●8.前日の夜。
帽子をかぶったグレーの髪の青年と、数人の男女がある廃墟になっているマンションの一室にいた。
部屋の窓から見下ろすと、目線の先にあるのは大きな一軒の屋敷。
「ユウヤさん。あそこが、ドラゴンが次に狙うとされている宝石のある家です」
ユウヤと呼ばれた青年は、隣にいる二十歳ほどの若い女性の声に反応すると、窓を開けて今一度その家を凝視する。
――それにしても大きい。大きすぎる。〝異端者〟には持つことなど許されないほど大きな建物だ。
特にあの屋敷に住んでいる〝異能者〟は、他の〝異能者〟からも恐れと軽蔑の眼差しで見られているらしい。非人道的な噂話があるとかなんとか。
ユウヤは屋敷から視線を外そうとしたが、そのとき屋敷の中から誰かが出てくるのに気づいた。
「誰か出てきまし……あれはっ!」
「どうし……あいつ、は……」
屋敷から出てきた人物をユウヤは見つめる。そのグレーの瞳は、徐々に険しくなっていく。
視線の先、屋敷から出てきたのは、三人の男女だった。
一人は、死んだ魚のような目をした黒髪の青年。二人目は、茶髪の変わった髪型をした少女。そして三人目は――ユウヤのよく知っている、十五歳の少年……。
線の細い顔立ちをした気弱そうな少年を睨みつけ、ユウヤガ忌々し気に吐き出した。
「いなくなったと思ったら……何をしているんだ、アイツはッ」
● ● ●
くすっ、くすくすっ、と幼い少女の笑い声が部屋の中に響いた。
御伽話のお姫様が眠るような天蓋ベットの上に、同じ顔を持つ双子の少女が寄り添い、手を繋ぎ、腰掛けている。
ツインテールされた純白の髪。それとは対照的な漆黒の瞳。片目につけられた眼帯。
左目に眼帯をつけた少女――イリエが薄いピンクの唇を開いた。
「不思議だわ」
「不思議よね」
イリエの言葉に、右目に眼帯をつけた少女――オリエが木霊するように唱える。
「「何であの人が、〝異端者〟と一緒にいたのかしら」」
今日会った気弱そうな少年。汚らわしき〝異端者〟の少年と一緒にいた人物を思いだし、双子は高笑いを抑えるように静かに笑った。
「だって、あの人は……」
「そうそうあの人は……」
くすっ、くすっ、と部屋の中に反響し、それが消えようとした頃に二人は声を揃えるのだった。
「「〝異端者〟が、だぁあい嫌いなのにねぇ」」
同時に顔を合わせて、同時に笑みを浮かべる。次第に頬が膨らんでいき、耐えきれなくなった二人は同時に噴出した。
「あははっ。にしてもあのときのあの子の表情、傑作だったわ」
「あんなに怯えた顔をするのだもの。〝異端者〟じゃなければ、抱きしめてあげたかったわ」
「でも何であの子〝異端者〟なのかしら」
「〝異端者〟じゃなかったら、わたくしたちがかわいがってあげたのに」
「「ねぇー」」
イリエとオリエの口から涎がつぅと零れ落ちた。くすっと笑い、双子はお互いの汚れを袖で拭き合う。
二人しかいないはずの部屋の中。
その部屋の中――正確に言えば、少女たちの頭の中に直接低い男性の声が響いた。
【お楽しみのところ申し訳ない】
双子は同時に眉を潜める。嫌そうに、煩わしそうに。
「なんなのかしら、〝使い魔〟風情が」
「とても良いところなんだから話しかけないでよ」
【キサマ等が誰のおかげで長い間生きてこられたのか、よく考えて物を言うのだな】
退屈そうな声だった。低く響く声に、双子は我に返り互いに顔を見合わせて目を瞑る。
「「ごめんなさいなのです。【死神】様」」
はしゃぎ過ぎたみたい、とイリエとオリエは声を合わせた。
低い男性の声の持ち主――それは、イリエとオリエが契約している〝使い魔〟【死神】である。双子は自分たちのアルモノを犠牲にして契約をしているため、大口を叩けないでいる。それがなければ、双子はここに存在しないのだから……。
【まあ、良い。それよりもどうするのだ】
「「何を、ですか……?」」
【宝石のことだ。あれはキサマ等にとって、どうでもいい代物だろう。ならコソ泥にくれてやればいい】
「「確かにそうなのです」」
でも、とイリエが言葉を続ける。
「わたくしたちは戦いが観たいのです」
「怪盗と探偵の戦いを」
「「だって、とーっても、面白そうなのですもの。わたくしたちは刺激が欲しいのです!!」」
くすっ、くすくすくすっ、と。
双子の笑い声を聞くと、【死神】はため息を吐き、黙ってしまった。
それはいつものことで。いつもいきなり話かけては、いきなり黙り込む。
イリエとオリエは安堵のため息をつくと、同時に目を開けた。
つないでいる手に力を入れて、指を絡ませる。キスをしそうなほど近くまで顔を近づけると、同時に囁いた。
「「早く、怪盗さん。来てくれないかしら」」
● ● ●
「明日、ですか!?」
アイの衝撃発言に、真白は衝撃の声を上げた。
――この人はいきなり何を言い出すんだ?
自由奔放なのはいつものことだけど、明日は急すぎる。真白は頭を抱える。
「ダメ、かしら?」
「い、いや、だってそれはですね。さすがに明日は早すぎるというか、ワタシも準備がありましてとか」
「私はもう準備ができているわ。だから、ダメ?」
「ワタシはまだ……」
「真白の力は、あまり使うものではないでしょ。だから今回も私に任せなさい」
「いや、でも相手はあの探偵ですよ? なんかいろいろやばい人らしいじゃないですか!」
「すごい感想ね。まあ、強いことは確かだろうけど、私だって強いのよ?」
「それは、確かにそうですが……」
アイの目は本気だった。これはもう何を言っても揺るがないだろう。
まだ子供っぽい彼女のことを、真白は幼少期から知っているのでよくわかる。
彼女が一度決めてしまったらどうすることもできない。
――策はもう大体固まっているので、明日まで徹夜すればどうにかなるかもしれない。
だけど真白は悩んでいた。探偵のことを。どうしてアイはそんなにも探偵と対決したがるのか。
アイは世間で怪盗といわれているが、予告状を出したりする類いの怪盗ではない。ただ、自分の目的を果たすために盗みをしていたら、いつの間にか怪盗と呼ばれていただけなのだ。探偵と対決する必要なんてない。そもそもどうして怪盗は探偵と対決しないといけないのだろうか。真白に理解することは困難だった。
目を輝かせているアイを見る。
彼女の嬉しそうな顔を見ると、どうでもよくなってしまうのは、まあいつものことだった。
● ● ●
「へぇー、あしたか……」
パイプ椅子に足を組んで座り、アオは小さく呟くと、指に止まっている蚊に向かって微笑んだ。
「なら、ボクもじゅんびをしないとね。なにか、おねえちゃんの役にたてるかもしれないし」
――というか、ぜったいに役にたって見せるんだけど。
アオは長い前髪の隙間から、壁に積み上げられている〝蟲〟たちを見る。その白眼は愛おしそうに、だけど少し憎らしそうにも細められている。
「あしたは、なんの〝蟲〟を使おうかなぁ。ああ、スズメバチとかいいかも。ブスッて刺せば、コテンッて逝っちゃうかもしれないし」
その場面を想像して、アオは口元に笑みを浮かべた。
あの〝使い魔〟のせいで食べなければいけなくなった蟲。
あれから操ることができるようになった蟲。
その蟲たちの一匹、指に止まっている蚊に口を近づけていくと、パクリと口の中に入れた。噛まずに飲み込む。
アオは白い瞳を髪の毛で隠すと、忍び笑いを漏らした。
「ふふっ。あしたは、どうなるのかなぁ」
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