●10.護るべき者と裏切り者。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました――御三方」
三十代ぐらいの侍女は、一礼をすると踵を返し、そのまま歩き出した。
ヤスユキたちは彼女の後について行く。
● ● ●
「どうぞ」
侍女に促され、昨日と同じ部屋に入ると、寄り添うかのように双子の少女――イリエとオリエが待っていた。ベッドの上に座り込んでいるふたりは同時に口を開く。
「「ようこそ、なのです」」
閑古はそれを聞き、口元に笑みを浮かべるとゆっくりと開く。
「早速ですが、今日からあなたたちふたりの護衛を神宮寺が勤めさせていただきます」
「ええ、よろしくお願いするのです」
「この屋敷内、好き勝手歩いても構わないのです」
「――それでは、遠慮なく」
イリエとオリエの言葉に閑古は頷くと早速部屋から出て行く。神宮寺も無言のままその後について行った。
ヤスユキは逡巡したあと、ふたりの後について行こうとしたが、すぐにイリエとオリエに止められる。
「「あなたは、ここに残るのです」」
「ッ……」
ビクッと肩を震わせ、ヤスユキは恐る恐る振り向く。
双子の少女は、冷たい目でこちらを見ていた。笑みを消し、冷ややかな眼差しのふたりが口を開く。
「〝異端者〟などに、わたくしたちの家の中を歩かれたくはないのです」
「あなたはここで、わたくしたちと一緒にいるのです」
「わかり、ました……」
オリエの言葉にヤスユキは頷く。少し躊躇ったあと、扉の近くの壁に寄り掛かった。目線を床に向けたまま固定する。ふたつの黒い瞳を見つめることは、どうしてもできない。
――早く、終わって欲しいなぁ……。
● ● ●
「駄目よ、コレじゃあ。全く面白みがないわ」
アイは読んでいた資料を机に叩きつけるようにして置くと、長い足を高く組んだ。
彼女の前で黒いソファーに座っていた真白は、自分で考えた最適な案を一蹴され、暫くの間開いた口が塞がらなかった。
どうして駄目なのか、と目だけで問う。
それに気づいたアイは、見えている口元に笑みを浮かべた。
「つまらないからよ」
「は?」
「単純につまらなかったからに決まっているでしょ」
「……どうして、つまらなかったのですか?」
――あれほど完璧で、人にあまり被害の及ばない作戦はないはずだ……。
真白が震える声で問うと、アイはサングラスの縁を指で上げるとあっけらかんと返答した。
「今回、私は探偵と戦いたいの。これじゃあ、呆気なさすぎる」
「……それでも、貴女の目的を果たすためには、手短に事を終わらせたほうがよいのでは?」
「確かにそうかもしれないけど、今回は特別よ。私だってたまには楽しみたいんだから」
「ですが」
「真白。心配しなくても大丈夫よ。私はそう簡単には捕まらない。それに、自分の使命を忘れたりはしない」
「…………」
真白は口を噤むと俯いた。
――使命など、もう忘れてくれても構わない。
けれど、それを自分の口から言うことはできなかった。自分の中では終わっていても、彼女の中では終わってないのだから。
――だから、ワタシは……貴女を守るためにここにいる。貴女と、貴女の〝大切なもの〟を守る為に。
顔の前で手を広げると勢いよくギュッと閉じた。それを真白はトンッと膝の上に振り落とす。黒のサングラスで己を隠している、アイを見つめた。
「知っていますよ、それぐらい。ワタシも、その使命を手伝うために一緒にいるのですから」
自分の本音は見せず、ただ笑顔で。
真白は、ははっと声に出して笑うと、彼女の〝護るべき者〟に思いを馳せた。
――だから、今日は眠っていてもらいますよ……アオ。
● ● ●
「兄上! 嘘じゃろ!!」
バンと部屋の扉が開き、長いグレーの髪をなびかせている少女が中に入ってきた。彼女はいつもの浴衣を着ておらず、寝間着のままだ。髪も結んでいない。
部屋の中にいた数人の男女のうち、帽子を被ったグレーの髪の青年が少女の声に驚き顔を上げる。
「雪姫、どうした!」
やけに取り乱している少女の許に行き、ユウヤは彼女に目線を合わせて問いかける。
雪姫は、クリクリとした瞳に涙を浮かべていた。震える唇を開き、震える声で言葉を紡ぐ。
「兄上……。なぜ……なぜ、あいつを……ぐずっ……殺そうと、しているのじゃ」
「雪姫、なぜそれをッ」
「そんなことはどうでもよい! ……妾は……なぜか聞いているのじゃ」
「それは――」
ユウヤはためらい口をつぐむ。そして目を閉じると吐き出すかのように囁いた。
「あいつが、オレらを裏切ったからだ。オレらを裏切って、あいつは敵とつるんでいる。オレらが倒すべきやつらと……。どんな組織でも、裏切り者は許されない。それがたとえあいつだとしても、だ。だからオレはあいつを殺す。裏切り者を殺すと決めたんだよ、雪姫」
周りにいる数人の男女は、ユウヤの言葉にふたりから目を逸らした。
雪姫は、ポロポロと涙を流している。それはまだ幼い子供そのもので、ユウヤは自分が守るべき妹を抱き寄せると、耳元であやすかのように「大丈夫……大丈夫だ……」と呟く。
ぐずっと雪姫は鼻をすすると、震える唇を開いた。
「兄上……」
「なんだい?」
「妾もつれていってくれ」
「えっ……いや、それは」
「お願いじゃ、兄上……。妾があいつを説得する! 説得して、目を冷まさせてやる!」
「だか、それは……」
――もう、無理だ。これからどうなったとしても、裏切り者は許しておけない。たとえ、それがあいつでも、だ……。
ユウヤは優しい目で自分が護るべき妹を見る。〝彼〟を一途に想い、それゆえ傷ついている少女を。
「……ああ、そうしよう。今回は、雪姫もついてきていいよ」
「本当か!?」
「でもその代わり、オレから離れたら駄目だ。護れなくなるからな」
「わかった! それはお安いご用じゃ。妾は、絶対に兄上のそばから離れぬぞ!」
さっきまで泣いていたのは嘘かのように、雪姫は満面笑顔で嬉しそうに声を張り上げる。
ユウヤはそれを少し陰りのあり表情で見ていた。
――オレは、雪姫を裏切ることになるだろう。
● ● ●
目を開けると、窓の外はもうオレンジ色に染まっていた。
それを脳の片隅で感じ取ったアオは、電流がはしったかのように身を起こす。
「ッ。な、なんで夕方になってるんだ!?」
ボサボサの髪やヨレヨレの服を気にすることなく廊下に飛び出すと、ちょうど来たエレベーター転がり込み、いつも姉がいる部屋に向かって行った。
バンッと扉を思いっきり開け放つ。
やはりというべきか、中には誰もいない。どうやらもう出て行ってしまったようだ。
「なんでッ。一時間昼寝をするだけのはずだったのに……。ちゃんと蟲どもにおこしてもらうようにたのんでいたのに……。どうして?」
いつもアイが座っている黒のソファーに腰掛け、頭を抱え込む。
その時。
ブーンと耳音で音がしたかと思うと、数十匹の蟲たちが開けたままになっていた扉から中に入ってきた。蟲達は我が主人であるアオの周りを何かを伝えるかのようにして飛び交う。
「……なに?」
アオは鬱陶しそうに蟲たちを見つめた。
ぶ~ん。
グルグルとアオの周りを飛んでいた蟲たちが、次の瞬間、四散した。四方八方に飛んで行く。靄のようにかかっていたそれらがいなくなったあと、唇を固く噛み締め殺気を放っているアオが残る。
ボサボサの栗色の長い前髪の間から、白っぽい瞳で宙を睨むと、
「真白め……。ボクの蟲になにをしたんだよぉ!」
足を上下させ勢いをつけてアオは立ち上がった。
長い前髪に目を隠し、口元に笑みを浮かべる。
「……ぜったいにゆるさないよ、真白。いつかぜったい、ボクの手で――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。