●12.忠誠心と裏切られる思い。

 彼女たちは二人で独りだった。一人じゃなく、〝独り〟だった。


 彼女たちの両親は無能力者で、異能を気持ち悪がり嫌っていた。あの頃はまだ、異能はごく少数の人間しか持っていなかったからだ。

 彼女たちはそれを知っていて、〝使い魔〟と契約をした。彼女たちをメイドにませっきりで、仕事しか眼中になかった両親に反抗をするために。

 彼女たちの両親は〝使い魔〟と契約をしたことを知り、もちろん激怒した。役に立たないメイドは解雇し、彼女たちを地下にある檻の中に閉じ込めてしまったのだ。

 彼女たちは泣いた。毎日、泣き、喚き、小さな拳で檻を強く叩いた。手はどんどん切り傷や痣ができたりしたけれど、それでもやめることはなかった。

 彼女たちは二日に一度しかご飯を与えられず、後は水だけで、次第にやつれてしまい、いつしか檻を叩く力もなくなっていた。――そんなある日。

 彼女たちに話しかけくる〝声〟があった。直接頭の中に響く低い男性のその〝声〟は、久方ぶりに聞く声……契約時以来に耳にする声だった。

【キサマ等は、死にたくないのか?】

 彼女たちその〝声〟に頷いた。こんなところで死にたくない。自分たちこんな状態にした両親に復讐をするまでは、絶対に死にたくないと。

 〝声〟は言った。

【なら、代償を払え。キサマ等の生を持続するために、生きている人間を】

 彼女たちはその言葉に顔を見合わせると、目だけで会話をし、そして結論を出した。代償はぜひとも両親にしてください、と。

 彼女たちは次の日、少しのご飯を与えるためだけに訪れた両親を、〝代償〟にした。それにより、彼女たちは地下の牢屋から解放されたのだ。

 だけど。

 彼女たちの復讐はまだ終わっていなかった。〝使い魔〟と契約したときに貰い受けた異能を使い、両親に徹底的に〝復讐〟することに決めたのだ。


 彼女たちは今も復讐を続けている。そして長い間、生き続けていた。



○ ○ ○



 何か音がしたと思い、ヤスユキは上を向く。だが、そこには天井しかなかった。

 彼は前を見る。そこではイリエとオリエが寄り添いあって目を瞑っている。眠っているように見えるが、時々笑い声を上げているので起きているのだろう。

 ――本当に、怪盗は来たのだろうか。それにしては、狙われている宝石の持ち主である彼女たちは、あまりにも焦っている様子はない。

 部屋の扉の前には相変わらず、死んだ魚のような目をした執事服を纏った男性がいる。

 ――僕はどうすればいいんだろう。というか何のためにつれてこられたんだ?

 神宮寺は、宝石所有者が手に負えないからついて来て欲しいと言っていたが、当の本人達はヤスユキには到底手に負えるわけがない。

 自分はもう必要ないように感じる。だから彼は早く帰りたかった。

 けどそんなことは許されない。執事……というより、なぜかイリエとオリエが許してくれないのだ。

 ヤスユキはため息をついた。

「あまり、ため息ばかりつかないで欲しいのです」

「聞いているこちらが不愉快な気分になるのです」

「……すみません」

 二つの漆黒の瞳が冷たい氷のような光を浴びてヤスユキを見る。冷ややかなその目を見て、ヤスユキは息を呑んだ。ゆっくりと彼は目線を床に逸らす。

 その時、天井の上から大きな音が響いてきた。

 何か固いものが砕けるようなその轟音に、イリエとオリエが眉を潜めて天井を見上げる。

「なんだかうるさいのです」

「人の家だというのに、何をしているのかしら?」

「この音……壁とかが壊れていないといいのですが」

「イリィ、壊れていたら弁償してもらえば良いのです」

「それは名案なのです! オリィはやっぱり頭いいのです」

「イリィほどではないのです」

 えへへと笑うオリエの頭を、慈しむかのようにイリエが撫でる。姿形は同じなのに、なぜかその姿は仲の良い親子のように見えた。

 ヤスユキは、その姿に自分と記憶にないはずの両親の姿を重ね、少し懐かしいような気分になる。

 自分の両親とは、一体どういう人だったのだろうか。記憶をなくしてしまっている彼には、想いだそうとしても想いだすことはできない。

 ため息をつきそうになって、ヤスユキは慌ててとめる。

「様子、見に行ったほうが……」

「「めんどくさいからいいのです」」

 自分の言葉が一蹴され、ヤスユキは口を噤む。だがこの部屋から出るための名案を思いつき、再び口を開いた。

「なら、僕が様子を見に行きましょうか?」

 自然に笑みがこぼれ、ヤスユキは扉に向かって行く。そろそろこの部屋にいるのも限界にきていたので、いい口実になる。

 早く出たいが為に早歩きで扉に向かっていたヤスユキは、感情の篭っていない冷たい声に足を止める。

「「あなたはここにいるのです」」

 イリエとオリエは、やはり冷たい目でこちらを見ていた。双子はピンク色の唇をゆっくりと同時に開く。

「「かわりに――〝パパ〟。見てきて欲しいのです」」

「かしこまりました。――〝主様〟」

 執事服を纏っている男性は恭しく一礼をすると、部屋から出て行った。

 その後姿を見て、ヤスユキは「えっ?」という声を出す。

「――パパ?」

「「ええ、そうなのです。あの人は、わたくしたちのパパなのです」」

 声をそろえて言うと、イリエとオリエは顔を見合わせてクスクスと笑う。何かを思い出すかのように目を閉じると、どこか寂しさをはらんだ呟きをした。

「「一応、なのですが」」



● ● ●



 閑古は窓際から離れると、宝石の近くまで歩み寄る。黄金色に輝く数珠の周りは透明なプラスチックのケースで覆われていた。

 その、〝異能者〟にとってはまったく意味のないケースの上に、閑古は小型のノートパソコンを置くと、起動した。電源はすぐに入り、小さな女の子と男の子のアニメ絵の壁紙が表れる。それを満足そうに見つめ、閑古は振り向き神宮寺を見た。

「あたしはここで宝石を護っているから、後はよろしくー」

「……わかった」

 神宮寺は窓から離れると、どこから来るとも知れない《怪盗》を向かい打つべく、上着を脱ぎ捨てる。

 ――能力は使いたくないけれど……しょうがない。

 シャツにベストという身なりになった彼は、目を閉じると囁いた。

「――アザゼル。少し力を貸してくれないかな」

 自分が契約している〝使い魔〟である<堕天使>に語りかける。自分と同じで無口な彼は、何も答えることはない。だがその語りかけに反応して、神宮寺の右肩に疼くような感覚が。

 若干の苦痛。もう慣れてしまったとはいえ、思わず眉を潜めてしまう。

 苦痛。不快感。

 そんな感覚を伴いながら、右肩から黒い三枚の羽が現れる。天使の羽をそのまま黒くしたようなその羽は、無意識のうちに羽ばたいた。風が吹き、近くの棚に置かれていた花瓶が床に落ちると小さな音を立てて割れる。

 神宮寺は意識を集中して羽を動かさないように勤めると、小さな声で呟く。

「俺の力は室内で使うものじゃないんだけどね」

 神宮寺が契約している〝使い魔〟、【堕天使】。

 【堕天使】と契約をした者はたくさんいるが、ほとんどがコントロールできずにすぐ命を落としてしまう。それは【堕天使】が持っている能力が〝破壊衝動〟であり、辺りのモノはもちろん、あまりにも酷いと自分すらをも〝破壊〟してしまうからである。でも力が強大な為、その力を求めるものは多く、後を絶たなかった。

 そんな〝使い魔〟【堕天使】アザゼルと、物心がついたときに両親によって無理矢理契約をさせられた神宮寺は、契約の際もちろん暴走した。暴走の末に、近くにいた両親は三枚の羽根の興した風により切り刻まれて見るも無残な姿と成り果ててしまったのだけれど、そこにたまたま居合わせた〝師匠〟のおかげで、神宮寺は自分自身まで傷つけてしまうことはなかった。

 それから神宮寺は、〝師匠〟により【堕天使】の力をコントロールする術を見につけたため、今まで生きてこられた。

 自分のせいで両親は死んでしまった。泣き喚き、自分を呪ってしまう、感情のコントロールできない子供なら当然のことを神宮寺は感じなかった。両親の死を何とも思わない。悲しいとか、自分を恨み死にたいと思ったことも一度もない。

 〝師匠〟のおかげで今生きていられるのに、それに対して感謝したことも、神宮寺はなかった。

 なぜなら神宮寺は、自分の〝感情〟を犠牲に【堕天使】と契約してしまったから……。喜怒哀楽の気持ちを感じることなく、いつも虚無ばかりが心の中にわだかまっている。

 感情のこもっていない死んだ魚のような目で、神宮寺は目の前にある壁を無意味に見つめる。

 すると、大きな音をたてて、壁が砕けた。



● ● ●



「当たらなかったか……」

 腕を組み、ユウヤは窓の外を見る。彼の足元にうつ伏せに寝そべってライフルを構えている十八歳ぐらいの少年が「チッ」と舌打ちをした。

 ユウヤは手を握り締めそうになるが、雪姫と手を繋いでいることを彼女の手の温もりで思い出す。普段他人には見せない優しい笑みを浮かべて、雪姫に笑いかけた。雪姫は少し悲しそうな顔で見上げていたが、ユウヤの笑みを見て彼女も笑みを浮かべる。ギュウッと小さな手が大きな手を握り締める。

 確かなぬくもりを感じながら、ユウヤは再び窓の外を見る。

 目線の先――大きな屋敷の屋根の上には、背の高い女性と男性がいた。焦げ茶色の長い髪の女性は黒く、対照的に銀髪の男性は白い。

「これで何回目だ……」

「ドラゴンと対決するのは三回目ですが、あの子をドラゴンのことを探らせる為に単独で向かわせたのを入れると、四回目になります」

 ラフな格好をした女性が、ユウヤの横に立ち言う。ユウヤよりも年上のはずの彼女の様子はどこか恭しい。

 そんな女性――アユを、ユウヤは眉を潜めてみる。普通にしていいんだぞ、という言葉を飲み込み、彼女から顔を逸らすとため息混じりに呟いた。

「そうか」

 彼女はユウヤを慕っている。

 だけどそれは、同じ立場を目的としているこの組織の中では異質だった。それを咎めるつもりはない。誰が誰を慕おうと、それは個人の自由なのだから。

 ユウヤは、能力を持たない人間の集団――《現実主義リアリズム》のリーダーだ。もともと《現実主義リアリズム》のリーダーはユウヤの兄が務めていたが、その兄がドラゴンに敗れて死に、それからというものユウヤがリーダーを任されることになった。

 ただリーダーだから、敬った態度をとってくれているだけかもしれない。

 普通にタメ語で話してくれてもいいのにな、頭の隅でそんなことを考えていたユウヤは、突如聞こえた雪姫の声により我に返る。

「何をするつもりなんじゃ、あやつらは」

 雪姫の声に釣られて、ユウヤはドラゴンに目を向けた。

 ライフルの弾丸を軽々と避けながら何かを会話していた二人は、屋根の真ん中あたりで別れると、別々の方向に歩き出した。女性は奥に向かって、男性はこちら側に。

 一瞬自分達に攻撃をしてくると思い身構えたが、男性はこちらを気にしながらも屋根の上から飛び降りた。二階建ての屋敷は、屋根の上からすると三階にも等しくなる。それを気にせず飛び降りた男性は地面に降り立つことはなく、空中で体制を整えると、強く握り締めた左手を思いっきり壁に向かって殴りつけた。その壁は砕け散り、男性はそのまま壁の中に飛び込んで行く。



● ● ● 



 夜なのに明るい街中。それなりに賑わっている大通りを〝異質〟な格好をしている少年が歩いていた。

 都内に住んでいるのはほぼ〝異能者〟だ。姿形が変わっている者はたくさんいるため、異質なことはこの街ではなんら不思議なことではない。

 それなのに少年は〝異質〟だった。思わず、通りすがりの鼻を失っている男性が目を見開くぐらい。

 少年はまだ齢十歳ぐらいの幼い外見をしている。薄いサラサラの栗色の髪の毛は顔を全体隠すかのように長く、表情を伺わせない。着ているのはダボダボのトレーナーで、彼の姿は少し変わってはいるもののただの少年にしか見えない。

 そんな彼を〝異質〟に見せているのは、少年の周りに漂っている数種類の蟲。それが身体全体を覆い、少年の姿を隠している。傍から見ると、その姿は蟲の塊にしか見えないのだ。

 人の形をした蟲の大群が、道を歩いている。――それは、とても〝異質〟だった。

 クスクスッという笑い声が、蟲の大群から響いてくる。

「はやく、おねえちゃんを助けにいかなくっちゃ……ねぇ」

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