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「テメ゙ェ゙らあああああああああ――!!店の前で何さらしとんじゃ、このクソガキ共がァ゙ア゙ァアアア!!」
聞き覚えの無い野太い声が横から突っ込んできて。
俺だけじゃなく、胸倉を掴んでいた男もそれに驚いたのか、一瞬ビクッとして、動きを止めた。
なんだ……。
男の影から首を伸ばして見てみたら。
「さっさと手ェ離さねえと、どうなるか分かってんだろうなァァア゙青二才!?」
店の入口で青山さんが凄い剣幕で怒鳴っていた。
ってか、青山さん……なのか。
口調が、いや、声質もだが、凄く男らしいってか、ドスが利いているっていうか、気迫が半端無い、獣のようなド迫力で暴走族共をぐるりと睨み上げて威嚇する。それをする青山さんは正直俺でも鳥肌が立つほど。
この人、誰だよ。
あまりの青山さんの変貌ぶりに俺だけでなく、他のヤンキー共もドン引きしていて。
リーダー格は突如飛び出してきた青山さんに顔の筋肉を痙攣させて、こちらも凄みを利かせて大声を上げる。
「んだァァ!ハゲ!文句あんのかァアァ!!」
凶暴さを纏った叫び。それでも青山さんは怯むことなく叫び返したのだから、凄かった。
「うちの店員離せって言ったのが聞こえねェのかボケカスがァア!!」
「あンだとォ!やンのかぁ゙あ!!」
「セコムで警察呼ばれてェのかァァア!アア゙!?」
ヤンキー相手に堂々と煽りまくって、もうこれは絶対血塗れどこじゃすまないと、俺は目を覆いたくなったが。
どうやらそれが決定打になったみたいで。
「押されてぇのかセコムッ!!」
セコムの三文字にヤンキー共は動揺を隠せずざわめく。
「おい、……やべんじゃねえのか」
「サツ呼ばれたら流石に……」
取り巻き共はざわざわし始め、リーダー格は大きく舌打ちして俺を地面に突き飛ばして離れた。
「行くぞ」
低く、そして明らかに怒気を纏ったその一言で、全員が動き出し、バイクに跨り次々に走り去っていった。しばらく道路に五月蠅いエンジン音が鳴り響いたが、次第に静寂が広がり、コンビニの前は飲みかけの酒缶やら煙草の吸殻が散らばって凄いことになっていたが、それでもいつもの平和と言うものがそこにちゃんと戻ってきた。
「ゴミ片付けてけ!社会のクズ共がァア!今度なにかしたら一人残らず警察に突き出してやるからなァ!」
走り去っていく奴らに青山さんは大音量で吐き捨てたが、誰一人としてそこに戻って来ることはなかった。
つ、つか。
どうしよう、震えが止まらん。腰、抜けた。
ついでに心臓が鳴り過ぎて痛い。
青山さんが……怖すぎて。
◆◆◆
生暖かい風が吹いてきて。
暴走族達が残してった缶ゴミが転がって。
「袴田くん……!大丈夫だったぁ?!怪我は?!」
さっきまで暴れ牛の如く鼻息を荒げていた青山さんは表情をいつものに戻し、尻餅を着いたままの俺を両手を使って丁寧に起こしてくれた。
「あ、……いえ、へ、平気です」
「びっくりしたでしょう?あいつらたまに絡んでくる時があるから、言っておけばよかった」
「は……ひ」
「あらやだ、立てる?」
足元ふらふらの上に声が裏返ってしまってとてもじゃないけど大丈夫とは言えない状態だった。
しかも、現在進行形で俺をビビらせているのは、あのヤンキーの大群じゃなくてこの青山さんなのだ。
声の調子も口調も、通常通りに戻ったが。
まさか青山さんが、ヤンキー相手にあんなにも果敢に立ち向かっていくなんて、しかも奴らを怯ませ追っ払ったのだ。衝撃的過ぎて今でも顔の筋肉が痙攣している。
あんな一面を持っていたなんて……。この人……ただもんじゃない。
困惑していたら、どうやらそれが顔に出ていたみたいで、青山さんは俺の顔を覗き込むと、何故か手で頬を押さえて赤面した。
「あら。もしかしてビックリしちゃった……?」
そ……、そうですけど。なんで照れるの。
「だってああしないと、袴田くんが危ないと思ったのよ」
それは確かにそうだった。
「あ……ありがとう、ございます」
なんだかんだ言って俺この人がいなかったら殴られてたんだ。俺はぺこりと頭を下げる。
「それにしても、凄いですね……」
「え?」
「青山さんがあんなふうにヤンキーに向かっていくなんて、本当ビックリしました」
「ああー、ふふっ。ついつい自衛隊時代の勢いがでちゃったのよぉお」
「へぇー……自衛隊の……。……」
……。
自衛隊……。
じ、……自衛隊だと――!?
「自衛隊っ、て、あの自衛隊?!」
「そうだけど」
「青山さん、自衛隊に入ってたんですか!?」
う、嘘だろおい……。
ん、いや待て……、それが本当なら青山さんのこのガチムチボディにも納得が……。
「懐かしいわぁ、十年前くらいだけど……、鬼班長って呼ばれててね、あの頃は下っ端をビシバシ扱いてたの……」
「うわ~……」
まじかよ。
「あんまり容赦ないもんだから、別名『青鬼』なんて呼ばれちゃってね……怖がられたもんよ」
青鬼……。
話を聞くとどうやらマジらしく、青山さんは昔の話をしながら懐かしがった。
本当に此処の夜勤組は咽せるぐらいキャラが濃いってか、なんていうか……。
「いやまじ意外っていうか……でも、青山さんがいなかったら本当に怪我してました、助かりました」
「いいのよぉ、新人を守るのがベテランの役目なんだから」
「……青山さん」
「それに、袴田くんはなんとなく似てるから」
「はい?」
「その吊り目が、アノ人と……。自衛隊時代にあたしを虜にさせたアノ人……。アノ人と出逢ってからあたしの心は乙女一色に……」
「……」
「許されざる恋だったわ……」
なんでだろう。
今一瞬、背筋がぞわっとしたんだが。
そして、何故か感じ取っちゃいけないような怪しいオーラを感知してしまったような気がしたんだが……。
うん、忘れよう。
忘れた方がいい。
例え数瞬でも、この人の言い放った言葉に感動しかけたとしても。
絶対忘れよう。
己の為に。
「そう言えば、なんであいつら手を出そうとしてきたのかしらねェ、何かあったの?」
「それが……」
俺は事の経緯と、ヤンキー共に放った爆弾のことを青山さんに話した。
「やっだ、そんなこと言ったの?袴田くんもなかなかのチャレンジャーなのね、見上げた根性だわ」
「普通だったら絶対にそんなこと言ったりしませんよ!ただ、気に入らなかったもんで……」
「気に入らなかった?」
薄暗い道路を睨み付けながら、俺は呟いた。
「あいつら……猫轢き殺しといて、平気で笑ってたんで」
そんなの、普通の人間がすることじゃない。
例えどんな理由があったって、轢き殺した命に、少しでも悪いと思えよ……。
そう、本当は言ってやりたかったんだ。
目撃するのは何度目だろう轢かれて無残な姿になった猫を横目で見ながら。
俺はまた来た道を引き返していく。
猫は相変わらず口から臓物を出して、道路の真ん中に張り付けられている。
その悲惨過ぎる光景と、非道な暴走族の発言に、俺もとうとう堪えきれなくなったというか、見ていられなくなったというか……。
次のバイトが始まる前に、その猫を近くの茂みに埋めてやることにした。
どうせこのまま腐り果てるのを黙って見ているなら、埋めてやった方がいいだろう。
その方が……猫も喜ぶかはわからないが。
きちんと土に埋葬して、線香まではあげなくてもいいだろうが。手を合わせて冥福を祈ってやろう。
通り過ぎる度に気持ち悪がられ、誰にも悲しまれないよりかは、その方がいいんじゃないかと、俺は思ったのだ。
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