第12話
「ユキと別れた理由って、それ・・・?」
「あたしはアイツのこと好きだった。けど、勢いでコクって付き合うことになったら、すぐ解んなくなっちゃったんだよね、どうすればいいか」
丁寧に、慎重に言葉を探すように、マキナは宙を見上げる。そこには、彼女なりの葛藤の影が映ってた。
解らないものを無理にでも解ろうとする。いや、自分自身に解らせようとする。それはどうにもキツいことのほうが圧倒的に多い。俺も過去にそんな苦しい思いをしてきたからこそ、目の前のマキナの苦悩が少しは理解できる。解らないけど自分なりに形にしようとして、無理矢理相手に押し付けてしまう。俺と彼女もきっとそうだったんだって、今だから思える。
「仕方ないよ」
俺は苦悩するマキナの気持ちが少なからず理解できた。
「自分のスタイルを相手に押し付けあってさ、もしそれで運良く型にハマれば良かったねお幸せにだし、ハマらなきゃご縁がありませんでした残念です、そういうもんだろ、恋愛なんて」
「まあね・・・」
「マキナからすればバカみたいなこと言ってるように思えるかもしんないよ。けどさ、俺は割とそんくらいの考え方でいい気がするんだよね」
「・・・なんで?」
なんで?なんでって言われても・・・困る。単純に俺がそういう考え方だからと言ったら元も子もないけど。
「そうやって簡単に割り切れちゃうからアラは残念なんだよ、いろいろ」
「残念ってなんだよ残念って」
「まあねぇ・・・特にチハルのこととか?」
飲みかけてたカフェラテを吹き出しかけた。シリアスな話の中からいきなり安脇の名前が出れば、誰だって驚くに決まってる。
「や、安脇のことなんてな!俺に言われても困るから!俺知らねぇぞ!」
この前誰かさんが屋上で叫んだ言葉を、今度は俺が投げつける。俺知らねぇに対して無責任だの逃げだの言ってキレてたのは、いったいどこの俺だろうね。
「えー?そんな、チハルは割とあんたが好きで好きでしょうがないのに」
「割とって中途半端だな。とにかく安脇が好きでも俺は違うんだよ!」
「うわーチハルがマジカワイソーだわ。心も体もあんたに一生捧げるって言ってるのに」
一生とかマジやめてほしい。メンヘラかよ。わざとらしく紙ナプキンで目頭を拭うマキナに白い目を向けつつ、
「・・・体も!?」
セリフを回想して、そのワードに思いっきり引っ掛かった。
「あんたそこで反応する!?」
「してない!」
「今したじゃん!」
「・・・あ、はい」
呆れ顔のマキナ。健全な男子高校生なら、そのワードに反応するのが普通だって信じたいよ。
「まさか今、体欲しさに付き合おうなんて考えてないよね?」
「いやいやいやいや」
「ほんとは?」
「ごめんなさい」
「ったく・・・男ってほんっとそういうのばっかだよね」
責められたって、これが男子高校生のあるべき姿なんだよ、きっと。口に出しかけて、寸前で止めた。
「もしチハルにそんなことしたら、マジ許さないから」
「分かってるよ」
マキナの威圧感には勝てない。
「そういうのは、菩提寺としなさい」
「ごフッげフッごっフッゴッホゴッホごほっ!」
「バっカ、汚いな!」
飲んでたカフェラテが気管に入った。苦しい。マキナがこぼれた液体を紙ナプキンで拭う。そういやマキナはエリカと犬猿の仲だったな。
「いきなり驚かせるからだろ、ったく」
悪態を吐きながらも、「わりぃ」ってマキナに一言謝った。マキナは苦笑いで応じる。
「にしても吹き出すかよそこ。アラのリアクション、マジ芸人だわ」
「やめろよほんと」
「あの女狐だってあんたのこと狙ってるよ」
吹き出す以前に、今度は目が点になった。
-コイツ、なに言ってんの?
脳内では疑問符が延々とループしてる。エリカが俺を狙ってるなんて、あまりにも現実離れしすぎて理解出来ない。
「あんたさ、席替えしたとき、覚えてる?」
「あ、ああ」
「そのときのくじ引きでさ、あんたの近辺8方向引いたやつのうち、隣になったのは狩谷かりやと福満ふくみつだった」
狩谷はメガネのオタク径男子、福満はクラスの委員長で、安脇よりは少し長いショートヘアの女子だ。
「エリカはこの二人に交渉したんだけど、二人とも応じなかった。狩谷からすれば机の下でゲームやるには絶好の場所だし、福満は委員長としてのメンツがあっただろうからね」
「狩谷はともかく・・・福満は性格的にそうだろうな、責任感強いし」
「まあそれだけかどうかは怪しいけど」
悪戯っぽいマキナの眼を追究する気にはならなかった。面倒な女はこれ以上増やしたくないから。
「で、俺の前は誰だったんだよ。そいつはエリカとの交渉に応じたんだろ?」
「アイツよ」
「は?」
瞬時に分かった。まさかそんなことがあったなんてにわかには信じられない。
「ユキがなんでわざわざ替わったんだよ?」
「わかんない。なんか一度は断ったらしいんだけど、次の日の朝には翻してOKしたんだって」
「つーか今までの全部誰情報だよ」
「エリカと福満」
「本人に訊いたのか」
「そ。ただアイツのことはエリカから。アイツとは口利いてないからね」
「マジか」
よくここまでマキナに協力する人間がいるな。俺なら情報は一切提供しないだろう。特にコイツには。
「にしてもエリカがなに考えてんのかよく分かんないな」
「まああんたのことが好きだからっしょ」
「まさか」
鼻で笑いながら、ユキがどうして一日経って許可したのかが引っ掛かってた。正直、エリカよりユキの考えが読めない。果たしてユキになんのメリットがあったんだろうかなんて考えてると、
「まああんたがエリカに引っ掛かるかどうかはご自由だけどね」
「どういう意味だよ」
ニヤッと笑ってマキナは言葉にする。
「アラとエリカがくっつくなら、それはそれでいいんじゃない?」
「はっ」
嘲笑するレベルだけど、あながちマキナの言うことも外れじゃない気がする。まあ高飛車ではあるけど気品もあってはっきりした性格のエリカなら、気後れしては尻込みする安脇よりはだいぶマシだと思う。俺の中で圧倒的存在のマキナさえいなきゃエリカ一択だ。
「くっつくだのくっつかないだのはとりあえず置いといてさ、俺はユキの心境が知りたいよ」
「なんで?」
「いやあ・・・」
言いかけて口ごもる。ユキの思惑には、とんでもないものが隠れてる気がした。
最近ユキは俺のなにかを疑ってる。もしかしたら、俺がマキナに片想いしてることに勘づいてるのかもしれない。だとしたら、エリカのオファーはなにかユキに利益をもたらすものだったに違いない。もしかして-
「まあアイツの行動なんてさ、気まぐれみたいなものばっかっしょ。考えるだけムダじゃん」
「気まぐれか・・・」
「昔のバンド辞めたのだってそうだし」
そのセリフに、大いに違和感を感じた。昔のバンドって、クレイジールーモアのことだろう。
「マキナ、それはユキの意思に反して辞めさせられたんだろ。年齢が若すぎるからってレーベルから・・・」
「違うって」
俺の説明を遮ったマキナは、
「辞めさせられたんじゃない。あたしに言ってたもん、『もうそろそろこのバンドにも飽きたな、辞めるかもしんない』って。だから一度はあたし止めたの」
話が違う。俺が知ってるのは、ユキは年齢のせいでバンドのメジャーデビューの障害になって、リーダーが勝手に切ったって話だ。まさかユキが自分から辞めるなんて言ったはずがない。
「いや、お兄さんからも話聞いたぞ、それは」
「アイツが一番辞めたがってたの」
意味が解らない。それじゃ、お兄さんの言ってたのはなんだったんだ。
「あたしは知ってる」
「そんな、あれはユキとお兄さんしか知らない話だろ!」
「あのバンドのトランペット、あたしの元父親だから」
冷静に放たれた一言が、余計に俺を惑わせる。
「レーベルから打診があったとき、ユキがいると活動の幅は少し狭まるけど、うまく動くって言われてたの。もちろんリーダーは賛成だった」
「そんな・・・嘘だろ・・・」
「だけどその動きを察知したユキが、そこにうまく乗っかって、新井さんとリーダーを悪者にして脱退したの」
「・・・は?」
「あたしさ、高校入ってからその話聞いたの。父親から全部聞いてさ、そしたら余計アイツの扱い方に困っちゃってさ、もう息苦しくなったから別れたくなったってわけ」
「じゃあ・・・それが本当の理由だったのかよ」
「うん」
だとしたら。お兄さんが言ったのはなんだったんだ。とてもじゃないけどお兄さんが迫真の演技で嘘をつくとも思えない。
「アイツには絶っ対言わないでよ」
「ああ・・・」
あまりにも釈然としない事態に、頭が回りきらない。目の前のマキナと、この前のお兄さんが、どうしてもリンクしない。
本当にマキナの言う通りだとしたら。
「知らないの、アイツは。まさかあたしの父親がバンドにいるなんてね」
目を伏せたまま、続きの言葉を探す。二人を覆うのは、酸素がないくらいに息苦しい雰囲気だけになる。言葉もない。
片や考えられない真相に言葉を失い、片や相手の反応を伺い、言葉を探してる。奇妙な雰囲気に、俺はだんだん耐えきれなくなった。
「なあ、それってユキは嘘ついてんの?」
「簡単に言えばそーゆーこと」
「じゃあ、お兄さんは・・・」
「信じてんのよ、きっと。アイツのお父さん、なんで辞めたかなんて知らないと思うよ」
おかしい。電話があったんだろ。父親が怒ったんだろ。全部おかしい。
「マキナ」
不思議そうな顔で見上げるマキナに、
「本当マジなんだな」
「うん」
今日中にお兄さんに会いに行こうって決めたのは、全く不自然な話じゃない。すぐにでもはっきりさせたい。どっちが真実なんだ。
「まあねー」
マキナが声を挙げる。
「なんだかんだ言ってアイツとはもうこれっきりだろうな」
「これっきり?」
次から次へと訳が分かんない言葉に、頭が既に置いてかれてる。
「もう喋ることもないだろうしさ」
「じゃ、じゃあヨリ戻すなんてのも・・・」
「絶対ない」
束の間の事態の咀嚼のあとに、口にできないほどの歓喜が沸き上がる。ユキはノーチャンスってことだ。それは、俺の勝率が格段に上がったことを意味する。
マキナはまだ、顔を上げたままだ。彼女はもう、ユキに戻ることはない。
「よくわかったよ」
きっと、不自然な笑顔だっただろう。溢れ出る歓喜を抑えるために、無理な作り笑いをしなきゃいけない。
エリカのこと、ユキの本当の脱退理由、そして、マキナが復縁しないって真実。流れ込むいろんな重大情報を一つずつ頭の中でほどくには、それなりに時間が必要だ。頭が痛くなる。
「俺はユキにはなにも言わない」
「いや言ったら殺すだけだし」
ユキには不謹慎かもしれないけど、俺は賭けに勝ったんだ。口が避けても言えないけど。
そしてその前に、確かめなきゃいけない。果たしてお兄さんが真実なのか、それともマキナこそが真実なのか。どっちが真実かで、これからいろんなことが大きく変わるに違いない。
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