4.言い争い

「お前、また妖を山で助けていたんだってな!?」


 家の扉をくぐってまず言われたのはその言葉だった。川で禊をしているところを優に見つかったときから大方予想がついていたが、もはや彩花は苦笑や呆れしか出てこなかった。


(――どこまでも優さんは私を妖から引き離したいのね)


 あまりの馬鹿馬鹿しさに、大声で笑い出したくなる。そうまでして彩花をつなぎとめて、一体何になるというのか。婚約というくさびが在る限り、決して彼からは逃げられやしないのに。


「何か文句でも? お父様やお母様には約束したでしょう。結婚を承諾するかわり、結婚するまでの四年間は私の自由にさせてくれる、って」

「た、確かに言ったが、優様の機嫌を損ねるようなことまで許した覚えはないぞ! いい加減やめさせるように、と今日はわざわざうちに来てまでおっしゃられたんだからな!」

「ほんと、あの人も暇人ね。夏越なごしの祭りが近いっていうのに、あんなにふらふらしてていいものなのかしら」


 事の顛末てんまつを聞かされ、彩花はうんざりしたように呟いた。夏越の祭りはあまり大きなものではないが、準備や精進潔斎は必要だ。そんな時期に婚約者の素行を逐一見張り出かけるなど、どこまで執着心の強い男なのだろうか。


「何をのんきな……お前、あんまりあの方の機嫌を損ねると結婚が破談になるかもしれないんだぞ!!」


彩花の余裕ぶりがかんに障ったらしく、父親が激昂して叫ぶ。様子から見る限り、相当頭にきているようだ。というより、むしろ焦っているようにも見える。だがそんな父親の様子にも動じることなく彩花はさらりと返した。


「私の霊力に執着してるあの人が、いまさら破談になんてするわけないでしょう。わざわざ婚約の儀も交わすほどの念の入れようなのよ? 何があっても私を花嫁にするわ」

「い、いや、でもだな……」


 ここで強く出られないのは、その執心ぶりを父親も良く知っているからだ。

 水城神社の神主をつとめるのは、代々水城家の者と決まっている。だがここ二代ほど霊力が弱い神主が続いていた。どうにかそれを食い止めたいと思った水城家はその打開策として昔のしきたりに従い、現神主の優の嫁に町一番霊力の高い娘をあてがうことに決めた。


 町の中にはそういう時用の旧家がいくつかある。彩花のいる玖珠木くすのき家、南の鍔木つばき家、西の坂木さかき家。この三つが候補に上がり、その中で霊力が一番高い娘が選ばれることになった。

 それが、彩花だったのだ。最初に聞いたときは何の嫌がらせかと思ったが、他の二人の娘に比べて圧倒的に彩花の霊力が高かったらしい。おかげで十四歳にして彩花は婚約者を決められ、神前で婚約の儀まで行わなければならなかった。


 妖を愛し慈しむ彩花の婚約者が、妖をおそれ忌み嫌う神主。全くもって、皮肉以外のなにものでもない。


「とにかく! この件に関しては、譲る気ないから覚えておいて。そのほかのことなら、多少検討ぐらいはしてみるけど。でもいい? 次にまた私を地下牢に閉じ込めようとしたり、自由を奪うような術を掛けようとしたら、今度こそ戻ってこなくなるわよ」

「わ、わかっている……あんなことはもうしようとは思っておらん!」

「それならいいけど。私、今日は疲れたから先に寝ることにするわ。おやすみなさい、お父様」


 それだけを言うと、彩花は何も言えないでいる父親を見ようとはせず、さっさと踵を返して自室へ引っ込んだのだった。

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