第21話 奪われた正義と生まれ出づる暗黒

「ついにこの時が来たな」

 彼は満足そうに微笑んだ。五年かけて開発をしてきたものがようやく完成したのだ。

「いよいよですね、博士」

 隣に立っていた彼の部下も嬉しそうに言った。この男もこの計画に初期から参加していた者のひとりだ。

「よし」

 彼はマイクのスイッチを入れた。

「起動の準備を」

 ガラス越しに隣の部屋にいる他の部下数名に話しかける。その内のひとりがコンピューターに向かう。そのコンピューターにはいくつものケーブルが接続されており、ケーブルのもう一端はそれぞれがその・・各部位へと繋がっている。

 部屋の中の総員が配置に就いた後、オーケーのサインが出た。あとは彼の号令ひとつで全てが始まる。

「では、始めてくれ」

 そう、始まるのだ。全人類の願う未来への大いなる歩みが。


「おっさんが……ジャークを作った……?」

 正義は耳を疑った。今、ジャークは確かにそう言った。聞き間違いではない。

「……」

 葉加瀬は何も言おうとしなかった。独田も険しい表情を浮かべていた。

「どういう事だよおっさん! ほんとなのかよ!」

「……本当だ」

「!」

「15年前、一度組織を離脱する前の事だ。ある計画が動き始めた」

「ある……計画……?」

「世界平和に貢献するためのロボットを作り出そう、というものだ」

「……」

 正義は黙って葉加瀬の話を聞き始めた。

「そのプロジェクトは5年の間進められた。何度も実験を繰り返し、十分すぎるほどの試運転も済ませ、そのロボットはようやく完成した」

 正義はちらりとジャークの顔を見た。彼も正義の顔を見返した。目が合った。不敵な笑みを浮かべていた。

「そのロボットは人間そっくりに作られ、高い強度や身体能力を有していた。また人工知能も持ち、言語も話す事が出来る。まさに人類の英知と科学の集大成だった」

「……そんなロボットがどうして……」

「ついに本格起動を迎えた時、事件は起きたんだ」

 葉加瀬は忌々しい十年前の記憶を思い出していた。


「では、始めてくれ」

 葉加瀬の号令を受け、研究員達は一斉にロボットに繋がれていたケーブルを抜いた。

「……」

 その場にいる全員がロボットを見守っていた。やがて台に寝かせられていたそれはゆっくりと起き上がった。

「おお!」

 研究員達は喜びの声を上げた。ガラス越しに見ていた葉加瀬も思わず声を出しそうになるが我慢した。まだだ。まだ安心はできない。もう少し様子を見なければ。

 ロボットは首をきょろきょろと動かし周囲の様子を見ていた。次に自分の両腕をグー、パー、と動かした。そして研究員のひとりと目を合わせた。

「……ど、どうだ、J? 生まれた感想は」

 J、というのがそのロボットの名前だった。世界平和のために活躍するjustice正義のロボット。だからJ、だ。

「……とても」

 おおっ! と再び歓声が上がった。Jが言語を話したからだ。この時葉加瀬は初めて心の底から安堵した。そして喜んだ。やった、やったぞ! しゃべった! 完璧だ! 完璧な発明だ! 計画は……。

 大成功だ! そう隣の部下に言おうとした時だった。

 突如Jはその腕を振り下ろし、目の前の研究員の首を弾き飛ばした。

「とても、清々しい」

 部屋を隔てるガラスが鮮血に染まった。葉加瀬の頭は真っ白になった。

「な、何だ! 何が起きた!」

 もはやガラスは意味がない。すかさず上部に設置されてあるモニターを見た。隣室の様子が映し出されている。

「うわああああああああああああ!」

 中にいる研究員達はパニックに陥っていた。恐怖で足がすくみ、その場にしゃがむ者、出口へと走る者……。

「な……!」

 暴走!? なぜだ! プログラムは完璧だった! 最終試運転は毎回何の問題もなかった! なのになぜ!

「と、扉を開けろ! 早く!」

「は、はい!」

 彼はすぐさま部下に指示を出した。部下の男は急いで隣室への扉を開けに行く。

 しかし、その必要はなかった。扉は彼が開ける前に部屋の内側にいる者から開けられたからだ。

 そして、そこにはJがただひとり立っていた。

「あ……あああああああああああああああああっ!」

「逃げっ……!」

 時すでに遅し。一瞬で彼の頭が消えた。

「あっ、あああああああああああっ!」

 葉加瀬は叫ぶしかなかった。他に何もできなかった。目の前にある暴虐な恐怖に対して、ただ怯えるだけだった。

 Jは一歩一歩彼の元へ近付いてくる。それをただ口を開けて見ているだけだった。

「……葉加瀬博士博士……だな」

「! ……ふぁ……ふああ……」

 ああ、と言ったつもりだったのに、言えていない。正しい発音でしゃべれない。

「あなたがこの計画の最高責任者、と私の脳には入っている」

「…………!」

「ならば、それはつまり私の親という事だ」

「…………!」

「ありがとう、私を生んでくれて」

「!!」

「だからこの場ではあなたは殺しません。では」

 Jは彼の隣を通り過ぎ、部屋の外へと出て行った。

「……!」

 助かった……? 葉加瀬博士ひろしはこの時、生き残る事が出来た事がただただ嬉しかった。目の前にある恐怖を乗り越えた瞬間に、人間が生じさせる感情はこれ以外ありえない。

「は……はは……!」

 彼は嬉しさから笑っていた。たったひとり残された、血飛沫ちしぶきに染められた部屋の中で。廊下から聞こえてくる悲鳴に耳も傾けずに。


「そのロボットは起動後すぐに、その場にいた研究員を全員殺した。私以外」

「な……! 何で……!」

「私だけが生き残された。計画の最高責任者だった私だけが。生み出された謝意から。数日後、なぜロボットが暴走したのか調査を始めた。そしてその原因がわかった」

「……!」

 正義はまた黙っていた。

「プログラムにウイルスが寄生していた。いつ、どのように生じたのかは定かではないが」

「ウイルス……?」

「そうだ。そのウイルスのせいで人工知能において最も重要な役割を果たす『正義回路』が『邪悪回路』に変わってしまっていたんだ」

「ジャーク回路……?」

「私は責任を取って組織を去った。そしてもう誰も犠牲にならないようにひとりで研究を続けた。暴走してしまったロボット、Jに対抗できるシステムの研究を」

「それがハロウィン・システム……」

「そういう事だ、ハロウィン仮面」

 ジャークは右手を正義の背中に当てる。

「私が生み出された経緯を聞けてよかったな。では死ね」

「えっ!? ちょっ! 早い! 早いよ! ここまで律儀に聞かせてくれたのに!」

「さらばだ、ハロ……うっ!」

 しかし、再び彼の動きが止まった。

「なっ……何だ……? どうしたというのだ……?」

「……?」

 ジャークの様子がおかしい。彼自身動揺している事から、今までにこのような事はなかったのだろう。

 そして、ぐぐぐとジャークの腕は正義の背中から離れていく。

「な、何をする! なぜだ! 腕が……! ハロウィン仮面! 貴様私に何をした!」

「な……!」

 正義には覚えがない。明らかに俺の方がダメージを受けていたはずだ。

「うおおおおおおおお!」

 その時葉加瀬がジャークに向けて体当たりをしてきた。ジャークは勢いよく吹っ飛ばされた。

「田中君!」

「お……おっさん!」

「これを……」

 差し出されたのはセットアップ・カンだった。だが、今までのものと少しだけ違う。

「なっ……これは……!」


「ぐっ……! ぬおおおおおおっ!」

 何か体の調子がおかしい。言う事を聞かない。ジャークは生まれて初めて焦りを感じていた。まるで体の中から別の誰かに操られているようだ。

「っ……! ふざけた真似を!」

 そう言って彼は自分の腹部を思い切り殴った。

「ぐっ……!」

 やがて体の違和感は消えた。とりあえずは大丈夫か……。

「ジャーク!」

 その時目の前にいる敵、ハロウィン仮面田中正義が彼の名を呼んだ。

「今度こそ終わらせる! 鈴木も含めて、お前に殺されていった人達のために! おっさんのために! 世界の平和のために!」

「俺は死んでねえ!」

 本当に最後の最終決戦が始まる。


 続く!

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