第13話 イメージカラー

 ダンジョンに鍵はかかっていなかったが、長い年月に晒される内に、入り口の観音開きの扉の前には大量の土砂が積もって塞がっていた。だが中には何も棲んでないという証拠で、私たちはホッと顔を見合わせる。

「ゴースト。この土、動かせるか?」

「ああ。少し離れていてくれ」

 私は精神を集中し、吟じるように精霊語を操る。片言だったけど。

『地ノ精霊ヨ。退キテ道ヲ開ケロ』

 土の山が微かに鳴動すると、自らの意思で真ん中から真っ二つに割れ、扉の前は綺麗になった。

「精霊魔法とは、便利なものじゃのう」

 プラミスが目をしばたたいている。種族的に魔法を身につける習慣のないドワーフには、珍しい光景だろう。

「キュー……」

 背負った革袋がもぞもぞ動いて、頭だけを出して収まっていたマルが目を覚まし、器用に前脚で袋の口を広げると自分で這い出して肩に止まった。欠伸をしている。

「マル、寝惚けてないで行くよ」

 再びディレムを先頭に、観音開きの扉を開けてダンジョンに入る。何も棲んでいないといっても、マニアックなダンジョンマスターが、罠を仕掛けてないとも限らない。

 入り口のすぐ横のカウンターの中に入ると、ディレミーンが並んだボタンを押して灯りを点した。『お化け屋敷』と呼ばれるダンジョンは暗かったが、その他の古代のダンジョンは機構が壊れていなければ、神通力で灯りが点く事が殆どだった。

 カウンター正面の鉄扉の横の三角ボタンを押すと、自動で扉が開いた。扉の向こうには、四人と一匹が映っていた。一瞬ギクリとするが、鉄の箱の正面にかけられた大きな鏡だとすぐに気付いて、ディレミーンの後に続いて中に入る。扉が閉まると、ディレミーンが『2』と書かれたボタンを押した。

「この箱に乗った事はあるか?」

 不安そうな私の表情に気付いて、ディレミーンが話しかけてくる。

「いや。転移魔法の箱か何かだろう?」

「間違ってはいないな。この箱は、階段の代わりに上の階と下の階を行き来するんだ。だからちょっと見、転移したように見える」

 身体が床に押し付けられるような不思議な感覚がして、ポン、と音が鳴った後に自動扉が開いた。さっきまで入り口から見えていたカウンターは跡形もなくなり、木の引き戸が現れた。どう見ても、転移魔法にしか思えなかった。

「ほら、窓を見てみろ」

 私とプラミスが窓に殺到する。

「わあ……」

「何と」

 いつの間にか私たちは、ダンジョンの二階にきていた。

「転移魔法と何処が違うんだ?」

「転移魔法と違って、遠く離れた所には行けない。このダンジョンの上下階を結んでいるだけだ」

「ふうん……小規模な転移魔法だと思えば良いんだな」

 転移魔法にこだわる私に、ディレミーンが苦笑した。だって、違いが分からない。

「コニー、この部屋で良いか」

「良いよう」

 罠を回避する為、ディレミーンが鉄の箱の真ん前の引き戸を開ける。スイッチを押して灯りを点すと、蒼い光がチラチラと揺れて、何も描かれていない筈だった壁に、沢山の魚の絵画が浮かび上がった。

「わ、罠か?!」

 プラミスが戦斧を上段に構える。

「大丈夫だプラミス、こういうからくりなんだ。よく見ろ。綺麗だろう?」

 灰色の目をぱちくりさせると、プラミスはふにゃっと笑った。

「確かに……旨そうじゃのう」

 その揺るぎない食いしん坊っぷりに、みんなが笑った。

「キュー、キュー!」

 私の肩に止まったマルも、笑っているようだった。


「♪ムーンチャイルド、ディープスカイ、ファイアシープ」

 それからコニーは、歌うオーブのスイッチを入れて歌い続けた。全ての曲が一周するまで、およそ一時間。それをもう四周繰り返した。

 はじめは物珍しがっていたプラミスだったが、いい具合に暗い室内に誘われて、今やすっかり涎を垂らして寝入っている。時々、何か咀嚼するように灰色の髭がもごもごと動くのは、夢の中でご馳走を食べているのかもしれなかった。

 ちょうど定員が四人くらいの室内は、壁のぐるりに座り心地の良いソファが備え付けられ、真ん中に大きなテーブルがあった。

 私も欠伸を噛み殺す。

「コニー……いつまで続けるの?」

「このオーブの歌詞と旋律を全部暗記するまで、だよ。疲れたら、プラミスみたいに寝てても良いよう」

 歌うのって、長時間だと疲れるよね……。私は子供の頃、神父様が、教会に行かなくても歌えるように、と半日がかりで賛美歌を教えてくれた事を思い出す。あれは拷問だった。

 よく疲れないな、コニー。

 ディレミーンは革袋から干し肉を出して齧ってる。マルはそのおこぼれを期待してる。

 私も何か非常食を食べようかな、と革袋の口を開けた時、突然室内に大きな音楽が流れた。プラミスがビクッと肩を揺らしたが、起きるかと思いきやまた小さなイビキをかいて眠りに落ちた。

 おいおい。こんな大きな音で起きないって、危険だろう。

 顔を上げると、正面にあった四角いガラスに、星空が映っていた。

「え? もう夜?」

 思わず呟くと、隣に座ったディレミーンが唇を寄せてきて教えてくれた。

「あれも神器だ。そこに存在しないものを映し出す」

「へ、へえ……でも、こんな大きな音を出したら、また歌うオーブの噂が広まるんじゃないか」

「大丈夫だ。吟遊詩人のダンジョンは、どんなに大きな音を出しても、外に聞こえないんだ」

 そのメカニズムが理解出来ず、私は魚の泳ぐ壁をキョロキョロと見回す。どう見ても、ちょっと頑丈なだけの壁だが……。

 その内、コニーが澄んだ声で朗々と歌い出した。それは、オーブに入っていた曲だった。

「……あ! これ!」

「ああ。歌うオーブに入っている曲は、このダンジョンで歌う事が出来るんだ。だから、吟遊詩人の、と言われている」

「ディレミーン……物知りなんだな」

 冒険者としての知識と経験は頼れるもので、私は思わず尊敬の眼差しで彼を見上げた。クスリと笑って、ディレミーンは気恥ずかしそうに、だけど「任せろ」と言って親指を立てた。


 その後、二時間ほど歌ったコニーは気が済んだと言って、何とオーブを街道で出会った商隊の男に不釣り合いな値段で売ってしまった。

「オーブなんて持ち歩いてたら、殺されても文句は言えないんだよ。だからコニーちゃん、丸暗記したら、売っちゃうんだよう」

 確かに。セキュリティのしっかりした豪邸にでも隠さない限り、命の保証はないだろう。見かけから、ついコニーを子供扱いしがちだが、考え方は立派な大人だ。

「それより、ね! このスカート似合う?」

 くるりとコニーが回って見せた。新緑色のスカートは売り、新しく買った蒼いスカートに早速着替えたのだった。

「ああ……」

 可愛い、と言いかけて言葉を飲み込む。また言い寄られかねない。

「今、可愛いって思ったでしょ」

「お、思ってない」

「嘘。どもってるよう。ゴースト、かーわいい」

 キャッキャとコニーが笑う。私は話を逸らしたくて、唐突に訊いた。

「何でスカート売ったんだ。まだ新しかったのに」

「あら。だって、イメージカラーを身に着けないと」

「イメージカラー?」

「ゴーストは胸当て、ディレミーンはマント、プラミスは斧、マルは全身が蒼だし」

 ああ、そう言えばそんな事を言った事もあったな。

「……ん? それで何で、君が蒼いスカート履くんだ?」

「だから! コニーちゃん、このパーティに入るの! 冒険物語サーガを作るには、ゴーストみたいな可愛いが必須なんだもん!」

 目眩がした。幼女のセクハラに怯えながら、冒険しないといけないなんて。

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