No.3 美香

美香 その一

 先に断っておく。これは私の独白だけを延々と綴ったものである。



 いつか王子様が。

 そう思っていたのは否定しない。

 でも私が本当に求めているのはきっと王子様じゃなかった。

 

 自慢じゃないけど私はそれなりにお金がある家で育った。

 と言っても、セレブという類いに分類されるほどじゃない。地方都市において中の上くらいに位置するそこそこ余裕のある家庭。

 父は自営業をしていた。社長、なんて肩書きを着せるほどのものじゃないと思う。何してるのかはよく知らない。

 その上私は一人娘で、まあ溺愛されていたんだと思う。

 蝶よ花よと育てられ、高校生くらいまではまあ、モテた。

 人生イージーモードだった。


――と、他人には思われているだろう。

 概ねはあっていると思う。

 父親がクソ親父なことと、イージーモードだったのは高校生くらいだったという大事な要素が抜けていることに眼をつむれば。


 父親は女癖が悪い。もうそろそろ五十になろうというのに未だにあちこちの女性と仲良くしているようだ。

 私の母とは俗に言う「できちゃった婚」で、世間体とか若さとかで結婚したけど「別に愛してたわけじゃない」とのこと。二人が喧嘩している時に聞いた。当時私は十歳そこらだったけど、この言葉は忘れない。

 好きあっていないならとっとと別れれば良いのに、父は一人娘の私が可愛くてしょうがないし、母は今の金銭的余裕のある生活が惜しいし、でズルズル一緒にいるようだ。

 「美香が可哀想」なんていう迷惑極まりないことを免罪符に、まだ婚姻関係は続いているし、あんなに仲が悪いクセにまだ一緒に暮らしている。

 私にとって十代までは「愛情」とは「お金」のことだった。誕生日だなんだとアクセサリやバッグ、服なんかを買ってもらい、美容院に行くだの遊びに行くなどといっては小遣いをもらっていた。

 それなりの素材を持ち、お金をかけて磨いた私のルックスは自分で言うのもなんだがレベルの高い方だと思う。


 中高生のうちは寄ってくる男子をその気にさせてはフり、気のなかった男子すらその気にさせては告白されたらフる、なんて遊びを続けていた。

 悪女な自分を演じて、酔っていたんだと思う。たかが地方都市の限られた一画で、天狗になっていた。

 ひとつ言い訳をするなら、別にそうしたくてそうしていたわけじゃない。

 私には「恋愛」が、人を好きになることが、イマイチわからなかった。

 一番身近にいるカップルといえるはずの両親がなんだから、幸せなカップルがどうしているのか、私にはわからなかった。

 皆、仲良しなのは表面だけで、裏では嘘とか嫉妬とか疑念の塊なんだと思っていたから、真っ直ぐな好意にどうにも答えられなかったのだ。

 だけど言い寄られると悪い気もしなくて、ついつい気のあることをいっているうちにこんな風になっていた。


 親友の千代は私と対称的。本人は自分を可愛くないと思っていて(私から見たら可愛いところはあるし、器量良しとは確かに言い難いかもしれないけど別に言うほどブサイクではない。ちゃんと磨けば光ると常々思っている)、ごく普通の家庭で兄と弟に挟まれていて、私みたいにお小遣いを好きに貰えたりするわけじゃなかった。いつも密かに誰かしらに片想いしていて、何気に恋の多い子。そして、何より、家庭がとても暖かい。ご両親は他人の私から見ても呆れるくらいに仲良しで、兄弟仲も良かった。

 彼女自身も芯があってしっかりもので、明らかに価値観が合わない私と出会って遊ぶようになっても、無理にこちらにあわせたりはしなかった。一度、どうしても私が一緒にでかけたくて、でも千代が小遣いがないと嘆いていたときには、奢るから一緒にきて、と言って「そんなことしなくて良い」と怒られた。

 興味を持ってもらうためには、好意を表すためには、モノやカネを差し出すものだとどこかで思っていた自分をとても恥じた。

 学校の中で女子と群れて、見栄と探りあいをしながら、ヒエラルキーの下にならないように必死だった私と違って、彼女は群れない。でもハブられない。友人も男女問わず多い。とても立回りが上手かった。


 そんな、どう考えても合わないように見える私たちだったが、その絶妙な距離感が心地よくてすぐに仲良くなった。

 元々仲良くやってはいたが、私が一時、中学生にして人間関係に疲れてとても荒んだ時に彼女に精神的に寄りかかり、そこから親友になった。

 彼女は独りになりたくない、でも人に合わせることに疲れたと言うと、何も言わずに傍に居てくれた。彼女と出掛けてもヘンな気を使わなくても良いのが本当に楽で、私がすっかり彼女になついてしまったのだ。

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