第4話
「ケイ!元気にしてたか!」
「見ての通りだよ!ところでシュンは?」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ!」
探し回ったのちに、とても意外な形で再会してしまった。ケイは俺にさらになにかを畳み掛けようとして、初めて隣に憮然とした表情で立つユキの存在に気付いた。
少し間が空いて、
「お前、誰?」
悪意のない表情で、しかしあまりにも邪険すぎるであろう言葉を発した。
導火線に火がついた。
「・・・おい」
「あ、いやね、その、悪意はないんだけどさ、お前誰なのってこと」
ケイの言葉を挑発と取ったユキが、ケイに掴みかかろうとする。俺は慌てて二人の間に強引に割って入った。ここは階段、一歩でも誤ればあの世送りだ。
ケイとユキの性格を考えたら、間違いなくここでの遭遇はアウトだったなと、俺はこの偶然を恨まざるを得ない。この再会は、少々危険な匂いを孕んでいた。
「お前さあ、初対面の人間に向かって『お前、誰?』はさすがにあり得ないよなあ、あん?わかってんのか?」
「だから俺だって悪気はないんだよ。それをネチネチ言い続けるあんたもどうかと思うけどさ」
「なんかその態度腹立つわー!こっちはお前探して校舎歩き回って疲れたってのによ」
「は?知るか」
「知るかってなんだよコラ。だいたいよ、お前がまだ学校にいればこんなことにならずに済んだのによ!ふざけんのも大概にしろ!」
「俺がどう過ごしてようが俺の勝手だ。赤の他人のあんたに指図されたくはないし、そんな義務もないだろ」
台場駅の階段は、この時間でも通行人は比較的多い。当然、俺らは多くの注目を集めてる。
元はといえばケイの不用意な一言で起きたとはいえ、ケイの性格をある程度知ってる俺からすれば、あまりケイを責める気にはなれない。そこに来てユキを怒らせるとは、何とも運がない。悪い冗談としか形容のしようがない。俺が間にいるから、かろうじて暴力沙汰にまで発展していないのが不幸中の幸いだ。
「根本的にあんたはいったいなんなんだよ」
「シュンのダチだろうが。それ以外になんかあんのかよ」
「ない」
「だったら別にいいだろ。文句あんのかよ」
「だからってあんたがわざわざ俺を探す理由はないだろ。なにを恩着せがましく」
「んだとコラぁ!」
ヤバい。ついにユキが俺を押し退け、ケイに飛び掛かろうとしている。このままなにもしなければ、取り返しのつかない事故に発展しかねない。
ようやく俺は口を開き、二人を制す。
「まあ二人ともさ、取り敢えず落ち着け」
なんとか双方を落ち着かせると、先ずはユキの方を向く。
「ユキ、ケイはそもそもコミュ障に近いんだ」
「・・・へっ?」
「あまり他人と話すことが得意じゃない。決して悪気はないんだ。ただこいつのコミュニケーションがどうにも下手なだけなんだよ」
「・・・お、おう」
「だから、あんま怒ったりすんな。頼む」
「わ、分かった」
多少戸惑いながらも、ユキはなんとか理解は出来たようだ。安心して、今度はケイに向く。
「ケイ、ユキは血の気が多い」
「マジか」
「ただどんなヤツでも、ケイみたいなヤツを知らないと、こうなる」
「おう」
「まあそこんとこは理解してくれ」
「ああ」
なんとか場を収めたところで、舌打ちしながらもユキが、
「ここじゃアレだから、どっか場を変えようぜ」
案外早く収まったのだろう。既にユキは落ち着いてた。どうやら俺の言葉はきちんと理解できたみたいだ。
「つか俺、必要?」
ボソっと言ったケイが、なにやら不服そうな顔でユキを睨む。一瞬苛立ちを顔に示したユキは、
「誰を探してこうなったと思ってんだよ。張本人がいなくてどーすんだっつーの」
抑え目にしながらも怒りをぶつけた。
「いや・・・だいたいさ、なんで俺探されてたの?」
救いを求めるように俺を見てくる。
「・・・取り敢えず、話をするには階段なんかじゃないほうがいいな。ちょうどここはお台場だし、なんでもあるだろ。そうだ、ちょっと場所変えて話そっか」
渾身の笑顔での提案にユキもケイも割と素直に頷いてくれたのは、俺にとって非常にありがたかった。正直、これ以上は階段に、いやお台場駅に留まっていられそうになかったからだ。
改札を抜けるときに、背後から、「ねぇチハルー!今めっちゃボウリングしたい気分なんだけどー!」ってつい一時間ほど前に聞いた声が響き、なにそれウケるー!って聞き覚えのある笑い声が続いたとき、ラウンドワンという選択肢は頭から真っ先に消去していた。しかし俺も安脇のせいで随分と危険察知能力が上がったようだ。
※
お台場にはいくつもの商業施設がある。休日はもちろん、平日の夕方でも賑わうような場所にあって、三人が座れるテーブルが確保できるようなファーストフード店があったのは幸運だ。
「んで、俺に用事ってなにさ?」
ふてぶてしく座ったケイが俺に尋ねる。俺に、と断言できるのは、どうやらユキを意識の外に追いやろうとしているのが行動ではっきり分かるからだ。とてもじゃないが、この二人は共存できないんじゃないかと不安に駆られる。
「ケイ、高校も軽音部入ったんだってな」
「ああもちろん。もうサッカーやる気ないし、そんなら軽音は続けるかってなったから」
「そっか。でもなかなかお前部室に顔出さないよな」
フッと笑ったケイは、
「まさか部長とか上田さんから呼んでこいって言われた?」
「いや、別にそれはないけどね」
窓の外へとケイは目を向ける。俺もなんとなくケイの視線の先を追ってみる。平日なのにこれほどまでに多くの行き交う人々は、これからどこへ向かうんだろうか。
ケイが静かに息を吐いた。その目は遠くを見ている。
「バンド、組めそうなヤツがいないのさ」
「え?ベースはかなり需要あるんじゃないの?」
「・・・それがさ、意外にないんだって。ベースは高2高3には上田さんとかそれなりに人材はいる。しかも上田さんの弟もベースだからよ、参ったな」
「アイツ上手いの?」
俺はまだ、上田兄弟のベースを聴いたことがなかった。
「兄貴のほうは学校のトップクラスだろ。弟も負けてない。俺なんかよりは断然上さ。レベルが違う」
天を仰ぐケイの癖は、サッカーをやっていたときからそうだった。シュートを外したとき、試合に負けたとき、そして俺が恋愛相談をして涙を流したときも、彼はそうやって不甲斐なさを噛みしめていた。
「まあ誘って来るヤツはいるけどさ、レベルが低いんだ。なんかこう、やってても全っ然心から楽しめない気がして」
「そっか・・・」
ケイの言いたいことは分かる。
「ケイ、俺らがお前を探してたのは、まさにその話なんだ」
「っていうと?」
「組もうぜ、バンド」
一瞬、ケイの目が点になった。俺の隣に座るユキは、今は静かに成り行きを見守っている。
「俺らならまたやれるって信じてる」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
突然、黙って様子を眺めてたユキが割り込んできた。
「またってなんだよまたって。お前ら組んでたことあったの?だいたい聞いてなかったけどお前らどういう縁?」
疎外感に耐えられないと言わんばかりの声で尋ねる。さすがに申し訳なさを感じた。
「同じ中学なんだ」
「しかも3年間ずっと同じクラス」
「・・・マジかよ」
「そんで、ケイとバンド組んでた」
驚きのあまりにか、ユキは全く声を出せないでいる。
「で、えーっと何だっけ・・・名前」
「ああ、こいつはユキ、三好雪晴」
「三好・・・って、ああ、もしかして宮路の元カレか!」
「なんでお前が知ってんだよ!」
興奮して立ち上がるユキに、店内から驚きと非難の視線が刺さった。辺りを見回し、慌てて座ったが、既に手遅れだ。
「安脇が話題にしてたんだ、宮路と三好がなんで別れたんだろうね、よくわかんないって」
苦い表情でユキは俺を見る。当然、俺も苦い表情を返すしかない。安脇の無遠慮さと空気の読めなさに、怒りを通り越してもはや呆れた。
「で、パートは?」
「ドラム。小学生のときからずっと」
ぶっきらぼうながらもユキが答える。俺もそれは初耳だった。
「腕前は確かだぜ」
初めてケイに笑顔を見せた。ケイはふーんと頷くだけだったが。
「ギターは?いないの?」
ケイの言葉に、思わずユキと顔を見あわせてしまう。返答次第では断られるかもしれない。
「ん?いないの?」
屈託のない表情で問われても困るんだけど。
「・・・いねぇよ」
ユキが仕方なくというふうに答える。
「そっか」
悪戯っぽく笑うケイは、流れからは予想に反するような言葉を発した。
「やるよ」
「マジで!?」
「それに、ギターのアテはある、一人ならね」
「わお!」
思いもよらぬ提案に、ユキの声が弾む。オファーしてみたら入ってくれるわ、しかもギターのツテまであったとは。これにはさすがに俺も感激せざるを得ない。
「ただし」
歓喜に湧いていた俺らを、突然ケイが現実に引き戻した。
「「ただし?」」
二人揃って疑問符を投げる。
「お前さっき入るって言ったんだよな?ただしってなんだ。金なら出さねぇぞ?」
「まあ落ち着け。あんたはせっかちすぎる」
「あん?」
「もうやめろよユキ」
ユキを柔らかく制して、俺は重ねる。
「条件はなんだ」
「いやあ、人質取ってるわけじゃないんだからさ!」
ケタケタ笑うケイの目は、なぜか鋭い。
「俺が入るのはなにも問題ない」
「だったら・・・」
「そのギターってのを、シュン、お前が受け入れられるかだ」
どういう意味だ。俺には理解できない。受け入れるって、いったいなにを言いたいんだ。
「そいつになにか問題でもあるの?」
「まあね、問題っちゃ問題だな」
「・・・は?」
うーん、と軽く唸ったあと、ケイは、
「まだ学年のメンツは覚えきってないのか」
「何クラスあると思ってんだよ。たった1ヶ月で覚えられないだろ」
「それもそうか・・・でもシュンなら気付いてるかなって期待してたんだけどなー」
気付いてる?何に?
「上田のクラスにいるんだよ、あいつが」
「あいつ?」
「ああ、お前が知らないはずがないさ!」
知らないはずがない、と言われても・・・俺は分からない。そもそも心当たりのあるヤツが考えられない。
「分かんない?」
「ギブ。分かるわけないだろ」
「いやー・・・」
一拍置いて、ケイは勿体ぶる。ユキは固唾を飲んで状況を見守る。
「誰なんだよそれ、いったい」
「・・・トシだよ」
その名前が記憶のデータの中で引っ掛かるまでに、さほど時間はかからなかった。中学時代の記憶が刹那に甦る。体感温度が一気に下がった。
トシ-
「あいつ・・・なんでうちの学校に?」
「第一志望落ちて、第二志望も落ちたから、ここに来たわけだ」
「なにその偶然」
確かにケイが俺とトシの関係を気にするのも分かる。そこには少なくない因縁があるからだ。
期せずして、中学時代のバンドメンバーが3人も集うことになった。この運命は、なんの悪戯だろうか。どうしてもケイが仕組んだのかと疑いたくもなってしまう。
「こりゃあ、凄まじい波乱の予感がするんだけどよ・・・」
強張った表情のユキの言葉は、この場にいる誰もが感じている悪寒を代弁していた。
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