10.神と契約

 大城山のふもとにある小さな集落、坂木さかき村。はるかむかし、そこでは異形の者と人間が手を取り合って暮らしていた。種族の違う者同士が恋に落ち、居場所を求めて作った村だった。

 それ故に理解を示す者は少なく、人間からも、異形の者たちからも攻撃されることが多かった。村の者たちは互いの伴侶とその子孫を守るため、幾度となく手を取り合って戦い抜き、村の平和を守ってきた。


 だが度重なる戦いに村の者たちは疲れ、悲しんでいた。子供や孫たちには、もうこんな思いをさせたくない。そんな一心で、村の者たちは大城山の神へ願い出た。

「どうか、あなた様の力でこの村を守護してはもらえないか」と。


 当時の大城山の神は、樹齢300年にもなる桜の古木の精だった。彼女は村人たちに伝えた。「私を神社へ祀り、毎日祈りを捧げなさい。そうすれば私の力は強まり、あなた方を守る盾となるでしょう」と。

 村人たちは喜んで桜の精を神社に祀り、毎日祈りを捧げた。木々を潤す水たれと願いを込め、大城山から「城」の文字をもらったこの神社こそ、現在の水城神社である。人々の祈りは神の力となり、以後200年その地を守り続けた。


 その均衡が破られたのは、古木の精が寿命を迎え、朽ち果てたときだった。山神がその命を終えるときは、あらかじめ次代の跡継ぎを見つけて役目を引き継ぐのが常だ。だが、桜の精と同じように人間たちの村を守ってやろうという気骨のある妖はなかなかおらず、とうとう探しきれないまま桜の精は一生を終えた。


 神をいただかぬ山は、あっという間に荒廃していった。代を重ね、人間に近づいて行った村の者たちはもはやほとんど身を守るすべを持っていなかった。村とともに心中するか、村を捨てるか。そんな二択を選ばなければならないほどに、村は困窮していた。

 第6代の水城神社の神主は困り果てたのち、桜の精の側近だった「御使い」たちに、何か方法はないか問うた。彼らもまた山の主を失い、今後山を捨てるかどうかに悩んでいた者たちだった。御使いである金毛の大狐、赤目の白鹿、緑髪の大天狗は、相談の末ある一つの答えを出した。


「村一番霊力が高い娘を新しい神として山に捧げ、神社へ祀りなさい。そうすれば、大城山は新たな主を迎え、村も守られるだろう」と。


 村の者たちはその提案を受け入れた。当時、村には霊力の高い巫女を排出する家がいくつかあった。雨女の流れをくむ坂木さかき家、猫神の流れをくむ鍔木つばき家、木の葉天狗の流れをくむ玖珠木くすのき家である。跡取り娘たちは誰もが相応の霊力を備えていたが、山に捧げられるのを嫌がり、涙を流して拒んだ。当主たちも愛娘を失いたくはないと声を揃え、候補者選びは難航した。


 困り果てた村人たちは、水城神社が身元を預かる一人の娘に白羽の矢を立てた。前玖珠木家当主が晩年密かに神社の巫女に手を付け、産ませた子ども。母親は産後の肥立ちが悪く、娘を産んですぐに亡くなった。それからずっと神社でひっそりと暮らしていたが、娘は両親のいない忌み子として扱われ、話しかける者はほとんどいなかった。己の価値を見出すべく誰よりも修行にはげんだ娘の実力は、皮肉にも跡取り娘たちをはるかに凌ぐものだった。


 忌み子を厄介払いでき、山は新しい神を迎えることができ、村は再び守護を得る。これほどの適役は誰もいない。誰もがそれに賛成をし、喜んだ。これでこの村は安泰だと。

 娘は抵抗する暇も与えられないまま飾りたてられ、山の神に祀り上げられた。だれひとり、彼女を顧みることはなく。新たな神と守護を得た村は喜びに沸き、山は活気に満ち溢れた。それから村は富み栄え、大きな集落として発展していった。


 山の妖たちと、村人に望まれた傀儡くぐつの山神。

 大城山と村を守るためだけに犠牲になった娘は、祈りの声を聞き届け、己の役目を忠実に果たし続けた。それ以上でもなく、それ以下でもなく、ただただひたすらに。

 いつどんな時でも彼女に庇護を求めたものは決して拒否をせず、山へと迎え入れた。妖も人間も。彼女をよりどころとする全ての者たちが心穏やかに暮らせるよう、娘は心を砕き、それだけのために力をふるった。もう二度と、己のような娘が生まれないように。



 山に捧げられ、神として祀り上げられた忌み子の名を。

 南木 柚良なぎ ゆらという。

 美しい烏羽玉の黒髪と、柔らかな大地の色をうつす瞳の。たった15歳の少女だった。


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