●2.情報屋<閑古鳥が鳴いてる堂>

 〝見捨てられた町フォーセイクンタウン〟――――そう呼ばれ忌み嫌われている都市の外れ。

 そこは主に〝異端者〟と〝犯罪者〟が暮らしていた。

 特に目につく仕切などはないはずなのに、バッサリと都市との境目ができているその町は、都市とは正反対で暗くジメジメとしており、常に放置されたゴミなどからは異臭、悪臭は当たり前。

 その境目の付近に一つの建物があった。

 〝異能者〟、〝異端者〟関係なく依頼を請け負うその探偵社の名前は、<神宮寺探偵事務所>。

 そこに一人の人物が訪れていた。



● ● ●



 ――ピンポーン。

 どこにでもあるありふれたチャイム音が鳴り響く。

 事務机に座っていた神宮寺が、それを聞いて無言で立ち上がると一階にある玄関に向かって行く。その足取りは相変わらずめんどくさそうに見える。

 ヤスユキは読んでいた、『これを読めば〝世界〟の常識はパーフェクト』という本を閉じると、なんとなく前にあるソファーに目を向けた。

 そこには誰もいない。

 さっきまでアケミが座っていたのだが、『情報屋』と聞くなり血相を変えて自室に籠もってしまったのだ。ただ一言、「アタシはいないと言っとけ!」という言葉を残して。

 神宮寺に聞いたところ、これから来る『情報屋』という人は、どうやらアケミの苦手な人らしい。

 ――――どういう人なのだろうか。

 あのアケミが苦手というぐらいなので、とても〝大変〟な人なのだろう。

 会ってみたいが、反面、会うのが怖い。

 ヤスユキが嘆息していると、玄関の閉まる音がした。コンクリート製の階段を、誰かが上がってくる音がする。それと同時に小さかった話し声が、どんどん鮮明になって聞こえてきた。


「へえ。噂は本当だったのね。あなたの許に、また一人増えたらしいって」

「……ああ」

「どんな子かしら? ねえ、神宮寺。その子ってかわいい!?」

「……さあな」


 無駄にテンションの高い女性の声の後から、最近ではもう聞きなれためんどうそうな神宮寺の声が聞こえてくる。

 どうやら自分の話題らしい。

 ヤスユキは変に緊張してきた。

 そして、

 事務所の扉が開くのと同時に、


「ヤッホ――!!」


 という元気のいい声がした。一拍遅れて一人の少女が中に入ってくる。

 先っぽのはねたショートの茶髪が最初に目に付いた。だが、よく見てみるとそれはショートヘアではなく、左耳の後ろから無造作に束ねられた三つ編みがひとつ前に垂れていた。着ている服は山登りでもするかのようなカジュアルな格好。その上から膝ぐらいまであるシミ一つない白衣を着ており、それがとてもミスマッチしている。

 彼女はヤスユキを見た瞬間、茶色の大きな瞳を丸くして無表情になった。いままであった笑みはどこへらや、一切の感情が浮かんでいない。

 どうしたのだろうか?

 ヤスユキは心配になると同時に、その顔に恐怖を覚える。

 そのとき、それを打ち破るかのように少女の顔が破顔した。

 向日葵のような笑みが、その顔に浮かぶ。


「やん。かわいいわああああぁぁあぁあ!!」


 その口から、男からするととうていだせそうのない音域の奇声が飛び出してきた。

 ヤスユキは身の危険を感じ、すぐ逃げ出せるようにその場に立ち上がる。――が、


「えっ」


 少女はいつの間にか目の前まで来ていた。キラキラとした瞳と口元からヨダレの垂れた顔が眼前にある。


「ああ、この子、女の子みたいだわ。目がクリクリと大きくて、髪の毛もさらっさら。これぞまさしく本当の男の娘ね! 女装をさせたいわ!!」


 何とも物騒な言葉がその口から飛び出す。

 ヤスユキは恐怖で何もいえない。自分の顔が、色々な意味で蒼白になっていくのがわかる。

 ――――ああ、僕はいったいどうすればいいんだッ。


「よしっ。ねえ、今からお姉さんのお家に来ない? 可愛い服を着せてあげるわよ」

「っ……うっ、わっ……お、え、遠慮しておきますっ」


 何とか言葉を搾り出すと、ヤスユキはソファーから転がり落ちて、いまだに扉の前に立っている神宮寺の後ろに猛スピードで隠れた。

 神宮寺は、それを見て深いため息をつく。


「あまり、ヤスユキくんを怖がらせないでくれるかな」


 その声には何の感情も込められていない。

 少女は妖しい笑みを浮かべた。


「あら、ごめんなさいね、神宮寺。あたし、はしゃぎ過ぎちゃったみたいだわ。だってとってもかわいいんだもん」


 悪びれた様子も無く彼女は言う。


「それよりもまずは自己紹介をしなくっちゃね。あたしのこと、教えてあげるわ」


 そういうと、少女はヤスユキに向かってウィンクしてきた。ヤスユキの背筋を悪寒が駆け抜ける。


「あたしは、情報屋<閑古鳥かんこうどりが鳴いてる堂>のオーナー。名前は企業秘密だから教えられないけど、みんなあたしのことを『閑古(かんこ)さん』と呼ぶわ。よろしくね、網谷ヤスユキくん?」


「えっ!? な、なんで僕の名前を――」

「そんなの、神宮寺に聞いたからに決まっているじゃない。メールに書いてあったのよ」

「……え?」


 ヤスユキは頭二つ分ぐらい背の高い神宮寺を見上げる。彼はめんどくさそうに眉を寄せたがそれだけで何も言わない。

 ヤスユキは閑古を見た。


「あの……。閑古鳥が鳴いている堂ってことは、もしかしてお客さんって少ないんです……か、あっ」


 言ってしまって気づいた。これは失態だったと。 

 閑古の雰囲気が変わった気がした。笑顔はさっきと同じままなのだが、停止したまま少しも動かない。

 かぱっという音がしそうなほど唐突にその口が開いた。


「ねぇ、神宮寺」


 さっきまでの声と同じ人物とは思えないほど低い声が、この場に響く。


「この子、あたしに喧嘩売っているのかしら」

「そ、そんなことはッ」

「あなた、見た目よりはっきりというタイプみたいね。まあ、かわいいから許してあげるけど」


 言葉とは裏腹に、その目は笑ってない。口元に笑みが浮かんでいるのに、目は鋭くヤスユキを睨みつけていた。

 ヤスユキは顔を真っ青にする。

 ああ、どうすればいいのだろうか。

 そのとき、今まで黙っていた神宮寺が小さくため息をついた。


「閑古くん。そんなことはどうでもいいから、要件を言ってくれないかい? 探偵の俺にやってほしいことがあるんだろう」


 閑古の顔に本当の笑みが戻った。

 ニッコリと彼女は向日葵のような笑みを浮かべる。


「あら、そうだったわね。あたしとしたことが、すっかりと忘れるところだったわ。――まあ、でも、やっぱりやめた」

「――は?」


 あっけらかんと言う閑古に、ヤスユキは間抜けな声をだしてしまう。

 この人は、いったい何をしに来たんだ。依頼者だから来たんじゃないのか?


「なら、帰ってくれないかな?」


 不機嫌そうに神宮寺が言った。その顔には呆れたような表情が浮かんでいる。

 その言葉を受けた本人は、ニッコリとした笑みを崩さずに歩き出した。

 一つの寝室に向かって。


「あ……」


 ヤスユキは神宮寺の横に並ぶと、その成り行きを見守ることにする。本当は何かを言おうとしたのだが、彼女が向かった寝室が〝あの人〟のところだったので、口にするのをやめた。

 閑古は並びあっている寝室のふたつの内、右側の扉の前に立つと、ノックをすることも無く開け放った。

 瞬間移動するかのごとく中に飛び込むと――

 ――飛んできた。

 寝室とは反対側の壁に、背中から叩きつけられる。


「カンコーさん!」


 何が起きたのかわからず、ヤスユキはとりあえず大きな声をだした


「イタタタッ……」


 といいながら、閑古は笑顔で立ち上がった。言葉とは裏腹に、全然痛がっているようには見えない。無傷だ。

 彼女はまた歩き出すと、次の瞬間、走り出した。さっきの部屋に向かって。

 開け放たれた扉の前には、荒い息を吐いているアケミが立っている。ベッドで寝転がっていたのか、髪の毛はボサボサだ。彼女は閑古が走り出すと同時に右手を構えていた。


「アケミちゃ~ん!」

「うるせえええぇぇぇぇ!!」


 二人の言葉が重なる。

 飛び掛ろうとする閑古のお腹に、アケミの右ストレートがめり込んだ。

 そして――。


「……何をやっているのでしょうか」

「……さあね」


 同じことが繰り返されているのを見ながら、ヤスユキと神宮時は同時にため息を吐いた。



● ● ●



 暗闇が都市を包んでいた。

 反面。都市にある建物から発される光は、昼間のような明るさを放っている。


 そんな都市に建てられている数多くのビルの内のひとつ。

 その最上階にある部屋の中で、高級そうな黒ソファーにひとりの女性が座っていた。

 着ているものは黒いスーツ、そして掛けているサングラスも黒。

 薄暗い照明の中に女性は溶け込んでいる。

 それでも、とても長いこげ茶色の髪の毛は、照明に反射されてうっすらと光っていた。

 女性は、組んでいた足を組みかえると、机の上に置いてあるワイングラスの中身を飲んだ。

 そして、口を開く。


「次の獲物は決まったのかしら」


 向かい側にいる、男性に向かって。

 銀色の短髪の男性は、銀色のメガネをかけなおすと低い声で問いに答える。


「ええ」


 女性の口にうっすらと笑みが浮かんだ。

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