Episode-4.龍聖、召喚
猫に変化することができる不思議な少女、
この二人が世界を救うため、共同戦線を張ってから一週間が経過した。短いようで長かったこの七日間の間に、達也は三つの重大なことを桜から教えられていた。
ーー
一つ目。
地球人が住まうこの地球の他にもう一つ、別次元の『異世界』が存在していたという事実。
もう一つの世界の世界、通称『アルレオーネ』は、魔法や言葉を話す動物等々、現代科学では解明できないような、ファンタジーな事柄で溢れている。
そして達也の叔父、
ー
二つ目
『アニマ』という不思議な力が存在すること。
アルレオーネで一般的かつ、最重要項目として取り上げられているのがアニマの存在。これは魔法使いで言うところの魔力に当たるもので、全住民がこの力を保有し、様々な形で利用している。
この力を封じ込めた『アニマストーン』を応用した佳祐の強制転生実験、『獣神化』。それにより生まれたのが、人間と獣を超越した存在『獣神』桜という訳なのだ。
ー
最後の三つ目。
全人類を滅ぼさんとする敵の正体について。
佳祐の実験によって生み出されたのは桜だけ、という訳ではなく、彼女の他に八人もの獣神がいる。彼らは三年前、自身の
達也達、地球人にとっては何とも身勝手な解釈だが、それによって人類滅亡の危機に晒されているのは事実。彼等を止めることに越したことはないだろう。
ーー
「………良く良く考えてみると、とんでもない話だよなぁ………」
達也は窓から空を見詰めながら呟く。
空は雲一つない快晴、常人なら晴れやかな気持ちになるのかも知れないが、そんな気持ちになれる筈もない達也は、盛大に溜め息を吐き出した。
「おいおい、こんな良い天気になんつー溜め息吐いてんだよ、元気出せ、元気!」
「………入学式の後からずっとそんな調子だけど………大丈夫か?」
意気消沈の達也の後ろから、元気な声と落ち着いた声とが響く。振り返ると、入学当初から彼に関心を寄せる、二人の少年の姿があった。
「
入学式の二日後の席替えで互いの席が近くなったことを切っ掛けに、色々と話すようになった。
「………ちょっと厄介な猫を拾ってな、大変なことになってんだ………」
ため息混じりの達也の言葉に、天然ブラッシュショートの髪が特徴的な一颯が答える。
「あー、捨て猫か、それはしょうがないな。俺んちでも飼ってるけど、躾とかも大変だったし」
苦々しい実体験を思い出したのか、ガクッと肩を落とす一颯。
そんな一颯の隣で、新太が羨ましそうに目を輝かせた。
爽やかな印象を持たせる彼のスマートショートの髪が、窓から吹く風によってゆらゆらと揺れていた。
「いいよなぁ、猫ぉ~………飼いたいけど、うちマンションだからペット禁止なんだよな………」
双方の自由な意見に、達也は思わず苦笑いを浮かべる。
『拾った猫が人化できる獣神で、その猫から一緒に全人類を救ってくれと言われた』ことなど、彼等は夢にも思っていないだろう。
「………まぁ、そんなこった。心配させて悪かったな」
「いや、謝んなくても良いけど………見かけによらず律儀だな」
「おい、見かけによらずとはなんだ、見かけによらずとは」
驚くほどに素早い達也の突っ込みに、新太と一颯は盛大に吹き出した。楽しそうに笑う二人の姿に、達也も釣られて笑みを溢す。
今まで他人と関わってこなかった達也には、この何気無い日々も少しだけ輝いて見えた。
人付き合いって、案外悪くないかもしれないな………
この一週間は達也にとって、良い意味でも悪い意味でも充実した一週間となったのだった。
ーーーーーーーーーーーー
その頃、隣の1年B組では………
「………達哉君とクラス離れた………」
「………楓、あんたまだ落ち込んでたの………?いい加減元気出しなさいよ………」
「楓だって、元気ないじゃん………」
「「はぁ………」」
長年の繋がりなど何処吹く風、幼馴染みの二人は見事に達哉と他クラスに別れ、笑う達哉とは裏腹に意気消沈としていた。
ーーーーーーーーーーーー
自宅に着いた達也が玄関を開けると、黒ブレザーに白猫耳ニットの少女、桜が彼を出迎えた。
「お帰りなさい、ご主人!」
「………ああ」
『ご主人』、桜が達也をこう呼ぶようになったのは、彼女と出会った一週間前。当時の彼は居心地の悪さに身がよじれる様な思いを抱えていたが、何度も呼ばれていく内に何とも思わなくなってしまった。
慣れの恐ろしさを改めて知った達也に、桜はぎゅっと抱きついた。
「やっぱり一人でお留守番は寂しいです………」
「そんなこと言ったってしょうがねぇだろ、連れてくわけには行かないんだから」
「むぅー………」
桜は不満気に頬を膨らませながら達也を睨み付ける。彼はそんな桜を慰めるように、優しく撫でながら微笑んだ。
「全ての時間をお前に使うってのは流石に無理があんだろ。その代わり、俺が居れるときは存分に甘えていいから。だから我慢してくれって、な?」
すると、先程まで拗ねていた桜は急に縮こまり、顔を紅潮させ視線を逸らしだした。
その不自然さに不審さを覚えたが、何時までも玄関にいる訳にはいかない。達也はいまだに目を合わせようとしない桜をひょいと抱き抱えると、リビングに向かって歩きだした。
「っ!!?な、何するんですか、ご主人!!」
顔中を真っ赤にさせながらあわあわと慌てふためく桜を、達也は悪戯っ子の様にせせら笑った。
「ん?寂しかったんじゃないのか?」
あまりにも板に付いたその笑みに反論する気を無くした桜は、大人しく達也に運ばれていく。
「………こ、これは反則ですよ、ご主人………」
この一週間見てきたクールな達也からは想像もできない大胆な行動に、巷で有名な『ギャップ萌え』なるものを抱いた桜。思わず隠しきれない想いが口から溢れてしまう。
至近距離にも関わらずその想いを聞き逃した達也は、首を傾げて桜に問い掛けた。
「あ、今何か言ったか?」
「なんでもないですっ!!」
ーーーーーーーーーーーー
夕食を食べ終えた二人は、リビングにて今後の行動について議論を交わしていた。
約一時間程話し込んだ際に出た課題、それは単純且つ凄まじく大きな問題であった。
それは………『戦い方を知らない』ということ。
八人の獣神達は本気で人類を滅ぼそうとしている。それを止めようとするならば、彼等との全面戦争は避けて通れない道なのだ。
幸いにも桜は獣神達から戦い方を教わっていたが、達也は全くの素人。良くて彼が小学校低学年の頃にした、取っ組み合いの喧嘩位である。
「………この問題をどうするかだな………」
「そうです………が、心配は要りません!要は戦い方さえ覚えてしまえば問題ないのです!」
先程まで険しい表情で悩んでいた筈の桜が、ふと目に輝きを取り戻す。何事だと目を丸くする達也の手を取り、ブンブンと上下に振りながら解決策を提示した。
「来月のGW《ゴールデンウィーク》の五日間、強化合宿をしましょう!」
「………きょ、強化合宿?」
振られる手に若干の痛みを覚えながらも、何とか堪え桜に疑問符を投げ掛ける。すると彼女は達也の手を離し、さも得意そうに無い胸を張った。
「そうです!そして、合宿の前にも特訓を少しずつ重ねていけば、合宿が終わった頃には格段に強くなっていることでしょう!」
『強化合宿』、今まで聞くことがなかった響きに、達也は秘かに興奮を覚えた。今まで特訓するような機会から遠ざかっていた彼にとって、とても新鮮であると同時に、抑えてきた"少年心"をくすぐるものだったのだ。
近年初めてみる感情の波に気取られそうになりながらも、何とか落ち着かせ、以前から気になっていた事を桜に訊ねた。
「合宿と言っても、どんな方法でやるんだ?武術とかを特訓すんのか?」
達也の問いに、ハッと驚きの表情を浮かべる桜。どうやら、その事が頭から抜けていたらしい。
「そ、それは決まってます!えぇ、決まってますともっ!」
まるで忘れていたことを取り繕うかのように、わざとらしく声を張り上げると、こほんと一つ咳払いをした。
「………ご主人には『剣術』を学んでもらいます。私も一応剣術使いなので、大半のことは教えられる筈です」
空手や合気道等の普遍的な武術を想定していた達也は、桜の予想外の回答に戸惑いを隠せなかった。
それに、剣術には実際問題、相手の生死が深く関係してきてしまう。例え相手が人間ならざるものだとしても、一歩間違えれば殺める可能性があることも見過ごせない。
その考えを桜に伝えると、
「あぁ、その事ですか、それは大丈夫です!実はちゃんと理に適った解決法があるんですよ」
と、自信満々に言い返してきた。
「解決法?」
達也が
「………『
桜が小さく呟くと、桜色の粒子と共に小さな扉が現れる。その扉に手を突っ込み勢い良く引き抜いたかと思うと、桜は一つの『剣』を取り出していた。
それは平安時代末期に生み出され、それ以降日本で幅広く使用されてきた剣、『日本刀』だった。
柄が持ち主と同じ綺麗な緋色に染まっており、切羽に桜の模様が施されている。刀身は磨き込まれているのか、銀色の光沢が辺りを美しく照らしていた。
「………す、すげぇ………」
目の前で繰り広げられた神秘的な光景、その際に取り出された刀の美しさに、達也は完全に魅了されていた。
何かを見て『感動』する、これも達也が失っていた感情の一つなのかも知れない。
「これが私の愛刀、『
桜は感触を確かめるように、刀を小さく振る。その度に刀は空を切り、風切り音を鳴らしていた。
「つまり、これは『対獣神用の武器であり、相手を傷つけたり、殺したりする道具ではない』という訳なのです。まぁ、相手のアニマを減らし過ぎると相手が死んでしまうのですが………そこは加減次第ですね」
器用にも刀を弄びながら解説する桜、唖然としていた達也は感慨深く呟いた。
「………これは凄いな………俺にも出来るのか?」
「もちろん、できますよ」
桜は同意と共にソファーから飛び降りた。刀を所持していない方の手を、先程のように前に突き出す。
「こんな感じで手を掲げて、『
達也なら出来る、そう信じて疑わない桜はいつもと変わらぬ自然な笑顔を彼に向ける。そんな彼女とは裏腹に、達也は名状し難い不安を募らせていた。
一週間前にも教わった通り、桜を初めとする獣神達は『アニマ』という能力を持っているからこそ、あのような常軌を逸した現象を起こせるのだ。
何も持っていない自分に出来る訳がない、達也はそう思っていた。
………しかし、
「………こうか?」
達也は桜と同じように手を突き出していたのだ。
出来ないと思っていた筈なのに、何故行動に移したのか、それは達也本人でさえも分かっていなかった。
ただ一つ、桜から向けられた『信頼』、これだけは裏切りたくない、という強い意志だけが彼を突き動かしていた。
「はい、その状態で呪文です!」
「………よしっ」
達也は大きく深呼吸し覚悟を決めると、全神経を突き出した右腕に注ぎ呪文を唱えた。
「
刹那、達也の前から銀色の粒子と
「ご主人、武器を取り出して!」
突如として響く桜の声に我を取り戻すと、
手を彷徨わせるようにして武器を探していくと、触り馴れない感触が手に伝わる。達也は無我夢中で、『それ』を引っ張り出した。
「………に、日本刀………?」
今彼の手には桜の愛刀『緋桜』と同じ、日本刀が握られている。日本刀故か、彼女の刀とほぼ同じ造りでできていた。
違う箇所は緋桜よりも刀身が長く、柄が黒く染められている事のみであろう。
「俺にも………出来た、のか?」
『自分もアニマを所持していた』。規格外の衝撃事実に、達也の手は震え始める。
桜はそんな達也の手に自身の手を重ねると、優しく握りしめながらにっこりと微笑んだ。
「どうですか、今の心境は?」
彼女のおかげで大分楽になったが、震えは止まる気配を見せない。そんな中でも達也は無理矢理口の端を上げて見せた。
その笑みは強張っていて弱々しく見えたが、続く言葉はそれを帳消しにするほど力強いものであった。
「………あぁ、最高だ、燃えてきやがる」
その後、達也は生まれつきアニマを所持していた『百年に一つの奇跡』であることが分かった。
初めから『達也に平和な日常が来ることは無かった』。それは産まれてくる前から決まっていた、揺るがない事実だろう。
しかし、この奇跡を嬉しく思えた彼がいる、それもまた、事実であった。
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