●14.憤り、暴走、力の全てを使い。
異変に気づいたのはユウヤだった。灯りをつけていないので、真っ暗になっている室内を見渡す。
手が強く握り締められる。雪姫が怯えるような瞳でユウヤを見上げていた。
不思議なこと敏感な彼女は気づいたのだろう。ユウヤは雪姫に向かって優しく微笑むと、ゆっくりと目を閉じる。耳に神経を集中させて、辺りの音を聞くように努める。
部屋の中にいる、数人の息遣いを最初に感じた。その次に拳銃をカチャカチャさせるような音が聞こえてくる。そして――。
「皆、気をつけろッ!」
ユウヤは、ブーンというような音を聞いたとともに叫んでいた。
考えるよりも早く、部屋の中にいる数人の男女がそれぞれ武器を構える。ユウヤも守るように雪姫を抱き寄せると、拳銃を構えた。
視線の先は一点。この部屋の扉。
ゴクリと誰かの息を呑む音が響いた。
同時に。
部屋の中に、数え切れないほど大量に蟲が雪崩れ込んできた。
「おねえちゃんに手を出そうとする人は、ゆるさないんだよ。くすっ」
ユウヤの耳が、微かに聞こえる少年の囁きを捕らえていた。
● ● ●
赤い血が辺りに舞う。目の前に、赤く染まった塊が転がった。ゴトリという音がして、真白の目の前に首だけになったモノが落ちてくる。そこから円を描くかのようにどす黒い血が、じわりと地面に広がっていく。
真白は大きく目を見開き、唖然としてその光景を眺めていた。
――何が、起こった?
確かに見ていたはずなのに状況が飲み込めない。
目の前にいる青年の羽が風邪をおこし、自分を襲う直前。部屋の扉が開き誰かが入ってきたと共に、部屋全体に青年を中心に巻き起こっていた風がその人物を切り裂いた。
そして、目の前に血が広がっている。
真白は赤く染まっているものから目を逸らし、青年を見た。そして思う。
――どうして平気そうな顔をしていられるんだ?
死んだ魚のような目をした青年は、無表情に今までの光景を眺めていた。自分がやったのにも関わらず、だ。
それが平気そうに見え、そんな彼の態度に真白は憤りを覚えた。同時に、抑えることのできない言葉が飛び出る。
「どうして、ですか……」
その言葉に、何も感じていないような瞳のまま、青年は首を傾げた。
若干わざとらしく思えるその行為に、真白の苛立ちはさらに増していく。
「どうしてなのか、を聞いているんです!」
「何がだい?」
プチっと頭の隅で、何かが切れるような音がした。
真白の頭の中が一瞬真っ白になり、気づいたら叫んでいた。
「人を殺して、よくそんなこと言えますね! 貴方は、自分がしたことわかってるのですか!? 貴方はッ、人を殺したというのに、そんな顔でッ。何とでもないような、どうでもいいような顔でいれますね! 貴方には心はないのですか! ワタシは、人を殺してもそんな風に平然としてられる人が――嫌いです」
最後に低く言い捨てた言葉に、青年の後ろにいる白衣を着た少女が、ぷっと吹き出した。まるで「とても面白いものを見た」とでも言うように、彼女は手を打ち鳴らしながら、ゆっくりと青年の横に出る。
「あはは、面白いわねぇ、この人。貴方のこと、何も知らないのかしら?」
「……ああ、そうだろうね」
不気味なほど満面の笑みの少女とは対照的に、青年は相変わらずボーっとしたような表情をしている。
真白は二人の会話に疑問を持ったものの、おさまることのない怒りを吐き出す為に声を荒げる。
「何をヘラヘラしているんですか……」
「ヘラヘラって、もしかしてあたしのこと? 何であたしが標的になったのかしら?」
「探偵の癖に、人を殺してッ、貴方はそれで正義を気取っているつもりですか!」
「アレ? やっぱり神宮寺のことか。でも神宮寺、笑ってないよね? てか、笑えないものね~」
「ワタシは、貴方を正義なんて認めない。探偵などと絶対に認めません!」
「何でこの人、こんなにも語っちゃっているのかしら。見た目に似合わず、あっつーい男なのかしら? ていうか、探偵が正義って……ぷっふ」
「人を殺して平然としていられるだなんて……そんなの、人じゃないです!」
「人じゃない、か……」
神宮寺と呼ばれた青年の小さな呟きに、真白はゆっくりと顔を上げた。
何を言うんだというような目で、真白は神宮寺を睨みつける。
「俺も君も〝異能者〟だ。異能を持っている時点で、俺らはもう人じゃない」
「ッ。――でも、それとこれとはッ」
「それに」
神宮寺は軽くため息をつくと、真白に向けていた視線をゆっくりと逸らし、先ほどの赤い塊に向ける。
クスッと少女が笑い声を上げ、赤い塊に向かって行く。彼女は「よいしょ」と声を上げてしゃがみ込み、ツンツンとその赤い塊をつっついた。辺りに流れていた血が、彼女の白衣に染み渡るのを気にも留めることなく。
その姿を真白は唖然として見ていた。
神宮寺は赤い塊を見つめながら、ゆっくりと口を開く。
「これは、人間なんかじゃないよ」
「は?」
言っている意味がわからない。
真白は困惑の表情で赤い塊を見つめる。
それは――どこからどう見ても、執事服を纏った人間にしか見えない。
「まだわからないのかい?」
呆れたようにわざとらしくため息をつく神宮寺。彼は徐に右手で赤い塊を指した。
「これは――ただの傀儡だ」
「はぁ? 傀儡?」
意味がわからない。
真白は一歩、一歩と足を踏み出し、赤い塊に近づいて行く。近くまで行くとゆっくりとしゃがみ込み、少し躊躇いながらも赤い塊に恐る恐る触れてみる。
「――――ッ!?」
――これ、は……!?
その赤い塊は余りにも冷たかった。
――今さっき死んだにしては、余りにも冷たすぎる。これはまるで、もう何時間も、下手をすれば何日も前に死んでいる死体……? いや、でもさっきまで動いていた。
「あ」
そこで真白は思いだした。
この屋敷に住んでいる人物の情報を。
彼女達は確か【死神】と契約をしていたはずだ。
【死神】の力がどういうものかはよく知らない。ただ昔まだ真白が小さかった頃、アイから聞いたことある。
【死神】は死を司る神。それと契約した者は、魂を操ることができる――と。
ただ、【死神】は扱い辛く、彼らの多くは自分の退屈を埋める為、娯楽を求めて人間と契約をするとされている。その上〝犠牲〟を多く求める。初めはごく小さい物だが、それはどんどん多くなっていき、最終的にその契約者から娯楽を得られなくなってくると、【死神】は最高の娯楽を得る為に、契約者から〝最後の犠牲〟を頂こうとする。その最後の犠牲とは――――。
ドッドドドドドドドドドォッ!
不意に、地響きと伴に部屋が――いや、屋敷全体が震えだした。
● ● ●
――――退屈だな。
「どうしたのです、【死神】。わたくしの言うことが聞けないのですか!」
「お、オリィ。少し落ち着くのです!」
イリエの言葉が全く届かないのか、オリエは怒りもあらわに撒き散らし、女性を睨みつける。自分の言葉が片割れに届かないことは初めてで、イリエはどうしたらいいのかわからず、とにかく声をかけ続けることしかできなかった。
普段は心や気持ち、思いなどが全て通じ合い共有していた。だからお互い言葉を交わすことなく、思いを通じ合わせることができていた。だけど今は。
イリエは全くオリエの気持ちがわからない。
何をどう思っているのか。――何もわからない。
わからないから、困惑することしかできない。
今まで、辛かったことも楽しかったことも、そしてとても幸せだった時も、全て思いを共有していた。
それなのに、
気持ちが通じ合わない。相手の思いがわからない。――イリエは、とても不安な気持ちでいっぱいだった。
「【死神】! 答えなさい、【死神】! 〝使い魔〟風情が、主の命令が聞こえないのですか!」
叫ぶオリエに、困惑するイリエ。
その時、脳裏に直接低い男性の声が響いてきた。
【我は、貴様らなんぞの〝使い魔〟風情に成り果てたつもりはないぞ。愚かな人間が】
その余りにも冷たい言葉に、イリエは息を呑む
だが、オリエは……。
「うるさいッ、〝使い魔〟如きがッ」
「オリィ!?」
イリエは慌ててオリエの言葉を遮ろうとするが、それは一歩遅かった。
【ふふ……あっははははははははッ!!』
低い男性の笑い声が、部屋の中に響いた。
〝異端者〟の少年がビクッと肩を揺らし、大げさな動作で部屋の中を見渡す。怪盗も訝しげに口を歪め、声の主を探すかのように辺りを見渡すが見つかるはずがないだろう。
この声の主は、部屋の中にはいないのだから。イリエはそれをわかっている為に、背筋を緊張させる。
――こんなこと、初めてだ。【死神】が、自分達以外に声を聞かせるだなんて……。
さっきの不安。それがどんどん増していく。
「【死神】……」
「何を笑っているのです、【死神】! 早く、早くこの犯罪者に〝死〟を――」
『――で、貴様らは何をくれるんだ? 我に何をくれる? 今、我が欲しい物など……一つを除いてないぞ』
イリエは【死神】の言葉に恐怖を覚える。
「一つ」とは、一体何のことなんだろうか。
思い出そうと過去の記憶を探ってみるが、何せ自分がいくつなのかも忘れるほど長い間生きてきたものだから思い出すことができない。確か、契約時、【死神】のことについて、不思議な人物から、これだけは気をつけろ――と言われた気がする。だけどあの日は余りにも昔過ぎて、記憶を掘り起こそうにも思い出すことができない。
何かとても大切なことだった気がするのだが……。
『どうするんだ?』
「それは、ダ」
メ、と続けるはずだったイリエの言葉は、オリエの叫び声に掻き消されてしまう。
「何でもいいのです! 何を犠牲にしてもいいッ! この部屋――いや、屋敷の中にいる人全てに、〝死〟の裁きを受けさせるのです!」
正気ではない。
それはもうイリエだけではなく、〝異端者〟や怪盗も感じ取ったのだろう。
〝異端者〟は顔面を蒼白にさせ、怪盗は呆れたかのようにため息をついている。
『本当に、それを望むのか?』
「もちろんなのですッ!」
【死神】の問いに、オリエが即答する。
同時に、地鳴りが響いた。
ドッドドドドドドドドドォッ!
それは、徐々に大きくなっていき――
天井がふって来た。
イリエは泣きながら呟く。
「イヤ……。死にたくない……ッ」
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