初めての迷宮探索
あっという間に1週間がたった。
途中、少し休みを入れたがほとんど毎日狩り、指導、風呂のスケジュールで忙しく働いていた。俺自身もサマンサたちが指導を受けている間、初めて森狼という野犬のような獣相手に銃を使えるように訓練した。
そして先日タバサが初級ダンジョンならば、と限定はされていたが指導者から免許皆伝を言い渡され、サマンサ、ベガの二人も弓と錬金術の初歩は完璧になったということで、今日は初の迷宮探索だ。
「でも、こんなに準備は必要なのか?」
思わず聞いてしまうほどの重装備。今日は珍しく行きからキャリアーが出動されて、その荷台にはスーツケース他、食料やサマンサとベガの二人謹製の粗悪なポーションが山と積まれている。その他にも、キャンプ道具のようなテントや、一時的にモンスターの接近を抑制する魔道具なんかもある。モンスターの接近を抑制する魔道具、簡単に結界機なんて呼ばれているが、これは本当に高かった。ベガかタバサの半分くらいの値段をよくもまぁこの状況で貯められたものだと思う。
「何があるかわかりませんし、一応何もなければ三日ほどは探索するつもりですので、その倍は準備しておくのは当然です」
そう、澄まし顔で説明してくるサマンサは、弓を片手に矢筒を背負った一人前のアーチャーのような出で立ちだ。ベガやタバサも同じような格好をしているのだが、いかんせん見た目が子供っぽいので俺には子供の真似事感が否めない。しかし、よくよく思い出してみれば年少組の年代でも一丁前にギルドに出入りしているガキンチョもいるので、この世界では普通の事なのかもしれない。
「これから向かうのはゴブリンの壺という迷宮で、下級ダンジョンです。このまま1時間ほど進んだところに領主様の兵士の方が警備しているらしいので、近くに行けばすぐわかるってメルティアさんがおっしゃってました」
ベガのブリーフィングも堂に入って、普段の様子を知らなければ一人前の冒険者と言われてもわからないかもしれない。
「ゴブリンの壺ねぇ。変な名前だよな」
「初めて見つけた人が中に出てくるモンスターがわかりやすいように勝手に名付けるんです。最低限出てくるモンスターさえわかればいいので、ヘンテコな名前も中にはあるみたいですね」
「ベガ、出てくるモンスターはゴブリンという話でしたが、詳しく説明してもらえますか?」
「はい。ゴブリンの壺は比較的小さい迷宮で、全階層で10階だと予想されています。現在わかっているのは9階層までですね。出てくるモンスターもゴブリン系で、5階層からはアームド、わかりやすい例だとファイタータイプとかメイジ、アーチャーなんかの、その名の通りの武器を装備したゴブリンが出てくるという話です。メイジは初級の火魔法を使ってくるので、下級と言っても侮れません」
「難しい話は終わった?だったら前の方にオークがいるから、警戒お願いね」
タバサに言われて慌てて前を向くが俺にはどこにいるのかはわからない。アソコアソコとタバサに指をさしてもらって、かろうじて草原の中で所在なさげに生えている木の陰に隠れているのがわかった。索敵スキル凄い。
「別に肉を確保する必要もないので、こちらに来なければそのまま素通りしてしまっていいでしょう」
オーク肉は俺はもう二度と口にしないんだからね。
サマンサのいう肉を確保する必要がないというのは、当然で、スーツケースの中にこれでもか、と食料品を詰めているからだ。この1週間の間にサマンサ主導でのスーツケースの検証で、スーツケースの中に入れたものは腐ったりしないということが見つかった。さすがスーツケースさん。しかし、魔石を使った魔道具なんかを入れると、魔道具にはまっていたはずの魔石までスーツケースの中に溶けてしまうらしく、魔道具は自力で運ばなければならない。魔石を外せばその限りじゃないんだが、迷宮に籠るのに必要な道具を持っていないのもどうかという事でカモフラージュの為にもしまっていない。
その後はモンスターとニアミスすることもなく、草原の中に佇む地面から盛り上がるように口を開く洞窟とそのすぐ横にある掘建小屋が見えてきた。
あれが多分警備の詰所みたいなもんなんだろう。なんていうか、街から1時間っていう微妙な距離のせいか、詰所の小屋もやっつけ感が凄い。
やる気がなさそうに立っている警備兵を尻目にさっさと迷宮の中に入る。迷宮というか洞窟の中は真っ暗だ。迷宮っていうのも様々で、中には普通に照明がついているものもあるらしいが、このゴブリンの壺はほとんど光がない。こんな真っ暗で中のモンスターはどうやって生きているんだろうか。生態が謎すぎる。
「旦那様」
サマンサに声をかけられて俺は自信満々に腰にさしてあった木の枝のような杖を取り出した。
「光よ、あれ」
俺がそう声を上げると、前方にLED程度の光が灯る。俺もこの1週間狩りのみで遊んでいたわけではない。何を隠そう、魔法を使えるようになったのだ。まだこの初級の初級、ライトの魔法だけなんだけど。
一回唱えれば結構長い時間灯ってくれる上に、ある程度操作まで可能だっていうんだから最高だ。一応松明代わりの魔道具も買ってたんだけど、片手が塞がるデメリットはでかいからどうしようもない場合を除いて明かりはこれで済ます予定だ。
「いいなぁ。僕にも魔法の才能があれば」
タバサは羨ましそうに俺の作り上げた魔法の光を見ながら、先頭を歩き出す。
メルティアの猛プッシュもあり、サマンサ一同全員才能の検定だけはあのジジイの所で受けている。残念ながらみんな才能はなかったが、サマンサにのみ、魔法は使えないがその源の力は備わっているのがわかった。なんでも、高位の錬金術にはその力を必要とする作業もあるらしく、当初は初級で諦めるつもりだった錬金術を本格的にやってみようかと相談された。
簡単にいいんじゃね?って簡単に答えた後、そっとベガがその指導にかかる料金を教えてくれて、実はちょっと未来が怖い。中級程度でもサマンサさんの半分くらいかかるってどんだけですか。
「前方から2匹、かな。こういう時は獣人の知覚が羨ましいや」
獣人とかって初耳だよ。狼男なのか、猫耳の女の子なのか、それが問題だと思う。ふざけてる間にも、光を先行させて先頭をタバサと変わる。先手必勝、さっそく生まれ変わった俺の射撃術を披露する時が来た。
ふわふわと頼りなく浮遊しながら先行していく光の先に、ゴブリンの醜悪な姿が映る。あとは簡単、暗闇に浮かび上がったゴブリンをシューティングする簡単なお仕事です。
パン、パン、と二発。彼我の距離大体20メートル弱といったところでヘッドショット決められるんだから十分だろう。そりゃあ、銃弾の数を気にせず練習できるんだからうまくもなる。
頭を撃ち抜かれて倒れこんだゴブリンの姿が空気に溶けていくように透明になっていく。その体から流れていた血も跡形もなく消えてしまった。
「やっぱり卑怯だよね。旦那さまの武器」
「すいません、チートなんです」
俺じゃなくて、拳銃さんがね。拳銃さんマジチート。
「バカなことをやってないで、どんどん行きますよ」
この1週間で俺も随分彼女たちに慣れた。サマンサはもう勝手に世話女房をやっているし、タバサとは生意気だが心が置けない関係を作れてる。ベガさんは相変わらず天使。
ほとんど危険という危険もないまま進んでいく。しかし、迷宮は本当に敵の数が多い。たかだか10分程度でもう何十匹と接敵している。そして案外、暗闇の中で俺の銃とこのライトの魔法は最強の組み合わせかもしれない。向こうはほとんど視認できていない状況でこっちは狙い放題です。
「まっすぐに飛ぶ攻撃というのがこれほどまでに卑怯だとは思いませんでした」
ですよねー。弓でもなんでもそうだが、遠距離攻撃で相手との距離の把握っていうのはかなり重要だ。その点、銃撃はそれがない。直線上で狙ったらほぼ当たるんだから卑怯と言われてもしょうがない。厳密に言えば多分俺の銃撃だってまっすぐに飛んでるわけじゃないんだろうけど、たかだか20メートル程度ならあまり変わらない。
「前ばっかりに集中してるとバックアタックとかも怖いよ。って言ってもゴブリンじゃあんまり怖くないけど」
そうなのだ。ゴブリンはぎゃあぎゃあと耳障りな声を上げずにはいられない病気かなんかを患っているのか、せっかくのバックアタックもその随分前からこっちから来るよとその声で教えてくれる。後ろはしっかり天使のベガさんが警戒してくれている。
「これなら当初予定していたよりも深く潜っても大丈夫そうですね」
「慣らしをやめて、先に進みますか?」
サマンサとベガの二人が何やら相談している。基本的にこういう頭脳作業は二人の役目です。俺とタバサはポケーっと二人の話し合いを見つめているだけだから楽チン。別に苦手じゃねーし、ただ楽をするためだし。
「旦那様、このまま深部へ進行してアームドをメインにしていこうかと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「うむ、よきにはからえ」
「それじゃあ、地図を用意しちゃいますね」
二人の意見が揃っている時は任せていいんだよ。決して考えるのが面倒臭いとかそういうことはないから、そこでじとっとした目で見てくるのはやめたまえ、タバサくん。
そこそこ分岐路なんかも超えてきていたんだが、ベガはあっさりと現在点を把握するとタバサに階段への順路を説明していく。
遠くの方でゴブリンのわめき声がしているが、タバサが警告してこないところを見るとまだ遠いらしい。すごいよな。俺にはちっとも違いがわからない。
「正直、これほど簡単だったらもっと早く迷宮に潜っても良かったんじゃないか?」
正直な感想をサマンサに向けると、なぜか脇で地図を確認しあっていたタバサとベガを含めた3対の目にじとっとした視線を向けられた。
「あのさ、旦那さま。気づいてないかもだけど、一応罠がある通路とかは避けて通ってきてるからね」
「言いたくはないですけど、私とサマンサお姉さんの二人は出てくる敵とか罠の種類とか、休憩場所の目安とか、いろいろ前もってできる準備はしてきてるんですけど」
「ベガ、タバサ、逆にこんな旦那様だからこそ支え甲斐があると考えなさい」
フルボッコ。はい、ゴメンナサイ。もう言わないから許してください。ぬぼーっと何も考えずにいたのは俺だけです。
「全く、さすがは甘っちょろい旦那様です。私たちも出来うる限り万全の準備を整えたつもりですが、何かが起こるとも限りません。旦那様もご注意お願いいたします」
だって、ゴブリンシューティングがあっけなさすぎるのも問題だと思うんです。つまり、俺は悪くない可能性も………
「ありません。簡単すぎて何が悪いことがありますか。むしろ少しでも接近を許した時点で私たちは全滅しかねませんので、そのくらいでも危険を一歩くらい踏み込んでいるつもりでいてください」
はーい。超絶有能メイド様の言うとおりにすれば問題ありませんものね。
「その通りです」
「旦那さまもとりあえず、面倒だからって無言で会話するのはやめない?」
「タバサはまだわからない?私はだんだんわかってきたけど」
俺の天使が超絶有能メイドにだんだん毒されていってるんですけど!どう責任を取るつもりなんですか!ごめんじゃ警察も軍も必要ないんですよ!
「ほら、今は私のこと考えてる時の顔」
「うーん、ベガ姉も将来サマンサ姉みたいになるのか」
超絶有能メイドが二人、それに囲まれるのはちょっとした恐怖ですよ。お願いだからベガさんはこのまま純真無垢なまま育って欲しいです。
「色々言いたいことはございますが、まぁいいでしょう。二人とも、順路が確認できたなら出発しますよ」
サマンサの声を皮切りに、あっという間にタバサとベガは打ち合わせを終えて歩き出す。暫くすると、前方に違うパーティだろう光源が映るようになってくる。
「あっちの人達、絶賛戦闘中みたい」
タバサの言う通り、ギャアギャアというゴブゴブの声に混ざって野太い掛け声と共に暗闇の中で光が踊っている。
「この最短の道を通るってことはあの方々も階段を目指しているんでしょう。そうなるとあまり、うまくないですね」
「少し遠回りになりますけど、迂回していきますか?」
「迂回するなら、罠にもっと気をつけないといけないから進むスピードは落ちちゃうよ」
もう既に俺を除け者にして会話している。確かに迷宮のことはわからないから仕方がないんだけど、少し寂しい。
「普通に追い越していくのはダメなのか?」
ふと思った疑問を口にしたんだが、これは言っちゃダメなやつだったみたいだ。何を言っているんだお前は的な視線が三方から集まる。
「旦那さま、迷宮内でよそのパーティが近寄るのはあり得ないよ。それこそ戦闘中に近寄ったりなんかしたら、迷賊と判断されて攻撃されてもおかしくないし。近寄ってくるパーティは迷賊くらいなものだから」
迷賊とはなんだ?
「迷宮の中でモンスターを倒すより人を襲う方が儲かると考える方もたくさんいらっしゃるということです」
ああ、迷宮の中の賊で迷賊ね。って人と争うのかよ、俺人殺しはちょっと自信ないぞ。人を心の中でシネって呪うのは日常茶飯事だけど。
「人を殺せないのでしたら、足でもなんでも撃って放っておけばよろしいかと」
なるほど。
******
結局、分岐路で迂回することにして今度は俺が最後尾。罠の判断のためにライトの魔法はタバサの前に浮かべてるから後ろが真っ暗でちょっと怖い。暗闇って中から突然何かが出てきそうで恐怖心を煽ってくるよね。静かでも嫌だけど、今みたいに遠くの方でゴブリンの声が聞こえてきたりするのも嫌だ。
「罠だから、みんな止まって」
タバサが前方を睨んで声を上げる。
おお、なんだかんだ初の罠との遭遇だ。タバサが罠があるという場所を見てみるが、ぶっちゃけ俺には他の部分との違いがわからない。
「んー、これはあれかなぁ」
と、タバサがカバンの中から数本の棒を取り出すと手早く組み立てて一本の長い棒を作り上げる。その棒を使い、壁の部分を突っついていると、カシという何かがはまる音と共に、前方の空間に天井から大量の水が降ってきた。
ザァザァと流れ落ちる水の量は結構なはずなのに、なぜか俺たちがいる方には溢れてこない。よく見ると通路の端に排水溝と思しき穴が空いている。それでいいのか迷宮。この大量の水がどっから来たのかとか、穴を通ってどこに行くのかとかいう疑問は尽きないが、タバサが言うところには時間をおくと復活するらしく、急かされて先へ急ぐ。
その後も、ちらほら罠だったりゴブゴブに邪魔をされつつ、迂回した先で階段へとたどり着く。
階段前はちょっとした広場になっており、全ての階段でこのような広場になっているらしい。先へ進むと中には階段前で休憩を取っているパーティなんかにも遭遇するという話だ。
今はそんなことより予定の場所へ急ぐために休憩をするまでもなく階段を降りる。
階段を下りながらベガによる2階層のブリーフィング。出てくる敵は同じだけど、偶に5匹程度の集団になるらしい。まぁ問題はない。
2階層へ入ってもあまり代わり映えがしない風景が続く。ぎゃあぎゃあと遠くの方で吠えているゴブゴブの声と、偶に他の冒険者の戦闘音、ゴブリンと接敵しても、早めのタバサの警戒の声で光源を先に進めてのシューティングゲーム。楽だ。何より、迷宮の敵は解体しないでいい分戦闘にさく時間がほとんどない。移動してーシューティング。移動してーシューティング。魔石拾いだって周りのメイドさんがしてくれるので本当にやることがない。
気づけば既に3階層への階段前だ。2階層の思い出?タバサの指示を受けてのゴブリンシューティングだけですけど何か?
「結構な時間が経ったけど、休憩とかは大丈夫か?」
1階層では見なかった、階段前の広場で休憩する他の冒険者パーティを見つけて、傍らのサマンサに問いかける。
「もうしばらく行ったところにある当初予定していた初日の野営ポイントに着くまで我慢してください。そこで一度食事をしましょう」
俺の腹時計的に既にお昼を回っているんだが、別にここで休憩を挟んでもいいんじゃないか?という質問はサマンサの物理的な威力を持ちそうな眼光の前に口に出る前に止められた。
気づけば確かに俺たちのアンバランスな装備とパーティ構成に、他のパーティからあまり好ましくない視線を集めている。いらないトラブルを招く真似は極力少なくしたほうがいいですよね。っていうか、この世界の人間はちょっとアグレッシブすぎる。もうちょっと現代人の無関心さを見習ってほしいね。
本っ当に代わり映えのしない風景に、代わり映えのしない行動を繰り返して、やってきました当初野営を予定していた小部屋です。入り口からこそっと中を覗くとポツン、と置かれている木で作られてる箱とそれを守る様に周りを警戒している3ゴブゴブ。あれは多分宝箱なんだろう。いいね、宝箱。夢があるよ。こういう初めての迷宮の宝箱は、やくそうみたいなしょぼいのなのだってわかっててもワクワクするもんだ。
ゴブゴブは入り口から覗いている俺たちに気づいているだろうに、律儀にも宝箱を守るためか、身じろぎ一つしない。え?いいんですか?俺ってば効率主義なのでこのまま攻撃しちゃいますよ。つまり?汚物は射殺です。
パンパンパン、と動かない的に向かって射的。
「むなしい勝利だ」
なぜ人は争うのか。
「馬鹿なことやってないで早く入ってください」
サマンサの冷たい一言でしょうがなく小部屋に入る。小部屋はちょっとした旅館の宴会場程度の広さがある。天井も高く、ドーム型に広がって空間としてはかなり広い。
「旦那様とタバサは宝箱を確認していてください。その間に簡単な食事の準備をいたします。ベガ、手伝いを頼みます」
家庭的な方向には随分前から戦力外通告を受けている。スーツケースから食材を取り出すベガ達を尻目にタバサと二人、宝箱の前までやってきました。
見た目は粗末な箱にしか見えないんだが、やはりこういう宝箱には罠みたいなものがあるらしい。無警戒に開けようとした俺を慌てて止めて、タバサがちょこちょこと宝箱を調べている。
「まったく、旦那さまはどれだけ常識がないの?不用意に触ったり開けたり、旦那さま一人じゃあっという間にお陀仏だよ」
と、宝箱に設置されていた罠を解除したタバサからの褒め言葉。そんなに褒めてもおやつはあげないぞ。
小汚い宝箱の中身はやはり小汚いグローブだった。なんでも迷宮が死んだ冒険者の装備をこういう風に宝箱に入れて放置するのは良くあることらしい。見た目は小汚い中古のグローブだが、一度迷宮に取り込まれた装備は稀に魔力を帯びることがあるらしく、こんな小汚いグローブでも魔力を帯びていればちょっとした金額で売れるのだという。
「でも低級ダンジョンの3階層じゃ魔力を帯びた装備なんてほとんど出ないけどね」
これも、単なるゴミ、とタバサは小汚いグローブを投げてよこす。普通の冒険者ならこんな二束三文の装備を持って荷物を増やす意味はないが、俺たちには強い味方のスーツケースさんがいるので、ゴミとはいえ無駄にはならない。
******
食事中。びっくりなことだが、万能有能メイドは料理に関しても有能だった。そしてスーツケースさんのおかげで食材に関してもかさばらないので、迷宮の中でも普段の食事となんら変わらないものをいただける俺はもしかすると結構恵まれているのかもしれない。
「そういや、なんで階段前で休憩しなかったんだ?」
「旦那様はもう少しご自分の所持品の特別性を理解したほうがよろしいですね。あんな開けた場所でスーツケースを見せびらかすなど襲ってくれと言っているようなものです。ただでさえ、女子供を引き連れて人目を集めているんですから」
あー、考えてみれば確かにその通りか。誰もそんなに他人のことなんか気にしてないっていうのは、現代人の無関心さに染まった俺の感覚なのかもしれない。
「それじゃあこれからもこんな感じではなれて野営をする感じになるのか?そうそう都合よくそういう場所なんて………」
「ですから、先ほども申しましたように前もって準備と計画を立てているわけです」
はい。もう何も言わないんで、勘弁してください。
はぁとサマンサの盛大なため息をごまかすように、年少組に目を向ける。すでに食事も落ち着いて、ベガはいつもの通り冊子を読み込んでいるし、タバサの方は知恵の輪をいじっていた。
むう、助けがない。
「困ったことがあるたびに、妹たちに助けを求めないでください」
「そんなことより、これからの予定はどうなってるのかなぁ」
ここはもうプライドなんて全部放棄するしかない。サマンサの説教はこう、なんというか、心の弱いところを的確に抉ってくるから、辛いのだ。ここで説教なんかを始められては、これからの迷宮探索にも影響してくるはずだ。
「全く、これだから旦那様は。街に帰ったらきちんとお話しさせていただきますから、そのつもりでいてください」
あからさまに呆れられても、説教を回避できるならなんでもいい。言葉通りに受け止めれば回避ではなく先延ばしに過ぎないのかもしれないけど。サマンサのその声が合図だったように、他のことに集中していたはずのベガとタバサが苦笑しながら会話に入ってくる。むう。気づいていたならもっと早く助け舟を出して欲しい。
「今回のことはさすがに旦那さまも少し反省しといたほうがいいと思うなー。ベガ姉もサマンサ姉も一生懸命考えてたんだから」
「俺が悪うございました」
「タバサもサマンサお姉さんもご主人様も反省してるんだし、そのくらいで」
ベガさんはやはり天使か。今度こっそりベガさんの方を向いて拝んどこう。
「それで、これからの予定ですが、先ほども話した通り、当初予定していたならしをやめてこのまま5層以降を目指します。本日中に5階層の小部屋まで行ければいいんですが、それが無理そうならば、臨機応変に候補にあった他の小部屋に変更します。ベガ?」
「はい。ひとつの階層に2つくらいは目星をつけてあるから大丈夫です」
二人の話がまとまると、そのまま二人は食事の後片付けを始める。ポケーっとその光景を眺めている戦力外二人を尻目にあっという間に片付けを済ましてしまった。
***
その後も順調に階層を進め、当初の予定では今回は様子見のみのつもりだった5階層へ辿り着いた。
それまでの階層となんら変わりない風景だったが、この場所から出現するモンスターが変わるという前情報からか、何か変な緊張感に包まれる。
「5階層からはアームドゴブリンが出現します。といってもファイターとアーチャーだけで、メイジはほとんど出てこないらしいですね」
ベガさんの解説も少し緊張している。
「言うまでもありませんが、私たちは非常に脆いです。ですのでなるべく遠距離攻撃が可能なアーチャーやメイジを優先的にお願いいたしますね」
もちろんだ。俺は当然としても、誰一人怪我なんてして欲しくはない。といっても戦術は変わりなく、タバサを先頭に索敵、敵が近づいてくる前に光源を先行させて、映り込んだ敵に先制攻撃しかない。そうやって以降の戦術を確認していると、タバサが名案を閃いた、とばかりに手を上げて提案をし始めた。
俺たちの戦法上、近接状態で出会うとアーチャーはもちろんの事、ファイターにも攻撃される危険性が増えるので、分岐路は非常に気を使う。タバサの案はそれを見越して、自分だけが先行するといったものだった。
「分岐路に関しては索敵も完全じゃないよ。どうしても遭遇戦が起きちゃうんなら、僕が先行して、もし出会ったとしても逃げながら引っ張ってくればそれだけ全員としての危険は少なくなるよ」
「いや、しかしだな」
ゲームなんかでは、偵察役が先行するのも有効な手立てなんだろうが、さすがに最年少のタバサにそれをさせるのは俺としてはなんとも忍びない。
困り果てて周りに助けを求めようと視線を巡らせるが、他の面々の反応は芳しくない。ちなみに、このタバサ提案を拒否してるのは俺だけ。ベガは心配だが、効果を考えれば拒否できないとして否定的中立で、サマンサに至っては本人がやる気ならばしてみればいい、と積極的だ。
「じゃあ、旦那さまが僕の案より安全で効果的な対案を出してよ。それか、どうしてもダメだっていう理由をちゃんと説明して。まさか、僕の年齢や性別を理由にするなら、そもそもここまで来てる時点で同じことなんだから、僕の案で行くからね」
ぐうの音も出ないというのはこのことか。まさに俺が渋っている理由はタバサのいうとおりなのだから、反論なんて出来ようもない。
結局、予備として持ってきていた灯りの魔道具と久々に登場する警察官から奪った盾を持ってタバサが先行するという形で落ち着いてしまった。その代わり、先行するタバサの距離や、逃げて戻ってくる場合に俺の射線に被らないような走り方など、十分に指示しておいた。それでもまだ心配だが、これ以上はそれこそタバサの言った通り、すでにここまで連れてきてしまっている時点で同じことか。
5階層最初の接敵は分岐路でもなんでもないまっすぐな道だった。慌てて戻って来たタバサの代わりに光源を先行させ、タバサは持っていた灯りの魔道具を消す。あとはさっきまでと一緒、光源に映り込んだゴブリンたちに向かって出来うる限り早く早打ちを決める。ヘッドショットだの何だのと遊んでいる場合ではないので、基本通り、胴体に向かって2連射で一体ずつ確実に沈めていく。必殺というわけではないが、少なくとも確実に着弾するし、一発でも当たってしまえば、戦闘行為はしばらくは無理だ。
アームドなんて特別な名前がつくから緊張していたが、いきなり体が大きくなったり、凶暴になったりというわけではないらしい。ただ単に今までの野生児だったゴブリンが、少し文明的に粗末な武器や防具を装備しているだけだった。
防具と言っても、サマンサたちが今装備しているような急所だけ何かの皮で保護しているだけのもので、チートな拳銃さんにとってはないものと同じだった。
不思議なのは、ゴブリンが死んでその体が煙のごとく消えていくのと同様に、ゴブリン達が装備していた剣や弓、防具なんかも一緒に消えてしまったことだ。
ベガ先生の説明では、迷宮内のモンスターの場合、装備のようなものもあくまでモンスターに付属しているものなのでそれ自体が残るということはないらしい。ファンタジィだ。それを言ったら、さっきまで動いてたモンスターが煙のように消えていく時点で十分ファンタジィな訳だが。
「なんか、思ったよりも呆気ないな」
「近づかれなければ、この階層でも大丈夫そうですね」
大丈夫そうだと確認できれば、後は今まで同様流れ作業的なゴブリンシューティングだ。たまにバックアタックを食らうが、前もって分かっていればポジションを変える程度の変更でしかない。
******
流れが変わったのは、2時間ほどゴブリンシューティングを続けて、特に年少組の集中力が切れ始めた頃、休憩の為にベガが目星をつけていた小部屋へ向かっている時だった。
先行するタバサが文帰路に差し掛かった時、大慌てで後ろについていた俺たちの方へ走り出す。
「タバサ!」
ベガの大きな声と同時に、かろうじて判別できる程度の薄暗くなった分岐路から弓を構えたオークが飛び出てくる。
今まではタバサの注意喚起から接敵するまでにそれなりの猶予があった。実際にモンスターが見える時には既に俺の準備は整っていたのだから、それがどれだけ恵まれていたのかっていう事を嫌という程再確認する。
気持ちが焦るほどに、うまく体は動かない。視線の先で、タバサの後方でアーチャーが手に持った弓を引きしぼるのが見える。こちらに向かって必死にかけるタバサの表情は恐怖が張り付いていて、すでに銃の射線に対する考慮などない。
「タバサ!伏せなさい!」
タバサを救ったのはサマンサの機転だった。前もって俺の武器の特性をよく学んでいた事もあって、俺がタバサの体で敵を撃つ事が出来ない事に気づいて鋭く指示を出す。
タバサがこけるように地面に伏せるのと、オークが弓を放ったのはほぼ同時。一瞬遅れて俺も発砲する。
銃撃の音に混ざって場違いなカンッという音が聞こえてきた。それを確認するよりも、まずは出てきたゴブゴブを殺戮する。あれだけ焦っていても、銃を撃ち始めてしまえばあっという間に片付いてしまう。
「タバサ!」
薄暗い通路の向こうでゴブリンが倒れこんだのを確認すると、皆でタバサに駆け寄っていく。
タバサは頭を抱え込むように地面に伏せていて、ゴブゴブが放った矢はタバサの脇に転がっている。先ほどの気の抜けた音の正体は、矢がタバサが持っていた盾に当たった音だったらしい。
偶然でもなんでも、タバサに当たらなくてよかった。
やっと起き上がって、ベガとサマンサに支えられているタバサの顔は涙やら鼻水やらでちょっと情けない事になっている。見ていただけの俺たちでもずいぶん肝を冷やしたのだから、実際に狙われていたタバサにとってはそれこそ、死を連想させるような恐怖だったに違いない。
やはり遭遇戦は怖い。前もって考えていた事など、いざその時になったら頭から抜け落ちてしまった。
「慣れるまでは分岐路でのタバサの先行は止めておきましょう」
タバサを慰めながらサマンサがそう決める。そうなると分岐路での出会い頭の事故が怖くなるが、そこは俺を先頭にして見敵必殺、帰ってきた銃乱射マンで対処する事になった。
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