ピクニック
今日も元気に討伐日和!昨日はなんか、変なメイドにしこたまやり込められた気がするけど気にしない!いつも通りガンホルダーを吊るして片手にライオットシールド!今日からは荷物持ちがいるから、スーツケースは後方待機です!
「番号!1!」
「2!」
「あ、3です」
「4、ってバカな事していないでさっさと行きますよ。それでなくても旦那様のせいでワザワザギルドの受付によって時間を食ってしまったので時間が押しているんですから」
ギルドのカウンターで時間を食ったのは主にサマンサさんが受付のメルティアと口論してたせいだと思います。あれは今思い返してもひどい戦いでしたね。言うなれば龍虎の戦いと言ってもおかしくない。あの魔法アーパー娘が実はサマンサとやりあえる女傑だとはこの俺様の目を持ってしても見抜けなかったわ。
ギロリとサマンサの目が怖くなってきたのでそろそろ森に向かって動き出そう。森に向かう道すがら、年少組とサマンサに対して一応注意点なんかを話す。基本的に俺の対モンスター戦術は釣りだ。かろうじて見える範疇にいるモンスターに対して発砲して、挑発する。気づいて近づいてきたところを滅多撃ちにして終了。安全安心、がモットーです。ということでモンスターと戦う時は絶対に俺の前面には出ないように、できるなら他のモンスターが寄ってこないか周りの確認だけしてもらう。
「その、銃ですか?そんなに威力があるものなんでしょうか?」
「あー、百聞は一見に如かずか。ちょっとそこのウサギを撃ってみせようか」
サマンサの疑問も、銃という武器の性能を知らなければ納得できる。脇の方で平和に草を食んでいるウサギに向かって発砲する。
キャッという三名のかわいい悲鳴とともに、哀れクソウサギは胴体を撃ち抜かれてご臨終。地球での発砲音を知ってると、この世界での銃の発砲音は大したことないきがするけど、初めて聞く人間には結構びっくりする音だったらしい。
「そんな大きな音がするなら、前もっていっておいてください」
「もーびっくりしたよ。これだから旦那さまはどこか抜けてるんだよ」
サマンサとタバサの文句も甘んじて受ける。確かに、始めてみたりなんかしたらびっくりするよな。ベガに至ってはプルプルと小動物のように震えている。こんなんで討伐先に行って大丈夫なんだろうか。
「とまぁ、こんな感じ。弓なんかよりは威力があると思う」
「なるほど、さすが甘っちょろい旦那様です。あら、旦那様。せっかく倒したウサギは持っていかなくていいんですか?」
「いや、一昨日ウサギ狩りすぎてギルドから受け取り拒否されちゃってて………」
「………しょうがないので、そのウサギはお昼の間食にしましょう」
「え?解体とか出来んの?」
「この超絶有能万能メイドに不可能はありません。こんな事もあろうかと昨日調味料の類も揃えてあります」
「っていうか旦那さまはできないの?僕とかベガ姉だってできるよ、その位」
解せぬ。さっきまで軽く獣を殺して尊敬の目で見られていたはずが、いつの間にかこれだからヘタレは、みたいな視線に変わっている。唯一ベガのみ、私はご主人様のすごいところわかってます!的な温かい視線を送ってくれている。ええ子や。
そんなちょっとしたやり取りをしつつ歩き続ける。ベガとサマンサにとっては今回のお手伝いも、ちょっとしたピクニックのようなものなんだろう、元気にあっちこっちと走り回って遊んでいる。まだ森までは遠いので、周りに危険も少ないとサマンサも彼女たちの好きにさせている。
「ベガ姉、あっちにお花が咲いてるよ!」
「え?どこどこ?」
キャイキャイと姦しい年少組の声を聞きながら歩く。のどかだねぇ。気分はまたもや日曜のお父さんだ。一応、危険がないか周りを見渡しているが、何にもなさすぎて飽きてくる。
「まだここら辺には襲ってくる獣やモンスターはいないみたいですから、旦那様もゆっくりして大丈夫ですよ」
「まぁ一応な。にしても、子供は元気だねぇ」
暇すぎるので、サマンサに年少組の近くにいるように指示して少し離れる。胸ポケットからタバコを一本取り出し、ライターで火をつける。昨日はサマンサたちのことのせいでほとんど吸えなかったから、久しぶりのニコチンが脳内を駆け巡る。あーこれのために生きてるわー。
こっちで紙巻きたばこは手に入らんだろうけど、なんとか代用品が見つからんと、死んでしまうなぁ。最悪葉巻とかパイプでもいいんだけどなぁ。
俺が煙を吐き出してるのを見て異世界三人組がぎょっとした顔をしている。やっぱりこっちではタバコはないんだろうか。しっかりフィルターギリギリまで吸ってから携帯灰皿に吸い殻を押し込む。
あんまりゆっくりしていて、宿泊費を稼げなくなってはアレなので、少しだけ気を引き締めて歩き出す。チラホラと同業者の姿が見えてくるようになり、いつもの狩場に到着した。
「それじゃ、どんどん狩って行こう」
俺だけ少し先行して、みんなには少し遅れてついてきてもらう。いつものように森の外周にチラホラと黒い影がうろついている。いつも思うんだが、一体奴らは何をしているんだろうか。ちょうどいい距離にいる多分オークだろう影に向かって一発発砲する。もう条件反射的にこっちに気づいて手に持った棍棒という名の木の枝を振りかぶりながら一直線に向かってくる。もうその姿は単なる道化にしか見えない。
今までだったら袋詰めの間に他のモンスターに寄ってこられないように引っ張っていくんだが、今日からは袋詰め要員がいるので袋詰めの間も周囲を警戒できるから、ある程度ひきつけたらそのまま倒してしまっていいだろう。近づいてくるまでボーッとオークの姿を眺めて、距離が10メートルほどになったところで両手の銃を乱射するだけの簡単なお仕事。10メートルあった距離の半分も詰められないままオークさんは横倒しになってご臨終。いやー強敵でしたね。
少し緊張して見守っていた三人を呼んで、タバサとベガに周囲の警戒をしてもらう間にサマンサと二人でオークの袋詰めを済ます。なんていうことでしょう。あんなに大変だった袋詰め作業が二人でやれば当社比500%くらいの効率です。もう一人になんか戻れない。
「さすがは旦那様です。この調子でどんどん狩りましょう。目指せ市街の一等地に屋敷持ちですね」
「え?やだよ。いつでも足が伸ばせるお風呂に入れる環境は手放しません」
「大丈夫です。この超絶有能メイドにおまかせください。ちゃんとお風呂の設備がある屋敷を見つけてまいります」
「あー、だったらいいかなぁ」
もうだんだん地球に帰るのが億劫になってきた。帰る方法なんて雲をつかむような話だし、帰ってもやらなきゃいけないことなんて兄貴の結婚式と、大学の卒業くらい?大学の卒業も面倒なキャップストンのクラスも残ってるし、就職だって他の優秀な学生たちとコンペティティブな競争を勝ち抜いてインターン枠をゲットしてとかって考えていくと、もうこっちで暮らしていけるだけの貯金作って自堕落に暮らしていった方が幸せかもしれない。まぁそういう悩みは後でするとして、今日はとりあえずお金稼ぎに集中しましょう。
ー二時間後
なんということでしょう。袋詰めに時間がかからないから、いつもより早く袋はパンパンになってしまいました。すでに袋に入らないオークからの魔石の数も5個も溜まってます。
「多人数ってスゲェ」
「魔物討伐にソロっていうのがまずもっておかしいんです。旦那様の場合はモンスターを倒すのに人数が必要ないのでありがたみは薄いかもしれませんが」
俺が感動している横でミランダが周囲の警戒をしながらダメ出ししてくる。現在は、タバサとベガの二人が今さっき殺したオークの死体から魔石を取り出すために奮闘中だ。オレも手伝おうとしたのだが、ベガからは、こういう仕事は私たちのものだから、とやんわりと断られ、タバサからは、正直邪魔なだけだから、とばっさりと切り捨てられた。俺の解体用のナイフはすでにタバサの腰が定位置となっている。解せぬ!
「旦那さま、取れたよー」
心臓から取り出したばかりの血の滴る魔石を捧げ持つようにして、タバサが返り血を頬につけたまま近寄ってくる。サマンサの話では13歳と言う話だったが、栄養が足りていなかったのか見た目はもっと幼く見える少女がナイフ片手にモンスターとはいえ人型の生物の腹をかっさばいて中の心臓をえぐり出してる場面は正直ホラーでした。
ありがとう、と受け取って、魔道具の水瓶で濡らした手ぬぐいで頬やら腕やらに飛び散っている血を拭ってやる。タバサが終わると、すでに隣で待っているベガも同じように。
「それじゃ少し離れるぞー」
先日もそうだったが、オークの死体を放置していると血の匂いに誘われたゴブリンが寄ってくることがある。すでに死体に夢中になっていればいい的でしかないが、鉢合わせたら面倒だ。
「少し離れたところで火を焚いてお昼にしましょうか」
と、行きの駄賃で殺した後、サマンサが肩に吊るしていたウサギを料理してくれるらしい。しかし、火を焚くのはいいが燃やすものはどうするつもりなのだろうか。
「ちゃんと行きがけに小枝や燃えそうな枝については拾ってきています。オークの持っていた木も燃やせそうですし」
スゲェさすが有能メイド。
「もっと褒め称えてもいいんですよ」
だから心の中を読むなよ。
遠くの方に見える同業者や森から離れて火を起こす。ついに魔道具チャッカマンが初出動。でもよく考えたら俺タバコ用にライター持ってるんだから必要だったんだろうか。結構な値段を取られたような覚えがあるんだが。
テキパキと火を起こす準備をしているタバサとベガに、手際よくウサギの解体を進めているサマンサ達とは違い、手持ち無沙汰な俺は手に持ったチャッカマンの存在意義を考えていた。
「ご主人様、火つけの魔道具を貸していただけますか?」
と、ベガが火を起こす準備を終えて声をかけてきた。ええ子すぎる。
「ああ、よく考えたら俺他にも火をつける道具を持ってたからな、この魔道具はベガに進呈しよう。今日は頑張ったから、ご褒美だ」
「え?本当ですか?ありがとうございます!」
ウンウン。喜んでくれてなによりだ。と、一連のやりとりを見ていたタバサとサマンサが何故かジトッとした目線を送ってきているのに気づく。なんだろう、別にうらやましいとかいう感じじゃない。ベガはスキップしそうなくらい喜んで用意した小枝の櫓にチャッカマンで火をつけている。あ、わかった。意識してなかったけど、どこの世界に仕事用の道具をご褒美として渡す奴がいるんだ。
やっちまったー、と俺が気づくと、二人してやれやれとばかりにため息をついて首を振ってくれた。本人が喜んでるんだからいいじゃないか!と思ったが、嬉しそうにチャッカマンを見つめるベガを見つけて、余計不憫になりました。ええ子すぎて心が痛い。もう街に帰ったら圧倒的ご褒美を用意しなきゃ!
そうこうしていると、火は順調に大きくなり、サマンサの方も部位ごとに切り分けたウサギ肉を枝に刺して準備が整う。みんなで火を囲んで腰を落ち着ける。焚き火ってなんていうか心が落ち着くなぁ。火の周りに刺しているウサギ肉からも香ばしい匂いが漂ってくる。ウサギ肉なんてあんまり食べたことないけど、美味いんだろうか。
「旦那様、あとどれくらい狩りを続けていきますか?」
「今何匹くらいだっけ?」
「袋の中のオークが10匹、魔石のみで6つ、ゴブリンの魔石と右耳が8つずつですね」
えっと、今んところいくらになるんだ?実を言うとどういう感じで報酬が払われているか全くわからない。
「今のところ、オークの買取が全額払われたとして、4880ディナールです」
さすが有能メイド、痒いところに手が届く。
「宿代ってだけなら大丈夫だけど、色々他にも入り用だろうし、もう少しやっていこうか」
昨日教えてもらったけど、サマンサたちは宿の備品以外の私物を持っていないらしく、昨日はお金がなかったので今日の分の衣服だけしか買えなかったが、色々と買わなければならないものも多いだろう。
あとベガに特大のご褒美、これ絶対。
「私たちは大丈夫ですが、旦那様のその銃でしたか?それは大丈夫なんでしょうか?」
「わからん!」
自慢じゃないが、便利だから原理とか考えずに使ってるだけで、あのスーツケースの黒い靄にしろ謎すぎて手がつけられない。とりあえず、仮定の仮定で、魔石をスーツケースに落っことしたら補充されているような気がするから、前回の狩りで余った魔石は放り込んどいたけど、何かが変わっている気もしない。
「たぶん大丈夫だと思う。銃を打ち切ると黒い靄が薄くなるんだけど、スーツケースから補充すればまた撃てるようになるし、スーツケースの方の靄は薄くなる気配はないから」
本当にどうなってるのかむしろ俺の方が聞きたい。
「でしたら、安全のためにもゴブリンを狙って、これから先の魔石はスーツケースなどに使うようにいたしましょう」
と、そこでウサギ肉の方もいい感じに焼きあがったらしい。サマンサが一番に俺に渡してくれる。みんなが手に取るのを待ってかぶりつく。うまい。ちょっと歯ごたえのある鶏肉みたいな感じ。確かに筋っぽいけど、塩と香辛料の味が染み込んでてうまいわ。
タバサとベガの方はあっという間に完食して次の部位を狙っている。すぐに手を出さないのはやはり気を使ってるんだろうか。子供が変な気を遣っているのを見るのは気分が悪いな。サマンサが目でお代わりを聞いてくるが、年少組が狙っているのもわかるから、遠慮しておく。別にお腹減ってるわけじゃないからな。頭ではそこまで年少ではないとはわかってるんだが、普段の行動的にどうしても子供扱いをしてしまうな。
「どうせだったらもう何匹か獲ってくるべきだったか」
子供達の食欲を見ていると、1匹のウサギでは少なかったかもしれない。
「旦那様、優しいのと甘やかすのとは違います。残りの狩りで働いたら、帰りに蚤の市で何か買ってあげれば十分かと」
つっても、サマンサはもちろんの事、ベガにしろタバサにしろもう少し食って肉をつけたほうがいい。二人ともサマンサほどガリガリじゃないが、子供はもう少しふっくらしてるくらいがちょうどいいと思う。サマンサ、お前はもうちょっと食べなさい。
「誰が貧相で骨と皮しかないとおっしゃいましたか?」
「いや、言ってねぇ」
ちょっと前は確かに思ってたけど。
「全く、甘っちょろい旦那様がそう思うんでしたら、もっと頑張って稼いでいただかないと」
結構俺頑張って稼いでると思うんだけどな。確かに銃におんぶに抱っこで俺の頑張りとかあんまり関係ないかもしれないけど。
「まだまだです」
「メイドの主人使いが荒いです」
「その分夜にお返しして差し上げています」
「子供の前でそういう話は禁止」
全く教育に悪いメイドだ。そして年少の二人とも、耳をダンボにしながら私たちわかってますからご自由にどうぞ、みたいにあからさまに明後日の方向を向いて話してるフリをするんじゃありません。
これ以上脳内エロメイドが口を滑らす前に、さっさと狩りに戻って早く街に戻ろう。子供達も蚤の市で屋台を3件くらいハシゴすれば忘れてくれるだろう。たぶん。
「全く、こらえ性のない旦那様です。あなた達も荷物をまとめなさい」
サマンサが声をかけるとテキパキと動き出す。ぶっちゃけ、こういうことに関しては、年少組にも技能が劣る俺は単なるお荷物にすぎない。うん、微妙にいづらい。タバサとか絶対わかってて、この使えない旦那さまは仕方ないよねぇ、みたいな感じでサマンサとアイコンタクトしてるし。君、そういうことしてると君だけ屋台の品物少なくするぞ。そう念じてタバサの方を見ていると、タバサはキョトンとした顔で見つめ返してくる。
よかった。読心術まではサマンサを真似てない。このまままっすぐ育ってくれると俺は嬉しいです。
「旦那様、バカなことをしていないで邪魔になりますから端に寄っていてください」
完全に今俺の心の中を読んだよね。表情を読んだとかって、今サマンサからは死角になってたから、無理だからね。サマンサに言われた通り端に寄りつつ心の中で叫んでみたが、サマンサは年少組と一緒になって片付けに奔走していて何の反応も返してくれない。少し寂しい。
あれ?今ふと思ったけど、今の反応はサマンサの宣言通り、完全に教育された犬のような状態なんじゃないだろうか。サマンサがニヤッとこちらを見て一瞬笑ったのが見えて、ヒヤッと嫌な悪寒が背中を走る。
そ、そんなことあるわけがない。あったとしても今一瞬のことだけだ。大丈夫、俺は大丈夫………なはず。
「旦那様、そんなところでいじけてないで用意が終わったので行きますよ」
サマンサがさっきの笑みが幻のように澄まし顔で声をかけてくる。やっぱりさっきのは俺の目の錯覚だったに違いない。
「お、おう。それじゃ、さっきのオーガのところにゴブリンが来てるかもしれないから、さっきのところから行ってみるぞ」
頑張って、高圧的な態度をとってみて、返事を待たずに進んで行く。後ろからサマンサに説明されてクスクスと笑う3人の声が聞こえる気がするのは、気のせい。俺は知らない。
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今日の狩りは随分と捗りました。何より、スーツケースを持ち運ぶ要員が増えたことによる銃の補充が楽になったことによって、袋が満載になった後も継続して狩ることができたのがでかい。結局、お昼休憩の後も2時間ほどみっちり狩りをしたおかげで、ゴブリンを15、オークの魔石のみだが7つ増やすことができた。
いつも通りキャリアーにホームレスの空き缶集め状態で解体小屋に入ると、気だるいケミットが出迎えてくれる。
「おう、今日はまたヘンテコなグループでやってきたな」
「旦那様の筆頭奴隷でサマンサと申します。以後お見知り置きのほど、よろしくお願い致します」
「ついこの間、冒険者になったばかりでもう奴隷を買ったのか」
「なんていうか、成り行きでそうなりました」
ケミットと雑談をしてる間にも、解体小屋の従業員がわらわらと出てきて袋からオークの死体を取り出している。年少組は解体小屋のドワーフたちが手際よくオークを解体する現場に興味津々でかじりついて見ていた。うちの子どもたちはちょっとおかしいかもしれない。慣れたとはいえ、さすがに俺にはあんなスプラッタ映像を直視する勇気はないです。
「袋の分と、こちらの方も検分をお願い致します」
サマンサが取り出したのは、スーツケースに使う以外のゴブリンとオークの魔石だ。討伐証明のゴブリンの右耳の方は袋の中に詰め込んでいる。
「今日も大量だな。景気が良くて羨ましいこった。ちょっと待ってろ」
血がどっぱー弾けて、小さい肉片がそこらじゅうに飛び散るのも御構い無しに見た目小学生くらいの背丈のドワーフが鉈を振るう現場へケミットが歩いていく。そして子供達、そんな見せもんじゃないんだから、血とか肉とか弾けるたんびに歓声を上げるんじゃない。従業員の方が調子に乗っていつも以上に荒々しく解体しちゃってるでしょ。
「オークは10匹だな、っとお前らオークの魔石はあるんだが、討伐証明部位はどうしたんだ?みたところ袋の中はゴブリンだけみたいだが」
「え?オークに討伐証明部位なんてあったんですか?教えてもらってないんですけど」
「ああ、そうか。普通オークをこんな量狩れるんだったら、さっさともっと割のいいモンスター討伐に行くもんだからな。体ごと持ってくりゃ知ってる意味もないんで、あんまり知られちゃいないがオークの討伐証明も右耳でやってるんだ」
そういう説明をしないのは職務怠慢だと思います!謝罪と賠償を得る権利が当方にはある!普通に考えれば討伐したわけだから、報酬を得られることぐらいわかって自分から疑問に思えよ、っていうツッコミは無しの方向で。
「まぁ今回だけは魔石でカウントしてやるよ。ちゃんと次からは取ってこいよ」
さすがケミットさん。伊達に毛むくじゃらじゃないですね!そこに痺れも憧れもしねーけどな。だってそんなの当然ですしおすし。
「バカみたいに大量に狩ってきやがって。計算するこっちの身になれってんだ。また狩場荒らしだって有象無象が騒ぎ出す前に、さっさと別のモンスター狩りに行くか迷宮にでも行った方がいいぞ」
「俺、他のモンスターとか知りません」
「自分で調べろそんくらい。ええと、オークが10匹、解体費用を差っ引いて1800か、オークの魔石が13で1300、ゴブリンの魔石が8個で640、合計でーあー3500か?」
「3740ディナールです」
「ああ、本当に面倒だな!んで鑑札がオークが23のゴブリンが23だな」
サマンサの冷静な突っ込みをよそに、ケミットが頭を抱えながら手元の紙で一生懸命計算している。鑑札がまたも46個。変な偶然だけど、この間のウサギの鑑札の再来である。奥から代金を引っ張り出してきたケミットからサマンサが硬貨を受け取る間に子供たちを呼びつけ分担して鑑札を運ぶ。サマンサが持っているのは俺の財布のはずなのに、昨日から俺の腰に戻ったことはない。なぜだろう。
「次からは本当にもうちょっと狩る量を考えろ。数えるのが大変だっていうのもあるが、そのうちいらないトラブルを招く事になるぞ」
最後にケミットから本気のお小言をもらって、解体小屋を出る。ちらほらと俺たちと同じように討伐帰りの同業者の姿も見えてきた。中には今まで見たこともなかったが、俺がキャリアーで運ぶのと同じように時代劇に出てくるような猫車を使っている同業者の姿も見える。でも、車輪の部分や車軸の部分は木で作られていて、俺のキャリアーとは比べるべくもなく大変そうだ。ぶっちゃけ指でも動かせちゃうキャリアーの技術力の差!文明って素晴らしい。
子供たちとサマンサを連れてギルド前の階段を上る。鑑札をキャリアーの上に乗せながら運ぶのだってもう慣れたもんだ。46個をジェンガ状態にして運んだ経験のある俺には不可能はない。
ギルド内は微妙に混雑していて、ここまで同業者の姿を固まってみるのは初めてかもしれない。ファンタジーな金属鎧だとか俺が来ているような鱗や皮の装備で身を固めた同業者たち。数は少ないが、中には魔法使い!って感じのローブ姿の人間もいる。
受付はフル稼働していて、なるべくなら空いているところに並びたいが、サイファに怒られちゃうから一番混雑しているメルティアの前の受付に並ぶ。子供達は物珍しいのか周りをキョロキョロと見渡しては二人で何やら内緒話をして遊んでいるが、サマンサは最初会った時のような澄まし顔。にしても、鎧姿やローブ姿の人間の中に町の古着屋で買ったE:布の服なうちの子たちは非常に目立つ。俺も最初の頃はこんな感じで浮いていたんだろうか。
まぁよく考えたら、この世界の素材じゃ考えられないようなポリカーボネートのスーツケースに金属のキャリアーを押している時点で悪目立ちするのは当然でしたね。
遅々として進まない列と、無遠慮な周りの奴らの視線にイライラしながら待ち続ける。そこそこ、どう考えても中年にさしかかってるブサメンがまだティーンを何年も残してそうなメルティアを口説いてるんじゃない。おまわりさん、こっちです!ロリコンは不治の病だから、性犯罪者には生き地獄を!お、俺は違うよ!俺とサマンサの馴れ初めは強姦じゃなくて、最終的には和姦だっらからセーフでいいと思うんだ、全く覚えてないけど。
「全く、外見に騙される男性が多くて本当に嘆かわしいですね」
ポツリ、とサマンサさんが呟く。っていうかなんであなたはメルティアに対してそんなに敵対的なんですか、初対面からだよね。
「こう、心の底からこいつは敵だ、という確信が湧いてくるんです」
お願いだから、心の中の声と普通に会話しないでください。周りの人から変な目で見られてるでしょ。そして、そんなバトル漫画みたいなノリは必要ないですから。
列が進むにつれて隣の方から感じるプレッシャーが強くなってきて、なんかポンポンが痛くなってきた。なんで俺一緒にギルドに来ちゃったんだろう。行きのことを考えればこうなるのはわかりきってたはずなのに。俺のバカ。
「そういうのはまた今度お願いしますね。次の方どうぞー」
特別しつこかった俺の前に並んでいた同業者を適当にあしらって、次を呼ぶメルティアの声が聞こえてきた。やっと、というかとうとう来てしまった感がすごい。
なんか隣に立つサマンサさんの後ろから漫画みたいにゴゴゴゴゴってSEがなっている気がする。完全に戦闘態勢です。本当にありがとうございます。
「あ、ヨシヒサさん。魔法の指導の予約ですね」
「さっきまで、テキパキと仕事をしてて少し見直した俺の感想を返してください」
あああ、条件反射的に突っ込んじゃったけど、あからさまに無視された形の俺の目の前に立つサマンサさんのオーラは有頂天です。
「くだらない話は仕事をしてからにしていただきたいですね」
「あははー、今あなたのご主人様とお話ししてるのが見えませんでしたか?」
意訳すると、くだんねーことしてねーで仕事だけしてろ、おう、あくしろよ。奴隷風情が会話に口突っ込んできてんじゃねーぞ?お?ってところだろうか。
胃がキューっと押しつぶされたように痛む。ううう、誰か助けて。
苦しむ俺に天から助けが訪れる。猛獣大戦争と俺の間に立ちふさがって、守ってくれたのは後光を背負った天使、いやベガさんでした。両手を広げてその背に俺を隠そうとする。ベガさんの背中は小さすぎて全然隠れてないんだけどね。でもその心意気だけで朝昼晩とベガさんの方を向いて土下座礼拝するレベル。ベガさんまじエンジェル。
それに比べて、メルティアは仕事そっちのけでサマンサと口論を続けているし、サマンサさんの恐怖オーラは絶好調、タバサに至っては猛獣大戦争の最前列観客として賑やかし要員だ。周りの同業者も、ヤンヤヤンヤとノリよく即興で人垣のリングを作っている。
ドウシテコウナッタ。
俺が呆然としている間に、一人だけ別世界にいるように落ち着いていたベガさんはサマンサから財布、タバサからは残りの鑑札を手に入れて、騒ぎを呆れた顔で見ている受付のいる隣のカウンターへ引っ張って行ってくれる。ベガが天使すぎて生きるのが辛くなってきた。
「ご主人様、ギルド証を」
ベガさんは後ろの方の騒ぎなど関係がないとばかりに、俺のギルド証を取り出しておばちゃんを急かす。ああ、ついでに周辺討伐ガイドもお願いします。ケミットから言われた通りそろそろ他のモンスターを視野に入れていかないと。毎回ホームレスの空き缶集めは嫌だ。
ベガはおばちゃんから本と一緒に討伐報酬を受け取って、そのまま俺の手を引いて外に向かう。サマンサたちはそのままだが、置いてっていいんだろうか。
「大丈夫です。サマンサお姉さんもタバサも子供じゃないんですから、飽きたら自分達で宿の方へ帰ってきますよ」
サマンサはともかくとして、タバサとベガは見た目は子供だと思うんだけど。まぁ、実の姉妹がそう言っているのだから、いいか。ぶっちゃけ俺もあんまり関わり合いになりたくないし。あとでサマンサに文句を言われたら、最悪ベガ大明神にご降臨願えばなんとかなるといいな。思った以上にこの子しっかりしてるし、天使だし。
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今朝までの金欠が嘘のように財布が重い。この世界に来てからこっち、所持金の乱高下が半端ない。ベガに少し待ってもらって路地裏でキャリアーをスーツケースに押し込んでしまったのでやっとこさ身軽になる。
スーツケースを引いて路地裏から出ると、すぐにベガが気付いて開いた方の手にひっつく。サマンサの話では今年で14だと言っていたが、体の成長にしろとてもそうは見えない。白人っぽい造形をしてるから、成熟は早そうなもんだが。
「それじゃあ、サマンサたちは時間がかかりそうだから先に色々買い出しに行こうか」
「はい!」
うん、すごくいい返事。なんていうかこう言う素直な反応を返されると荒んだ心が癒されていくわ。ベガには超絶ご褒美を忘れないようにしないと。
とりあえず最初に向かったのは魔道具の店だ。昨日サマンサがどうしても買いたいと駄々をこねていた一品をお金がなくなる前に買ってしまわないと後が怖い。
「でも、確かにお外で温かいお茶が飲めたら幸せですよね」
どうしよう、俺の中でベガの株がストップ高で天元突破なんですけど。
そう、ベガが言う通り、サマンサがごねた逸品というのがこの携帯式コンロのような魔道具だ。これ実は昨日サマンサがホテルの部屋で使ってたやつを気に入って、どうしても外でお茶がしたいと言うためだけに買うらしい。
「それはもう、野外での湯沸かしから、野営の時のスープ作りまで万能に使える逸品で、当店自慢の商品の一つでございます」
魔道具屋の店主が揉み手をせんばかりにセールストークをぶち込んでくるせいで、ベガ先生の癒しの時間だったのが途端に怪しい深夜のテレビショッピングに変わっちまった。
しっかし、高い。なんでこんなもんに2000ディナールもかかるんだ。日本円にして20万。しかも維持費も魔石だろ?現代のカセットコンロを見習えよ。安いのなら本体と予備のガスボンベ入れても5千円でお釣りくるぞ。
でも悔しい、買っちゃう。だってサマンサ怖いし。昨日までだったらごねてたかもしれないけど、今日の迫力知っちゃったら仕方ないよね。
ベガは店主を捕まえて真面目に他の商品を吟味している。っていうか、今疑問に思ったんだけど、これからも彼女たちは討伐についてくるつもりなんだろうか。サマンサはまだしもベガやタバサについては一応危険だから待っていて欲しいきもするんだが。
「特に他に欲しいものはないと思いますけど、ご主人様は何かありますか?」
特にはなさそうだが、一応ちゃんと商品が置かれている棚を覗く。といっても、その外見から用途が想像できる商品の方が少ない。その中で気になるのは一つ。前回来た時に見せてもらったスーツケースの劣化版、魔法の箱を小さくしたものだ。手に取ると、其れこそ、今俺の腰につけているポシェットと同じ程度、使用方法としても同じ様なものとして考えているのか、ベルトを通すための金具もついている。金属の見た目の割にはそこまで重くもない。
「そちらの商品は、普通の魔法の箱がどうしても嵩張ってしまうという欠点を克服した画期的な商品になるはずだったのですが、いかんせん、ものを小型化した所為で普通のリュックと同程度の容量なうえ、小型化に伴う間口の狭さで少々使いにくい当店では唯一と言っていいあまりお勧めできない商品ですな」
魔法の箱、スーツケースと違って間口の広さに入る物が依存するのは初めて知った。さすがスーツケースさん、チートですね。スーツケースがあればぶっちゃけ必要がないっちゃないんだが細々したものを一々スーツケースを開けて取り出すのも面倒臭い。
「おいくらですか?」
「そうですな、失敗作とはいえ、開発にはそこそこかかっていますので3000ディナールといったところでしょうか?」
うーむ、高い。でも、買えない値段じゃないしどうしようか。別に絶対に必要ってわけでもないし、この後、蚤の市や服屋、サマンサは自分で服を仕立てるとか万能メイドっぽいことを言っていたから布屋にも回らなければならない。
これを買ってしまうとまた宿代にも苦しくなるからまた今度かなぁ。産廃処理に必死になる店主を巻いてさっさとコンロだけ清算して店を出る。
服屋だとか布屋はサマンサたちも一緒の方がいいだろうから、少し蚤の市を覗いて一度宿へ戻ろう。おあつらえ向きにベガ一人なので何かご褒美になるものが見つかればいいな。
******
「サマンサです。甘っちょろい旦那様の教育が形になってきたと思っていたら、実の妹に寝取られました」
帰ってきたら、すでに宿の部屋へ戻っていたサマンサがいきなり訳のわからないことを言いながら出迎えてくれました。
「変なこと言ってないで、お土産買ってきたからみんなで食べよう」
屋台から色々選んで買ってきてみた。夕食前の間食になってしまうが、サマンサにしろタバサにしろ痩せすぎだからもう少し太らせるためには手段は選ばないよ。
だって、さっき通りでベガに腕にひっつかれた時、正直普通の14歳にはあるまじき肋骨の感触とかしてたし。そのベガのお下げ髪には青いリボンが巻かれている。さっきご褒美として買い与えた時にあっという間に結び直してしまった。見た目は子供でも、女特有のスキルは既に習得しているんだな、と妙なとこで感心した。
そのベガはタバサを巻き込んでテーブルに買ってきた屋台の食べ物を並べては、つまみ食いをしているタバサに注意している。ぶつぶつと、一人で壁に向かって誰かに話しかけているサマンサをなだめすかして、みんなでテーブルに着く。
どんなものか特に確認せずに、目についたものを手当たり次第に買ってきたのだが、匂いは結構美味そうだ。変な動物の肉とかないよね。ウサギは結構いけてたから、ネズミまでならギリいける?買い求めている時は、財布の口がガバガバの俺をちょっと呆れたような視線で見ていたベガも、今ではタバサと一緒になって食べ漁っている。
「そういや、これからのことなんだけど」
「旦那様、そういうことは寝物語にでも話して差し上げます。誰が筆頭奴隷であるか、節操がない旦那様に良く言い聞かせた後に」
どこでそんなスキルを得たのか、結構上品に串焼きをいただいていたサマンサが俺の言葉に反応する。そうじゃねぇよ。
「訳がわからないような、わかりたくないだけのような。そうじゃなくて、これからも今日みたいに一緒に討伐についてくるつもりなのか?」
「ああ、そちらの方でしたか。それでしたら、自らのお屋敷があるわけでもございませんし、日中の仕事もございませんので旦那様がよろしければ、ついていくつもりです。あのような女狐の前に旦那様だけにするわけにもいきませんから」
「メルティアのことを言ってるなら、女狐っていうよりも子犬ってイメージなんだが」
サマンサは、一瞬マジかお前、みたいに目を見張った後、殊更動作を大きくしてため息をつきやがった。本当に敵視がひどいね。一緒に行くのは別にいいんだけど、ギルドに行くたびにあれは少し困る。
「まぁ大丈夫ですよ。さすがに今日みたいなことはこれからは控えます」
これはあれなんだろうか、一昔前の青春漫画的な、夕日をバックに背負って昨日の敵は今日の友、みたいな。次行ったら仲良しこよしになってるフラグ。
「あり得ませんね。どこまでいってもあれは敵です。ただ旦那様にご迷惑をおかけするのは本意ではないので我慢するだけです」
なんでそんなに嫌ってるのかはわからんけど、我慢するっていうなら別にいいか。
「そのことについてなのですが、よろしければ、私たちに冒険者ギルドの各技能指導に通わせていただければ、と。私はどのような技能が芽生えるかはわかりませんが、タバサなどはシーフ技能について将来有望かと」
サマンサの視線をたどると、ベガの制止もなんのそので口いっぱいに串焼きを加えているタバサがいる。確にサマンサの言う通りこの先ダンジョンへ通うことになればシーフ技能は必須だという話だし、それがタバサが覚えられるというならば、わざわざ身知らずの人間とパーティを組む必要性もない。ただ、タバサのような見た目幼い少女をダンジョンのように危険な場所に連れて行くのは少し俺としてはどうかと思うんだが。
「別に街中にいるからといって、危険がないわけではありませんし、旦那様が楽になる言い訳としてなら、タバサに取っても手に職をつけるという意味では、将来の財産として有用かと思います」
はいはい。俺が考えるようなことは、当然考慮済みですよね。
「僭越ながら」
全然僭越だなんて思ってないよね。
「本当に正直にお答えいたしましょうか?」
ごめんなさい、要りません。
ちょっとした間食の後、連日になるが総出でお買い物。宿の契約も延ばしたし、また財布が軽くなってしまった。でも、楽しそうなサマンサたちを見ていると、別にいいかな、と絆されている自分に少し愕然とする。
別に肉体関係を持っただけで、ここまで情がうつる軟弱じゃなかったつもりだったんだが、やはり、異世界に一人だけっていう状況は気づかないうちにフラストレーションを溜めてたのかもしれない。サマンサを身請けした時は、いつでも捨てられるつもりだったんだけどなぁ。
そんなことを考えながら楽しそうに食事を続けるサマンサたち眺めていると、サマンサがふと振り返ってニタリ、と笑った。
あなた、やっぱり実は読心術的なファンタジー技能持ってますよね。
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