エピローグ

 目を覚ました時、正義は見知らぬ部屋にいた。

「……?」

 頭がぼーっとしていて何が何だかわからない。俺、どうしてこんな事になってんだっけ……?

「起きたか、田中」

「!」

 隣のベッドには英雄が座っていた。顔には包帯が巻かれたり、ガーゼが付けられたりしている。

「鈴木! お前、大丈夫か!?」

「その言葉、そっくりそのままお前に返すよ」

「えっ!?」

 彼の言葉を聞き正義は自分の体を見ようとする。しかしその瞬間、鋭い痛みが彼を襲った。

「いって!」

 いつのまにか服が換わっている。その下には色々な部位に包帯なり何なりの感触があった。

「お前、丸一日眠ってたな」

 英雄の言葉に彼はぎょっとした。

「えっ!? そんなに!?」

「よっぽど疲れてたんだろうな。ま、当たり前か。あんな戦いの後じゃあ……」

 戦い……正義ははっと思い出す。

「Jは!? どうなったんだ!? ジャークは!?」

「安心しろ。Jは完全に活動を停止した。らしい。ジャークは……ウイルスは、完全に消滅したらしい」

「そっか……」

 彼の耳にJの最後の言葉が聞こえてくる。

 ―――――ありがとう、僕を助けてくれて。

 あの言葉は、聞き間違いじゃなかったんだな。

「んで」

 英雄は話を続ける。

「その後お前はふらっと倒れたってわけ。博士が組織の人に連絡して、救助しにきてもらった。でここに連れてこられた。ここは病院だ」

「……そうか」

 正義は安堵のため息を漏らす。

「なら、世界は救われたんだな」

「ああ、そうさ。お前が救ったんだ」

「!」

 英雄の口調はどこか悲しそうだった。

「英雄の座はお前にくれてやる。俺は結局、見る事しかできなかった」

「鈴木……何言ってんだよ」

「え?」

「ひとりぼっちの英雄なんてどこにもいやしないよ。俺だけじゃねーさ。お前やおっさん、ドクター、それに組織の人達……みんなの力で世界を救ったんだ。俺が英雄なら、みんなも英雄だ」

「……へっ」

 彼は照れ臭そうに笑った。

「何かっこつけてんだよ」

 その時病室に葉加瀬が入ってきた。

「! おお、起きたか、田中君」

「おっさん……」

「ドクターは?」

 いの一番に英雄は尋ねた。

「安心したまえ。命に別条はないそうだ」

「そうか。よかった……!」

 彼はほっと胸をなでおろす。

「いや、ふたりとも、無事で本当によかった」

 葉加瀬は心の底から喜んでいるようだった。

「なあ、おっさん、俺、ジャークと戦っている時、Jの声を聞いたんだ。馬鹿みたいな話だけどさ」

「……何て言ってた?」

 彼は正義の話を疑う事なく、真面目な顔つきで聞いてきた。

「最初は助けてって言ってた。んで、ワクチンを注入した後、ウイルスが消える直前、ありがとうって言ってた。助けてくれてありがとうって」

「……そうか。もしかしたら、私を恨んでいるのではと思ったのだが」

「おっさんを? どうして?」

「Jがあんな風になってしまったのは我々科学者のミスでもあるからだ」

「……たぶん、そんな事思ってなかったんじゃないのかな。何となくだけど」

「……Jは、私が責任を持って処分するよ」

「えっ!?」

 これには正義も英雄も驚いた。

「どうしてだよ! もうウイルスは消滅しちまったんだから、今度こそ世界平和に貢献できるんじゃねーのかよ!」

「しかし、またウイルスにかかる可能性だってある」

「それは……そうだけど……でもいいのかよ、せっかく開発したのに」

「他にも問題点はある。電源が外部にある、とかな」

「電源?」

「機械なんだから、そりゃ電源がある。当時私はもしもの時のために電源スイッチを付けようと考えていたんだが、仮に、たとえばテロ組織と交戦しているような時に敵勢力に電源を切られる可能性があると、ケーブルによってコンピューターと繋げ、プログラムによってオン・オフを切り替えるという外部電源の方式を上層部は採用したんだ。そのせいで今回ジャークを倒すのに相当苦労しただろう?」

「まあ……体のどっかにスイッチがあれば、それを切れば終わってたからな」

「それに……」

 と、葉加瀬はもうひとつ付け加える。

「平和は、私達人間が作っていくものなんじゃないかって思ってな。ロボットなどに頼らずに。技術がどれだけ進歩しても、最終的に人の世界を左右するのは人の心じゃないかな」

「……確かにな」

 英雄は相槌を打つ。

「人間、か……」

 正義はつぶやいた。

「俺、ひょっとしたらジャークの本当の望みに気付いたかもしれない」

「本当の望み?」

 英雄と葉加瀬は声をそろえて聞き返す。

「本当の望みって……世界を支配する事じゃねーのかよ。それがウイルスによって歪められたあいつの平和だったんだろう?」

「そうなんだけどさ。その先に……ジャークがしたかった事さ」

「その……先があるのか?」

 葉加瀬も不思議そうに問う。そんな事は考えていなかったのだろう。

「凶身キル。おかしいと思ったんだよ。7体の邪身を生け贄にして作ったっていうあいつが、どうして人間の女の子の姿をしていたのか」

「そりゃお前、ジャークがロリコンだったからだろう?」

「……そうかもしれんが。だけど、もしかして、あくまでも推測だけどさ……あいつは、いつか人間になりたかったんじゃないのかなって思ってさ。どっかで人間に憧れてた。だから支配しようとしたんじゃないのかなって」

「……今となってはわかんねーな……」

「……もしそうだったとしたらさ……」

「お前は優しすぎるんだよ」

 英雄の言葉が正義の言葉を遮った。

「話し合ってわかり合えたか? それができたらとっくにやってただろう。これでよかったんだよ。結果的に奴は人間にとって脅威以外の何物でもなかった。お前の正義は、少なくとも俺は認めるぜ」

「小難しい話はもうやめよう!」

 葉加瀬が突然会話を断ち切った。

「気が付いたんなら部屋を出るぞ。総理がお待ちだ」

「総理って……何で?」

 正義は不意を突かれた顔をした。

「決まってるだろ、世界を救ったヒーローに会うためだ……っと、その前に」

 葉加瀬はくるりと彼に向き直る。

「あの増量缶、26回目でやっと出たから、3380円。しくよろ」


「こうして、ハロウィン仮面は世界を救ったヒーローとして、世界中の人々から称賛されましたとさ」

「ハロウィン仮面かっこいい~!」

 彼の話を聞いて、彼の息子は無邪気にその内容に心を躍らせていた。

「それで、そのあとハロウィン仮面はどうなったの!?」

「……結婚して子供が生まれて、幸せに暮らしましたとさ。よし、今日はもう寝なさい」

「うん! おやすみー!」

 彼の息子はどたどたと自分の部屋に走っていった。

 まったく……と彼は思った。普通ならその後どうなったのかなんて聞かないんだけどなあ、子供は。悪を倒してそこで物語は終わるんだけど。と、机に置いてあった求人誌を手に取る。その机には彼と彼の息子と、彼の前妻の三人で映っている写真が飾られていた。

 彼は求人誌を開き、しおりを挟んでいたページに目を通す。ちなみにこのしおりは、現在世界中を放浪している戦友から定期的に送られてくるハガキだ。

「そして……まだ、戦ってるよ、社会と」

 彼はぽつりと言った。


 彼の戦いは、終わらない。


 6分間ヒーロー 完

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6分間ヒーロー 神橋つむぎ @kambashitsumugi

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