第三章 プリンセス狂詩曲

第14話 うみでびきに

 四人パーティとなって、色々思う事はあったが、まあまあバランスの取れたパーティだと思う。

 私たちは南へと街道を下り、常夏の大国ザティハの首都にやってきた。燦々さんさんと降り注ぐ夏の日差しが、ただでさえ黒い私の肌を焦がす。

「暑い……水浴びがしたい」

 額の汗を拭いながら私が呟くと、ディレミーンが妙案を思い付いたように笑顔を向けてきた。

「ザティハには、海がある筈だ。泳ぐか?」

「『うみ』って……何処までも水があるっていう、あの『海』か?」

 生まれ育ったエピテの村は森に囲まれていて、せいぜい川か、池くらいしか見た事がなかった。私にとって『海』とは、見聞録の中に出てくる、何か得体の知れない巨大なものだった。

「塩辛いんだろう? 何だか自分がスープの具になったみたいで、ぞっとしないな」

「スープなのか?」

 プラミスが目を輝かせている。

「いや、広ーい湖みたいなものだ」

 ディレミーンが、おそらく地底湖を見た事があるだろうドワーフのプラミスに、噛み砕いて説明した。

「海……ロマンだわ!」

 コニーが拳を握ってガッツポーズをした。嫌な予感がする。

「海と言えばビキニだよね、ディレミーン!」

「お? おう?」

「参考までに……びきにって何だ?」

「ポピュラーな水着だよ。ゴーストに、すっごく似合うと思うの!」

「水着? ふーん」

 私は、泳いだ事がなかった。子供の頃は家の中に閉じこもって育ち、大人になってからも必要以上の外出はしなかったからだ。でも、優れた冒険者になるにあたって、泳げた方が良いとは思う。

「その水着は何処に行けば買えるんだ?」

「ゴースト、着てくれるの? 生きてて良かった……!」

 コニーが何やら、祈りの形に手を組み合わせて、空を仰いでいる。

 グラススプライトは、神を信仰する文化がないんじゃなかったか? やっぱり嫌な予感がしたが、いざとなったら服で泳げば良い。そんな風に思って、私は海岸に進路を取ったディレミーンに着いていった。


 砂浜に下りると、海の景色に驚くのもそこそこに、立ち並ぶ店に入ってコニーに蒼い『びきに』を渡された。店員に試着室に誘導され、カーテンを閉められる。

 んん……? これって……! 身に着けてみて、私は絶句した。上は紐で繋がれた面積の少ない三角の布が二枚、申し訳程度に私の貧弱な胸に引っかかっていて、下は腰あたりまで切れ込んだ際どい下着だった。

 すぐに服に着替えようと床を見たが、カーテンの下からコニーが回収したらしく、何も残っていない。騙された……!

「コニー! 服を返せ!」

「駄目だよう。みんな似たような格好で泳いでるから、恥ずかしくないんだよっ」

 コニーの楽しげな声がする。どうしよう……他の人も、こんな半裸で泳いでるのか? 私は確かめようと、カーテンを細く開けて隙間から砂浜を覗いた。ハーフマントも取られてしまったから、尖った耳が丸見えで、外に出る事が出来ない。このまま泳ぐにしても、フードは被らなくてはいけなかった。

「分かった……コニー、泳ぐからマントだけ返せ」

「やったあ」

 カーテンの下から、黒いハーフマントを手渡された。私はそれを身に着け、フードを被っておずおずとカーテンを開ける。

「へ……変じゃないか?」

「じゃない! 素敵! 理想の体型!」

 コニーがやっぱり、祈っている。

「胸がぶかぶかする……」

「それは人間の男の幻想! コニーちゃんはない方が好きだよっ」

「なくて悪かったな!」

 あんまりな言いように、思わず声を高くする。

「じゃあゴースト、待っててよ。コニーちゃんたちも水着買うから」

 そう言って、それぞれ店内に散っていく。私の服は、コニーが革袋に入れて没収しているようだ。くそっ。抜かりないな。

 こんな格好で一人残されて、私はいたたまれなくなる。砂浜に行けば、あるいはこの姿は普通なのかもしれない。そう思って、一緒に買った革の浮き袋を持って店を出た。

 だが見回しても、びきにを着ている人は居たが、こんなに布が少ないのは私だけだった。しかもこの国の女性は、すべからく胸が豊満だ。ますますいたたまれなくなって、私は思いきって海に入る事にした。水に浸かってしまえば、水着も胸も見えない。

 浮き袋というのは便利だな。初めてなのに、水に浮いていられる。私はひと気のない方を選んで、どんどん沖に泳いでいった。

「た……ゴボッ、たす……ゴボゴボッ」

 そんな呻きが聞こえてきたのはその時だ。辺りをキョロキョロと見回すと、人は見えなかったが海面に泡が立っている所を見付けた。

「何だ?」

 独りごちて、泡の方へとバタ足で近付いていく。バタバタ……。う~ん、我ながら遅いぞ。

「ひっ!」

 だが水底から足を掴まれたから、ホラーでしかない。

「はっ……離せ!」

 引き込まれないよう必死に浮き袋に掴まって、私は振り解こうともがく。だが敵もさる者、足首、ふくらはぎ、太ももとだんだん上に上がってくる。

「ひぃぃいい」

 肩を掴まれ死人 しびと返り(?)が水面に姿を現すと、私の恐怖は最高潮に達した。

「ガハッ、ガハッ!」

「ひ……」

「グヘアッ。ゲホゲホッ! ゼイ……ゼイ……」

「あの……大丈夫か?」

 私の肩に掴まって海水を吐き、必死に息をつぐ十代後半の少年を見て、私は状況を把握した。長い黒髪を一本の三つ編みにした、浅黒い端正な面差しの少年は、ようよう息を整えていた。

「た……助かった……礼を言う。……そなた、名は?」

「ゴースト」

「か、変わった名前だな」

「よく言われる」

 少年はしばしの間、じっと私の顔を見詰めていた。? フードが取れてる訳じゃないよな?

「コージャスタス様!」

「コージャ様!!」

 ところが見る見る内に少年と同じ浅黒い肌の逞しい男たちが群がってきて、私を突き飛ばすようにして少年をさらっていった。

「キャッ」

「無礼を働くな! その姫君は、私を助けてくれたのだ!」

 少年が大声を上げると、男の一人が慇懃に頭を下げた。

「失礼しました。若を助けて頂いてありがとうございます。お礼は、後ほど」

「ゴースト! これは、そなたが取りに来るまで預かっておく! 必ず会いに来てくれ!」

 ……えっ! それって。私は遠ざかっていく少年の手に握られた蒼い布を見て、青ざめた。それは、面積の少ない二つの三角布だった。

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