●5.情報屋からの依頼。

「兄上ー! 兄上ー!」


 都市から離れた町の、とあるビルの地下。一階まるまる切り取った部屋の中に、幼い少女の声が響き渡った。

 数人の男女と話し合いをしていた帽子を被ったグレーの髪の青年が、彼女の声に反応して振り向く。

 青年が向いた先に、一人の少女がいた。青年と同じ色のグレーの髪の毛をポニーテイルに結っている少女だ。黒っぽい浴衣を着た背の小さい少女は青年に近寄ってくると、これまたグレーのくりくりとした瞳を輝かせて嬉しそうに笑う。


「どうした、雪姫ゆきひめ


 青年は話し合いを一旦中断させると、少女の名前を呼んだ。今まで無表情だったのが嘘かのように、彼は微笑を浮かべる。

 雪姫と呼ばれた少女は、青年の前で胸を張ると自信満々に口を開いた。


「ドラゴンが次に狙う獲物が、わかったようじゃ」

「本当か!」


 驚愕した青年の反応に満足をして、雪姫は手に持っているメモ帳に視線を向けると、誇らしげに獲物の名前を言うのだった。


「次、ドラゴンが狙う獲物はなぁ」



● ● ●



「あ゛ーダメだッ。やっぱわかんねぇ!!」


 いきなり叫び声をあげると、アケミはトランプを放り投げた。放り投げられたトランプは重力に従い、机に並べられたトランプの上に降り注ぎ、綺麗に七並べされたトランプは見るも無残にバラバラになる。

 その光景に呆気にとられたものの、気を確かに保ちヤスユキはトランプを机の上に置いた。


「って、何がわからないんですか! 七並べにわかるもわからないもないじゃないですか! 神経衰弱じゃないんですから!」

「わかんねぇもんはわかんねぇんだ! てめえ、スペードの5止めてんだろ! こちとらジョーカーもねぇし、何もだせねぇんだよ! パスは、後一回しか使えねぇし!!」

「アケミさんだって止めているじゃないですか! おかげでハートの10が出せないんですよ!」

「んだと、コラァ! 文句あるのかァ! ああん!?」

「も、もも文句あるから言ってるんじゃないですか!」

「よし、てめえ、殺す!!」

「え、な、ななな何で立ち上がるんですか、アケミさん? というか、少し落ち着いてッて、うわああああ!?」

「逃げんじゃねぇ、ガキ! 死ぬ直前までしか殴らねぇから、大人しく殴られろ!!」

「さ、さっき殺すって、物騒なこと言われた気がああああぁぁあ!!」

「――少し、静かにしろ」


 静かな、でも張りのある低い声が響いた。

 部屋の中を無我夢中で逃げ回っていたヤスユキと、そんな彼を般若の形相で右手を上げながら追いかけ回していたアケミはピタッと動きを止めると声を出した人物を恐る恐る見た。

 神宮寺が不機嫌な顔で新聞を読んでいる。


「何度も言うが、ここは俺の事務所なんだ。やるなら余所でやってくれ」


 ヤスユキはこの隙にアケミからそろりそろりと離れると、「スミマセン」と小さな声で謝った。

 それをみて、「あ、てめ、逃げんな!」とアケミは叫んだが、ヤスユキがちゃっかりと神宮寺の後ろに隠れてしまったので、ちっと舌打ちをして渋々いつもの指定席に座った。同時に元気な声が聞こえてくる。


「入るわよ~」


 事務所の扉が開いた。自称閑古さんが部屋の中に入ってくる。


「一階の扉が開いていたから、勝手に入ってきちゃったわ」


 まったく物騒ねー、といいながらにこやかな笑みをなぜかヤスユキに向ける。

 ドタッと音がした。アケミが蒼白な顔をして立ち上がる。

 だがいまはそんなことに構っていられない。ヤスユキは事務机の椅子に座っている神宮寺の腕を持つ。

 閑古はニコニコ笑みのまま中に入ってくると、ヤスユキに向かって――行かなかった。

 視線をすぐさまアケミに向けると、「アケミちゃーん」と言いながら飛びかかる。


「ああああああ!!」


 アケミが奇声を上げた。そして向かってくる閑古に向かって右ストレートを繰り出す。鈍い音がして、閑古が吹っ飛ばされる。いまの内にとアケミは一目散に自室に入り込み、扉を閉めてしまった。がちゃっ、と鍵が閉まる音がする。ヤスユキはいつの間に鍵をつけたんだとかそんなことを考えつつ、次は自分が犠牲になるんじゃないかと思い恐怖した。

 「神宮寺さーん」と神宮寺の腕を強く掴む。ピクリッと神宮寺の眉が動いた。

 そのとき、「よっこらせっと」という声を出しながら閑古は立ち上がると、思ったとおりヤスユキを見る。そして――


「何の用かな? 閑古君?」


 何故か走り出そうとしたが、神宮寺が声を出したため彼女はその姿勢のまま動きを止めた。


「用があったから来たんだろ。早くそれを言ってくれたまえ」


 神宮寺の冷ややかな声で、閑古は「ああ」と何かを思いだし、アケミの指定席のソファーに座り足を組む。


「そうそう。そうだったわ。ちょっとあたしのところにきた依頼で、困ってることがあってね……」

「困ってること? 君にしては、珍しいな」

「あたしだって万能じゃないもの。困ってることぐらいあるわ」


 心外ね、とでも言うかのように閑古は口を尖らせる。すぐもとの笑みに戻ると言葉を紡いだ。


「といっても、今回の依頼は〝情報〟関係じゃなかったのよ。情報専門のあたしには無理なもの。だからあなたに手伝ってもらおうかと思って、お願いに来たのよ。急ぎの用だったものだから」

「なら早速話してくれたまえ。……それと、ヤスユキ君、そろそろ離れてくれないかな」

「えっ。あ……スミマセン」


 ヤスユキは戸惑いながらも神宮寺から離れると、いつも自分が座っているソファーの指定席に座った。目の前にいるニコニコと笑みを浮かべる情報屋から自分の顔を隠すかのように本を広げる。どうしてか彼女の笑みは怖かった。



 閑古はそんなヤスユキの行動を面白そうに一瞥すると、表情をいっぺんさせ、さっきまでとは違う真剣な顔をする。


「簡単にいえば、〝護って欲しい〟という依頼がきたのよ」

「護って欲しい? なんだい、それは」

「警察からの依頼なんだけどね。なんでも、次ドラゴンが狙う宝物がわかったらしいの。だからそれを所有している人物と獲物を守ってくれって。宝石を所有している人物がね、どうやら警察が苦手らしくって……だからあたしにどうにかしてくれって言われて、断ったんだけど……お金がよかったから、ね。神宮寺は強いでしょ? お願いできないかしら。あたしは戦闘専門外なのよー」


 めんどうそうに、閑古ひとしきりしゃべり切るとため息をついた。

 情報屋を始めてかれこれ何年になるだろうか。師匠の下から離れてひとりで仕事を始めたのが十代の前半だったから、十年は経っているかもしれない。情報を扱うのが得意だから情報屋になったというのに、どうしてこんな依頼が来たのだろうか。閑古は考えたものの、思い当たる節はひとつしかなくて、今更ながら後悔してしまう。

 閑古は無表情のまま、ヤスユキに顔を向けると、そのかわいらしい顔立ち癒しを感じて、笑みをこぼす。


「どうして警察はドラゴンが狙う獲物がわかったんだい?」

「そんなのあたしが調べたからに決まっているじゃない。元々そっちが依頼だったんだし」


 神宮寺が考えるポーズをする。

 依頼を受けるかどうか決めかねているらしい。ということは、もう一押しで依頼を押し付けることができるかもしれない。人を護るなんてなんて性に合わない依頼だったので、閑古は悩んでいる神宮寺に、ここに来るまで考えていた台詞を言ってみることにした。


「ねえ、神宮寺。何を悩む必要があるの? 探偵というものは、従来から怪盗と戦うものでしょ? だったら、普通二言でOKするものじゃないかしら」

「……」


 ――もう一押しってところかしら。


「最近仕事の依頼ないでしょ? だったらチャンスじゃない。今回の依頼を遂行すれば、お金、たっぷりはいるわよ。そんじょそこらの依頼とは違うのだから」


 ピクリッと神宮寺の眉が動く。そして彼は考えるポーズをやめると少し不機嫌な顔で口を開いた。


「それもそうだね。ちょうど暇だったんだ。その依頼受けることにしよう」

「さっすが神宮寺! 恩に着るわ」


 閑古はニッコリ笑顔を浮かべると、白衣の胸ポケットから四つぐらいに折りたたまれた紙を取り出して、ポイッとフリスビーを飛ばすみたいに神宮時に向かって投げると、立ち上がった。


「それに依頼のこととかいろいろ書いてあるから目を通しておいてね」


 我が家に帰るために事務所の扉に向かって行く際に、ヤスユキの頭にぽんと手を乗せてみると、彼はビクッと飛び上がった。ヤスユキは蒼白な顔で助けを求めている。

 自分の思い通りにコトが進んで満足した閑古は、元気にいっぱいに手を振り回して事務所を後にした。

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