銃とメイドと異世界生活
必要な心構え
いつの間にか寝てしまっていたのか、薄暗い迷宮の小部屋、その壁に座り込んだところで目をさました。いつの間にか体にかかっていたブランケットを剥いで、不自然な体勢で凝り固まった体をほぐす。その音で灯りの側にいたサマンサがこちらに気づいた。
「おはようございます」
「悪い。寝てた」
昨夜、先に不寝番をしていたサマンサとタバサと交代した時は、ベガとのペアだったはずだが、そのベガもサマンサの膝枕で寝息を立てている。二人とも寝こけてしまったのだろうか。ベガを起こさないようにしながらサマンサの隣に移動する。
「お疲れだったんでしょう。昨日はタバサの事があってから、ずっと気を張ってらっしゃいましたから。もう暫く休んでいらしても構いませんが」
「いや、もう起きる。サマンサこそあんまり寝てないんじゃないのか?」
言ってから気づいたが、不寝番に立っていたはずがすっかり寝こけていたやつが言う言葉じゃないな。
サマンサも少し呆れたようにこちらを一瞥したあと、小さくため息をついて膝で眠るベガの頭を撫でる行動に戻る。タバサはまだテントの中で寝こけているのか、時折テントの方からむにゃむにゃという寝言が聞こえてきた。
「話に聞くのと、実際にやるのとではやはり勝手が違いますね」
暫く二人とも黙ったまま、俺が寝ぼけた頭でぼーっとしていたら、ポツリ、とサマンサがそうこぼした。少し慌ててサマンサの顔を見るが、サマンサの視線はベガの方を向いたままだ。
「それなりに上手くやっていく自信はありましたし、ベガやタバサが怪我をする可能性というのも、覚悟はしていたはずなんですけどね」
サマンサは、ベガの頭を撫でながら言葉を続ける。俺もそうだが、全員にとって昨日のタバサが怪我をしそうになった一件はショックだった。迷宮に連れてくるなんて行動をしていれば、そんな事は当然なはずなんだが甘かったとしか言いようがない。
「あー、なんだ、別に無理して付き合わなくてもいいんだぞ。迷宮に入らなくても、暮らして行く分には野良モンスターでもやって行けるんだし」
というか、正直なところもう迷宮はいいんじゃないかと思う。リスクとリターンという意味でも、サマンサが目標に掲げている屋敷とやらは先が長すぎる。
「そうやって全てを旦那様に頼りっきりになれっていうんですか?」
別にそれでも構わない、何の気負いもなくそう思う。いつの間にか俺の意識の中でサマンサたちの面倒を見るのが当然になっていることに気づいて少し愕然とする。思いの外、サマンサたちを身近に感じているらしい。というか、もう身内の感覚だ。
地球じゃそんなに簡単に他人を信じられる人間じゃなかったはずなんだけどな、と苦笑する。どちらかというと、信頼を無理やりぶち壊して、やっぱり信じられなかったって安心するような人格破綻者だと自分では思っていた。
高校のある事件からちょっと人間不信気味なはずなのに、こんなに簡単に身内を作るなんて、思った以上に異世界に一人という環境は寂しかったらしい。自分が思ってる以上に寂しがりやだったことに気づいて嘲笑してやりたい気分だ。
「どうかしましたか?」
ぼうっと、自分の思考に溺れていた俺を不信に思ったのか、いつの間にかサマンサが顔を覗き込んでいた。
「あー、何でもない」
「………まぁ、いいでしょう。ええと、何の話をしていたんでしたか。そう、旦那様に全てを任せっきりにするとかいう話でしたね」
「別にそれでも良いんじゃないかと思うけど」
じっと、心を読むかのように見つめてくるサマンサの視線から逃げるように顔を背ける。ちょっと情けないことを考えていたので、今だけはサマンサのふざけた読心術は勘弁してほしい。
「最初、私がお伝えした事を覚えていますか?旦那様に買い取って頂くと決まった時に」
急に何の話だかわからん。一応、思い出そうとはしてみるが、何か特別なことなどあっただろうか。
黙っている俺を気にした風もなくサマンサが言葉を続ける。
「後悔はさせないと、そう申し上げました」
「そうだったっけか。それがどうかしたか?」
「別に、意味はありません。もう一度、お伝えしておきたかっただけですから」
意味がわからなくて、馬鹿にされているようにも感じるが、サマンサの顔は真剣だ。意味がわからないのでどう返せばいいのかもわからない。見つめ合ったまま時間が過ぎて、沈黙が妙な緊張を強いてくる。なんか喋ってくれると非常に助かるんだけど。
「んぅ………。といれ」
その沈黙を破ったのはサマンサの膝で眠っているベガだった。まだ寝ぼけているのか、目をこすりながら起き上がる。
やっぱりベガさんは俺の守護天使だった。
さっきまでの雰囲気のせいで固まったままの俺を尻目に、サマンサの方は何事もなかったように、ベガに声をかけながら手をとって小部屋の出口に向かう。
迷宮の中だ。所用は基本的に物陰ですます。小部屋といってもしっかりとドアがあるわけではないので小部屋の外、結界の範囲ギリギリで済ますつもりなんだろう。
視界からサマンサたちが見えなくなったところで、大きく息を吐く。何故かはわからないが非常に緊張していた。脇汗がすごい。意味がわからん。
「旦那様、ちゃんと耳を塞いでください!」
小部屋の壁の向こうからサマンサの声が聞こえてきた。
確かに意識すれば水の音らしきものが聞こえてくる気もするけれど、なんで見えてないはずなのにわかるんだ。
***
「やっぱり、戦闘を旦那さまにおんぶに抱っこで頼りきってるのが問題なんだよ」
朝食として、パンにソテーした肉を挟んだものにかぶりつきながら、タバサがそう切り出した。
よく寝れたのか、昨日のことなどなかったかのように元気だ。寝る前までは結構ショックを受けていたはずなんだが、そんなに簡単に、それこそ一晩寝た位で忘れられるものなんだろうか。
「そうはいっても、戦闘においては邪魔にはなっても私たちが助けになるのは難しいよ」
「だからさ、もっと色々試してみればいいんだよ。昨日は僕もちょーっと焦ってやらかしちゃったけど、昨日もあの盾だってあったんだから、それで身を守るくらいはできたはずなんだし。問題は全部旦那さまに任せていれば大丈夫っていう気持ちだったんだよ」
モグモグと、手に持ったパンをかじりながらタバサとベガで言葉を交わしている。食欲も旺盛で、タバサなんか今持っているパンの前に既に3個を平らげていたはずだ。なんというか、子供っていうのは逞しい。色々と気を揉んでいた俺は何だったのだろうか。おかわりを用意しているサマンサの方も苦笑している。
「タバサはどうすればいいと思うの?」
「そこが問題なんだよねぇ。何がダメかはわかってるんだけど、じゃあどうすればいいのかっていうのは、うまいアイディアが思いついてるわけじゃないし」
うーん、と行儀悪く口にパンを咥えたまま腕組みをして考え込むタバサ。サマンサがその口からパンをもぎ取って、会話に参加する。
「必要以上に難しく考えることはありません。任せっきりにしていたことが問題だと気づいて、自分たちが何をできるか、と考えているだけで昨日みたいなことは防げるでしょう。ただ、二人とも怪我には気をつけてください。甘っちょろい旦那様はあなた達が怪我をすると、もう2度と連れてきて頂けなくなるかもしれませんよ」
「「はーい」」
そこで俺をダシにするんじゃない。確かに怪我はして欲しくないが、なんかその言い方で納得されると俺がいかにも狭量みたいじゃないか。
憮然としたままパンにかぶりつくも、3人の方は気にせずあーでもないこーでもないと話をしている。結局朝食の間に何か新しいことが決まることもなく、当初の予定どおりこのまま5階層で狩りをすることになった。
帰ろっか、なんて言い出せる空気じゃなかった。おかしいなぁ。俺って彼女たちの所有者っていうことになってたはずなんだけど。奴隷とその所有者ってどんなんだったっけ。
「旦那様も、さっさとお食事を済ませて準備してくださいね」
わかってるから、わざわざ確認しに来なくていいよ。今更異を唱えてごちゃごちゃするのも面倒だし。
残り半欠けといったくらいのパンを口の中に収めて、立ち上がる。料理の後始末に関しては戦力外だとしても、その他の荷物を片付けるのに関してはそれなりに助けになるだろう。
***
さて、狩りなんだが、昨日同様銃乱射マンが降臨するかと思いきや、タバサが先ほどのアイディアを試したいということで盾装備で斥候をしてみることになった。
サマンサもベガも賛成してしまったので、俺が反対してもあの手この手で説き伏せられるのは当然でしたね。
「わかってるのなら無駄な時間をかけないでください」
酷い。
「今日の予定は?」
「5階以降はモンスターの数も増えてくるので、今日のところは5階層で様子見です」
「そろそろホームシックになったりとか」
「ならないよ!」
子供達は逞しい。俺はもうお天道様が恋しいのに。
「ベガ、旦那様はフィールド型のダンジョンが好みのようです」
「わかりました。帰ったら一番近いところをメルティアお姉さんに相談してみますね」
くそ、お天道様が見えるダンジョンってあんのかよ!
はぁぁ。何でこんな薄暗いジメジメしたところで根暗なモンスターイジメなんてしてるんだろう。
「アーチャー2匹、来たよ!」
ぐだぐだしてても、モンスターの前でまで気が抜けた状態ではいられない。いつものように光に映り込んだところでシューティング。倒れこんで、霧散、と。いつものようにタバサが先行して魔石を確保する。
魔石に関して、一つ一つはかさばらないと言いつつも、こんだけ狩り続ければそれなりの量になる。タバサが拾ってきた魔石をサマンサがカートの上に置かれた大袋の中に突っ込んだ。最初はこんな大きい袋なんて必要なのかと思ったけど、もう半分近く詰まってる気がする。それなのにまだまだ帰ろうとはしないうちの女性陣。はぁ憂鬱だ。
「旦那様、もう少しシャンとしていただかないと」
「お腹は空いてないけど、力が出ないんだ」
「帰ったらたっぷりサービスして差し上げますから、もう一踏ん張りお願い致します」
だからそういうことを子供たちの前で話すのは禁止。子供は結構こういう話に敏感なんだから。
「でしたら、警戒をしっかりお願いいたします」
はいはい。
なんだかんだ、話しながらでもよっぽどのことがない限り安定はしている。タバサの罠検知に索敵は完璧だし、ベガの誘導もしっかりしてる。サマンサは俺が気付く前に、銃のリロードを指示してくれるから、それこそ銃撃マシーンにでもなった感覚だ。
もう今日だけで何回目かわからないほどのシューティングを繰り返し、代わり映えのしない迷宮内の風景に精神的に追い詰められて、意味もなく叫びだしたくなる。そうか、ゴブゴブどもが騒ぎ立てずにはいられない病気を患ってるのはこの風景のせいに違いない。早く帰らないと、ゴブリンが発症している疾患を俺も患うかも。だから、早く帰ろうとか誰か言い出さないかなぁ。
昨日の焼きまし、分岐路での遭遇戦が起きたのは、丁度俺がうがーって意味もなく叫んで、3人にこっぴどく叱られた後すぐだった。
3人してあんなに怒ることないと思うんだけど。
「アーチャー3!」
先行していたタバサが鋭い警戒の声を上げて、昨日とは違ってすぐに邪魔にならないよう端に寄る。そして盾を構えて後退してくるが、昨日盾に矢が偶然当たって助かった時よる随分距離が近い。確かにこれならば射線を確保できるので、普通に接敵するのと大筋は変わりはないが、矢をつがえた状態のオークアーチャーを見るのは肝が冷えた。
できうる限り早くオークアーチャーを撃ち殺しても、彼我の距離が近い分、1匹には攻撃を許してしまう。昨日の嫌な記憶が蘇る。しかし、タバサに向かった矢は、盾に当たってあっけない音ともに地面に転がった。
「あ、あはは。案外、こんな薄い盾でも大丈夫そう」
皆の口から安堵のため息が漏れる。当人もやる気に満ち溢れていてもそれなりに緊張していたんだろう、気の抜けたような声を出しながら、盾の状態を確認している。
銃にしろ、スーツケースにしろ、こっちの世界に来てから謎進化を遂げているので、あの盾の方も頑丈になったりなんかっていう進化を遂げているんだろうか。あの警察が持っていた盾は軽い分、こっちのファンタジー装備なんかと比べるとかなり薄い上に何というかちゃちい。
「まぁ、案ずるよりも生むが易しってところですか。この調子でどんどん狩りますよ」
「アーチャーに関しては何とかなりそうだから、後はメイジさえ何とかなれば大丈夫そうですね。まだ会ったことないよね?」
「会ったことはあるけど、何かする前に旦那さまが倒しちゃってるから」
俺のせいじゃないぞ。安心安全をモットーに見敵即殺してるだけだもん。
「誰も旦那様の所為だなんて思ってませんから、そんなに身構えないでください」
「そうですよ!むしろ、すぐにやっつけられるご主人様はすごいと思ってます!」
さすが俺の守護天使は優しい。サマンサも、もっと俺を甘やかすべきだと思う。俺って褒められて伸びるタイプだし。
「話を戻すけど、メイジの攻撃は時間がかかるみたいだから、旦那さまの武器だったら大丈夫そうだよ」
「タバサはもっと下層へいきたいの?」
「というか、旦那さまが結構思いつめちゃってるみたいだから、下層でさっさと当初の予定分の魔石を稼いで帰ってあげてもいいんじゃないかと思う」
「あー、さっき突然叫んじゃったのはびっくりしたもんね」
何だろう。子供たちの間で俺の威厳が地に落ちてるどころじゃなく、穴掘って埋まってるレベルになってる気がする。
「自業自得です」
俺もそんな気はするけど、もっと優しい言葉があってもいいじゃないか。
***
そしてやってきました、第9階層。っていうか何で攻略最前線に来てるの?意味がわからないんだけど。
あの後、タバサの言葉によって、より深部を目指すということが決まり、あれよあれよという間にこんなところまで進んできてしまった。出てくる敵の分布も悪いんだ。殲滅速度が早い分、敵の数が多くてもアーチャーの割合が少ない深部の方が俺の武器には合っているということがわかり、撤退を支持する俺の意見は無視されつつ満場一致でどんどん先に進むことになって、ついにはこんなところまできてしまった。
「9階層は現在判明している最深部だけど、正直ここまで来るつもりはなかったから地図は用意してないの。だからタバサもこれまで以上に慎重にね」
「どうせでしたらこのまま10階層へ行って攻略してしまうのもいいかもしれませんね」
「さっきと言ってることが違うだろ。9階層を少し見てみたら帰るって言ったから諦めてここまで来たのに」
「そこはほら、運良く階段を見つけられたら、ってことで」
ノリノリのタバサとサマンサは意味がわからないことを話している。この9階層に来るまでにも、毎回階段前で次の階層で様子を見たら帰ろうという甘言に騙されて進んできたが、計ったかのように次の階段にぶち当たる。そして、どうせだから次の階層も様子見に、と。ベガに確認しても、別に誘導はしていないといってはいるんだが、さすがにこれ以上は本気で嫌だ。ここは、断固として………
「旦那様、ここで辛抱すれば、旦那様がどうしても行きたがっていた温泉へ行く余裕が生まれますよ?」
む、温泉か。
この世界にも一応風呂文化があるので、温泉も存在しているらしい。サマンサがどこからか仕入れてきた情報で、ずいぶん遠出をした先の火山の近くにその桃源郷はあると言っていた。当然その日暮らしな俺には無理だと、涙を飲んで諦めていたんだが。
ふむ、温泉である。
温泉なんて、かれこれもう何年も行っていない。アメリカにも温泉というか、ホットスプリングは存在してるんだが、バスタブに水着着用、と全然風情がない。そしてぬるい。なんて言うか温水プールに浸かってるような感覚だった。
そして、温泉なのか。
「頑張れますよね?」
「しょうがない、階段があったら、だよな」
「当然です」
これはしょうがないと思う。そのぐらい甘美な誘惑だし。別に率先して攻略しようとは思わないけど、地図がない状態で意図せず階段が見つかってしまうっていうことは、これはもう神様の思し召しとしか言いようがないだろう。
「さすが、サマンサ姉。完全に旦那さまをやる気にさせちゃったよ」
「やっぱりここ一番では、サマンサお姉さんにはかなわないね」
こそこそと話し合っているタバサとベガなんて目に入らないし、声も聞こえない。聞こえないったら聞こえないの。さぁ、さっさと先に進むぞ〜。温泉、じゃなくてご飯の種が待っている。
とはいえ、9階層ともなれば一回に接敵する敵は結構多い。しかも、接敵する1グループに少ない時でも5~6匹、多い時は10匹近い数にもなる。俺なんかだと、あっという間に終わるからいいが、1匹1匹狩る他の冒険者だと1グループを相手している間に次のグループが寄ってきて乱戦、みたいな状態になる事もありそうだ。ここまでくると、出会ってすぐ瞬殺という訳にもいかないので、サマンサやベガの弓もそれなりに活躍していた。
「旦那様、そろそろ銃に補充しておいたほうがよろしいかと」
「あー、了解」
9階層に降りてから何度目かの殲滅の後、サマンサがスーツケースを開けて声をかけてくる。敵の量が多いのでリロードの頻度もかなり高くなっていて、この瞬間はすぐに交戦準備を整えられないので少し怖い。
「いちいちスーツケースから補充しなきゃいけないのはだるいよな」
「十分すぎるくらい強いんですからこのくらいのデメリットがあってもいいと思いますよ」
銃のマガジンを取り出してスーツケースの靄にくぐらせる。少し薄くなっていた黒い靄はまた闇色に変化した。マガジンを銃身に戻し、リボルバーの方のシリンダーを出したところでふと考える。
スーツケースの方の黒い靄は魔石で補充しているのだから、もしかすると銃の方も魔石で補充できるんではないだろうか。スーツケースの方はまだ魔石で補充できているとは確定しているわけではないが、四次元に消えていっているんだから、多分それほど間違った解釈ではないと信じたい。それも、銃の方に魔石で補充できればほぼ確定と言って良さそうな気がする。
そうと決まれば、と思いつきをサマンサに相談してキャリーの上にある袋から幾つか魔石を取り出してもらう。リボルバーの銃身から脇にずれたシリンダーに向かってつかんだ魔石を入れようとしたところで、はたと気づく。
どう考えても、シリンダーに空いた穴の大きさに魔石が合ってません。こいつは盲点だった。黒い靄はシリンダーの穴の中にあるので、突っ込めない。なにくそ、と絶対無理なのはわかりつつシリンダーの穴にグリグリと押し付けてみる。
すると、シリンダーの穴に触れるやいなや、魔石が先の方から砂のように崩れて穴に吸い込まれていくではないか。おおう。1秒もしないうちに指先でつまんでいた筈の魔石は全て粒子になってシリンダーに吸い込まれてしまった。一つの魔石で結構靄の濃さが増えている。2個、3個と入れていくが、これって際限はあるんだろうか。そのくらい変わりなくどんどん魔石は消えていく。ちょっと楽しくなってきた。
「旦那様」
入れた魔石が10を超えたあたりで、サマンサにいい加減にしろ、と怒られた。顔を上げてみると、3対の呆れた目が視界に入ってくる。
「いや、どれくらい入るのか確認しようと………」
「今ここですることですか。とりあえず、魔石で補充することが可能のようですから、スーツケースの方も魔石で補充できるのはほぼ確定ですね。それに、万が一スーツケースの方が壊れても補充が可能と確認できたのは僥倖です」
「スーツケースが壊れるのは困るぞ」
こっちの人みたいに山盛りの荷物を持って移動するなんて御免被る。カモフラージュだけでもこんなに重いのに、実際に中身の入った荷物を持つなんて苦行だろう。俺は仏教徒じゃないから、苦行で快感を得るような変態じゃない。
「ですから、万が一ですよ。もちろんスーツケースは壊れないように万全を期します」
「話が終わったんなら、さっさと進もうよ」
タバサが盾を鳴らして急かす。もう既に、様子見だという建前はどっかに消えて無くなってしまった。まぁ俺も温泉の対価があれば頑張れるから別に良いんだけど。
******
そして、ご都合主義的に見つかる10階層への階段。
「まぁ、今までの実績から考えれば当然か」
6~9階層への階段も、こうして見つかっていたんだから、10階層だけ特別というわけでもあるまい。ここまでくれば、なかなか他のパーティとかち合うということもないので、10階層への階段前で休憩をすることになった。そろそろ夕暮れなので早めのお夕食らしいです。
今が何時なのかもわからないので、俺の場合、基本的には腹時計で判断するんだが、俺の腹時計は常に狂ってるらしい。サマンサたちが腹時計で判断しているのかは謎だが、俺が時間を判断すると、すぐに訂正の言葉が降ってくる。腕時計さんがちゃんと仕事してくれないのが悪い。こっちに来てからというもの、腕時計の指し示す時間はずれにずれて、既にタイマー的な使い道しかない。
「迷宮を討伐するには、ボスを倒さなきゃいけないんだろう?」
「単純に強い1匹である事が殆どなので、旦那様にとってはむしろ楽かもしれませんよ」
サマンサの用意したシチューに舌鼓を打ちながら、迷宮のボスについて質問する。まさにゲームっぽく最下層にボスが待ち受けているらしい。この迷宮がどうなっているのかはわからないが、大体において、最下層はボス部屋が一つあって、その奥に迷宮のコア。階段からは一直線に通じてるらしい。たまに、それまでと一緒に迷路になっていることもあるけれど、殆どないから多分大丈夫だろうという話だった。
「っていうか、ボスを倒したらどうなるんだ?」
「はい!迷宮のコアを台座から奪えば、迷宮が死ぬので、新しくモンスターが発生しなくなります。そこから1週間くらいかけて迷宮が崩れていって、崩れきった後には何も残らないらしいです」
「迷宮のコアは、大きい魔石ですね。形は違っても、迷宮もまたモンスターだという事でしょう。といっても、初級のダンジョンですからそこまでの価値はありません」
む、そうなのか。でも温泉は絶対に行くぞ。
「はいはい。温泉は約束いたしますから、まずはボスの方に集中してください」
「でもさー今の時間からだと微妙じゃない?」
「確かに、ボスを倒してから地上へ向かうと、出る頃には真夜中になっちゃいますね」
「しかし、野営を続けて疲労をためた状態でボスに向かうのも避けたいところです」
「それを言ったら、今日だって随分迷宮を進んだんだから、疲れてるんじゃない?」
あったかいシチューを啜りながら3人の話し合いを眺める。どうでもいいけど早く決まんないかなぁ。
「………旦那様」
「さすがに今のは僕でも気づいたよ」
「ここはご主人様に決めてもらいましょうか」
なぜか3人が3人とも額に井げたを作って怒ってる。何故だ!
「どうしますか?」
「えっと………?」
どうしよう、ボーッとしてて話を聞いてなかったなんて言ったら怒るかな。あ、でもすでに怒ってるみたいだから、これ以上はない可能性も?
「あるわけないでしょう!確かにこれまで、旦那様に常識のない事で甘やかしてきた我々にも問題はあったかもしれませんが、 選択を任せる事は思考を放棄する事と一緒ではありません!いいですか!だいたい旦那様は………!」
速攻で地面に正座してサマンサの説教を聞き流す。どうしよう、サマンサさんの怒りは激おこプンプン丸を超えてる。超えた先の名称は覚えてないけど。
一緒になって怒っていたはずの子供達は、いつの間にかちゃっかり避難していた。ずるい。
「あーあ、ああなったら長いよ」
「タバサも偶にやらかしてるもんね」
「ま、この感じだとボスに行くのは明日に決定だね。今のうちに野営の準備をしとこう」
結局、サマンサさんの怒りが沈下したのは、野営の準備を終わらせた子供達が寝入り、なし崩し的に始まった最初の不寝番が終わって、交代する為に子供達が起きだした頃だった。
銃とメイドと異世界生活 @Keshia
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