第11話 からくりダンジョン
それからしばらくの旅の間、プラミスとディレミーンとは会話しようと試みて、どうしても分からない所は私に通訳を頼むようになっていた。プラミスは頭が良く、見る見る内に人間語を学習していった。読み書きは出来なかったが、日常会話くらいは、もう私の助けがなくとも、片言で話せるようになっていた。
「キュー!」
「旨そう……」
「プラミス。マルは非常食じゃないぞ!」
ディレミーンの突っ込みに、肩を揺すってプラミスが笑う。冗談を言えるくらい、プラミスの人間語は上達していた。
ドワーフは錬金の匠だが、力自慢の優れた戦士でもあった。
プラミスという頼もしい戦力を得て、私たちはもうちょっと難易度の高い依頼に挑もうとしていた。
からくりダンジョンから、歌う
一見難しそうに思えるが、ダンジョン自体は何十年も前に攻略されているものだから、何処にどんな仕掛けがあるかはすでに地図に記してあった。問題は、最近になって、ダンジョンの奥から切れ切れに詩が聞こえるという事だった。
オーブはなく、迷い込んで死んだ何者かの幽霊が、怨嗟の詩を歌っているのかもしれない。三人とも抜かりなく獲物を研いで、この冒険に挑みにきたのだった。
石造りのダンジョンの入り口に着くと、先頭にディレミーン、二番手に私、しんがりをプラミスが務めて、狭い通路を進んでいった。ランタンは、マルが銜えて行く手を照らしてくれる。
もうすぐ、一つ目のからくりだ。薄暗い廊下を、足元を確認しながらすり足で進む。
「うおっ」
「キャッ」
「おおっ」
三人揃って悲鳴を上げた。石造りだった床が突然柔らかい素材に変わり、バランスを崩して手を取り合った。
「これは、分かってても恐いな」
ディレミーンの言葉に、後ろの女子二人はぶんぶんと首を振って答える。
次のからくりは、作り物の井戸から女の人形が現れるというものだった。これは知っていれば何という事もなく、やり過ごした。
三つ目のからくりは、棚にギッシリと、おかっぱ頭に民族衣装を着た人形が並べられた部屋で、ランダムに空気が射出されるというものだった。同じ人形がズラリと並ぶ様は、何だかそれだけでちょっと薄ら寒い。ちょうど私が通った時に風が吹き付けられ、私は悲鳴を上げた。
これらのからくりは、全て神通力で動いている。太古の昔は、夜を昼のように明るく照らし、遠く離れた相手ともボタン一つで会話する事が可能だったという。
この手のダンジョンは『お化け屋敷』と呼ばれ、古代人はスリルを求める為だけに、金を払って探検したのだと聞くと、何ともの好きなと思ってしまう。
「いたっ」
最後のからくり、鏡の間で手探りをしていて、ガラスに手をぶつけてしまい漏らすと、
「シッ」
とディレミーンが、遮って静寂を求めた。耳を澄ますと確かに、微かに何者かの歌声が聞こえていた。
「オーブ?」
プラミスが戦斧を構える。
「分からない……声が一つだけじゃない気がする」
ディレミーンが答えた。鏡の間を注意深く進んでいくと、出口の黒い布一枚隔てて、男女の声が輪唱するように聞こえてきた。
緊張の一瞬だ。ディレミーンは後列に目配せをして、黒い布をパッと捲って躍り出た。私とプラミスは、それぞれ大弓と戦斧を構える。
「♪どらげない、僕らは友達みたいに、歌ーうんだー」
こちらの殺気などお構いなしに、のんびりとした声音が歌っている。丸くて平べったい男声で歌うオーブを真似て、傍らに足を投げ出して座った七~八歳の幼女が伸びのある綺麗な女声で歌っていた。
歌い終わってから、初めて気付いたようなわざとらしさで、向けられた長剣の切っ先を恐がる。
「なぁに? コニーちゃん歌ってただけだよ? 恐いっ」
「あれ……? お前一人か」
ディレミーンが構えを解いて、幼女に尋ねる。だがオーブから次の曲が流れ始めると、幼女はまた真似をして歌い出してしまった。
「♪恐いものなんか一つもない、僕たちはもう、仲間だからー」
「おい、オーブを止めろ。俺たちはそれを回収しにきたんだ」
すると幼女は、おしゃまに唇を尖らせた。
「これ、コニーちゃんのオーブだもん。苦労して見付けたんだもん。誰にもあげないんだもん」
「君の? ここへはどうやって入った。保護者の人は?」
私が不審に思って質問すると、幼女はますます機嫌を悪くした。
「コニーちゃんが誰にも邪魔されずに
また次の曲がかかって、幼女は息を吸い込んだ。埒があかない。私は平べったい金属製のオーブの表面に付いたボタンを、デタラメに押して止めてしまった。
「やーん! 壊れる-!」
悲鳴を上げて、幼女がオーブに飛び付いた。
「事情を訊かせてくれ。オーブが君のものだと分かったら、取り上げはしない」
「……ホントに?」
「ああ」
「あたし、コニーちゃん!」
唐突に幼女は自己紹介を始めた。
「吟遊詩人ギルドと、盗賊ギルドに登録してるの」
「その年齢で、もうギルドに登録してるのか」
ディレムが感嘆の声を上げると、コニーはふふんと得意げに鼻で笑った。
「……エルフ?」
プラミスが短く疑問を発するが、コニーはぶんぶんと
「コニーちゃん、エルフじゃないよ。耳、尖ってないでしょ」
と、ショートボブの髪をかき上げるが、何しろ薄暗くてハッキリしない。オーブを持ったコニーを連れて、行き止まりの部屋から逆戻りしていったんダンジョンを出る事にした。
明るい所で見ると、本当に耳が尖ってないのが不思議なくらい、コニーはエルフに酷似していた。金髪に緑の目、ふわりと広がった新緑色のスカートに、上着は革鎧。吟遊詩人らしく、背には革袋と小ぶりな
「コニー、本当にエルフじゃないんだな?」
私が跪いて目線の高さを合わせて問うと、コニーの瞳の中に、パッとハートマークが散ったように見えた。頬を赤らめ、まだ膨らみのない胸の前で両手を組み合わせて、祈るように反問する。
「エルフの方が好き? コニーちゃんエルフじゃないけど、その方が好きなら、エルフって事にしといても良いよ!」
話にならない。私は辛抱強く語りかけた。
「エルフじゃないんなら、何なんだ?」
コニーは、伏し目がちにもじもじと恥じらった。
「ホントは内緒だけど……貴方好みだから、教えてあげる。耳、貸して」
は? 好み?
少し疑問に思いながらも私が耳を預けると、コニーは両手で衝立を立てるようにして、内緒話をしてくれた。
「あのね、コニーちゃんね、
「ひゃうっ」
離れる時に耳を舐め上げられ、変な声が出てしまった。まずい……変なのに気に入られたかもしれない。
コニーは上目遣いで、もじもじしている。
「……私の名前はゴースト。彼はディレミーン。彼女はプラミス。あれはマル。ちなみにパートナーは、男性希望だ」
「やん、
とんだドMに惚れられたようだ。
「どうなってんだ?」
だが、グラススプライトが絶滅危惧種なのは、妖精の事を少しでも齧った事のある人間には、常識だった。迂闊に口には出来ない。
「ああ……彼女は、エルフの突然変異だ。耳が尖っていなく、大人にならず幼女の姿のまま、歳を重ねている」
「でもまだ、九十九歳だよ!」
年上なのか。手に負えない。
「それでね、コニーちゃん、ゴーストが好みなの。ディレミーン、ゴーストに手ぇ出さないでよう!」
舌足らずに宣戦布告して、何故か空気が凍った夕暮れだった。
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