第6話

 すすむは無言で、ウサギ小屋の扉に手を

かけた。

 十匹いるうさぎが目覚めて、あちこち飛

び回りはじめた。

 鍵がかかっていたが、彼はそれを難なく

引きちぎった。

 うさぎたちは、手当たり次第につかまれ、

包丁で切り刻まれた。

 小屋に飛び散った血と、硬い骨をのぞい

て、彼らはほとんど食いつくされた。

 すすむの口は血だらけである。

 舌なめずりをすると、ゆっくりした足取

りで自宅に戻って行った。

 

 二日後は日曜日だった。

 朝食のとき、久しぶりに広川家の全員が

そろった。

 会社の出張でUSに行っていたすすむの祖

父、一郎が顔を見せている。

 「どうした、すすむ。つまらなさげな顔

をして、学校が楽しくないのか」

 白くて太い眉の下のどんぐりまなこをほ

そめて言った。

 仕事以外は、眼鏡をかけないようにして

いる。

 「まあまあです。ぼく、おにいちゃんみ

たく勉強できないから、手放しで楽しいっ

て言えないや。スポーツの方がやってて楽

しい気がします」

 「そうか。きょうだいだからって、誰も

がおんなじってわけにいかないからな。す

すむなりに得意分野でがんばればいい。ま

こと、すすむのこと頼むぞ」

 サラダをはさんであるサンドイッチをほ

うばっていたまことは、返事の代わりにか

ぶりを振った。

 「じいちゃん、今日はみんなとゴルフだ

からな。お前たちといっしょにいられなく

て悪いな」

 一郎はそう言い、海苔を巻いたおにぎり

をひとつと梅干を一個食べ、しじみのみそ

汁を飲みほすとすぐに席をはずした。

 それが合図のように、ひとりふたりと席

をはずして行き、残っているのはすすむと

父の陽一だけになった。

 ひろ子は、食後のあと片づけをすると、

 「洗い物がたまっているから」

 と、ダイニングを出て行った。

 陽一は朝刊を手に取り、パラパラめくり

はじめた。

 気になる記事があったのか、彼の視線が

一点を見つめた。

 「ずいぶんウサギが殺されたんだな。ひ

どいことをする。へえ、B小学校って、す

すむの母校じゃないか、なあ」

 陽一が顔をあげ、すすむを見たが、すす

むは答えない。

 口をもぐもぐさせている。

 「お父さんが訊いてるんだぞ。お前、聞

こえないのか」

 と紅潮した表情で言った。

 癇癪持ちのおやじをあまり怒らせない方

がいい。

 すすむは、急いで、ほうばったものを喉

の奥に押しやろうとした。

 マグカップを手にとり、熱めのコーヒー

を飲み干そうとしたが、手間どる。

 ようやく、食べ物が胃までとどいたのを

確認すると、

 「ああ、良かった。もう少しで喉につか

えるところだった」

 と言った。

 「お前、何か、心当たりないのか。お母

さん、あの夜、お前が身につけていたパジ

ャマ、見当たらないんだって心配してるぞ」

 ふいに、陽一が突拍子もないこと言うと

思ったから、すすむは驚いた。

 すすむにはまったく身に覚えがなかった。

 「な、なんで?ぼくとその事件と関係が

あるみたいな言い方じゃないの」

 「いや、そんなわけじゃないが、あのな」

 「もういいでしょ、うるさくいうんだか

ら。パジャマなんて、もう古くさくなっちゃ

ったから、屑屋さんに出しちゃったよ」

 父子が言い合う声が聞けたのだろう。

 ひろ子が台所のドアをそっと開けた。

 彼女は陽一の方を向き、何度も首をふる。

 「いいじゃない、あなた。すすむが知ら

ないって言ってるんだから。関係ないのよ、

きっと」

 「何かあったんだ。俺、こんな事件のこ

と、ぜんぜん知らないよ」

 実際のところ、刑事が広川家に聞き込み

に来ていた。

 事件が起きた日の午前中だった。

 彼らによると、犯人は中学生らしかった

という。

 徹夜で勉強していた近くの大学生が、包

丁を手に持ち、通りを走って行く男の子を

見ていたらしい。

 当日の夜、広川夫婦はすすむの将来のこ

とについて、寝室で話しあっていた。

 その時、すすむが部屋をぬけ出し、階下

に降りて行くのを知っていた。

 小一時間、経っただろうか。

 すすむが帰宅したらしく、階段をのぼっ

て来る足音がした。

 それから彼の部屋のドアをあける物音が

つづいた。

 それでも、両親としては、まさか自分た

ちの子がやったとは思えない。

 育ち盛りである。

 台所で、飲んだり食べたりしていたのだ

ろうと思いたかった。

 それにしては、時間が長すぎた。

 あえてドアから出て、こんな遅くにいっ

たい何をしてたんだ、とは問えなかった。

 

  


 

 

 



 

 

 

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