●18.螺旋を描き過去の夢を見る。

 アケミは夢を見ていた。

 〝使い魔〟、【ユメクイ】と契約しているアケミにとっての夢とは、他人の夢だ。それをアケミは知っている。知りながら、他人の夢を見続ける。

 そういえば、とアケミはふと思った。

 ――自分の夢見たことあったっけ?

 だけどそれはどうでもよく。考えることができなくなり、アケミは他人の夢を見続ける。


 鼻息荒く。心の中。獣。腕が、全身が、喰われていく。

 目の前をすべて覆う蟲。視界が晴れ渡り、横たわる子供。

 鉄格子。抗うように打ち鳴らす。視界を鎖で覆われた子供。

 黒い羽。血が辺りに飛び散り。無表情で佇む少年。

 炎の中。遊ぶ少女。嘆く少年。

 無邪気に笑う少女。思い人を見続ける女性。ライフルで的のど真ん中を撃ち抜き活発に笑う少年。――――――な青年。

 藍色のキラキラとした瞳。曇り、落ちている死体。傍で茫然と立っている少女。


 彼女の過去が、現在がくるくると回りながらも――【ユメクイ】は大切に咀嚼をする。


 アケミはうっすらと目を開けた。

 外はまだ真っ暗だ。眠ってから一時間も経っていない。

 ボーとする頭を振り回し眠気を飛ばすと、彼女はベッドから立ち上がり机の上にある漫画を手に持って、椅子に座って読み始める。



○ ○ ○



 情報屋、《閑古鳥が鳴いてる堂》のオーナー兼、今ただ一人の社員である、自称閑古さんと呼ばれる彼女は、昔はちょっとした有名人だった。

 曰く、天才。

 その一言に尽きる。

 彼女は一歳の頃には歩きだし、二歳の頃には言葉を覚え、三歳の頃にはもうキーボードを触っていた。

 機械や情報について興味を持ち、いろんな企業から寄せられる依頼を何でも請け負っていた。大きな企業から闇の企業、様々な分野で彼女は力を発揮していた。

 親からの愛情は感じたことはないが、そんなのどうでもいい。新しいことを知りたいため、好奇心を満たすためだけに、逆に閑古は両親を使っていた。

 それを恐ろしいと感じたのかもしれない、両親はいつの間にか傍から消えており、気づいたら独りだった。だけど閑古はそんなことで寂しいとは感じなかった。情報は次々と生まれては消えて行く。新しいことは増えていく。それを実感できるだけで嬉しかったのだ。

 眠たい時に寝て、お腹すいたら出前を頼み、部屋が汚くなれば業者に頼み――閑古はそうして生きてきた。

 だけどそれは八歳ぐらいの頃まで。

 その頃にはもう、闇の部分を深く知りすぎてしまった閑古を、殺そうとする人物が現れたのだ。〝異端の情報屋〟。そのころ能力を持っていない閑古はそう呼ばれていた。

 飽きていた。新しいことを追い求めるのに、ちょうど飽きている時期だった。

 数多の企業からの依頼は随時舞い込むものの、閑古はもう情報を扱うのに飽きていたのだ。


 一日何もやらずに考えた末。閑古はあるモノを作ることにした。

 自分の為に働いてくれる存在を。情報を操り処理してくれる存在を。

 異能。それもあるといいかもしれない。

 プライドの高い閑古は、〝異端〟と呼ばれることにうんざりしていた。

 どうせなら〝異能者〟になりたい。だけどこの世のどこにでもはびこっている〝使い魔〟は、新しさに欠けている。そう思った閑古は、異能を持つ存在を作ることにした。

 その名も――【人造異能生命体ホムンクルス】。

 〝犠牲〟は、脳。情報を司る【人造異能生命体】と繋がるために、閑古は自分の一番大切で必要なものを〝犠牲〟にすることにした。代わりに閑古の脳にあるのは、自分で作りだした存在だ。

 思考をするだけで知りたいことを調べてくれる存在。

 閑古は満足していた。これでいくらでも好奇心が満たせると。〝異端者〟と呼ばれなくなると。閑古は〝異端者〟が嫌いだ。新しい自分、異能を知ろうとしない者たちのことを、蔑んでいる内の一人だった。


 暫く仕事を【人造異能生命体】に押し付けて、閑古は何もせず、誰ともかかわろうとせずぐうたらと生活をしていた。

 そんな十歳の春。

 彼女のもとに、師匠と名乗る人物が現れた。

 「異能者同士一緒に暮らさないか?」と手を差し伸べてきたのを、そろそろ一人での生活にも飽きてきた閑古は、新しい生活を知るためにその手を取るのだった。

 師匠の住んでいる家――いや、家というより学校といった方がいいのかもしれない――そこは、大きな建物だった。身寄りのない〝異能者〟が集まっているらしい。

 そこで閑古は、あの子と出会うことになる。


 師匠と一緒に暮らしはじめて、三年ほど過ぎたときのことだ。

 新しい仲間がやってきた。

 薄い茶髪のショートで、藍色の瞳をした、あの子。シノという名前の性別不明の子供。

 やってきたシノは持ち前の明るさで、すぐにほかの子供と仲良くなっていく。それに比べて閑古は、いつも一人だった。壁がある。他の子供から言わせるとそういうことらしい。

 それならそれでいいと。今までも一人で生活してきたのだから、自分は他の人と違う力を持っているのだから、誰とも仲良くするつもりなんてなかった。

 読書部屋と呼ばれる、絵本から海外の哲学者の本まで、多くの本がそろっている部屋。そこで閑古が海外の数学者の論文を読んでいた時。

 あの子が――シノがやってきた。

「何読んでいるの?」

 満面の笑みで、瞳をキラキラさせていうものだから閑古はそっけなく。

「つまらないものよ」

 そう呟いたのだった。

 彼女はふーんと呟いたかと思うと、徐に閑古の腕を引く。

「だったらあっちでみんなと一緒に遊ぼうよ! 楽しいよ!」

 その笑みに。言葉に。明るさに。思わず閑古は釘つけになる。

 純粋な笑みに。

 閑古は抗う気力がなくなり、なされるがまま彼女に腕を引かれていく――。





 ――ああ、そうだ。

 閑古は思い出す。

 ――神宮寺にもそこであったんだった。

 死んだような瞳をした、感情のない少年。

 彼は何故か赤い髪の少女の手を握っていた。

 彼曰く、彼女はまだ一人じゃ何もできないから、手を繋いでいてあげなさいと師匠に言われたらしい。

 朝日の差し込む室内。閑古はゆっくりと布団から這い出してくると、端末が点滅しているのに気がついた。徐に耳に当てると、「わかったわ」と言って通話を終わらせる。

 大きく伸びをしながら閑古は部屋の中を見渡す。

 《閑古鳥が鳴いている堂》の事務所の一室。閑古が自室として使っているその部屋は、シノがいなくなってから掃除をする人がいなくなり、ゴミで溢れかえっていた。

 ゴミの山から適当に服を選ぶと、その上に白衣を羽織る。

 ボサボサの髪の毛を三つ編みにしながら、閑古はふと思い出した。

 ――師匠、元気かしら。

 得体のしれない人。それが閑古が調べた師匠の実体。

 閑古の〝使い魔〟をもってしても暴くことのできなかったあの人は、いったい何者なのだろうか。

 閑古にとって情報が分からないということは、とても気持ち悪いものだ。だから閑古は師匠の元から離れて、一人で情報屋を始めることにした。仕事は【人造異能生命体】に任せて、閑古はのんびりしているだけだけど。

『オハヨウゴザイマス』

 頭の中から声が聞こえてくる。



● ● ●



 いつの間に寝てしまったのだろうか。

 アケミは目を開ける。

 そして、今見ていた夢について考える。

 あの子の名前は何だっただろうか。

 いつも閑古と一緒にいた、中性的な子供。

 忘れてしまったのだろう。名前は思い出せなかった。

 アケミは椅子から立ち上がりカーテンを開ける。朝日が室内に差し込んで来て、眩しさに目を細める。

「ヤスユキ……」

 今の夢は、誰のだろうか。

 そんなこと考えなくっても分かっている。アケミは寝ている間世界中の人間の夢を見るが、それでもやっぱり一番近くにいる人の夢ほど、鮮明によみがえってくるのだ。

「……あいつはやべーぞ」

 師匠の元で神宮寺と共に会った少女。彼女は今では明るくなっているけれど、とても残酷だってことをアケミは知っている。忘れたくても忘れられないもの。こんな記憶こそ、食べて欲しい。

 でも【ユメクイ】はただ夢を喰うだけの〝使い魔〟だ。

 〝使い魔〟の中には持ち主と会話をするものもいるらしいが、【ユメクイ】と喋ったことなんて一度もない。【ユメクイ】は、勝手に夢を拾ってきて、勝手に記憶を奪って行くだけの存在。

 アケミはそんな【ユメクイ】のことが嫌いだった。

 できることなら〝使い魔〟から解放されたい。

 だけどそんなことは誰にもできやしない。

 一度でも〝使い魔〟と契約をしたら、一生〝異能者〟として生きていかなければいけないのだ。

 もし〝使い魔〟との契約を抹消したら、その末に待っているのは――死。

 ただそれだけだ。

 いくら【ユメクイ】のことが嫌いで解放されたいと願っていても、死ぬのはもっと嫌だった。

 ――アタシには何にもできねーよ。

 自室から出るために扉を開く。

「あ。おはようございます」

 珍しく自分より早く起きている少年が挨拶をしてくる。それにぶっきらぼうに返事をした。

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