Episode-3.孤高の緋桜
入学式から帰宅後、お昼であるのにも関わらず、
自宅のソファーにて、目の前の状況を理解するのに全力を注ぐ彼の目の前には、今正に問題となっている一人の少女が座っている。
「この『ココア』って飲み物凄く美味しいです、気に入りました!」
「………そりゃ良かったよ」
達哉が差し出したココアの味に、黒髪を揺らしながら大満足と言ったように笑顔を咲かせる、
桜がココアを飲み終わるのを見計らい、達哉はずっと聞きたかった疑問を彼女にぶつける。
「………桜、って言ったよな?何でお前は俺の家に居たんだ?」
すると桜は、キョトンとした表情を浮かべながら達哉を見詰め返した。
「何言ってるんですか、先程までずっと一緒でしたよ?」
「………は?」
先程まで一緒?………この少女と?
一体この少女は何を言っているんだ?
もはや達哉の頭はヒートアップ寸前だったが、爆発しそうな思考回路を辛うじて静め、引きつったような笑みを彼女に向けた。
「ず、ずっとって、今日が初対面な筈なんだが………どこに居たんだ?」
狼狽しながらも話を進めると、桜はぷくっ、と頬を膨らませ不機嫌そうに睨み付けた。
「忘れるなんて酷いです。私を家に入れないようにしたり、追いかけたりしたくせに!」
「………」
ぷんぷんと膨れっ面を見せ、わざとらしく怒りを表現する彼女を数秒眺めた達也は、溜まりに溜まった思いの丈を脳内で余すことなくぶちまけた。
………やっぱ、こいつが何言ってるか分からねぇっ!!
言語は日本語の筈なのに、どうしても理解出来ないこの状況。若干の怒りと焦りを感じつつも、達也は冷静に頭を働かせる………が、それよりも圧倒的に速く働く達也の『武器』が、彼に虫の知らせを感じさせていた。
もし、その予感が正しければ、長年受け継がれてきた『常識』を覆すことになってしまうだろう。
「………もしかして、お前って………」
あり得ない、あり得る筈がないと頭の中で繰り返し、達也は意を決してこの言葉を投げ掛ける。
達也の言わんとしていることを察したのか、桜は満面の笑みを浮かべながら先を取り次いだ。
「はい!あの『黒猫』、あれが私、桜なのです!」
刹那、達也の体に強い衝撃が駆け巡る。
自身に都合が悪いことにのみ、鋭く冴え渡ってしまう『勘』。助けられてきた面も多々あるが、今回ばかりは恨まざるを得なかった。
『
動物から人間、または人間から動物等に変化し、姿を意のままに変えることのできる能力。ゲームやネット等のフィクションの世界で人気を博しているこの現象が、たった現実世界で起きている。
声も出せず、ただただ目を見開き驚く達也を、桜は悪戯っ子の様に目を細め、にやにやと見詰めだした。
「あ、その顔はまだ信じ切れていませんね?………ふふん、そうくると思ってました!」
桜はゆっくりと立ち上がり、手を胸の前で組み目を閉じて、それっきり動かなくなってしまった。
何事だと不審がる達也の前で、ボンッという爆発音と共に桜は白い煙に包まれる。もくもくと上がる煙の中から現れたのは、見覚えのある一匹の黒猫だった。
黒のブレザーと猫耳つきの白色ニット帽、綺麗な緋色に染まっている愛くるしい小さな目、その姿は正しく………
「………さっきの黒猫………」
茫然とした様に呟く達也を見た
「信じてもらえたみたいですね」
「………ああ、充分過ぎるほどにな………」
「そうですか、それなら良かったです!」
「全然良くないんだが!?」
痛くなり始めた頭を押さえながら、意気消沈といったように溜め息を吐いた。ファンタジー等々の知識に乏しい彼にとって、この現実は些か辛いものがある。耐性がない分、彼の脳回路は甚大な損傷を受けていた。
「………さて、そろそろ本題に移りましょうか」
今まで笑顔を絶やさなかった桜の表情が一変する。
真剣な眼差しで達也を見捉えるその姿は、これから話す事の重大さを物語っていた。
「単刀直入に言います、神城達也様。この世界、地球に住む全人類を救うため、私にそのお力を貸して下さい」
一点の曇りの無い真っ直ぐな瞳で話す桜。冗談を言っているようには見えないその姿に、達也は思わずたじろいでしまう。
もし、達也ではない他の誰かがこんなことを問われたら、どんな反応を見せるのだろうか。世界を救うまたとない好機に胸を踊らせるのか、自分には不可能だと回避の道を辿るのか。
少なくとも、達也は後者であった。
「何故そうなると分かるんだ、何か証拠でもあるのか?」
達也がそう問うと、桜は悔恨に溢れた瞳を隠すように伏せた。
「………証拠は、ありません。ですが、確信ならあります。このままいけばこの世界、いえ、この世界に住む全人類は、絶滅の道を辿るでしょう」
「そうか………なら、悪いが他を当たってくれ」
達也の出した答え、それは桜の想いを見放すことに等しいだろう。だが、達也にはそれを信じている余裕はなかったのだ。
銷魂の念に駆られている桜と、諦めようとしない自分の良心を納得させるため、せめてもの慈悲だと考えながら事訳を話し始めた。
「証拠も確証も無いし、突拍子もない。大体、全人類が滅びるような大事を、俺が解決できるとも思わない。こればっかりは、俺にはどうすることも出来ないよ」
これで良い、達也は痛む良心を現実的な理性で抑えつけながら、立ち上がる。
………だいたい、全人類が滅ぶようなこと、"ただの人間"には解決しようがないのだ。それこそ桜のような超生命体や、強化された人並外れた者等が適任であろう。
彼女が存在するということは、そういった輩がいないとは限らないのだから………
顔を伏せて悲しみに暮れる桜をできるだけ見ないようにしながら、空いた二つのコップを持ち上げた。
「………もう時間も遅い、親を心配させる前に早く帰った方が良いぞ」
桜に一声かけるが、顔を上げようとはしなかった。こうなっては仕方ない、達也はコップを片付けるために桜に背を向け、台所に向かって歩き始めた。
………刹那、
「………
達也の歩みが止まる。
耳に良く馴染んだその響きは、達也が探し求めている『あの』人物の名だった。
「………な、何で、何でその名を………」
声の主、桜はゆっくりと立ち上がり、鋭く冴えた瞳で真っ直ぐ達也を見詰める。
その瞳は正しく、手段を選ばず獲物を狩る、『獣』のそれであった。
「三年前、突如として姿を消した貴方の叔父、神城佳祐。私は彼の行方を知っています」
「っ!?」
達也の表情が驚愕に歪む。
「………脅すつもりは無かったのですが、何しろ人類の生死が懸かっているんです………手段を選んではいれません」
性に合わないのか、桜は顔をしかめ不機嫌さを表情に出す。しかし、達哉にとってこの脅しは最大級のチャンスでしかなかった。
今まで必死に探してきた手掛かりが、掴めそうな程近くにある。この好機をやすやす手放す程、彼は臆病ではなかった。
「………俺は、佳祐叔父さんを見つけるためなら何でもする。三年前に、そう決めたんだ」
自分自信を諭すかの様に、ゆっくりと穏やかに、想いを吐き出していく。
「そして、やっと見つけた。恐らく最初で最後の大きな手掛かり………逃げるわけにはいかない」
桜はただじっと、彼を見詰めている。
平凡な日常を捨てる覚悟を決めた達也は、不適に微笑み、自らの右手を桜に差し出した。
「………契約成立だ、佳祐叔父さんを救うためならしょうがねぇ、序でに世界も救ってやるよ」
自信満々に言い切るその姿を見た桜は、優しく人々を照らす太陽のように眩しい笑顔を浮かべると、差し出された大きな右手を、その小さな左手で迎えた。
「これから宜しくお願いします、『ご主人』!!」
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