美香 その二
さて、そんな私は大学生になり、地元を出て都会へ進出した。オートロックの新築マンションを親が借りてくれて、月々の仕送りも潤沢。また疲れるけど楽しい日々が始まると思っていた。
ここで初めて、私は彼氏というものができた。
正確に言えば彼氏は今までも何人かいたが、告白をオーケーしたのに数日で私からやっぱりやめると言ったり、デートもほとんどしないまま数ヵ月放置してしまってそのままフってしまったりと、彼氏と呼んで良いのかわからないような付き合いしかしてこなかった。
だけど、初めて素敵だと思える人ができて、自分から告白して、念願叶って付き合うことができた。
私は舞い上がった。初めて人をちゃんと好きになることができた。きっとこの人が運命の人だ。
しかも、彼はお金持ちだし、将来も有望。このまま彼と一生幸せに生きていくのだと、希望に満ち溢れていた。
だけど、幸せな時間は続かなかった。
彼は女遊びが激しくて、しかもすぐにキレて私を怒鳴り付ける。
暴力こそしてこなかったが、日夜遊び歩く彼を見ているうちに、私は気づく。
あんなに嫌だと思っていた、父とそっくりなのだ。
だけど、好きなのだ。
「ごめんなさい別れたくない、謝るから」
自分は涙を流しながらこんな情けないことを言えるのかと驚いた。
千代には呆れられた。
「無理強いしても余計頑なになるだけでしょ。好きにしたら良いけど、私はもう別れたら良いと思う。只の都合が良くて痛い女に成り下がってるよ」
千代は私に容赦ない。だから好きだ。
容赦ないことを言うけど、嫌いになったわけじゃないし離れていったりしない、と言う信頼感があるからだろうか。
そういう、無条件の信頼を寄せられる彼氏や家族が居たら私はもっと違っただろうか。
結局その後半年もせずに私は彼に飽きられ、捨てられた。
本当に死のうかと思ったけど、そんな時でも千代は傍に居てくれた。
「死ぬとかふざけたこと言い出したら、殴るよ」
そう言いながら、私の背中を優しく撫でてくれた。
短い恋だったけど、私にとっては一世一代の大恋愛だった。他人からはそう見えなくても。
だからもう、その後の恋愛は酷いもので。
彼と同じようなしょうもない男ばかりを好きになり、反省して優しい人と付き合えば「私に隠れて浮気してるんじゃないか」と疑い束縛した。
恋愛は嘘とか嫉妬とか疑念の塊なんだと思っていたけど、私にとってはそれが真実になってしまった。
先日別れた人とも、事の顛末は大体いつもと同じ。
私は彼が浮気をしていると思い込んでいたし、今でも思ってるし、最初は優しかった彼も私のその言動に腹を立てて、それが原因で大喧嘩して別れた。
もう無理だ、別れましょうと話し合って別れただけ、今までよりは多少はマシだったかなと思う。
最近ちゃんと自覚したことがある。
私は、王子様を待っているんじゃなかった。
ちゃんと愛してくれる保護者が欲しかったのだ。
父も可愛がってはくれた。彼にとっては愛していたという気持ちも本当なんだろう。
でもきっと父は、愛情を表現するには、甘やかして、モノを与えていれば良いと思っている。
そうじゃないのだ。
私が欲しいのはそういうんじゃないんだ。
ちゃんと私のことを考えてくれて、時には叱ってくれて、安心させてくれる人。
楽しいことがあったら一緒に笑ってくれて、嬉しいことがあったら一緒に喜んでくれて、悲しいことや辛いことがあったら寄り添ってくれる人。
何があってもその人と顔を合わせると、安心できる人。
その人が「大丈夫」って言ったら、本当に大丈夫な気がしてくるような、勇気をくれる人。
私にとってのそれは千代だ。
千代が男だったら良かったのにな。
でも千代にいつまでも寄りかかりっぱなしじゃいけない。
気づけばもう十年くらい寄りかかっている。いい加減、千代の背中を軽くしないと。
そういえば、私は千代が弱音を吐くところや大泣きするようなところを見たことがない。
私は会えばしょっちゅうそんな感じなのに。
でもそれも当然かな。私がこんなだから安心して寄りかかれないよね。
私は突発的な何かで吹っ切れたというよりは、ここ数日、ゆるゆると、穏やかに、気持ちが萎んできて。
なんだか急に疲れてしまった。
このままじゃあ、私はまた父のような人を見つけて、心身を削りながら、母の様に諦めと後悔の中で生きつづけるんじゃないか。
そして、私のような子供を産むんじゃないか。
千代にも迷惑を掛け続けながら。
それはとても悲しい。
だから、私は今日、死にます。
ここまで読んでくれた人はいるのかな。わからないけど。
私の親友、瀧澤千代に伝えてください。
ごめんなさい、って。そして決して、貴女のせいではないって。
ついこの前まであんなに普通にお喋りしてたのになんで、って思われるかもしれないけど、
こういう決断て急に訪れるんだなあ、って自分でもビックリしてます。
ばいばい、千代。
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