●7.向けられた嫌悪の情。
ツインテールされた純白の髪。対照的な漆黒の瞳。姿かたちが全く同じな双子少女の違いといえば、左右どちらかの目を隠しているということだろう。白い肌に妙に映える眼帯で。
こちらから見て右側にいる少女は左目に眼帯を。左側にいる少女は右目に眼帯を。
ヤスユキは二人の違いを探そうとしてみたが、見つかりそうにないのでやめた。
くすっ、と笑い声をあげ、左目に眼帯をしている少女が薄いピンク色の唇を開いた。
「よくぞ、いらっしゃったのです、御三方。わたくしは、イリエ」
「わたくしはオリエ、と申しますの」
「「よろしくなのです」」
舌足らずな声を揃えると、双子の少女はスカートの裾を恭しくつかみ軽く一礼をする。そして再び上げた顔は笑みに溢れていた。
ヤスユキは息を飲む。その微笑は子供にはない色っぽさがあったものだから。
神宮寺は無表情で双子の少女を見ているが、彼の横にいる閑古はにこやかな怪しい笑みを浮かべていた。軽くお辞儀をすると、閑古は満面の笑みのまま、一歩足を踏み出した。
思わずヤスユキは身構える。さすがに初対面の少女に抱き着こうとはしないと思うが、でも自分も初対面のときによだれが垂れた顔が目の前にあって怖かったし、まだ会って間もない彼女のことはよく知らないけどもし少女たちが被害にあったら。だけど自分に飛び火することはないだろうから関係ない、いやいやでもさすがに依頼主に、ね。そんなことしないでしょ?
「随分とお若い方なのですね。失礼ですが、年齢をお聞きしてもよろしいですか?」
ヤスユキはやはり、と安堵した。閑古の本当の年齢は知らないけど、神宮寺と同じ年なのであればもう大人といってもいいだろう。だからそんなことないとわかっていた。わかっていたけどッ。
――どうして、怖い笑みで僕を見るんですかぁ。
双子の少女は同時に瞬きをする。
「それはトップシークレット、なのです」
「そっちの方が、ミステリアスなのです」
にぃっと口を歪めてイリエとオリエはそう言う。
ふたりに負けずと満面の笑みを一層深くした閑古は部屋の中を見渡して首を傾げた。
「ところで、宝石はどこに置いてあるのかしら。どうやらこの部屋にはないみたいですが?」
「違う部屋に置いてあるのです」
「とてもとても大切なものですから」
「少しだけ見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「「はい、大丈夫なのです」」
双子の少女は、壁際に立っていた侍女を見ると声をかける。
「「この方たちを、あの部屋まで」」
「かしこまりました」
侍女の無機質な声が響く。部屋の扉を開けると、無表情のままこちらを向いて「どうぞ」と呟き背を向けて歩きだす。
神宮寺と閑古があとに続いたのでヤスユキも慌ててついていこうとしたが、いきなり神宮寺が振り向いた。
「ヤスユキくんは、ここで待っていてくれないかな。すぐに戻るから」
「あ、はい。わかりました」
どうして一緒に行ってはいけないのか分からなかったが、ヤスユキは頷く。
パタンっ、と扉が閉まった。
部屋の中に、ヤスユキと双子の少女が残される。
扉に向けていた視線を双子に戻すと、ふたりは笑みを消していた。
「もしかして、あんたは〝異端者〟?」
感情のない声だった。
ヤスユキは状況が飲み込めずに狼狽える。
イリエとオリエは酷く覚めた目をしていた。背筋が冷えて行くのを感じる。
――彼女たちはあっち側なんだ。
最近読んだ『〝世界〟の非常識』という本の内容を思い出す。
それは〝異能者〟の著名人が書いたエッセイだった。
本は「〝異端者〟は〝世界〟の遺物だ」という言葉から始まっていた。
『あいつらがいる意味は何だ。どうして能力を持たない。持とうとしない。そんな奴らがなぜ生きている。この世は〝異能者〟のおかげで成り立っているというのに、あいつらは何もしようとしないで、〝使い魔〟と契約をしないで、どうしてこの世を生きていられるのだ。〝異端者〟はいらないだろう。いる意味はなんてありはしない。いっそ法律で定めればいいのに。すべての人間は〝異能者〟になりましょう。って。そう、それがいいのだ。まあ、法律なんてなくとも、人と違うことが嫌なのが人間なのだから、異能ぐらい手に入れてしかるべきだろう。昔はどうだったのかは知らないが、この世は異能に満ちているのだから。〝使い魔〟と契約すれば、誰もが異能を手に入れられるのだから。人と同じになれるのだから。それなのになぜやつらは異能を持とうとしない。意味が分からない。理解できない。理解したくもない。ああ、でもやつらを人間と同種で考える必要はないのかもしれない。我らとは違う、〝異端者〟なのだから』
この本を読んだ後、自分が生きている意味について、ヤスユキは考えを巡らせた。
――どうして僕はここにいるのだろう。世界の〝常識〟から外れた僕は、記憶を失くしてまで生きている必要はあるのだろうか。
――どうして、僕は〝異端者〟なのだろう。
考えれば考えるほど、頭がこんがらがりよくわからなくなったので、ヤスユキは思考を放棄して事務所を見渡したのだ。
そこにいる〝異能者〟の神宮寺とアケミが自分のことを嫌うことなく、命を救ってまで居場所をくれたことを。ヤスユキは改めて気づくことができた。
それに、〝異能者〟も辛い思いをしている。アケミの能力も、神宮寺の能力も、〝犠牲〟により成り立っているのだから。
冷たく濁った黒い眼で見つめられて、ヤスユキは身が縮こまる思いをしながらも、助けてくれたふたりのことを考えて正気を保とうと、〝異端者〟を嫌っている双子の少女の視線から逃れるために目を閉じる。
記憶を失くしてから初めて受ける嫌悪の情に、ヤスユキはそれでも耐えることができなかった。
「どうしてあんなにも有能な〝異能者〟が、〝異端者〟を連れているのかしら。とても不思議ね、オリィ」
「ええ。不思議だわ、イリィ」
「「だって、この〝世界〟に〝異端者〟は必要ないのですもの」」
くす、くすくすっ、と双子の少女が声をそろえて笑う。笑い声は部屋の中に反響して、ヤスユキの耳から頭の中に侵入してくると、そこでぐるぐると渦巻き踊り狂う。
狂ってしまいそうだった。〝異端者〟を嘲笑う、〝異能者〟の楽しく歪んだ笑い声に。
――あれ、でも前にも……前にも僕は、これよりも冷たく辛い瞳を向けられた覚えが……。
頭がズキッと痛んだと思ったら、部屋の扉が開いた。
神宮寺と閑古が戻ってきたのだ。
ふたりの顔を見た瞬間、ヤスユキは顔を歪めて今にも泣きだしそうな顔をしてしまう。
イリエとオリエは笑みを戻し、嬉しそうな声を上げた。
「「楽しかったのです、お兄様」」
双子はヤスユキを見ている。ヤスユキは茫然と見返した。
「どうだったのですか」
「わたくしたちの宝石、とても綺麗でしょう?」
子供にしては大人びた笑みを浮かべる双子を見て、閑古は興奮した声を上げた。
「とても素晴らしかったわ! やっぱり別ものね。意志の宿っている宝石は」
「ただの宝石じゃないことは確かだったね。あの宝石が何を思っているのか、俺には分からなかったが」
神宮寺が閑古と一緒にヤスユキの傍に来る。ふたりの顔を見ると安心する自分がいた。
ヤスユキは一歩後ろに下がる。
● ● ●
コン、コンッと扉のノック音が響く。
赤いワインの入ったグラスを机の上に置くと、アイは扉の向こうの人物に声をかけた。
「開いてるわよ」
「失礼します」
銀髪の男性が部屋の中に入ってくる。恭しく礼をすると、真白はソファーの近くまでやってきて、口を開いた。
「いま、大丈夫ですか?」
「ええ。ちょうど暇だったから」
「次の獲物なのですが……」
「『黄金の数珠』がどうかした?」
真白の言葉に、アイは首を傾げる。サングラスを掛けているため、その表情は伺えない。
「探偵、が動いているみたいです」
「探偵? なにそれ、面白そうね」
アイが子供のようにはしゃぐ声を上げた。真白はそれにため息をつきたくなるのを押さえる。
「アイ、少しは危機感を持ってください」
「でも、探偵よ。探偵なのよっ。面白そうじゃない。警察なんて私の相手として不足していたところだもの。やっと、怪盗の敵に探偵が現れたなんて。嬉しいわ」
「それは分かります。けれど、アイは敵を作りすぎているのですよ」
「大丈夫よ、真白。私は誰にも捕まったりしない」
真剣な言葉のあと、アイはそわそわと体を動かすと子供っぽい笑い声を上げた。
「ああ、でもどんな人なのかしら。是非ともあってみたいわ。私の敵として、手ごたえがあるといいのだけど、ね」
「……そうですね」
もう何を言ったところで聞く耳を持たないだろうアイに、とうとう真白はため息をつき困ったような顔をした。
アイは笑みを消すと、ひっそりと囁く。
「今回は、楽しくなりそうね」
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