第3話

 真夜中の十二時をすぎても、すすむが帰ら

ない。

 心配したひろ子は、父親の陽一と心当たり

の場所をさがしまわった。

 夕方から、彼女は彼がたちまわりそうな友

だちの家に電話をいれていたが、いずれも来

ていないという返事だった。

 「なあに、そんなにおろおろすることない

さ。十四といえば、昔は元服。立派な大人と

してあつかわれたんだ」

 いつもは夜遅くにコーヒーを飲まない陽一

だが、この日は違った。

 インスタントでいいからと、妻にいれてく

れるように頼んだ。

 言葉とは裏腹に、頭がしゃんとしていなけ

ればと思った。

 「そんなこといったって、大昔のことじゃ

ない。お侍さんの話でしょ。今じゃ立志式が

あるけど、形だけ。覚悟がちがうわ。あんな

出刃庖丁の大きいのを、腰にぶらさけてたん

だもの」

 一言、二言、互いに言い合っているうちに、

ケンカになった。

 陽一は、口ではかなわんと思ったのか、台

所から早々と退散し、書斎にひっこんでしま

った。

 公園で見失ったわけだし、家から歩いて五

分くらいだし、大きいんだし迷うなんてこと

は考えられないから、・・・・・・。ひょっ

としたら、誘拐。

 ひろ子の考えることは、暗くなる一方であ

った。

 トントン。

 突然、台所の勝手口のドアがたたかれた。

 「だれっ」

 ひろ子がカーテンを引き開けると、すすむ

が立っていた。

 照れくさいのか、にやっと笑った。

 どうしたことか、ずぶぬれである。

 「まあまあ、まるでプールで泳いできたみ

たいね。それに何よ、変な匂い。とにかく良

かったわ。帰って来てくれて。早くシャワー

を浴びて来なさい」 

 ひろ子にまつわりついていた飼い犬のぽっ

けがワンと吠え、嬉しそうに彼に飛びついて

いった。

 すすむはほほ笑みながらぽっけを抱きあげ

たが、キャンと鳴いて、彼の胸の中から早く

も逃げだそうともがく。

 「どうしたのよ。すすむじゃないの。わか

らないの?こまった子ね」

 シッポを巻き、すごすごとドアのすき間か

らぬけ出して行ったかと思うと、すすむを見

つめて、うなった。

 「ばかになったのね、ぽっけは。すすむじ

ゃないの、忘れちゃったんだ」

 ひろ子は、夫の陽一に、すすむの帰宅を知

らせようと二階に上がって行った。

 義理の祖父が不在で良かった、もしいたら、

そうじゃ、警察だなんだと、大変なことにな

るところだったと、彼女は思った。

 騒ぎに気づいた兄のまことが、二階から降

りて来て、

 「すすむ、帰ったんだ。あんまり心配かけ

るなよな」

 それだけ言うと、また、自分の部屋に帰っ

て行った。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

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