第10話 髭の生えた乙女

 プラミスは言葉が通じなく、収入を得る事も出来なかったので、所持金が底をついてからは野宿だったという。どのくらいの間?と訊きかけて、礼を逸していると思って踏みとどまった。

 それほどあからさまに、プラミスは臭かった。さりげなく、プラミスに湯浴みを勧める。

『プラミス。湯浴みは一階だ。ディレミーンに案内して貰うと良い』

『ああ、分かった。湯浴みは久々だから、長湯するとしようかの。それにしても、最近の人間の女はデカいのう』

 聞き逃す所だった。

『……ん? ディレミーンは女じゃないが』

『何! じゃあ男か? ハーフエルフは、人間なら男と一緒に湯浴みをさせるのか!』

 急にプラミスが顔を真っ赤にして怒り出し、私は慌てた。やっぱりドワーフはトラブルの種だ。何で怒ってるのか、さっぱり分からない!

『待ってくれプラミス、何が不満なのか、ハッキリ言ってくれ』

「どうしたんだ」

 ディレミーンがオロオロと私たちを見守っている。

『ハッキリ言ってるじゃろう! 人間とはいえ、男と湯浴みとは、心外じゃ!』

『プラミスは、女と湯浴みしたいって事か?』

『当たり前じゃ!』

「参った……ドワーフには、そういう文化があったのか」

 頭を抱えてそう呟いた後、プラミスを説得しにかかった。

『悪いが、それは出来ない』

『何でじゃ!!』

『男は男と、女は女と湯浴みするのが、人間の文化なんだ』

 そう諭すと、プラミスはますます顔から湯気が出るかと思うほど紅潮した。

『ドワーフだってそうじゃ!』

 また聞き逃す所だった。

『……え?』

『わしをからかっちょるのか!』

 そう言えば、会った事はないが、ドワーフは女性でも髭が生えているんだっけ。急に冷静になって、私は書物で勉強したドワーフの暮らしの事を思い出していた。

 会った事がない? いや、会っても気付いていなかっただけでは? そう思い至って、私は蒼くなった。

『い、いや、すまない。ふざけて悪かった。もちろん、女同士が良いよな。後で私と一緒に湯浴みをしよう』

『悪ふざけが過ぎる!!』

 しばらくプラミスはいかり続け、宥めるのに多大な労力を要した。

 髭が生えてるのは分かったけど、まさか言葉遣いや声まで区別が付かないなんて、何処にも書いてなかったぞ! 私は、ドワーフについて書かれた書物を恨む。きっとあれは、著者がドワーフなんだ。当たり前過ぎて、書くのを忘れたに違いない。


 湯浴みを終えると、プラミスは丁寧に髭をブラッシングし始めた。例えるならば、長い髪を梳く乙女といった所か。

 ツインの部屋で、危うくディレミーンと同衾させてしまう所だった……私は一人、額の冷や汗を拭う。

 プラミスは髭を梳きながら、重低音で機嫌良くうたをハミングする。こんな所は、まるっきり私と変わらない。そう思って改めてよく見ると、灰色の目はくりくりとして可愛らしく、心なしか女性特有の良い匂いがした。

「あっ……その詩!」

 私は思わず、両手をパチンと合わせてプラミスを見る。

『ん? 何じゃ?』

『その詩、私も好きだ!』

『おおほう、コナスタシーの詩は、乙女の夢じゃからのう』

 湯浴みの気持ちよさですっかり機嫌の直ったプラミスは、相好を崩す。

『歌詞は忘れてしまったけど、育ての親が小さい頃よく歌ってくれたんだ』

『この詩は、囚われの姫君が竜騎士ドラゴンナイトに救われて、熱烈な恋の末結ばれるという詩じゃ』

 異なった文化を持ちながら、同じ詩が伝わっている事に驚きながらも、プラミスの言った『乙女の夢』という言葉に納得してもいた。恋に対する憧れは、人間もドワーフも大差ないという事なのだろう。百年かけて愛を育むエルフには、多分この感覚は伝わらないと思うけど……。

 にわかに詩の話で盛り上がっていると、ディレミーンがマルを抱えてベッドに潜り込みながら、訊いてきた。

「賑やかだな。恋バナか?」

「ああ。そんなようなものだ」

「お前、俺が分からないからって、いい加減な通訳するなよ」

 バレてたか。私は心の中で舌を出した。

『ところで』

 プラミスが恋バナの延長のように、声をときめかせながら言う。

『あの非常食は、いつ食べるんだ?』

「キュー?」

 ……マル! 逃げろ!!

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