trial

第9話

 

 中間試験に向けての戦いは、壮絶を極めた。

 ユキの一言で発覚してから試験までの二週間、なんだかんだ言いながら勉強しまくった。主に40点未満という赤点の回避のために。

 週末にはユキの家に三人で押し掛け、朝から夕方までずっと勉強し、その後夜まで防音室でセッションして過ごす。これくらいしか気分転換にならなかった。

 中間試験の科目は異様に多い。英語ライティング、英会話、数学、化学、物理、生物、日本史、世界史、公民、地理、保健体育、家庭科、美術。この13科目を4日でやるから、一日あたりの試験の数はハンパない。ユキなんざ、「やってられっか!俺は知らねぇ!」などと複数回に渡って咆哮したくらいだ。

 結果。4人揃って赤点は回避した。それどころか日曜午前の特別補習の対象となる50点未満までも回避するっていう神業を見せた。挙げ句、俺に至っては学年360人中42位の好成績。なんと隣のクラスの委員長様でもある安脇よりも上だった。担任の朝井までもが驚きのあまり、テスト返却のときには、「荒神、なんかヘンなもの口にしたんじゃないか?」って言ったくらいだ。ちなみにケイには、「三好、赤点という俺の期待を裏切りやがったな」などと恨めしそうに言い、教室中の爆笑を誘ってた。当のユキはYシャツを脱いで振り回しながら、神に感謝するかのように天を仰ぎ始め、クラス中からドン引きされたが。

 一方で、あまりにも奮わなさすぎたのは、マキナだ。だいたい予想はついてたとはいえ、実際に350人中346位って聞けば硬直するしかない。むしろ、よく4人も下にいるとさえ思う。

「笑うなよ」

「いや全くもって笑えねぇから」

「じゃあ笑えよ。アハハハハ」

「お前マジ意味分かんないからね!?そこ笑うとこじゃないからね!?」

 バカみたいな俺とマキナのやりとりを、ユキは自分の席から遠巻きに見つめるだけに終始した。苦笑いこそしてはいたけど、極力マキナに干渉しないようにしてるのかもしれない。

「えっと・・・なんだこれ・・・ライティングか・・・ろ、6点!?」

「声デカいよっ!」

 マキナに腕をべしっと叩かれるも、痛みより驚愕が圧倒的に勝る。

「お前さ、ライティングでこの点は酷いとかいう問題じゃねぇぞ。これでよく高校受かったよな・・・」

「だって簡単だったじゃん、うちの高校の入試」

「謝ろうか、うち落ちたヤツらに」

「ヤダーヤダー」

 どうやったら高校に受かったのか分かんないけど、きっとマキナはかなりの悪運・・・いや、強運の持ち主だ。

「補習だろ?当然」

「うわ、ダル・・・」

「赤点取るから悪いんだろうが」

「だってさあ、勉強したくないもん。つーかアラこそよくこんな順位だよね」

「まあな、ユキとかトシとかケイと勉強してたからな」

 口にしてから、ユキの名は出しちゃマズかったなって焦ったが、マキナは気にしてないようだ。

「凄いメンツだな」

「凄かねーよ別に」

「いや、カオスすぎて逆に凄い」

「カオスじゃねーだろカオスじゃ。今度バンド組むメンバーだから」

 その言葉で、マキナがさっと顔を上げた。

「組むの!?バンド」

「あ、ああ・・・」

 返事もろくに聞かず、マキナは俺の手首を掴んで教室の外に連行した。思ったより強いマキナの握力と、突然握られたことに動揺が止まらない。

「ちょ、ちょ、おいマキナ!」

 なおもぐいぐい引っ張り続けるマキナ。いったいどこまで連れてくつもりだ。

「おいマキナ」

 ようやく、廊下の端で止まった。マキナが振り向く。

「ね、ユキもバンド入んの?」

 期待に満ち溢れた眼差しで、俺に尋ねる。

「ああ」

「マジ!?」

「マジ」

 マキナの表情がやけに明るくなった。コイツ、ほんとはまだユキのこと好きなんじゃないか。

「いやーそっか・・・よかったー!」

「・・・なんで?」

「いやあ、もう一生ドラム叩かないかもしんないって心配でさあ・・・なんせ過去にいろいろあったからねー」

 意味ありげに悪戯っぽく微笑むが、残念ながらその過去について俺は既に詳細まで知ってる。

「なんだかんだ気にしてたんだな」

「まあねそりゃーね。あ、でも誤解しないでほしいんだけど、あたしもうあいつのこと好きじゃないからね」

 思いっきり早口で捲し立ててきた。うん、これは絶対に怪しい。

「今怪しいとか考えたでしょ?」

「いや別に考えてなんか痛い痛いやめろ!お前絶対護身術かなんかやってんだろ!あー痛い痛い痛いって!離せあー!」

 散々鳴かされたあと、ようやく解放された。

「考えたでしょ?」

「はいはい考えてましたよすいませんおい二度目はないだろあー!ギブだって!さすがにもうやめろ!」

 まさか二度も極められるとは思わなかった。今度は短時間で解かれる。

「んでさ」

 何食わぬ顔でマキナが話題を変えに来た。これがもしユキやケイならシバくとこだ。

「今度の日曜、暇?」

「は?」

「だから・・・」

 軽く苛立った様子で繰り返す。

「日曜、空いてんの」

「わからん。予定確認しないとなんとも」

「ふーん」

 つまらなさそうに言われても、俺の脳内にはスケジュール帳を入れるほどのキャパがない。

「なんかあんの?」

「んー、まあね」

「まあねってなんだ。まさかまた安脇と二人で尋問とかする気じゃないだろうな」

「ないよ」

 きっぱり断言した。珍しい。

「マジかよ」

 安脇がいないとなると、もしかして・・・

「あたしとアラ、あんたの二人だけ」

「ふぇっ!?」

 素っ頓狂な裏返った声になった。そりゃいきなり気になる女子と二人で休日に・・・なんてことになれば、誰でもそうなるだろう。・・・なるよな?俺だけじゃないことを切実に祈るけど。

「たぶんだけど、空いてるとは思うけどなー」

 天井を見ながら、もったいぶる。本心は即答したいとこだけど、それだといかにもだから、ここで駆け引きに出た。

「空いてないなら空いてないで別にいいんだけどさー」

 再びつまらなさそうに言うと、俺から目を背け、立ち去ろうとする。これは計算外だ。ヤバい。

「いや、空いてるな、間違いない」

 極めてポーカーフェイスで告げる。焦りを悟られてはならない。

「最初っからそう言えよー」

 振り向いて、笑顔で非難する。

「大丈夫だって、チハルはほんとに来ないから」

 そういうつもりで駆け引きしたつもりじゃないんだけど。


 ※


「おいちょっとツラ貸せや」

 教室に戻るや、今度はユキに引っ張られる羽目に遭った。なんでみんな俺の意思は無視して引っ張るんだろ。

 そして偶然にも、さっきマキナが止まったのと同じ場所に立ち止まった。

「おいシュン、正直に答えろよ」

「あ、ああ」

「今マキナとなんの話してた」

「いやー・・・」

 ヤバい。目がマジで怖いんだけど。これは正直に言ったらマズい。

 頭の中で計算して、

「またバンド組むって話だ」

「・・・ほう」

「ユキがまたドラムやるって言ったら、あいつなんでか知らんけどすげー安心してたぜ」

「・・・おう」

 なんとか切り抜けた、はずだったけど。

「ほんとにそれだけだろうな?」

 ・・・いや、答えようがないんだけど。それだけじゃないんだけど。

「おいシュン」

「それ以外はなにも」

 条件反射的に答えてしまったけど、思いっきり嘘だ。こうなったらもうバレないように隠し通すしかない。

「マジだな?」

「マジだよ」

 わざとらしく胸を張って答える。もちろんハッタリもいいとこだ。

「まさかと思うけどな、お前、マキナにコクってねぇだろうな」

「バカかお前。どっちが連れ出したか見てなかったのかよ」

「だよな」

 安心したような表情で一人呟いた。

「つーかお前なあ」

「んだよ」

「そんなにマキナが好きならさっさと言えよ」

「言っただろ」

「バカ、マキナに言えっつってんだろ。そもそも俺に言ったっけ」

「・・・忘れた」

「とにかく、マキナはお前を心配してたからな、それだけだ」

 なおも無言で立ち尽くすユキを突っついた。

「はやく帰んぞ」

「・・・」

「次、竹原だろ」

「・・・ああ」

 行くぞ、って促し、足早に教室へ向かう。

「シュン」

 不意にユキが声を掛けてきた。

「どした」

「俺、マキナとやり直したいかも」

 一瞬、凍り付きそうになった。そうか、やっぱそうなんだな。やり直したかったんだな。

「やり直せよ」

 突き放すように、本心とは全く裏返しの言葉を吐き捨てた。

「まだ間に合うかもしれないだろ」

「じゃあ、日曜にでも呼ぶか」

 日曜。待て、

「あいつ日曜は予定あるってよ」

 突然、ユキの足が止まった。直後、自分の発言の愚かさに気付いてしまった。

「なんであいつのスケジュール知ってんだ?」

 これは、限りなくヤバい状態だ。空気が凍る。

「さっき自分で言ってたからさ」

 引き攣っているに違いない顔を、無理矢理笑顔にして言う。ユキが怪しそうに顔を覗き込むと、

「どんな流れになればあいつが自分で言う流れになるんだよ」

 声が尖る。機嫌の悪いとき、コイツはいつもこんな声になる。もしかしたらユキは気付いてるのかもしれない。

「まあ、そのー」

 キーンコーンという甲高いチャイムの音が廊下に響いた。これはこれでヤバい。竹原が・・・

「お前らいったい何してるんだ!授業始まってるぞ!」

「チッ、来やがった」

「ユキ、ダッシュで行くぜ」

「ああ、さっきの話、あとでゆっくり聞かせてもらうからな!」

「はいはいわーったわーった」

「さっさと教室に戻らないか!」

 再び、竹原の怒号が響き渡る。俺とユキは、我先にと駆け出した。後ろから竹原がなにか叫んでいたが、疾風となった俺らの耳には全く聞こえなかった。

 ユキと一緒に教室まで走る道のりで、俺もユキも笑いながら走ってた。もし俺とマキナになにかあれば、間違いなくその笑顔は消えるだろう。俺はきっと、間違ったレールの上を走ってるに違いない。それでも、行くとこまで行ってもいいんじゃないかななんて思い始めてた。

 仮に、マキナと付き合い始めたら。ユキとは一生口が利けないだろう。バンドの解散はかなり現実的だ。そして、ユキの中から俺の存在は抹消されるだろう。そうなったら、この2ヶ月で積み上げたものが全部なくなる。

 それでもマキナと付き合いたいのか。答えはNOだ。けど、それでもマキナが好きかと言われたら、YESだ。

 マキナの優しさ、気だるさの中にたまに見える悪戯っぽさ、俺はそれが欲しい。でも、それを得る代償は、考えるだけでも十分怖い。

 失う覚悟はない。俺はまだ、ユキに嘘をつき続けるしかないと決心した。

 しかし、竹原より先に教室に着いたのに、なぜかユキと揃って廊下に立たされる羽目になった。意味わかんない。寝てるよりはマシだし、ユキと喋れるからいいやって考えには、どうしてもなれない。案の定、ユキは廊下でも追及をやめない。

「なあ、マキナとマジでなんにもねぇんだな」

「ああ、信じろ」

「・・・そか」

 怪しんでるのは一目瞭然だ。このあとの切り抜け方を考えるには、慎重にならざるを得ない。

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