第二章 二人ぼっちの死神少女
●6.宝石の所有者。
少女は無邪気に笑っていた。
見るものを虜にする、無邪気な笑み。
だけど、それは次の瞬間――ガラガラと音をたてて瓦解する。
真っ赤な炎が燃えていた。
中心に少女が佇んでいる。とても嬉しそうに、面白そうに、暗く歪に微笑んでいる少女。
さっきまでの無邪気さを失くし彼女は、口をパクパクとさせて何かを言っている。
でも何も聞こえなかった。
彼女の声が。彼女の言葉が。彼女の伝えたいモノが。
何も聞こえてこない。
真っ赤に燃える炎に向かい、〝僕〟は遠くから泣きながら手を伸ばし、何かを叫ぶのだった――。
● ● ●
「で、その依頼を受けたわけ、か……」
「ああ」
情報屋が帰ったあとアケミは恐る恐る戻ってくると、神宮寺から依頼の話を聞いて唸り声を上げた。その瞳は少し覚めている。
ヤスユキは何故だか緊迫し始めた雰囲気の中、どうしていいのかわからずに、オロオロとしていた。
神宮寺がいくつなのかは分からないが、少なくともアケミはまだ十七歳だ。見下すような目で神宮寺を見ているが、対する神宮寺はそれを気にすることなく無表情だった。死んだ魚のような瞳をした彼の瞳は、先程閑古から投げ渡された紙に向いている。
「てめえ、バカじゃねぇの! 守るたって、相手はあのドラゴンだぞ。宝を奪うためだったら人殺しもいとわない、欲望に塗れた殺戮怪盗だぜ! 物語の怪盗とはわけがちがうだろ!」
「それは知っているよ。でも、人殺しって言っても、勝手に行動した若手の警察官が自分で自分の首を締めるような行為をしたからじゃないか。それも文字通りにね……。ドラゴンは直接手を下していないだろう」
「それだってなァ。アンタの能力は人を守るのに適してねぇだろ。どーすんだよ。アタシは手伝わねぇぞ」
アケミはそういうと仏頂面でそっぽを向いた。
大きくため息をつき、神宮寺はその様子を見て、「手伝わなくっていいよ」と言うと再び紙に目を落とした。
ヤスユキは険悪な雰囲気が少し和らぐのを感じて、思わず止めていた息を吐き出す。
そして顔を上げて、天井を見て、神宮寺を見て、アケミを見て、テーブルに置いてある本を見て、ヤスユキは唐突に疑問が湧き上がった。
「そういえば、閑古さんていくつ何ですか?」
見た目はアケミと同じ年に見えるが、閑古は神宮寺のことを呼び捨てにしていた。神宮寺と同じ年には見えないが、女性の年齢は本当に分からないものだ。
アケミは年相応なのになぁ、と思いヤスユキが視線を向けると、なぜか胸を隠してキッと睨まれた。怖い。
「俺と同い年だよ」
神宮寺の答えにヤスユキはすっきりとする。やはりそうか、と。少女に見えるけれど、もう成人はしているのかもしれない。でもヤスユキは神宮寺の本当の年齢を知らなかった。聞いたこともないし、何となく聞きづらかったからだ。いくつなのだろうか。アケミより年上なのは確かだ、見た目は二十歳前後に見えるけれど、もしかしたらもう少し上かもしれない。
そんなことを考えていると、アケミと目が合った。
睨むわけでもなく見つめてくる瞳に、ヤスユキは釘付けになる。その黒い瞳は時にはきつくなり怖いけど、とても純粋そうな子供の目をしていることにヤスユキは気がつく。
見覚えがあるような気がした。
赤くって、黒くって……。
――ガラっ、と事務椅子をずらす音が響く。神宮寺が立ち上がったのだ。
神宮寺は上着に袖を通している。
「どこに行くんですか?」
「依頼者のところだよ」
「依頼者って、警察でしたっけ?」
「いや、ひとまずは情報屋のところに行く。何故かこの資料には書かれてないことがあるみたいだから、それを確認しにね。そのあとに警察に言って許可を取り、依頼者――宝石の所有者のところに行こうと思う」
気が遠くなりそうだ、と神宮寺が深いため息をつく。
ヤスユキは他人事のようにそれを聞いていると、神宮寺の死んだ魚のような目が徐にこちらを向いた。
「で、ヤスユキ君。今回の依頼主の相手は、俺一人じゃ手に負えないかもしれない。だからついてきてくれないかい? たまには、外に出るのもいいと思うよ」
● ● ●
正直に言うと、断ろうと思った。ついて来たところで、なにも能力を持っていない〝異端者〟の自分なんか足手まといにしかならないだろうし。
けど、<怪盗>に興味を抱いたヤスユキは、無意識の内に肯定していた。
どうしてなのかは分からない。記憶のないヤスユキにとって、<怪盗ドラゴン>は馴染みのない名前だったものだから、純粋に興味があっただけなのだろうと結論づけることにした。
そんなこんなで、今。ヤスユキと神宮寺は、閑古と共にある一軒の屋敷の前に立っていた。
一見して豪華だと誰もがため息をこぼす屋敷の前で。実際にヤスユキはため息をつく。
「え、でかい……。本当にここですか?」
本当に大きい。大きすぎる。宝石は高価で価値がある物だということぐらいは知っていたが、まさか宝石の所有者がこんな大きな屋敷に住んでいるとは、ヤスユキは思わず感嘆していた。
お金持ちというのだろうか。実際に見るのは初めてだが、その大きく横に長い屋敷をヤスユキは見上げる。
最近にしては古い造りの屋敷だった。手入れが行き届いているのかあまり古臭さは感じないが、ビルが多い都心の中で明らかに浮いている。
赤茶色の煉瓦の塀を見て、「アケミの髪に似ているなぁ」とヤスユキが思っていると、神宮寺が右手を伸ばし屋敷に不似合いなインターホンを鳴らした。
ピンポーン……。と屋敷中に無機質な音が鳴り響く。
同時に、ガチャリと目の前の扉がゆっくりと開いた。
三十歳ぐらいのメイド服を着た女性が現れる。
メイドというより侍女といった方があっているだろう女性は、ロボットのように規則正しすぎるお辞儀をする。無機質な仕草だった。
「<閑古鳥が鳴いている堂>様と、神宮寺様ですね。お待ちしておりました」
抑揚のない無感情な声で淡々と言ったあと、女性が顔を上げた。一切の感情を失くした表情を。雰囲気はどこか神宮寺に似ているが、その姿はあまりにも人間離れをしていた。ロボット、といった方が正しいかもしれない。
「どうぞ、中にお入りくださいませ。主様方はお待ちしております」
躊躇うことなく、閑古が我先にと屋敷の中に足を踏み入れた。
ヤスユキは神宮寺からほとんど何も聞かされることなく、ここにいた。
事務所を出るとそのまま閑古に会いに行き頬ずりをされたトラウマを作り、そのあと警察庁に言っては〝異端者〟で目立つため好奇な目にさらされて身が縮こまる思いをし、そして今、屋敷の中を歩いている。
宝石を所有している人物はどういう人なのだろうか。
その疑問は大きな扉を開けた先で知ることになる。
屋敷の中をぐるぐると歩きまわされたことで若干くらくらしてきた頭を押さえたとき、侍女がやっと足を止めた。ヤスユキの二倍はあるだろう大きな扉の前で。
その扉を眺めては、ヤスユキは頭がますます痛くなる。ただの眩暈だけど。
侍女がコンコンとノックすると、扉を押し開いた。
白かった。次にピンクがあった。赤もある。緑も黄緑色も黄色も水色もクリーム色も、灰色だってあった。
猫、犬、キリン、熊やパンダ、コアラに兎、カンガルーや象の大小さまざまの人形が置かれたそこは――子供部屋にしか見えなかった。
ブラウン色の遮光カーテンに遮られた部屋の中。
桜色の天蓋付きベッドにふたりの少女が互いを支え合うかのように座っていた。
精巧な造形のフランス人形のような同じ顔がこちら向く。白く透き通った髪と瞳に息を飲んだヤスユキを気にも留めず、ふたりの少女が同時に桜色の唇を開いた。
「「お待ちしていたのです」」
閑古が目を輝かせて双子の少女に問いかける。
「あなたたちが、『黄金の数珠』の所有者、で本当にあっているのですか?」
「「はい、そうなのです」」
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