って、ただのお客ではなさそうだね」
「俺らが誰だ、とか。俺たちが何しにきた、とか。お客様ではないってのも、あんたはすぐ気づいたよなぁ。〝異能者〟の探偵さん? どうしてそんなにも自分が知っていることを聞こうとするの?」
「……ああ。そうだな。知っている。君たちが誰で何しにきて、ただのお客ではないことを、俺は知っているよ。だけど念のために、俺の知らないことを知ってそうだから聞いてみただけだが、何か問題があるかい?」
「ふーん。そう。だけど、教えてあげなーい」
「サイヤぁ」
退屈そうに短髪の女が声を上げた。
「いつまで敵と仲良く話してんの? 早くやること終わらせようよ。あたしたちの今回の任務に、〝異能者〟を殺すことは入ってないんだからね」
「そうだよ、サイヤ。こんな〝異能者〟相手にするより、早くヤスユキを殺そう」
「裏切り者を殺すことが、今回の目的だろ?」
サイヤのちょうど後ろにいる二人の男が拳銃を弄びながらサイヤの横に並ぶ。
サイドで軽く髪の毛を結った少女も、無言で足を一歩踏み出した。
「よし、やるか」
大柄の男が金属バッドを構える。
アケミが顔を険しくさせた。
「ジン、どうすんだよ」
「……今、考えている」
神宮寺はそこから動く様子がない。
「さーて、さてとっと。じゃあ、始めるようか」
大柄の男か金属バッドを神宮寺めがけて振りかぶる。同時に黒い羽が風邪を巻き起こし、金属バッドの柄が切り裂かれて床に転がった。それを見ていた二人の男の内の一人が拳銃の引き金を引くが、それは神宮寺に当たる前に羽に防がれて床に落ちる。落ちていく弾丸を見ていた短髪の女の反応が遅れ、黒い羽が起こした風に女が飛ばされて壁に叩き付けられた。女が落とした拳銃にサイヤが腕を伸ばし、その横で別の男が拳銃を構えるが、その前に小さな風が起こり指ごと拳銃が吹っ飛ぶと、サイドで軽く髪の毛を結った少女の前に落ちる。少女はそれを動くことなく静かに眺めてから、目を閉じた
――たった、一分にも満たない攻防。
誰から見ても、神宮寺のほうに軍配が上がっているだろう。
これが、〝異端者〟と〝異能者〟の違いなのか……。
サイヤが拳銃を構え、ポケットから何かを取り出して神宮寺に向かって放り投げた。
「あんたの能力、視界を奪ったらどうなるんだろうね。【堕天使】ってさ、確かコントロール難しいんだろ」
神宮寺の辺りで何かが煌めいたかと思うと、室内を光が包み込む。
「閃光手榴弾です。一時的に視界が使いものにならなくなるかもしれませんが、しばらくしたら元に戻るので心配いりません。雪姫さん。こちらに来てください」
背後から少女の声がする。左腕にあった温もりが離れるような気配がした。雪姫を連れ戻さないと、と思いヤスユキは目を開けることができずに拳銃を抱き寄せる。
頭の上から男の声が聞こえてきた。
「ヤスユキ。お前には死んでもらう」
光が視界を多い、アケミは咽ながら目を閉じる。
――何だ、何が、おこったんだ!?
「ジン! 神宮寺! ヤスユキ!」
名前を呼ぶが返事はない。二人は一体何をしているのだろうか。雪姫は。ヤスユキの喪われた記憶を知っている、雪姫は?
彼女の名前を呼ぼうとしたが、躊躇ってしまい言葉にならない。
もしヤスユキが記憶を取り戻したら、そのときはどうなるんだ。
記憶を少しずつ失っては他人の記憶ばかり増えていくアケミにとって、それはわからない疑問だった。
自分の記憶を失くすこと。それは辛いが、それでも覚えてないものを取り戻すことはできないのだから、意味のないことなのかもしれない。
そのとき、近くで銃声がした。
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