第2話
「あーわりー、ビミョーに遅れたー・・・っで、どーして安脇までいるんだよ」
放課後の正門前。終礼が終わって出てきたら、先に出たマキナと待ち合わせしたはずなのに、何故か安脇までいた。いったいマキナが俺に何をさせたいのか、意図が見えない。
「まあ根本的に呼び出した理由は、この子だからね」
隣に立つ安脇を指差しながら、「渋谷まで行くか!」などと勝手に決める。仕方なく、俺と安脇はついていく。
渋谷に着くと、駅近くのマキナの行きつけだというカフェに入る。店に入るなりさっさと注文したマキナに続き、ほとんどメニューも読まないままアイスカフェオレを慌てて頼んだ。
「ここまで来ても分かんないの?」
運ばれてきたアイスティーをストローでかき回しながら俺を睨む。マキナの顔には、若干ながら俺を非難するような色も見えた。
「あんたさあ」
「俺?」
「そうよ。他に誰かいる?」
まあ、言われてみれば俺以外に該当しそうな人間はいないな。
「俺さ、なんかしたっけ?」
途端に、大人しい安脇から異様に殺気立った雰囲気を感じた。そういえば、2週間前に告白をきっぱりフッたことを、まだ根に持っているんだろうか。
朧気ながら、ユキが昼休みに言った台詞を思い出した。安脇は再びコクるつもりだという。
-まさか。おい。
この場は、そのために設けられたのか。嫌な汗が背中を伝う。5月と言えどもまだ本格的に夏と呼ぶには早すぎる時期だ。
「とりあえず、あんた、アイツからなんか聞いてないでしょうね」
「なんの話だ。そして誰のことだ。はっきり言わなきゃ分からん」
ギロッという音が聞こえてくるような勢いで睨まれた。もちろん、どちらからもだ。
「荒神君って、そういうとことても鈍いよね」
「つーかただのバカ」
「やめろマジで。傷付くけどどーせ俺は鈍いしバカなんだから、なにも期待すんなよ」
「期待も何もできるようなシチュエーションじゃないから、今。チハルの顔見てみ」
なるほど、かなり失望したようだ。しかし、俺にはちょうどいい。コイツが俺から離れるくらいがありがたい。
しかし、何事もそう簡単にはいかない。
「で、チハル、こんなヤツのどこが好きなわけ」
軽く声を尖らせたマキナの声がする。そこに話を振らないでほしい。だがもう手遅れだろう。
「学習塾でもほとんど接点のなかったヤツを、たまたま同じ高校に入学してからひと月も経たずに好きになるんだから、それなりになんか理由はあるんでしょ?」
「う、うん・・・」
何を戸惑っているのだろうか。正直、こんな性格だから俺は苦手だ。
『あの、えっと、わ、私は・・・あ、す、すいません!』
校舎裏に呼び出されてコクられた日、安脇と初めてと言ってもいい会話を交わした。そのときの第一声のあまりのテンパり具合に、一気に俺は気力を削がれた。こういう性格にはどうにも対処できない。
『その・・・荒神君が好きです!』
しどろもどろになりながら必死に伝えようとする姿は、一部の男子ウケはいいだろう。しかし俺にはただただ苦手意識を植え付けるだけだ。そう、ただの苦手意識だ。
『うん、だから?』
『・・・え?』
『俺のこと好きです、だから?』
我ながらなかなか冷酷だったと思う。ただ、素っ気なく返す俺は、その素っ気なさで安脇を傷付けていることに配慮もできなかった。ただ、嫌いなものは嫌いだし、苦手なものは苦手だ。
「おい、アラ」
なんでマキナはいつも俺のことをアラって呼ぶんだろう。荒神だからなのは分かるが、ユキはマキナの前でもシュンって呼んでる。彼女なりのこだわりなのか、それともユキと合わせたくないのか、よく理解できない。
「なんか意識飛んでたけど」
「いや、ちょっと考え事」
「キモッ」
「それは酷くね!?」
激しくツッコまざるを得なかった。キモいとはなんだキモいとは。
「んで、チハルはアラのどこが好きなの」
重ねて、俺に向けるのとは対照的な優しい、慈悲深い声で、安脇に問う。
「なんか・・・可愛いな、って」
およそ俺には理解に苦しむような回答。驚きを通り越して、何も言えないほど困惑する。
「可愛い?アラが?」
安脇の隣でマキナが爆笑してるが、やむを得ないだろう。第三者からすれば笑えるネタだろうが、しかし言われた張本人からすると非常に困る。
暫しのカオスな時間のあとに、俺はようやく口を開く気になった。
「俺のどこが可愛いって?」
ビクッとした顔で俺を見つめ返す安脇は、かなり動揺していた。だがはっきり言ってこのカオスを引き起こしたのはまさに彼女だ。
少し沈黙したあと、
「・・・なんか、茶髪だし、ピアスしてるし、一見チャラそうな感じだけど・・・」
「だけど?」
「笑顔になると、すっごく可愛い」
「俺の?」
黙ったまま、安脇が頷く。目を輝かせるな。
なるほど、まあ理解はできる。確かに校則なんて無視して割とチャラい格好で登校しているが、そんなに怖いとかチャラいなんて思われているなんて考えもしなかった。要するに、この身なりと笑顔のギャップが魅力的だと言いたいんだろう。
「どうよアラ」
「どうってなにが」
「チハル、あんたと釣り合わないくらい良いと思うけど」
黒のショートヘアに、大和撫子と言えるような整った容姿。背も女子の中では高い方だ。確かに、決して悪くはない。しかし少しの逡巡のあと、俺は口を開いた。
「マキナの言う通り、安脇は俺には勿体ないくらいだね。だからこそ、俺よりもっと他のやつがいると思う。俺なんかじゃ安脇が余計に可愛そうだろ」
上手くマキナの言葉を乗っ取り、俺の思い通りに話を進めたつもりだったはずだ。でも、マキナが一枚上手だった。
「あんたねぇ・・・チハルがタイプじゃないからって、そんな突っ慳貪な答えはないっしょ」
呆れ半分でマキナが俺を諭す。本音まで見透かされてたか。
「だいたいアラにコクるんだってずっとあたしに相談してたんだからね?少しはその努力、褒めてあげなよ」
「努力ねぇ・・・俺ってそんなにハードル高い人間?」
「あったりまえじゃん!コクるのだって一苦労なのに、さらに相手があんただもん。それなりの覚悟も必要じゃんね」
そういえばマキナは横浜出身だったなと、今はどうでも良いことを思い出した。
※
マキナと安脇からやっと解放された夜、俺は自室のベッドの上にいた。
マキナと俺は合わない巡り合わせなのか。マキナは俺のことをどう位置付けているのか。一度考えればキリがない疑問ばかりが次々とよぎる。
逆に安脇は?彼女自体が嫌いなわけではないし、そこまで遠ざけたいわけでもない。ただ俺にとっては苦手な部類に入るってだけの話だ。悪くはない。マキナに片思いしてなければ即OKだったかもしれない。
だが、複雑だ。俺はマキナが好きだけど、マキナにはそれに気付く気配すら感じない。安脇は俺が好きだけど、俺は気配だけでなく言葉でさえもはっきりと断ち切ろうとしてる。マキナだって、別れたユキのことをどう思っているのだろうか。ユキだってきっとまだ割りきれてないままだ。誰もがみんな今日この瞬間も、やりきれない恋を抱えて過ごしている。
きっと俺だけがこんな板挟みに苦しんでるわけではないはずだ、と言い聞かせる。
-そういや安脇、何してんだろ。
不意に安脇のことが気になった。別れ際、マキナによって半強制的にLINEを交換させられたから、連絡しようと思えば出来なくはない。だが、どこか安脇をいちいち避けたがる自分が存在する。
一度はスマホに伸ばしかけた手を引っ込める。安脇に関わるのは気が乗らなくなってきた。
明日マキナにきちんと説明しようか悩んでいたとき、さっき手に取りかけたスマホが着信を知らせた。あとで確認しようと思ったが、どうやら音声着信のようだ。画面もろくに見ずに応じる。
『もしもーし』
「お前かよ。こんな時間になんだよタコ」
『シュン!何してたネ!先輩もメンバーもみんな激おこヨ!』
「中国人みたいな日本語で話すな」
ユキからの着信に何となく安堵する。こういうときに友達は大切だ。というより、完全に部活のことを忘れてた。明日みんなに謝らなければ。
『で、話を聞くと、マキ・・・宮路に拉致られたって言うからよ。いったい何してたんだ?』
「・・・マキナでいいんじゃね。わざわざ白々しく宮路なんて呼ばなくても」
コイツの口からマキナの名が出たのは、実に久しぶりだ。それでもマキナと呼ぶのには抵抗があるのだろう。だが、そのささやかな抵抗もどこか虚しいだけだ。
『・・・おう、まあそうだな』
ユキもまだ戦っているんだ、忘れられないマキナの影と。そう思うと無性にコイツに相談したくなってきた。
「ユキ、落ち着いて聞けよ」
『おう、急にどうしたんだよ』
一度、深呼吸する。
「お前・・・安脇についてどう思う」
『は?急になに?その気になってきた?』
「いや、お前の意見、聞いてみたいなって」
『マジっすか』
「マジっすよ」
暫く、互いに無言が続く。彼はいったい何を迷っているんだろう。安脇を猛プッシュしかねないはずのユキが沈黙しているのは、何とも不気味だ。
どれくらい経っただろうか。やや長い沈黙を破り、ユキが口を開いた。
『俺は、付き合うべきだと思うよ』
「ほーう」
『正直、なんでお前がそこまでして頑なに安脇を断り続けるのか分かんないわ。俺なら一瞬でOKするし』
「まあそれはだな・・・」
『まさか、他に好きなやつがいる!?』
一瞬、心臓が止まりかけた。
まさかマキナが好きだとは言えない。でも、好きなヤツがいるとは言うしかない。でないと安脇を拒む理由がない。それで、誰と訊かれたら-イチかバチかだ。
「いるよ」
『マジで!?』
しまった、って後悔したが、もう遅い。はっきり言った。明瞭な思考回路が組み立つ前に言ってしまった。なにがイチかバチかだよ。
-逃げ場ないな。
このあとの弁明をどうにか考えてると、
『まあ、深くは訊かないでおこう、友よ』
「あ、ああ」
『なに、訊いてほしいのか?』
「なわけねーだろ!」
気が変わったのか、ユキはそれ以上は詮索しなかった。命拾いした。
『まあ、とにかく、お前の質問への答えは、付き合うべきだと思う』
「そうか」
『けど、お前に好きな人がいるんだったらしゃーない』
「さすが、理解できんじゃん」
一安心ついて笑ったその時、
『ただし、マキナだったら・・・』
動きかけていた心臓が再び止まった。
一瞬間があり、
『なーんでもない』
「なんだよ・・・」
『いやいや。それより兄貴帰ってきたからさ。また明日な』
「おう・・・」
通話の切られたスマホをただ、呆然と見つめているしかなかった。今しがた、ユキが言いかけた言葉は何だ。もしもマキナだったら-何を言おうとしたのか。
きっと、この片想いは許されない。あまりにも絶望的な予感の重さと一緒に、俺はベッドへと沈み込んだ。
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