銃乱射免許1級
今日も元気に討伐タイムです。本日は、街の東門、その先にある山に向かっています。お供は超絶万能メイドを自称するサマンサとベガの二人です。先日話したように、タバサはシーフの技能指導へ出かけております。俺としてはタバサ一人で行かせるのは怖かったので、二人にはタバサについて行ってもらって、今日は久しぶりに単独行動と洒落込みたかったのですが、サマンサとタバサの二人に説得、と言うか諭されてお供を二人引き連れることになりました。
タバサの技能習得に伴い、サマンサたちの3人も晴れて冒険者ギルドへ登録となりました。奴隷でも登録できるってちょっとビックリ。奴隷っていうのはもっとこう、権利を制限されているようなイメージだったんだけどね。サマンサが説明してくれたところによると、冒険者というのは元々奴隷を持つことが多いらしい。それ用の戦闘技能持ちの奴隷というのも奴隷市場では一つのジャンルとして人気だという。それというのも、パーティというのはどうしても分配でのトラブルと切り離せないらしい。それこそ、稀に上級者用の迷宮で発見される品など、パーティ内での分配のトラブルからパーティ解消ならまだ穏便、終いには血で血を洗う争いになることもしばしばだという。奴隷なら、もとより分配は主人の総取り、その分戦闘技能持ちの奴隷は高額で取引されるらしいが、買う予定もお金もないので別にそこらへんは聞き流した。だって、サマンサやベガ達の10倍近い値段とか、バカじゃないのかと思う。
「ご主人様、あと少しでスモールベアの生息地域なので、ご準備を宜しくお願いします」
ぼーっとスーツケースを引きながら歩いていると、周辺討伐ガイドを片手に持ったベガがそう声をかけてきた。サマンサによる夜の授業、文字を教えてもらっている時に知ったが、ベガも、驚くことにタバサまでもが完璧に文字の読み書きができるという。この世界に文盲なんていなかったんだと落ち込んだのだが、ベガもタバサもサマンサの教育の賜物で、文盲はそれなりにいるからそこまで落ち込むことではない、と珍しくサマンサに慰められた。
まぁそれは置いておいて、昨日の文字の授業をしている間にベガが周辺討伐リストから今回の目標、スモールベアを見つけてきて、そのまま周辺討伐リストはベガが管理することになってしまった。今日のギルドの受付での討伐対象の相談もメルティアとベガの二人で決めてたし。
山、というには少々小さいが、丘と表現するには少し大きい大地の起伏の近くまでやってきていた。オーク達の出る森の中でもモンスターの適正としては良かったのだが、戦闘能力のないメイド二人とスーツケースやキャリーなどの大物を引きずって藪の中に入るのは自殺行為、とこの狩場でも木々の生えている山の裾野で出没するはぐれを狩ることになっている。オーク達ほどではなくとも、ちらほらとそれらしい影も見えている。
「旦那様、スモールベアはオークなどよりもタフで四つ足での移動速度もかなり早いと聞いていますので、十分にお気をつけください」
サマンサが俺からスーツケースを受け取る時にチラッと、そんなことを言ってくる。そんなん言われたらちょっと不安になってくるじゃないか。正直俺が持ってるのは拳銃で、クマとガチンコする武器じゃないと思うんだよね。普通に考えて、地球でクマに拳銃一つで立ち向かうって言う奴がいたら、アグレッシブな自殺かなんかか?と聞きたくなってくるんだけど。昨日ベガがスモールベアを討伐しようと言ってきた時、無理だって散々ごねたのに、サマンサにしろベガにしろ、コトウギツネを討伐できるんなら大丈夫、の一点張りだった。狐とクマの硬さはどっちかっていうとクマの方が全然硬いと思うんだけど、ファンタジーな世界ではそうでもないらしい。
安全な距離を保つために、サマンサとベガの二人に見送られて一人クマの影に向かっていく俺。拳銃はすでに両手にぶら下がっているし、大丈夫、とあれだけ念を押されてもいざ本番になったら不安になってくる。後ろを見るとにこやかに手を二人。俺の不安の万分の一でも不安そうにしてくれれば少しは気が楽になるのに。
とぼとぼと先を歩けば、否応にも影は大きくなる。スモールってついてるんだし、もしかしたら特別柔っこくて小さい種なのかもしれない。と少しだけ抱いていた希望は判別できる距離になったクマに呆気なく打ち砕かれる。
どう考えても普通の人間の成人男性と同じくらい。確かに昔動物園で見たヒグマかなんかよりは少し小さい気もするけど、十分大きいし、あの太い腕で殴りつけられたらひ弱な俺なんかじゃあっという間に骨とか折れて戦闘不能になりそうなんですけど。っていうか、モンスターなのに見た目が普通にリアルです。どうせならアメリカのアニメ会社のはちみつ好きみたいな見た目なら少しはシューティングゲーム気分を味わえたのに。
腰が引けそうになりながらも進んでいた俺がクマの警戒範囲に入ったのだろう。大きく仁王立ちして腕を広げるクマ。ぶっちゃけ体を大きく見せてくれている分、的としても大きくなってくれる。でも体に当たって死んでくれるんだろうか。どうせなら急所に撃った方が効果的な気がする。って、クマの急所ってどこだ?心臓?モンスターに心臓って急所なんだろうか。確かに心臓はあるし、でも運良く心臓に当たって魔石が砕けたりしたら大損。っていうか魔石って砕けるの?砕けたらどうなるんだろう。
焦ってると、脳内で関係ないことばっか考えちゃうよね。
クマとお見合いしてたのは多分そんなに長い時間じゃなかったと思う。わざわざ立ち上がったくせにまた四つん這いになって突進してくるクマ。なんで畜生ってどれもこれも同じような行動しかしないのかね。たまには前転してきたりしたら面白いのに。
結構なスピードをつけて走り込んで来るクマにさすがにワタワタと慌てている暇はないので、わかりやすい急所を前面に立てて走り込んで来るクマの頭めがけて銃を乱射します。
フゥハハハハハー蜂の巣になるノダー!
ドラマとか映画ばりの連射!こっちの世界に来て反動とかが控えめになったからこそできる芸当で、現実では危なくてとても出来ないないけど、正直爽快感は凄いの!
んで、問題の熊さんは先ほどまでの不安もなんだったのか、あっさり肢体投げ出してご臨終。まぁご臨終してなければ俺の方がご臨終だったわけだけどね!後ろの方でのんびり待ってたサマンサたちに手を振って合図を送って、熊さんの死体を検分する。頭に当たってるのは3、4発で体に半分、明後日の方に飛んでったのも半分弱あるみたいだ。現実よりは反動が少ないとはいえ、乱射すればこうなるよね。狙いなんて定められないし。
ちょっとトリガーハッピーになりかけてるから気をつけないと。最近銃撃からの連射、玉切れって状態が続いてる。一匹ずつならその都度スーツケースから補充すればいいけど、そうじゃなくなった時にこっちが逆に即ご臨終の未来になるかもしれない。銃の威力がわからないのが問題なんだよ。だから安全策でオーバーキルすることを強いられているんだ!
嘘です。ごめんなさい、半分以上はただ銃を乱射するのが気持ちいいからです。
とまぁアホなことを考えている間に、追いついてきたサマンサからスーツケースを受け取って、銃に変な黒い霧の補充を済ます。その間にサマンサとベガはスプラッタ作業です。正直、女子供に任せるっていうのはフェミニストな女性蔑視主義者としてはどうかと思うんだけど、うん、スプラッタと虫だけはごめんなさい。なんで女性ってあんなに血とか虫とか、いざとなるとあんなに強いんですかね。
「さすがに、ここまでの大物となると持ち帰るのは現実的でないので、ある程度の毛皮と魔石でよろしいですか?」
「よきにはからえ」
手伝えない時点で、文句なんてあろうはずもございません。俺一人なら魔石を心臓から抉り出すのだって結構怪しいし。サマンサとベガの二人は手際よく毛皮を剥いで、袋に詰めてしまう。魔石を持ってきてくれたベガの顔に飛び散っている返り血を、いつものように手ぬぐいで拭う。その後ろにはなぜか当然のごとくサマンサも順番待ちしてるし。奴隷とは一体何だったのだろうか………。
「これでどのくらいの儲けになるんだ?」
「魔石が一個200、討伐報酬が150、毛皮が半分程度で70といったところでしょうか」
「あんま儲からないな」
「その分、荷物は嵩張りませんし、あまり儲からない分スモールベアの狩場は空いてるので文句も出ませんから。本当に儲けを狙うなら迷宮に入るのが一番の早道かと」
迷宮なー、興味がないって言ったら嘘だけど、積極的に行ってみたいってほどでもない。なんていうか、大変そうだし。聞くところによるとちょっと人外じみた強さを誇る一線級の冒険者が潜る迷宮なんかになると、何週間もかけて潜るような大きい迷宮もあるらしい。何がびっくりって、それでもゴールにたどり着かないってところだよ。ああ、一応迷宮にもゴールっていうか、一番奥にボスみたいのがいるって話だ。ついでに、それを倒すと迷宮も死んで、モンスターも出なくなる。何ヶ月もすると何もなかったかのようにその迷宮の跡地もなくなっちゃうっていうんだから本当にファンタジーしてる。それでもぽこぽこ新しい迷宮っていうのは生まれてるらしく、あんまり放置すると中からモンスターが溢れて近くの集落なんかを襲撃してくるっていうんで、冒険者は迷宮に入るのを奨励されているらしい。
むしろ、フィールドのモンスターで地力をつけて、さっさと迷宮に入れっていうのが冒険者ギルドや行政の意見なんだろう。ぶっちゃけフィールドのモンスターはそれくらいまずい。俺なんかだと、討伐にほとんど経費がかからないからかなりの儲けだが、サマンサがいうところには一般の冒険者の場合、駆け出しが持つような装備でもそれこそ1000ディナールとかするし、何度か戦闘すれば修繕費や維持費なんかもちょっとしたお値段を取られるんだとか。なので、本来は俺みたいに儲けるのは不可能だし、それを他の人間に悟られるな、とサマンサに散々言い含められた。
そんなわけで、メルティアもちょくちょく近場の迷宮どうですかーって声をかけてくるがサマンサにも止められてるし、俺も正直無理だと思うので無視。俺の武器の情報統制って面もあるけど、それ以上に見ず知らずの人とパーティを組んでモンスターと戦うなんて、オンラインゲームならまだしも現実ではちょっと勘弁してほしい。よく考えてみてくれよ、ハローワークに行って偶々そこに来てた他人と一緒に危険な場所でバディを組んで助け合って仕事してくださいとか言われても、普通無理だろ?だから決して俺がコミュ障だからとかそんなんじゃないって明記しておく。コミュ障なのは否定しないけど。
まぁそういう難しい話は置いておいて、サマンサたちの準備が完了次第、狩りに戻る。晴れてサマンサたちが冒険者になって、それ用の装備やらなにやらと、まだまだお金は入り用だからね。
〜 now 討伐ing 〜
なんということでしょう。一つ一つは嵩張らないと思ってた熊の毛皮で袋は連日の討伐帰りと同じようにパンパンに。魔石もちょっとびっくりするくらいの量が採れました。大漁大漁。思わず大漁旗なんかをキャリーに掲げたいくらいの大成果です。
「いやー、クマは強敵でしたね」
「解体作業をしていた私たちにとっては強敵だったかもしれませんね」
まさにドロドロと言っていいほど返り血やらなにやらで染まっているサマンサたちの衣服がちょっと猟奇的すぎて引きます。
「この状態で抱きついて差し上げましょうか?」
「ごめんなさい。勘弁してください」
そんなことをされたら、卒倒してしまう自信があります。
「でも、こんなに沢山狩れるなんて、さすがご主人様ですね!」
俺が猟奇的で引くとか脳内で言っていたのに、キラキラとした目で見つめてくるベガの視線が心にぐさぐさ刺さって痛いです。ベガさんまじ天使。
「それにしても、やはりフィールドではこの程度ですね。早急に迷宮に入る手立てを考えなければ」
「この程度って、結構儲かったと思うんだけど」
「屋敷や、旦那様の市民権を買い取るにはまだまだ足りません」
「いや、俺は別に今のままでも」
「お言葉ですが、今のままベガ達が入浴を拒否されている状況や、あのように旦那様をソファで寝かせている現状のままで良いはずがございません」
「え?ベガ達はお風呂入ってないのか?」
「あくまで、私が入浴をご一緒させていただいているのは御奉仕のためです。本来であれば全員でご奉仕させていただくのですが、宿の支配人から誰か一人のみという制限がかけられている以上、私以外にありえませんのでベガとタバサは入浴中に水浴びを済ませております」
「いや、別に一緒じゃない方がいいんだけど、そうなのか。あれかな、宿に少しお金出したらベガ達も入らせてもらえるとか」
「おそらく無理でしょう。ベガたちのためだけに風呂を沸かすことはもちろん、旦那様のご奉仕として一緒に入らせていただくのも、多少の金銭で可能であれば先に支配人の方から打診してくるはずです」
「ご主人様、私たちは全然水浴びでも大丈夫ですから」
むう。そう言われると、余計に心苦しくなってくる。とはいえ、全自動お風呂サービスマシンをベガやタバサに変わってもらうというとサマンサが怖い。
「当然です」
ですよねー。そんなことを無理強いするよりも、サマンサの言う通りに迷宮なりなんなり頑張ったほうがかえって労力が少ない、のか?
「さすが甘っちょろい旦那様です。そう言ってくださると信じていました」
俺は何も言ってないですけどね。ほら、ベガを見ろ。サマンサが一人で会話してるからキョトンとした顔で何もわかってないぞ。
しかしそうなると、新しく奴隷を買ったり、見知らぬ人間とパーティを組んだりなんてごめんだからタバサに期待をかけるしかない。ダメでした、となれば現状どうすることもできない。あれ?そうなるとベガ達には悪いけど俺的にはなんの問題もないのか?イヤイヤ、あまりにも可哀想すぎるから、サマンサとたまには交代するべく交渉するしかない。誰が?俺か?
………無理そうだから、タバサにはどうあっても覚えてもらわなきゃ。
******
「筋が良いって褒められたよ!」
それでいいのかっていうくらい、思った以上にご都合主義的展開だよ。いや、ありがたいんだけどね。
解体小屋で山のような鑑札を受け取って入ってきた俺たちをギルドで待っていたタバサが笑顔で報告してくれる。まだまだだけど、遠くないうちに初級ダンジョン程度の罠発見や罠解除スキルなら覚えられるだろう、と指導役のシーフの男性に太鼓判を押されたらしい。タバサの手には罠解除の練習になるという知恵の輪みたいな道具があり、待っている間もずっとそれをいじっていたらしい。それも指導役の男性からもらったという。
全く、小さい子に教えるからって簡単にご機嫌取りなんかして嫌らしいな。絶対そいつはロリコンだろう。
「ベガに特別甘い旦那様が言えることじゃないですね」
だってベガさんは天使だからしょうがないよ。
だからそうやってベガさんのことを褒めるたびにわかってねぇなぁみたいな感じで肩をすくめてため息つくなよ。すっごく感じ悪いぞ。
「男性というのは、本当に度し難いというか、簡単というか。とはいえ甘っちょろい旦那様はそのままでいいですよ。私がちゃんとお世話して差し上げますから」
意味のわからないことを言ってるんじゃない。なんていうか最近お世話の部分が管理って聞こえてきそうだからちょっと怖い。
だからこういうこと考えるたびに、ニヤっと笑うんじゃない。本当に恐怖なんだよ。
「お疲れ様。タバサが覚えられそうだというのは僥倖です。これで迷宮へ向かう目処がつきますね。そうと決まれば少しずつ初めての迷宮の目星をつけていきましょう。ベガ、頼めますか?」
「うん、任せて。サマンサお姉さんだとメルティアさんとケンカしちゃうだろうし、ちゃんと色々聞いてくるよ」
「タバサは予習と復習をしっかりと。とりあえずは初級ダンジョンレベルでいいので、なるべく早く覚えるように」
「了解!」
テキパキとサマンサは話をまとめていく。なるべくメルティアとは関わり合いになりたくないのか、自分と俺のギルド証と鑑札をベガに渡して、ベガ一人で受付前の列に並んでいった。
「あ、俺も行こうか?」
「ご主人様はサマンサお姉さんと一緒に待っていてください」
素気無くベガに振られてしまった。サマンサさん、あの、俺は?
「旦那様は討伐の時に活躍していただきましたので、このような雑務は私たちにお任せください。旦那様にはこのような時にゆったりと構えていただく貫禄も養っていただかないと」
それは貫禄っていうんだろうか。それはそうと、今日はもう帰ってゆっくりするだけなのか?
「私たちも冒険者として討伐や迷宮に行くことになりましたので、この後しっかりとした装備を購入したいと思っているのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、そっか。いつまでも汚れるからってボロの服じゃ危ないもんな。でもそうなると、また金欠に逆戻りか」
「駆け出しの冒険者などそんなものです。タバサが技能を覚えるまで、装備やタバサ以外の戦闘技能の獲得のためにも資金はあればあるだけ助かるので、しばらくは辛抱していただきたく」
そういう意味じゃメルティアじゃないが、魔法を覚えたいなぁ。あの爺さんに貰った本は難しくてまだまだ読めるレベルじゃないし。
「本当でしたら、誰かに前衛を任せられれば良いのですが」
まぁ確かに、オンラインゲームとかじゃタンク役はパーティの生命線だからね。でも正直、今俺の持ってる銃がメイン武器だから前に立たれて射線を遮られるとかえって辛いかも。移動して射線を確保するくらいなら、最初っからクリアな状況でぶっ放した方が早い気もする。
「昨日、今日と拝見させていただいて、私やベガは複数と接敵した場合の牽制に集中した方がいいと考えています」
「それでいいと思う。俺ももう少し狙いをつけて殺せるように練習しないとな」
本当に早く銃の乱射癖を直さなきゃ。でも気持ちいいんだよ。わかっちゃいるけどやめられない気持ちよさ。マシンガンとか撃てたら気持ちいいんだろうなぁ。
そんなアホなことを考えていたら、重そうな財布とメモを抱えたベガが戻ってきた。
「おかえりなさい、ご苦労でした」
「ただいまです。メルティアさんにもいろいろ聞いてみたんですけど、このあたりの初級ダンジョンだとそんなに量がないらしくて、ゴブリンとその派生モンスターが出るゴブリン壺と、動物系のモンスターが出る野生の檻っていう迷宮があるみたいです」
「どちらにしろ、あまり相性がいいとは言えませんね。いざとなれば他の街に遠征することも視野に入れた方がいいかもしれません」
「相性が良くないのか?」
「はい。ゴブリンの派生としてアーチャーやメイジなど、遠距離攻撃をしてくるモンスターもいますし、野生の動物ですと動きの早いモンスターもいるでしょうから。迷宮内のモンスターは外のものと違って警戒するなどの行動をせずに襲いかかってきます。旦那様にとって相性がいいのはタフで鈍重な魔物でしょう」
なるほどなー。遠距離って、どれくらい遠いのかわからないけど、遠いと当たらないし、確かに動き回る犬みたいな的に狙って当てる自信はないね!
「それで、指導については確認できましたか?」
「うん、やっぱりサマンサお姉さんが言っていた通りに、錬金術とか弓術なんかもありました」
「そうですか。そうなるとどれから覚えていくかという問題もありますが………」
サマンサとベガの二人が話し込んでいる横で、ポカン、と蚊帳の外に置かれている俺。ふと、肩を叩かれて振り向くと、どんまい、みたいな苦笑いでタバサが俺の肩に手を置いていた。
見た目10歳児に慰められる俺とは一体………。
「旦那様、そんなところでいじけてないで、装備を揃えに参りますよ」
「いじけてねぇし」
「後でちゃんとかまって差し上げますから、早く動いてください」
「かまってもらえなくていじけてたとか風評被害で訴えてやる」
「そんなことでどこに訴えるつもりですか」
こっちに裁判所なんてないのか!畜生、なんて世界だ。
最終的にベガに手を引かれてサマンサの後を追うことになってしまった。よく考えると幼女に手を引かれて連れ出されるってそっちの方が汚名じゃ………。うん、これ以上考えるのはよした方がいい。
******
装備を揃えるということでやってきたのは、俺の鎧を買った防具屋だ。というか俺はここしか知らないんだけど。
相変わらず病的なほどに埃一つ付いていない陳列された防具の数に、病んでるなぁと逆に感心してしまう。物偏愛もここまでくるとある意味尊敬できる。真似しようとは思わないが。
店主のミゼット、じゃなくてドワーフのおっさんは以前来た時と同じように、奥のカウンターでうっとりと鎧を磨いているところだった。
「おう、この間のニイちゃんか。見た所鎧が壊れたってわけでもなさそうだが、どうした?」
「連れの防具を見に来ました」
「連れって、後ろの嬢ちゃんたちか。育っちまってるネエちゃん以外はまだまだ育ちそうだから、あんまオススメしねぇぞ?そのぐらいの年代の人間はあっという間に大きくなるからなぁ」
「さすがにひと月ふた月でそんなに大変化はしないと思いますから、とりあえずそのくらいの期間使えれば十分ですよ」
俺が店主と話している間にも、サマンサたちは好き勝手に店内をうろついて装備を検分している。店主が俺の鎧を整備に出すか、と聞いてきたが、ぶっちゃけ俺の鎧は新品同然だから遠慮しておく。っていうか今の状態だと本当に意味があるのかすら疑問なほどに傷一つ付いていない。そこへサマンサがいくつかの防具を持ってやってきた。店主に相談とかしないでも、必要なものを揃えられるってさすが万能メイド。
「店主さま、こちらとこちらの防具のサイズ違いはありますでしょうか?」
「おう、確かあったと思うな。あんまり出るサイズじゃないから裏に置いてたはずだ」
レッグガードとアームガード、それに鎧というにはちょっと簡素な胸当てのような防具だ。ちょっと待ってろ、と奥に消えていく店主を見送る。
「もっとちゃんとした鎧みたいのの方がいいんじゃないのか?」
「私たちの場合、近寄られてしまえば最後ですから、それらしい見た目のものならばなんでも構いません。それにベガ達はちゃんとした鎧を揃えるとどうしても重量がネックになってしまいますから」
「そんなもんか」
そうなのだと言われれば、そうなのかと返すしかない。よくわからないことにはあまり口出ししないのが鉄則だ。情けないと思うが、こっちの世界のことはよくわからないのが真実。基本的にサマンサに任しておいて間違いはない、と思う。
ものを抱えて出てきた店主に手伝ってもらって試着してみる。それぞれ個別に見たときは少しちゃちいと思ったが、なるほど、確かにきてみればそれなりの駆け出し冒険者のように見える。
「これなら少々育っても大丈夫だな」
だから子供とはいえそんなに突然育ったりしねーよ。
「ドワーフは寿命が人間より長い分、感じる時間の早さも違うという話ですから」
しれっと、脳内の文句にサマンサが反応する。もう慣れたけどね。
つーか寿命が長いのか。なんつーファンタジー。あれか、小さいから省エネなんかね。
「別に体の大きさは関係ないかと。エルフは私たち人間と同じ背丈ですが、ドワーフの倍は生きるといいます。それで、店主さま、お代の方ですが」
「あー、そうだな。それぞれ3つずつだからー、あー4000でいいぞ」
これはケミットでよくみる絶対計算するのが面倒になったパターンだな。どうやって3セットが4000になるのかがわからん。ドワーフは大雑把。俺覚えた。
「ついでに武器を揃えたいのですが、どちらかおすすめの店舗などはございますか?」
そのまま店主に教えてもらった武器屋で体にあった弓と矢を買い求める。正直、事件も何もなかった。武器屋の店主は普通の冴えない白人のおっさんだったし、適度にあまり触られない商品には埃が積もってたんで、防具屋の店主みたいに物偏愛を患ってる感じでもなかった。
そうそう、サマンサたちが買った弓だが、和弓みたいにデカイのじゃなくて、洋弓のハンティングボウっぽい見た目だった。というかこっちには和弓みたいな大きい弓はないらしい。どうせならアーチェリーみたいに狙いをつけるための小道具見たいのが付いてればいいのに、そういうのもないから実は結構弓矢を放つのにもスキルがいるそう。そんなわけで、3人分買い揃えたけど出番は技能指導の後になりそうだ。タバサに至ってはシーフ技能の方を優先だからその後だ。
******
「さて、昼間あんだけクマを狩って重かった財布の中身があっという間に空に近くなりました」
みんなで宿に帰って、サマンサとタバサが煎れたお茶で一服中。財布の中身を確認した俺はちょっと愕然としました。
昨日もあっという間にお金が消えてったけど、今日に至っては宿の延長費まで使い込む始末。一応今日の分までは払ってるから明日まではいられるけど。
「明日からは指導料もかかってきますので、やはり貯蓄まではいきそうもないですね。指導時間を取るためにも明日以降は早めに切り上げる予定ですし」
「スモールベア以上に嵩張らずに儲かる獲物が近くにいればいいんですけど、そういうモンスターだと、どうしても森の中とか索敵のスキルが必須になってしまうので」
「現状、無理だよね。まぁ、僕がそういうのを覚えるまで待っててよ。覚えたら旦那さまからのご褒美期待しちゃうよ」
「タバサ!」
「早く覚えればそれだけ予算も楽になるので、旦那様からのご褒美も多くなりますよ」
と、そこへ宿の従業員が風呂の準備が完了したことを伝えに来た。帰ってきて早々サマンサが頼んでおいてくれたらしい。さすが超絶有能メイド、俺が言わないでも俺の希望を察する。
「それじゃあ、お風呂へ参りましょう」
スーツケースのネタバレをしてから、とうとう着替えの準備まで俺の手から離れてサマンサに管理されている。手早く準備したサマンサに連れられて部屋を出ようとした時に、部屋に残り手を振る二人が見えた。
気候的にはあったかいとはいえ、二人とも水浴びをしてるんだよなぁ。やっぱりサマンサを説得して変わるべきじゃ?全自動お風呂サービスマシンはほんの少しだけ気持ちいいけど、ご奉仕とやらはベガたちに断固として拒否すれば一人でゆったり入れるかもだし。
「浴場の中に宿の従業員がいることを忘れないでください。あくまで私たちが浴場を使用できているのはご奉仕のためです。ご奉仕をしないで一緒に入ることなど許されてませんよ。哀れと思うならば旦那様ももっと真剣にお屋敷について考えてください」
むう、それしかないんだろうか。結局いつものように浴場まで案内され、ムキムキマッチョのお出迎え。アカスリという名の公開処刑が終わればやっと浴槽に浸かれるリラックスタイムだ。
サマンサが隣に浸かってヤワヤワとマッサージしてくれる。これは本当に気持ちがいい。
「屋敷、どのくらい貯めればいいんだ?」
「そうですね、屋敷を得るには土地の所有が必要です。そのためにはまず2級以上の市民権の確保。つまりは一定額の税金の納付が必要になります」
サマンサの説明によると、もともと街の中で戸籍を持っている人間の場合は3級市民権を自動的に得ることができるらしい。戸籍がなかったり、生まれた町以外で住んでいる人間は4級。市民権を持っていても奴隷落ちしてしまうと剥奪されるという。3級が一般市民として考えれば間違いない。では2級はというと、戸籍を持っていない人間が、ある一定上街に貢献したとして与えられる市民権だ。主に貢献とは税金という形で収めた金銭を言う。俺たちみたいな冒険者は1年毎の人頭税以外、基本的には税金を取られない。冒険者ギルドが冒険者から上前をはねているのは確かだし、その冒険者ギルドから税金を取ってはいてもそれは冒険者からの税金とはみなされない。ではどのようにして税金を納めるかというと、普通に役所に納付するのだ、市民権分の額を。建前上は税金という言葉を使っているが、結局のところは2級市民権とは行政府が売り出しているものでしかない。
「それが百万ディナールかかります」
くそたけえ。日本円にして大体1億円。バカじゃないの?
「屋敷は規模によりますが、浴槽が備え付け、もしくは新規に取り付けとなるとその魔道具分も加味して大体2百万ディナールといったところでしょうか」
うん、ベガたちには諦めてもらうほうがいいかな。ちょっと俺には想像がつかない額だよ。
「そうでもありません。初級のダンジョンでは厳しいですが、中級のダンジョンでも稀に宝箱から得ることができますので」
「マジか。一夜にして億万長者とか冒険者すげぇ」
「ですが、今の状態では中級ダンジョンは難しいです。当面の目標としては下級ダンジョンへ潜り、その儲けを使って奴隷を一人増やしていただく方向ですね。タバサや私たちがある程度技能を覚えたとしても中級に至っては前衛なしでは到底不可能でしょうから」
「あーそっか。でも、そんな奴隷だって高いだろ。中級に潜れる奴隷って考えたら」
「ええ。ですから素質のある奴隷を選んで、育てていくしかありません。儲けのほとんどを毎回指導に使えるのは旦那様の強みですから」
「つまりそれまでは贅沢はできませんってことね。そういや、指導ってそんなに高いのか?俺が知ってるのは魔法と文字だけだけど、そんなに高かったイメージはないんだけど」
「ゆっくり時間をかけて覚えるような指導者ですと比較的安いですね。ですが私たちが選んでるのはそれこそ1日みっちり教わってなるべく早く即戦力になるための指導ですので、自ずと値段は高くなりますね」
知らなかったけど、数回で覚えられるという超スパルタで優秀な指導者っていうのも中にはいるらしい。それこそ何週間も一回銀貨数枚で覚える分を何十分の一で覚えようというのだから、値段も高くなってしかるべきか。
「特に私とベガが覚えようとしている錬金術は高いんです。市販のポーションなどを自作できたり、モンスターに効果のある秘薬を生成したり、とある意味商売敵を育てているようなものなので仕方がないのですが」
というかポーションとかってあったのか。やっぱりゲームとかでありがちな傷が早く治っちゃったりっていう薬なんだろうか。
「そうですね。イメージとしてはそのようなものです。フィールドで狩りをするような冒険者ではあまり使用することはないので知らないのも無理はありません」
っと、そろそろのぼせてきたから出よう。色が白すぎて血色が悪いように見えるサマンサの肌もかなりピンク色に変わってきている。
今日も全自動サマンサ式お風呂サービスマシンは素晴らしかったです。お風呂上がりに体拭いたりとかってなんだかんだ億劫だよね。
しばらくは狩り、指導、下級ダンジョンへの準備といったところでゆっくりする暇はなさそうだ。俺ももっと効率的に銃を使えるようにならないとな。正直情が移ってきて、サマンサたちが死ぬところはあまり見たくない。そんな状況になったら、その前に俺が死んでるかもしれないけどな。
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