第5話

 それから、一週間経った。

 すすむは中学校の宿題を終えると、進学

塾で出された数学の応用問題を解くのに苦

労していた。

 むずかしくて、頭をかきむしる。

 俺は、俺、兄貴じゃないんだから、仕方

ないよな、と解けない原因を、なんとか理

由づけようとした。

 時折、とてもいらいらしてくる。

 自分の体の中に怪物がひそんでいるとい

う想いがわいてくる。

 まったくダブルパンチだぜ、こいつ、い

ったい俺に何をしようと思っているんだろ

うな。

 苦しさに耐えられなくなり、いけないこ

ととは知りながら、彼の左手がそっと大切

なものに向かって動いて行こうとする。

 彼がズボンのチャックを下ろそうとした

とき、部屋のドアがトントンたたかれた。

 すわっ、お袋が来たと、彼はあわてて居

ずまいを正した。

 「すすむ、お夜食よ。紅茶とショートケ

ーキ持って来たけど、どうする」

 「どうするって?そ、そこに置いといて

よ。ドアのそばに。今、手が離せないよ」

 「わかったわ。勉強がんばってね」

 ひろ子はそう言うと、スリッパの音をな

るべく立てないようにして廊下を歩き、階

段をおりて行った。

 「あああ、助かった。意外と素直なんだ

な、おふくろって」

 椅子にもたれ、思いきり背伸びをしよう

とした時、彼は、ゴンとげんこつで後頭部

をなぐられたような痛みを覚えた。

 ふり返ったが、誰もいない。

 次には、ギリギリと胸をかきむしられる

感じがつづいた。

 椅子にすわっていらず、彼は畳にすわり

こんだ。

 身体の中で、ざわざわと虫がはいずり回

っているように思う。

 もう、やめてくれ、死んじゃうから、と

あやうく大声を出しそうになった。

 一分くらいで、その症状がおさまった。

 真夜中になった。

 午前二時ごろ、家の中はしんとしていた。

 すすむは、ぱっちりと目が覚めた。

 ベッドから起き上がると、パジャマの上

にジャンパーを着ると、素足のまま、台所

に向かった。

 洗い場の下の扉をあけ、差しこんである

柳包丁をぬきとり、それを紙袋に入れた。

 勝手口にあった運動靴をはき、そのひも

をきつく結んでから、戸をそっと開けた。

 空には、眉月がでている。

 彼は、紙袋からぬき身の包丁を取りだし、

淡い光にかざすと、きらりと光った。

 何を思ったか、彼は走り出した。

 高台の一番上にある小学校の門まで来る

と、ひらりと跳びこえた。

 校庭を這うようにして通りすぎると、ウ

サギ小屋の前で立ちどまった。

 

 

 

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