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 平井さん顔めっちゃ楽しそう。

 だめだ、俺完全に置いてかれてる。


 口調こそのんびりしてるものの明らかに何かのスイッチが入ってしまった平井さんに苦笑することしかできなかった。


 少し経って平井さんは、ふと我に返ったのか恥ずかしそうに頭の後ろに手を置いた。



「ごめんなさい、つい熱くなっちゃって、やだな、今日は友達じゃないのにわたしったら」


 熱が冷めたのか俺に謝罪して、彼女は静かになった。

 驚いた。

 確かに青山さんが言った通りだった。

 でも俺の妹も最近じゃ理解不能な単語ばっか使うし、今時の子ってこれが案外普通、なのか?


 相変わらず客は訪れない。

 適当な会話をする以外にやることがないのもつまらないが。

 適当な会話だけして金貰うってのもなかなかない仕事だ。


「袴田君って此処以外にバイトかけもちしてたりするの?」


 今度は平井さんから話題を振ってきた。


「前は派遣も含めて三つくらい掛け持ちしてたけど、今は流石にこれだけだなあ。深夜ってやっぱ慣れないとキツくて、少し慣れてきたらなにか昼間のバイトでも探そうかなと思ってるけどね」

「四人だしちょっと余裕ないよねぇ、もう何人か入ってくれば安定するんだけど」

「そーなんだよね」

「でも袴田君って凄いよねー、新人の人にしてはかなりもってるよ!みんな言ってる!」

「え、まじ?」


 俺がこのアルバイトを始めてからかれこれ一週間が経とうとしている。


 店長が言っていた新人が最も辞めやすい期間は一週間前後。


 俺はその期間をもう直ぐ突破しようとしているので、他のアルバイト、パートの人達に噂にされていたらしい。


 今のところ大泣きする程おっかない目には遭ってないし、確かに変なことはあったけど。


 見越した通り俺は一週間そこらでは辞めないだろう。


「別にそこまで凄くないと思うけどなぁ」

「いやいや、充分凄いって、流石店長の言っていた期待の新人!」


 おいおい店長……、頼むよ、俺の知らないとこであれこれ焚きつけて触れまわらないでくれ。


「そういえば平井さんは?」

「はい?」

「平井さんはなにか掛け持ちしてるの?」

「あー、わたしは特に、あ、でも内職的なことは」

「内職?地道にやってくっていうあれかぁ、でもあれって結構頑張っても安いやつ多いんだよね」

「あ、いえ。結構それが儲かって」

「そうなの?」

「うんー、夏と冬に年二回あるんだけど、そこで漫画と小説を出すの」


 ……。バザーか?


「バザーと似てるんだけど、漫画とか小説とかそういうの限定で。あ、自分で作るんだよそれ」

「自分で?漫画描くの!?え……すっげぇ、小説も!?え!出版みたいな?!」

「そんな有名じゃないんだけど、まぁ」

「平井さんって作家だったのか……す、すげー」

「作家さんって程じゃ、ただの『薄い本』職人ですよ」

「『薄い本』……?」


 にっこりとして言われた言葉に俺は頭の上に疑問符を浮かべた。

 なんかどっかで聞いたことあるような、ないような言葉。


 薄い本ってなんだ……?


「その薄い本?ってのを年にニ回売りに出すんだ」

「はい、最近じゃ読者さん増えて結構売れるんです」

「そうなんだ。へー、漫画描けるなんて凄いなァ。どんなの描いて売ってんの?」


 俺はその時まだ気がついていなかった。

 平井さんがただのアニメ好きロリ巨乳ではなかったということを。


「教えて欲しい?じゃあ今度読ませてあげるよー!!ふふっ」

「いいの?」

「うん!袴田君もわたしの読者さんになってね!」


 その時の平井さんは何故かとても嬉しそうだった。


 ◆◆◆


 時間がいつも通りのんびり流れていく。

 平井さんは女子高生みたいにキャアキャア騒ぐこともなくいたって大人しめだが黙ることはまずなく、俺達は客がたまにちらほら訪れる時以外はずっとくっちゃべって過ごしていた。


 此処まではいつも通り。


 三時頃になってゴミを一度纏めて、外の分も纏めて裏の捨て場に捨てに行くことになってから、俺が率先して外に出ようとすると、平井さんはにっこりして俺を呼び戻し、わたしが行くよと言って纏めたゴミをさっさと外へ持って行ってしまった。


 別にそこは変だと思うことはなかったのだが。


「すんません」

「いいよ、いいよ、気にしないで。それに……」


 帰ってきた平井さんに申し訳なさそうに言うと、平井さんは気にしないでと笑いながらこう言ってきたのだ。


「今店の前でうろうろしてるみたいだから。むしろ袴田君は出ない方が良かったよ」

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