亜弥乃 その二
学校は面倒臭いことも多いが、好きな場所だ。だって家に居なくてすむ。
当然のごとく友人は居ない。
ただ虐められてもいない。
そのくらい影を薄めてひっそりと、私は学校生活を過ごしている。
朝の登校中。私の横を男子が早足で抜き去り、前方を歩いている女子に声をかけていた。
声をかけられているのは、星さん。金に染めた髪と、女子の割には高い身長のためよく目立つ。
ああいう人は何故、髪の色素を薄くしたがるのだろう。理解できない。
あんな風に好き勝手に生きている人は人生が楽しいんだろうな。羨ましい。
バカっぽくも見えて、真似はしたくないけど。
朝の校門の喧騒を、私は素通りする。
一限目早々、私は具合が悪いと保健室に行った。帰るかとも訊かれたが、少し休めば大丈夫ですとベッドで休ませてもらう。
理由は只の寝不足だと自覚しているし、そこまで気分が悪い訳じゃないけれど。
母と少し折り合いが悪いと、軽めに家の事情は伝えているので、保健室の先生は私に協力的だ。よく保健室で休ませてもらっている。
サボりかと言われれば、否定はしない。
でも授業を受ける気力や体力があまりないのも気分が良くないのも確かだ。
ただしそれらの症状はいつものことではある。
初夏の風が開け放たれた窓から吹き込んでくる。気持ちいい。
保健室のベッドに寝そべる間だけが、私が安らげる時間だ。
穏やかな朝。
このまま時が止まれば良いのに。
そのまま昼休みまで仮眠をとり、屋上へ向かった。
昼食はいつも食べない。用意してもらっていないし、自分で用意する気力はないし、買うようなお小遣いもない。そもそも食欲がない。
そんな私は、屋上で休み時間が終わるまでぼんやりするのが日課だった。
「マジでヤらせてくれんの?」
「マジだよ、マジ」
屋上へ向かう階段の途中の踊り場で、男子二人が屯して話していた。無視して通りすぎる。
「どうだった」
「エロかった」
「うわーマジかー、俺もヤりてえなぁ」
「エロいし上手いしでサイコーだったよ。まあ、カノジョにはしたくねぇけどなー」
「わかるわ」
「ちょっともったいねーよな、ナっちゃん可愛いのに」
「あんだけ遊んでるとなんつうか、カノジョにして大事にしたいって感じはなくなるな」
ナっちゃん。
そのあだ名は、星さんのことだ。彼女にそんな噂が絶えないのは知っている。友人はいないが、こうして漏れ聞こえてくる話が耳に入るから。
星さんは、入学当時から目立っていた。
好きな格好して、楽しそうに毎日笑って、はしたなく色んな人を相手にして、本当に愚か。でも、その自由奔放さは少し羨ましい。
だから、私は星さんがあまり好きではない。
そのくせ、授業は真面目に受けているし、校則違反を怒られながらも先生たちからも可愛がられている。
だから、私は、星さんが…嫌いだ。
午後は一応授業に出る。出席が足りなくて卒業できないなんてことになったらそれこそ母に殺される。だからしかたなく、最低限の授業は出ている。
成績のことは母は関心はない。問題にさえならなければ良いようだ。
そんなにどうでもいいなら何故高校に行かせたのか。
いくつになっても、母の中で私が一体どういう存在なのか、わからなかった。
私はそんな、鉛に沈んだままのような生活を数日続けていた。
そんなある日、星さんが突然髪の色を戻し、登校してきた。
校内は騒然としていた。
髪型だけではない。どうやら、男子からの例の誘いを端から全部断っているそうだ。どういう心境の変化か、と周りはあることないこと噂していた。
星さんは、以前よりも更に楽しそうに見えた。
くだらない、と私は思った。そんなつまらないことで騒ぐなんて。元々自由な人だ。きまぐれでも起こしたのだろう。
第一、今までの素行が大問題であって、それがなくなったからって騒ぐことじゃない。
皆、暇ね。
でも、そんな噂も落ち着いた頃、私はある異変に気づく。
星さんに以前ほどの元気が無い。
周りは気づいていないようだった。
笑っているし普通に振る舞っているけど、でも、あんなに落ち込んでいる。何故気づかないのか。
友人も気づかないような事を気づいてしまう私の方が、よっぽど暇なのかもしれない。
だけど私はあの顔を知っている。
絶望の中で何かを諦めながら暮らしている人の顔。
きっと、だから余計に眼が行くし、気づいてしまうのだろう。
彼女は何に絶望しているのか。
私はとても興味があった。
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