朝チュン、若くは強姦は犯罪です。

 うー、頭がいてえ。完全に二日酔いだ。昨日はサマンサの勧めるまま、しこたまお酒を飲んだせいで、寝るときはほとんど記憶がない。ズキズキと脳みそが物理的に脈打つような痛みとともに、胃のあたりの不快感もある。二日酔いになるたびにもう二度と飲むのやめようと思うんだけどなぁ。申し訳程度に体にかかっているシーツを剥いで起き上がると、何故か裸。そして、起き上がるときに体を支えた手が何か柔らかいものを踏み潰す。


「あん、朝からですか?旦那様」


 隣から聞こえてくる声。え?どういう事?聞きたくない。見たくない。これは夢だ。ああ、なんだ俺はまだ寝てるんだ。


「おはようございます。旦那様。初めてでしたが、ご満足いただけましたでしょうか?」


 ダラダラと嫌な汗が体を冷やす。恐る恐る隣を見るとシーツで貧相な体を隠したサマンサがいつもの無表情でこちらを見つめている。


 何があった?一生懸命記憶を探すが、昨日はルームサービスの夕食でしこたま酒をかっくらっているところで記憶が途切れている。何度目かも分からないエールのお代わりを飲み干したところで、前後不覚な状態でサマンサに介護されながらベッドに入って………覚えてない!俺は何をしてしまったんだ。


 いや、状況的に一つしかないのはわかってるんだけどさ。認めたくない。昨日、サマンサに奴隷制について聞いた時、もう一つ聞いていたことがあった。サマンサは現在宿の備品扱いで、傷物にした場合、残りの年季分の買取りとなるらしい。うそっぽく買い取っていただけますか?と聞いていたサマンサだったが、まさか確信犯だったんだろうか。


 だらだらと汗を流して固まっている俺を尻目にサマンサの方はベッドを出てさっさとお仕着せのメイド服を着込んでいく。裸のサマンサがベッドを抜け出す時に、ベッドに生々しい赤いシミがあったのは気のせいだ。


 茫然自失のままサマンサに介助されていつの間にか服を着込んだ俺の目の前には、連日フロントで顔を合わせていた執事然とした男性がいた。その奥には風呂場にいた筋肉ムッキムキの筋肉マッチョの姿も見える。


「おはようございます。私この宿の支配人をしているトラッドと申します。すでにメイドからお話は聞いておられることと思いますが、こちらのメイドをお引き取りいただくということでよろしいでしょうか?」


 拒否ができるんならしたいです。


「こちらのメイドの残り年季、および新規奴隷の初期教育費等合わせまして金貨20枚、20万ディナールとなります。しかし、お客様は見た所冒険者のご様子、さすがに今すぐその金額をご用意していただくのは大変でしょう。私たちとしても今すぐこちらのメイドのスペアを用意するのは大変ですので、一ヶ月をめどにこちらのメイドをこのままこの宿で働かせていただく代わりにお支払いをお待ちするというのはどうでしょう?」


 金貨20枚!?日本円にして2千万ってどういうことだよ!人一人の人生20年近く買うと思えば安いのかもしれないけど、そんな金はありません!逃げるか?


「担保として、ギルド証の写しを取らせていただきますが、よろしいですね?」


 逃げたら冒険者ギルドを通じて取っ捕まえるってことですね。わかります。


 懐から取り出したギルド証を半ばひったくるように受け取って傍に控えた筋肉マッチョに手渡す支配人。ちょうどその時、朝食を運んできたウェイターが異様な空気感じて目を丸くしていた。


「御朝食が済む頃にギルド証をお返しに上がります。それでは」


 朝食の乗ったトレイを残して、ウェイターとともに部屋を出て行く支配人と筋肉マッチョ。今までの間、我関せずだったサマンサも朝食の用意のために動きだす。いや、ちょっと待て。その前に色々と話が必要だと思うんですけどね。


「ほら、旦那様。今日はベーコンがこんなにカリッカリですよ」


 いや、確かにベーコンがカリッカリなのは嬉しいけども、今気にしなきゃいけないのはそんな事じゃない。たちの悪い美人局にでもあった気分だ。


「正面、座れ。話」


「ほら、旦那様、そんな怖い顔をしてたら可愛い顔が台無しですよ」


 なんとか話をそらそうとするサマンサの手にはパンがかじられた状態で存在している。っていうかそれ俺の朝食だよね。こらそこ、あら、美味しい、みたいな感じの顔芸してるんじゃない。しかもさも当然のように俺の朝食を食うな。っていうか会ったばっかの時の無表情キャラはどうした。


 このまま話をさせようとしていると、朝食がすべてサマンサの胃の中に消えていきそうなので、俺もバスケットに乗っているパンに手を伸ばす。あ、本当にうめえ。


「それで?何か言い訳は?」


「いいわけですか?言い訳と言われましても、昨日の旦那様はそれは獣のように荒々しく、抵抗する私を組み敷いて」


「そういう話じゃないよ!どういうつもりなのかっていう話!」


 高級宿だけあって、質も量も大満足なはずの朝食も、二人で食べればあっという間になくなってしまう。カリッカリのベーコンはうまかった。段々はっちゃけだして遠慮なく半分持って行きやがったサマンサ、許さない。食べ物の恨みは恐ろしいんだぞ。


「話と言われましても簡単なことですよ?旦那様は超絶有能なメイドにして夜は娼婦な美女を個人用に手に入れてハッピー、私はあと十何年もある年季を甘っちょろい旦那様の世話をするだけになってハッピー。ほら、誰も不幸じゃないですよね?」


「俺は不幸だよ!バカみたいな借金背負わされて超絶不幸だよ!それと自分で美女いうな」


「そこらへんは追々教育するとして。旦那様はこの辺りの常識に疎いですから、何か問題が起こる前に私みたいに常識を知ってる人間をそばに置くのは有用だと思います」


 必要ですよね?っと、さも当然のように聞いてくるサマンサは奴隷然としていた昨日までの無表情とは打って変わって、憎たらしい私わかってますよ的な笑みを浮かべている。


「確かに、常識には疎いかもしれないけど、それだけならもっと安くて違う方法だってあるだろう」


「そこらへんが、常識に疎いってことなんですよ、旦那様。確かに私よりも安い奴隷はいるかもしれませんが、ある程度教育されてる上に、旦那様を騙そうとしない奴隷という意味では、私はかなりお買い得ですよ?」


「昨日思いっきり、嵌められたと思うんだけど」


「そこは必要な犠牲です。これから先は身も心も旦那様に捧げますから安心してください。大丈夫です、絶対に後悔はさせません。正直に言ってしまえば、こんな安牌な旦那様を騙しても年季が減るわけじゃありませんし、今度もまた旦那様のような甘っちょろい方を見つけるのはかなり困難ですから」


 はっちゃけるはっちゃける。これ、もう俺怒ってもいいところだよね。怒りというか、不満というか、何だかわからないフラストレーションが溜まって憤慨する俺を尻目に、サマンサは自分だけ食後の紅茶を堪能して一息入れている。


「はいはい、旦那様にも今淹れて差し上げますからね」


 そしてこれだ。さも俺が聞き分けのない子供のような扱いをしてくることが気に入らない。俺より年下のくせに!


 コップが一つしかないのでサマンサが飲み干したカップにおかわりを入れて差し出してくる。猫舌な俺にはちょうどいい感じに温い。確かに一番最初に俺に入れてもらっても熱くて飲めなかったかもしれないが、そうじゃない。一応主人になったんなら、俺が一番最初に飲むというのは俺のわがままなんだろうか。文句を言ったらそこらへんを突かれそうなので、黙るしかないのがまた、フラストレーションがたまる。


「一万歩譲って、俺にサマンサみたいな奴隷が必要っていうのはわかったけど、どうするんだよ。俺に20万ディナールなんて大金用意できないぞ」


「それじゃ、私がどれだけ有能かっていうところを旦那様にもわかっていただきましょうか。もちろんそこらへんもちゃんと考慮済みですよ。色々と噂話で旦那様のことは話題に上っていたんです。ツノウサギを山のように駆除したお話だったり、オークの死骸をちょっとソロでは考えられないくらい運んでいたらしいですね」


「って言っても、森の外周をウロウロしてるはぐれを一匹ずつ処理しただけだぞ。ランクだって昨日Eにあがったばかりだ」


「ランクEでこの宿に泊まれるっていうだけで規格外なんですけどね。その話は置いておいて、ツノウサギをそれだけの量狩ることができるということは、遠距離の武器で、なおかつオークを簡単に処理できる程度の威力をお持ちであることは想像できます。近距離武器でしたら、ツノウサギは決して相性のいい動物じゃありませんし、弓矢などではオークには苦労しますから。何よりそれらしい武器も持っていないので魔法かとは思いますが」


「魔法じゃない。才能はあるって言われて、魔法書は貸してもらったけど文字が読めないんで、覚えてない」


「あら、でしたら今夜から文字のお勉強をいたしましょう。私が優しく教えて差し上げます。ですが魔法じゃないとなると、なんなんでしょうね。そこらへんは追々旦那様の体に聞くとしましょう。話を戻しますと、なんにせよ威力のある遠距離武器があるということでよろしいですね?」


「ああ」


「そんな旦那様にとって狙い目のモンスターがこの町の近くに存在します。討伐報酬はそうでもないんですが、その体に生えている毛皮は上流階級の奥様方御用達の品でして、状態が良ければ一頭あたり3万ディナールを下らない価値があると聞いています。そのモンスターの名前はコトウギツネ。この町の南東の草原に生息しています。見つけるのは比較的容易いんですが、ツノウサギとは比較にならないほど逃げ足が速いので近くのは困難なうえ、腐っても上級モンスター、普通の矢では分厚い毛皮を貫くことが難しいらしいですね。通常は何十人規模の討伐隊で追い込みをかけて日に何頭か手に入ればいい方らしいですが、旦那様ならばあっという間に20万ディナール程度稼ぐことが可能です」


「でも、そんな実入りのいい魔物ならみんな狙うんじゃないのか?」


「当然です。しかし冒険者ギルドも需要と供給のバランスを保持するためにDランク以上の冒険者には月に1匹という狩猟制限を付けています。と言いますか、普通Dランク程度の冒険者でも徒党を組まないと狩ることは不可能なので、すべての冒険者にとって制限が付いているのと変わりありません。ある意味旦那様が狩るのはルールの想定外なので、おそらく次回以降には旦那様にも狩猟制限がかかるでしょう。ですので、初回で最低でも7匹以上、できれば10匹以上を目指してください。冒険者ギルドの面子として、初回は同じレートで買い取ってくれるはずなので、できれば今のうちに少しでも貯金を増やすべきです。どうです?私が有能だということが心の底から理解できましたか?」


「最後のがなければ素直に感心できた」


「私は自分の価値を卑下したりするのは好きじゃありませんから」


 貧相な胸をそらしてそう嘯くサマンサは憎たらしいが、確かに有能というのは間違っていないかもしれない。ある意味いい買い物をしたのかもしれないが、それを認めるにはサマンサの態度が不遜にすぎる。絶対に認めてなんかやらない。

しかし、そうと決まればさっさと狩りに行くべきだ。借金を背負ったままっていうのは心の平穏的に問題がある。サマンサに手伝ってもらいながら鎧を装備し終えた頃、ギルド証を持ったウェイターが朝食の乗ったトレイを片付けに来て、深々とお辞儀をするサマンサに見送られて宿を出発した。


***


 初日にもやってきた南門の外。いつも通り両腰にガンホルダーを下げて右手にはライオットシールドと左手にスーツケースといった出で立ちだ。門を出るときに警備の人に聞いたところでは、南門の周りにはモンスターや獣は少なくなっているという。南門からは他の都市へと続く街道が伸びているので、領主の軍隊が定期的にモンスターや動物の間引きを行っているから安心だという話だった。地平線の向こうまで波打つ大地には緑色の草原が広がっており、その向こうには初日に突破した林の姿も見える。


 忙しそうに町の出入りを確認している警備の人に見送られてサマンサの話にあった南東の草原に向かって歩き出す。警備の人に聞いたところによると、狐が確認できるのは南東に2時間ほど歩いた先にある草原だという。同業者の姿は確認できないが、早めに必要量を確保して町に戻ったほうがいいだろう。ソロで何匹も狩っているところを見咎められたらいらないトラブルを招きかねない。


 ガラガラと地面の凹凸に飛び跳ねるスーツケースを弾きながらのどかな草原をひた歩く。この時間は暇だ。こっちの世界では歩くという行動の時間の尺度がおかしい。歩きで分単位ならともかく時間単位で表現される場合、元の世界なら車や電車の範疇だろう。せめて自転車かなんかが必要だと思う。自分で作成するほどのスキルはないので、単なる愚痴にしかならないが、どうにかしたいと思う。魔法があるなら、空を飛ぶ魔法なんかもあるかもしれない。子供の頃のバトル漫画のように好き勝手に空を飛べたら最高だろう。それだったら瞬間移動とかも憧れるな。


 ダラダラと歩きつつ妄想を垂れ流していればいつかはたどり着く。腕時計を見て2時間程経ったことを確認する。こっちの世界、微妙に24時間より1日が長い。少しずつ時計の針がずれていっている。こっちの詳細な時間がわからないので、1日にどれくらい実際ずれているのかはわからないが、さすがに現在夕方の4時というのはありえないだろう。まだ太陽は中天にもさしかかっていない。


 そんなことは置いておいて、狐がりだ。袋は昨日洗浄に回した後、新しいのを受け取っている。もう毎回それが必要だって気づいた。発見できているオークを狩りに行った時と違い、これから探すことを考えたら荷物を置いたままというわけにもいかないので、ライオットシールドをスーツケースの中に戻し、片手にM37、反対の手にスーツケースを持ったままあたりの探索を始める。


 周囲の探索を開始して10分、すぐにそれらしい動物を見つけることができた。元の世界の狐がどの程度の大きさなのかはよく思い出せないが、少なくともこれよりは小さいだろう。目の前にいる狐はちょっとしたセントバーナードのような大型犬種の成犬並の大きさがある。これを10匹以上持って帰るのはだるいな。確かに高額商品というだけあって、見た目にも素晴らしくふかふかした体毛をしている。


 しかし、借金のためにはそんな疑問もなんのその。的という意味では大きい方が当たりやすいだろう。しかし毛皮を取るという意味ではあまり穴だらけにするのも良くない。なるべく一発で仕留めたいところだ。


 ゆっくりと近づいていく。多分狐の方はこちらに気づいているのだろう。土をゴソゴソと前足で削りながらも、耳はピクピクと盛んに動いてこちらの音を警戒している。


 残り10メートルといったところで、狐が顔を上げてこちらを睨む。これ以上近づけば一目散に逃げ出すのだろう。狙いという意味ではギリギリのところだが、ヘッドショットの一発で仕留めてやる。


 じーっとこちらを睨む狐に手の中のリボルバーさんを向ける。警戒してじっとこちらを睨む狐は正直いい的でしかない。


 ゆっくりと、狙いがずれないようにトリガーを引く。呆気ない音と反動とともに銃弾のようなものが飛び出し、狐の脳天に穴が空いた。数瞬遅れて、ドサ、と倒れ込む狐に一応反撃を警戒しながら近づく。


 すぐ横までたどり着いても、狐はピクピクと痙攣しているが、すぐにそれも止まり完全に息の根が止まったことを確認した。呆気ないほど簡単に1匹目ゲットだ。この調子であと9匹さっさと集めよう。その前に袋詰めという肉体労働が先か。毎回だが、この袋詰めの作業はどうにかならないものかな。かといって自分で解体をするようなグロ耐性や知識はないのでしょうがないんだが、有能なサマンサさんならやってくれるだろうか。


 あのお仕着せのメイド服を着たサマンサが狐の首をナイフで切断したり、腹をかっさばくところを想像してみる。返り血があっちこっちに飛び跳ねた状態で慇懃な態度をとるメイド。案外、似合ってるかもしれない。ちょっと猟奇的な映像になるけど。


 そんなアホな想像をしながらも狐の袋詰めを完了する。オークよりマシとはいえ、やはりクソ重い。スーツケースからキャリアーを引っ張り出してその上に安置する。こっからはスーツケースもキャリアーの中にしまっているので残弾数の黒い霧を確認しながらやらなくては。実際何発打ったら撃てなくなるのかわからないのがネックだ。キャリアーにスーツケースを置いたまま補充するのは困難なので、いちいち荷物を降ろさないといけないのも面倒臭い。


 しかし、見渡すだけでちらほら狐の姿は見ることができるので、10匹も案外早く達成できるだろう。むしろ袋詰めの方が問題だ。


******


2時間後、前が見れないほどこんもりと盛り上がった袋をキャリアーに乗せて帰路についている。調子に乗って15匹もの狐を狩ってしまった。最後の方は真剣に袋に詰めるか捨てて行くか悩むほど袋詰めは強敵でした。まだ草原には狐はいたので乱獲が問題になるほどではないだろう。


途中キツネ狩りに向かうんだろう冒険者の団体とかち合って、なんとも言えない表情で見つめられたりなんかもしたが無視。門の警備の人は少し引きつった表情をしていたが特に咎められる事もなく現在街の大通りをギルドへ向かって歩いているところだ。


それにしても、毎回こんだけ大荷物を引いていると視線の引力がすごい事になっている。街の中の人も、それが冒険者ギルドの討伐用の袋という事は知っているのか、まずその量にギョッとして、俺のまだ駆け出しのような装備を見て目の錯覚を疑って二度見、三度見は当たり前だ。


見せもんじゃないんだが、そのうちカネをとったほうがいいかもしれない。それだけで結構な稼ぎになるぞ、きっと。


 イライラしながらやっとの事でギルドに到着して、いつもの通り解体小屋へ進む。中に入ると、いつものようにだるそうなケミットがカウンターで頬杖をついているのが見えた。


「おう、今日もまた大量だな。おう、お前ら動け!」


 ケミットの掛け声一つでワラワラとドワーフが集まる。解体小屋のドワーフ総出で袋を運び入れるのを見て人手って大事って再確認した。あんなに大変だった袋の移動があっけなく終わる。


「ってこりゃコトウギツネじゃねぇか。お前、こんなに狩ってきてもって………って、ああそうか、坊主はまだEだったか。どうすんだ。こりゃ俺の手にあまる。悪いが一緒にギルドのカウンターに来てくれ。お前らはしっかり解体しとけよ」


 中を確認したケミットが頭をかきながらカウンターを出てくる。サマンサの言う通り、俺のランクがEと言うことで、狩猟制限は微妙なところらしい。


「しっかし、何度見てもお前は不思議な殺し方をしてくるな。弓かと思ったが、弓でコトウギツネの頭を一撃で貫通するなんざランクCでも不可能だぞ」


 道すがらケミットが話しかけてくるが、俺的には銃と同じような威力を弓でランクB以上ならできるってところがびっくりだよ。びっくり超人フェスかなんかなのか。


 ケミットと連れ立ってギルド内に入ると、すでに混雑は解消されて、カウンターの中はゆったりとした空気が漂っていた。ケミットは一直線に一番奥のカウンターを陣取るとそこにいた受付嬢にサイファを呼び出すように頼む。またサイファさんですか。あの人怖いから嫌なんだけど。


******


「またとんでもないことをされましたね」


 事情をケミットから聞いたサイファは開口一番そう口にした。だから怖いんだよ。表面上にこやかな笑みを浮かべてる分恐怖が150%くらい増してるんだってば。


「とは言え、こいつがやったことはルールには反してないぞ」


「ええ、それがわかっているからこそ、こうして頭を悩ますことになってるんですがね」


「とは言え、ルールを決めた時にそこに抜けがあったところでこいつのせいじゃあるまい?」


 サイファとケミットが頭を悩ましているのは、基本的に俺がやったことが問題じゃないことが問題だということだ。ルール的にはランクEの人間がコトウギツネを狩ることは問題じゃない。そこは前提として、不可能であるから問題ではないのだ。コトウギツネを狩ることが可能な人間には狩猟制限をかけているのだから、ランクEでも可能であるならば狩猟制限をかけていなければならない。しかし、明言されたルールではランクEは制限がかかっていないのだ。


 黙ってサイファとケミットの相談を聞いていると、話の流れ的にはサマンサが予想した通り、今回に限り全額受け取れる方向に向かいそうだ。さすがサマンサさん、有能です。


「それじゃあ、俺は解体小屋の方に戻るぞ。小僧はサイファの話が終わってから解体小屋の方に来い」


 話がまとまったのか、ケミットが俺をカウンターに押し出して出口の方へ向かう。俺も連れてって欲しいんだけど、俺にはまだサイファからお話があるらしい。いやだなぁ。振り返りもせず出口に向かうケミットの背中をありったけの恨みを込めた目で見つめるが、オホン、と咳払いの声によって強制的に中断させられて、恐怖の大王とついに対面する。


「さて、ヨシヒサさんには毎回驚かされますが、今回は少し行きすぎです。確かにこちらの不手際が原因ですので、今回は不問といたします。ですが、次回からヨシヒサさんには討伐に向かう際こちらのカウンターで相談していただくようお願い致します。ヨシヒサさんのような将来有望な冒険者の方に対する些細なケアと思っていただければ」


 どう考えてもそれってお目付役をつけるってことですよね。サイファは笑みを浮かべながら有無を言わせない迫力で言い切る。そして、こちらが渋々了解すると、奥から魔法アーパー娘ことメルティアを呼び出した。


「あ、ヨシヒサさん。魔法使えるようになりましたか?」


 昨日のサイファによる小言もこのアーパー娘を改心させるには足らなかったらしい。昨日の事などなかったようにあっけらかんと、メルティアが声をかけてくる。


「メルティア、あなたにはこれからヨシヒサさんの専属になっていただきます。討伐に向かう際の相談や、ランクアップ等親身になってご相談に乗るように」


「はい、わかりました!ランクEでもう専属の受付が付くなんて、さすがヨシヒサさんですね!」


 きっとあなたが思っている理由じゃないと思います。にこやかなメルティアとは対照的に俺の心はさっきまでのサイファの気迫によってすでにダウン寸前だ。


「それでは、メルティア、あとは任せます。鑑札はありませんがヨシヒサさんにコトウギツネ15匹分の討伐報酬を渡しておいてください」


「はい、了解です」


「ヨシヒサさん、くれぐれもこれ以上問題を起こさないようにお願い致しますね」


 くれぐれも、の部分が力入りすぎで怖い。問題を起こしたくてしてるわけじゃないんだ。俺は悪くない!すべては借金が悪いんや!


 俺の言い分など気にもせずにサイファは頭を押さえながら奥へ歩いていく。そんな問題児かのように扱われる謂れはない。謝罪と賠償を要求するぞ。具体的に言うとまた問題行動を起こします。サイファの怒りが怖いから言ってみるだけだけど。


「それじゃギルド証をお預かりしますねー。それにしてもコトウギツネ15匹なんてヨシヒサさんすごいお金持ちですね。これで魔法の指導もいっぱい入れられますね!早く覚えてくださいね、私待ってますから」


 お前のために魔法を覚えたいわけじゃないからね。そこんところ一回自覚しようか。もう嫌だ。さっさとお金受け取って宿へ帰ろう。風呂だ。圧倒的風呂欲!アイニード風呂!アイウォント風呂!


「それじゃ、こちらがコトウギツネ15匹分の討伐報酬の15ディナールになります」


 そう言ってメルティアは銅貨を15枚ぽっち手渡してくる。少ないよ!確かに討伐としては危険がないし、超楽だったけど袋詰めした俺の苦労的にもっと出してもいいと思います。


「コトウギツネは特別に乱獲をしないために討伐報酬が最低金額なんです。それでは、いつ魔法の指導の予約を入れましょうか?」


「遠慮しておきます」


「えー。せっかくお金が入ったんだからしていきましょうよ」


「また今度」


 ギャーギャーと魔法について口うるさく繰り返すメルティアから銅貨とギルド証を受け取って席を立つ。この魔法アーパー娘に付き合う気力はもうありません。


「次は絶対、予約入れてくださいよー」


 本当にしつこい。メルティアの声に見送られてギルドを出た。


******


「おかえりなさいませ。旦那様。首尾はどうでしたか?」


「風呂をお願い。風呂、風呂、風呂」


「はいはい、お風呂ですね。少々お待ち下さい」


 あの後、解体小屋で金を受け取った後すぐに、宿へ帰ってきた。宿の部屋で出迎えてくれたサマンサに金の入った皮袋を投げ渡して、風呂と呟くマシーンに変化する。サマンサの方は少し皮袋の重さを確かめた後、満面の笑みで風呂を頼みに部屋を出ようとして、ついでに支配人へ私の代金を払っておきましょうか?と聞いてきたので適当に頷いておく。確かに借金をすぐに返せるならば返しておいたほうがいい。


 よく考えると、財布ごとサマンサに渡してしまったが、大丈夫だろうか。コトウギツネの毛皮は全額払ってもらったので、少なく見積もっても45万ディナールは入っている計算だ。まぁなくなったらそれでもいいか。明日からまた少しずつ稼げばいいんだ。変な貧相メイドにつけ回されなくて済むと思えばそれはそれで。


「ただいま戻りました」


「なんで戻ってきてんのさ。そのままお金持ってどこへなりとも行ってくれて良かったのに」


「まさかこんな端た金で私が満足するとでも思いましたか?さすが甘っちょろい旦那様です。ですが、心配ご無用ですよ。逃げたりせず、しっかりと払っていただいた金額以上にお世話して差し上げますから。あと、少々私のわがままを聞いていただければそれだけで十分です」


 サマンサはよくわからない口上を口にすると、グダグダな俺を引きずり上げてゆっくりと鎧を脱がしてくれる。これから風呂に入るのに、濡れた布で体を拭いてくれているのがひんやりして微妙に気持ちいい。ああ、もう俺だめだわ。なんだかんだサマンサのお世話になれていっている俺がいる。ダメオってこうやって作られていくんだな。


「お風呂を上がったら支配人が奴隷商を呼びますので、そこで私の主人の変更手続きをいたします。そうすれば名実ともに私は旦那様の奴隷になりますね」


「逃げられますか?」


「逃すとお思いですか?」


「ですよねー」


「でも、実は逃げるつもりもありませんよね。さすが甘っちょろい旦那様です」


***


 風呂上がり、すっきりして少し気力を回復した俺はサマンサに連れられて宿の従業員用の一室に案内された。そこにはすでに使用人と奴隷商なのだろう、痩せ気味の薄気味悪い男が待っていた。


「それでは、こちらの方への譲渡ということでよろしいでしょうか?」


「はい。まさか当日中に全額を用意してしまうとは思いませんでした」


 奴隷商と支配人が会話しているが、俺といえば風呂の間にサマンサに簡単に説明されただけで、正直ついていけていない。そういえば、サマンサが一つだけ早速わがままを聞いて欲しいと言っていたが、なんだったんだろうか。とりあえず、暮らしていくだけの金は稼ぐことができそうなので好きにすればいいと言っておいたが。


「さすがは甘っちょろい旦那様です。支配人にお願いなのですが、私の妹のタバサ、ベガについても旦那様に引き取っていただきたいのですが、お願いできますか?まだ教育の途中でそこまで高値にはならないと思いますが」


「ええと、そうですね。宿としてはさすがに一斉に3人を急に引き抜かれるのは痛いのですが」


 ついていけない俺と奴隷商は傍観の構えだ。っていうかそう言う大事なことは先に俺にも話を通しておくべきだと思うんですがね。でも悔しい、お金は全部あげちゃうつもりだったから何も言えない。


「うーん、そうですねぇ。もう20万ディナールでお二人もお譲りしてもいいでしょう」


 支配人は確認するように俺の方を見てくるが、俺に聞かれても困ります。ちらっとサマンサの方を見れば頷いているから了承すればいいんだろうか。ここは一度断ってみたい気もするんだが、サマンサの方が結構真剣なので、しょうがなく了承を伝える。高いのか安いのかもわからないし、まず最初から話についていけてない。どういう話なんだ。


「では先に二人を連れてこさせましょう。一緒にやってしまった方が手間が少なくなりますからね。クロード様はお待たせしまいますが、申し訳ございません」


「いや、私の方も、3人分の変更手続きの手数料が入るなら問題はない」


 奴隷商はクロードというのか。男、それも気味の悪いやつの名前なんてどうでもいいけど。それよりどういうことになったのか、説明してください。ちょっと置いてけぼり感でさみしくなってきました。ウサギみたいにストレスで死ぬぞ!


「いえ、旦那様が思った以上に稼いで来ていただけたので、当初考えていたよりも早く私の目的が達成されるだけです。少しお金は無くなってしまいますが、この超絶有能メイドの私がいるんですから些細な問題ですね」


「だから、どういうことだよ」


「些細な問題と言ってるじゃありませんか。超絶有能メイドに加えて超絶キュートな幼メイドが二人増えるだけです。さすが旦那様ですね」


「よく分からないんです」


「後で優しく説明して差し上げますから、もうしばらくはしっかり惚けていてください」


 酷い言い方だと思う。まぁ、サマンサに任せたと言ってしまった手前、今更文句を言うのも男がすたる。いざとなったら俺は関係ないってできる、といいなぁ。お金はあげるから今から逃げられないかな。


「もう少しだから頑張りましょうね」


 なんなのこのこ。俺が逃げようとしたのがわかったのか、ガシッとばかりに腕を掴んで引き止める。さすが超絶有能メイド、すげぇ。


 しばらくすると、支配人がサマンサに似た面影のある二人の女の子を連れてくる。一人はサマンサと同じように銀色の髪を長く後ろに伸ばして、もう一人はおさげにまとめている。二人とも状況がつかめていないのか、周りをキョロキョロ見渡して、サマンサに気づくと、彼女の後ろに隠れてしまった。


「こちらが代金になります」


 いつの間にか離れていたサマンサが俺の財布から黄金色の貨幣をジャラジャラと支配人に渡している。あぶく銭は露と消えるって本当だな。ベガスで一山当てた時もあっという間に消えてったけど、こっちの方が現実感が薄いけど大金なんだよな。まぁ別にいいや。全自動サマンサ式お風呂マシーンは気持ちいいし。サマンサの言う通り、あと少しの間惚けているのが正解だ。もう俺に被害が及ばないなら、好きにしてくれ。


 奴隷の名義変更というのは思ったより魔法的な作業だった。サマンサもしていた特徴的な銀の腕輪にクロードとかいう奴隷商がえいやっと気合を入れた後、俺の手をその銀の腕輪に押し当てて電撃のようなピリッとした刺激を感じたところで終了だった。俺が想像した書類作業みたいなものはなく、それを3度繰り返しただけだった。その都度、俺の財布を我が物のように扱っているサマンサが奴隷商にいくらか手渡しているのが見えた。


「今後ともごひいきに」


「近々、補充の奴隷を見に行かせていただきます」


 と、クロードが退室するときに支配人が声をかけて、終了のようだった。しかし、3人に増えてしまった奴隷はどうすればいいんだろうか。犬猫なんかと同じようにダンボールにでも詰めて空き地に放置すれば誰かが拾ってくれるかもしれない。まずはあき地探しか、段ボール探しか、迷うところだな。


「旦那様、そろそろ惚けるのは終了です。しばらく、この宿にとどまるならば料金について支配人様とお話を」


「俺は嫌だぞ。お風呂がない宿なんて宿じゃない」


「でしたら、もう少し頑張って、支配人様とお話ししてくださいね」


 もう全部サマンサが進めてくれればいいのに、面倒なところでバトンタッチしてきやがった。


「すぐにお客様用のメイドを支度するのは難しいので、しばらくサマンサ様に代行していただく代わりにお宿のお値段を下げさせていただきます」


「旦那様のお世話は私の仕事ですので、しばらくと言わずこの宿にとどまる間は私が務めます。その間に教育なども進むでしょう」


 いや、しばらくっていうか風呂がない生活は耐えられないからこの町に滞在する間はずっとここにいるつもりなんだけどな。宿代が安くなるのは嬉しいんだけど、ぶっちゃけ誤差なんだよなぁ。


「あ、それだったら値段はそのままか少し増えてもいいんで、朝と夕方の食事を3人分増やしてもらえませんか?」


「一応奴隷用の食事はお部屋についておりますが、お客様用のお食事をご用意すればよろしいでしょうか?」


 何だかんだ。このわがままメイドは俺の食事に手をつけてきそうな気がするから一緒の食事を用意してもらおう。それに見た感じ、3人とも欠食児童並に痩せてるから奴隷用の食事っていうのは量が少ないのかもしれない。


「でしたら、お値段据え置きということで宜しくお願い致します。本日のお夕食から4人分お届けさせていただきます」


「よろしくお願いします」


 合意ができたことで、やっとこさ解放された。サマンサおよび新たについてくることになった二人の少女を引き連れて部屋へ戻ってくる。一気に疲れが出て、ベットに飛び込んでシーツにくるまる。


 終わったー。俺は今日はもう働かないぞー。一気に三日分くらいの気力を使い果たした。もう一回後でお風呂はいって、食事して寝るんだ。そこで所在なさげにしてる二人の幼メイドのことは知りません。勝手にしていてください。


「はいはい、旦那様、もう少しだけ頑張りましょう。先ほどお風呂の用意をお願いしていたので、支度ができるまでにこちらの問題を片付けてしまいましょう」


 なんだかんだと、この有能メイド、俺のツボがわかっている。後に風呂というご褒美があるならもう少し気力をもたせて頑張れる気がする。


 しょうがなくベットから起き上がって腰掛ける。目の前には怯える二人の女の子。なんか犯罪者になった気分です。やっぱり捨てるのがいいかもしれないな。このサマンサ式全自動お風呂サービスマシーンは惜しいが、これと一緒に捨てればなんとか生きていけるんじゃないだろうか。うんそれがいい。


「良くありません。逃亡奴隷なんてそこらへんの畜生よりも悲惨な最期を迎えるのがオチです」


「しれっと俺の頭の中を読むのは良くない」


「甘っちょろい旦那様が考えることなんて、簡単ですから。それより、挨拶をしてください。こういうのは最初が肝心なんです」


「それを言ったらもう手遅れなんじゃ」


「だとしてもです」


「あ、そこは認めちゃうんだ」


 サマンサとのバカなやり取りをしている間も目の前の少女たちはすがるような視線をサマンサに向けている。どう考えても俺がどうこうするよりもサマンサにぶん投げた方がいい気がする。うん、やっぱり姉妹は水入らずで過ごすべきだ。


 ちょうどその時、従業員が風呂の準備が整ったと知らせに来る。ナイスタイミング。


「んじゃ俺は風呂入ってくるから、3人でゆっくり話でもしててくれ。さっきも入ったから手伝いはいらないからな」


 とちゃっかりサマンサが用意していた着替えを持って、返事も聞かず部屋を飛び出す。逃げ出したわけじゃない。これは姉妹水入らずで話をさせるための心遣いなのだ。終わってみればサマンサも俺に感謝する。といいんだけど、多分無理かな。最悪、帰ってきて怒られても、ちょっとで済めばいいなぁ。


******


 ほかほか、と頭から湯気を出しながらウキウキ気分で部屋まで帰ってくる。さっき入ったばかりなので、アカスリの筋肉マッチョも俺の邪魔をせず、久しぶりに孤独で幸せなお風呂タイムを満喫できた。やはり風呂は素晴らしい。


 しかし、放置して行ってしまった手前、部屋に入るのが少し怖い。おかしい、ここは俺が借りた部屋で、待っているのは紛いなりにも俺の奴隷ということになっているはずなのだ。なのになんで俺が部屋に入るのを怖がるんだ。こんなのは間違っている。やはりここは主人らしくビシッと言ってやらねばなるまい。うん、そうだ。そうに違いない。


 勢い込んで、扉を開く。なるべく怒ってませんように。扉を開いた勢いとは裏腹に恐る恐る部屋の中を覗く。


 しかし、どうしたことか部屋の中には誰もいない。おお、結局俺の財布を持って逃亡してくれたらしい。素晴らしい。ちゃんとスーツケースとかは残っているから、何も問題はない。中に入って思わず叫び声をあげる。


「自由ダーーーー!」


 煩わしい変な自称奴隷がいなくなった気分は少し寂しい気もするが、それ以上に開放的な気分だ。素晴らしい。もともといなかったと思えば、何のこともない。いい気分のまま、勢いよくベッドにダイブする。


「今です!」


 ベットにダイブしたところで、どこに隠れていたのか、自称奴隷どもによってベッドの上のシーツで簀巻きにされてしまう。二人の女の子も先ほどまでの怯えようはどこに行ったのか、意気揚々と俺を簀巻きにした上に動けないように上から押さえつけている。


「あの、サマンサさん?」


 恐る恐るサマンサに声をかけてみる。別に自由だ〜なんて本気じゃないですよ。寂しいなーっていうのが少しなまっちゃっただけなんです。というか俺の地方の方言で自由だーって寂しいなーって意味なんです。


「此れは此れは、甘っちょろい旦那様。私たちがいないことに気づいて寂しがるどころか、喜ぶとはこれは完全に私の思った以上に、教育が足りていませんでした。甘っちょろい旦那様には完全に私たちがいないと生きていけない体に教育して差し上げなければなりません」


「「なりません!」」


 もうなんていうか、こっちの女の子二人は完全に遊んでるだけですよね。もう気分は日曜の朝のお父さんだ。こんなでかい娘を持った覚えはないんだけどね。


「あのー、微妙に苦しいから、上からどいてくれないかな?」


 サマンサはどうにもならんと、女の子二人を懐柔する方向に向かう。お礼はお菓子かなんかでいいだろうか。つっても二人とも見た目はローティーンくらいには育ってるはずなのに、なんか行動が幼くありませんか?


「タバサ!ベガ!どいてはいけませんよ。旦那様にあなたたちの命の重さをしっかり覚えてもらうのです」


「感じるのは命の重さじゃなく、純粋に体重だろ!しかも命の重さにしては二人とも痩せすぎで軽すぎるわ!」


「全く、旦那様はこれだから甘っちょろいというのです。そのくらいの軽さが彼女たちの命の重さなのです」


「軽い軽い言ってるのに、話の内容が重いよ!」


 叫びすぎて、喉が痛い。わかったわかった。もう二度と捨てるとか考えないから勘弁してください。


「タバサ、ベガ、旦那様もやっと観念したようなので降りてもいいですよ」


 俺は観念するついでに、ちょっとだけサマンサさんの読心力に恐怖を感じちゃいますよ。もう有能とかそういうレベルを超越してませんか。


「んーもうちょっと」


「タバサ、早く降りてあげないと、苦しいよ」


 おさげの方の子はサマンサの声かけですぐ降りてくれたが、タバサと呼ばれた髪を下ろしている子は、簀巻きの上に乗っていることの何が楽しいのか、シーツから飛び出ている俺の顔を見てニヤニヤしている。あ、この子着実にサマンサ2世として経験を積んでる。どうにかしなきゃ。それを考えると、ベガなんだろうおさげの方の子はサマンサの妹とは思えないほど素直だ。素晴らしい。あとでお菓子を買ってやろう。


「二人ともこちらへ来て旦那様に挨拶をなさい」


 サマンサがもう一度声をかけると、タバサの方も諦めて俺の上から降りてサマンサの隣にベガと一緒に並ぶ。俺といえば、なんとか簀巻きにされていたシーツをもがいている。微妙に簀巻きにされているシーツの端が体の下にはまって身動きが取れない。こなくそ。


「ほらほら、旦那様。シーツの方は後にして二人の挨拶を聞いてあげてください」


 結局簀巻き状態は解消できないままサマンサが背中を支えることによって起き上がる。タバサとベガがかしこまっている正面でミノムシ状態でサマンサに支えられている俺。シマラネェ。


「私ベガはご主人様の奴隷として年季があけるまで奴隷として身を粉にして尽くします」


「タバサもサマンサ姉と一緒にダメダメな旦那さまの面倒を見て差し上げます」


「タバサ!ご主人様に失礼でしょ!」


「まぁまぁ。甘っちょろい旦那様ですからタバサくらいでちょうどいいですよ。ベガの方ももう少し肩の力を抜きなさい」


 いや、確かにかしこまって仕えるとか言われても困るけど、サマンサさんは少し肩の力を抜きすぎじゃありませんかね。昨日までの無表情とかしばらく見てないんですけど。


「あら、旦那様は前の無表情な私の方がお気に召しましたか?それでしたらいつでもできますけど」


「あ、やっぱり腹の中で何を思ってるか怖いから、いいです」


「よろしい」


 この人の読心術が怖いです。それよりもそろそろ簀巻き状態から助けて欲しいんですけど。サマンサは二人の挨拶が終わるとさっさと俺を支えるのをやめて水を飲むためか、水瓶の方に行ってしまった。なんとか抜け出すために孤軍奮闘していると、小さな手がそれを手伝ってくれる。ベガだった。ええ子や。サマンサとタバサに爪の垢を煎じて飲ませなきゃ!


「ご主人様、サマンサお姉ちゃんを嫌いにならないでください。私とタバサのためにいろいろ大変だったから」


「あーうん、大丈夫だよ。なんだかんだ、サマンサが有能なのは認めざるをえないしね」


 そう、憎たらしいが有能なのは確かなのだ。半分嵌められたような気もするが、俺から手を出したのは確かなわけで。それで背負ったサマンサの身受けの借金を返済できたのはサマンサの情報のおかげで、それ以上の金額についてはあぶく銭に過ぎない。サマンサが必要としていた分をそこから使い込むのは別にいい。


 しかし、俺を聞き分けのない子供扱いすることは許さない!絶対にだ!それのせいで、まだ分別のつかない子供(タバサ)まで面白がって真似することになるのだ。


 ちょっと恨みがましくサマンサたちの方を見ると、いつの間に用意したのか、そこにはコンロのようなものが設えられていて、サマンサがタバサに紅茶の入れ方を指導している。そして俺が見ていることに気づくと、紅茶が入るからテーブルについてくださいといつものあの慇懃無礼な感じでお願いしてきた。


 ベガに手伝ってもらって、シーツの簀巻きから解放されていた俺はベガと一緒にテーブルに着く。一人用のテーブルだったはずだが、俺が風呂に入っている間に運んできたんだろう、いつの間にか人数分の椅子が用意されていた。


「それでは、甘っちょろい旦那様のおかげで家族が揃ったお祝いに、旦那様の支払いで紅茶をいただきましょう」


「別に気にしないけど、いちいちそういう風に言わないと無理か?」


「いえいえ、そっちの方が面白いだけです。タバサ、いいですか、旦那様は猫舌でいらっしゃるので、本当は葉の香りが飛んでしまうのでよろしくないのですが、ぬるめのカップに注ぎます。私たちの分はしっかりとカップを熱湯で温めたところへ注いでいきます」


 一応、指導はするらしい。サマンサのこっちを馬鹿にした言い方に、いちいち怒っていてはもう身が持たないと気づいた。無視無視。全員にカップが行き渡ったところで、サマンサが最後に俺の隣に腰を下ろす。その視線の先では、タバサとベガがカップに入ったお茶を飲みながら二人で感想を言い合っている微笑ましい光景がある。


「そういえば、お金はどれくらい残ってる?」


「そうですね、随分使ってしまったので、残り2000ディナールといったところでしょうか?」


「あー、残り2泊分くらいで、また自転車操業へ逆戻りか。明日からはまたオーク狩りかなぁ。重いから効率悪いんだよな」


「それでしたら、少し足を伸ばして迷宮に入るのはどうでしょうか?」


 サマンサの話によると、この近くにはC-Dの冒険者が良く行く低級の迷宮があるんだそうだ。まずもって迷宮というのがなんなのかわからないわけだが、サマンサの話しぶりからしてこっちの世界の常識らしい。


「それで、サマンサ。迷宮ってなんだ?」


 聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥、なはずなんだが、マジかこいつ、みたいな目でこっちを見た上にこれ見よがしにため息をつかれると、その一時の恥がこの上なく恥ずかしいことなんじゃないかと思えてくる。


「常識がないとは言いましたが、まさかそこまでとは」


「自慢じゃないが、この世界の事について知ってる常識のほうが少ないな」


「そんな事は自慢になりません。いいですか」


迷宮というのは、一種の大型のモンスターで、その体内に擬似的にモンスターを発生させるらしい。迷宮内で発生するモンスターはあくまで魔力で無理やり発生させられている擬似生命で倒すと今まであった体が魔力に変わって魔石を落とすらしい。冒険者にとってはフィールドのモンスターと違い素材を取る事はかなわないが、その分荷物が嵩張らずに価値の高い魔石を手に入れる事ができる稼ぎ場だという事だった。


そんなとこがあるならさっさと教えてくれればよかったのに、ギルドの連中も使えない。


「何を考えているか大体分かりますが、先ほど話したように、低級迷宮でも適正ランクとしてはC-D、最低でもランクDから向かうような場所ですよ。普通でしたら危ないので伝えることはしないでしょう」


「んじゃ何でサマンサは教えてくれたんだ?」


「コトウギツネを狩れるような方はランクEとは言いません。ですが、迷宮という場所はフィールドとは勝手が違うとも聞きます。なるべくならソロではなく、仲間を募っていくのがよろしいでしょう」


「あー、仲間なぁ。あんまり気が乗らない」


正直俺の力なんて、まず銃ありきのもんだから、一見さんと徒党を組んだとして裏切られて銃を奪われたら一貫の終わりだ。


「でしたら、迷宮に向かうのはよした方がいいかもしれませんね。フィールドとは違い罠なんかもあり、シーフなどの技能が必須だという話ですから」


「ダメかー。んじゃしばらくはオークとゴブリンで自転車操業で宿代を稼ぐしかないか。倒すのは楽なんだけど、袋詰めがなー」


 また袋詰めオンラインが始まるかと思うと気が重くなってくる。


「袋詰めというと、冒険者の方が担いでいるあの白い袋ですか?」


「うん。倒すのは正直楽だし、キャリアーがあるから運ぶのはいいんだけど、袋詰めとかキャリアーに乗せるのが一人だと辛くって」


「そのくらいでしたら私たちもお手伝いできますが、ついていきましょうか?」


「あー、うんー。どうすっかな」


 袋詰めのだるさと、サマンサたちの前で銃という武器をさらけ出す危険を天秤に乗せる。サマンサを信じているかといえば、なんだかんだ、憎ったらしいのは確かだが、有能だし、こちらを立てるところは立ててくれているのはわかる。だが、無条件に信じるかといえば、ノーだ。


「疑われるのも仕方ないかもしれませんが、妹たちも一緒に居られるようにしていただいた恩をあだで返すようなことはいたしませんよ。それに旦那様が思っている以上に奴隷の契約は重いので、旦那様が疑われるようなことはありません」


「だから、人の頭の中を読むのはやめようよ」


「旦那様は表情に出すぎなんですよ」


「僕も旦那さまに恩返しするよ!よくわからないけど、私たちは絶対裏切らないから信じて!」


「タバサ、ご主人様たちはマジメなお話ししてるんだから、急に入って行っちゃだめだよ」


 タバサが机の上に身を乗り出して自己主張をすれば、ベガが慌ててそれを止めている。なんだか、タバサのようにまっすぐに自己主張する人間に対して疑ってかかっている自分がすごい人間としてダメなやつになってしまった気がする。これだから子供は嫌だ。


「あー、んじゃ明日から少しだけ手伝ってもらうかな。でも狩り中に見たことは、絶対に他の人間には内緒にしてくれよ」


「うん!」


「はい!」


 止めていたはずのベガも一緒になって元気よく返事をしてくる。うむ。子供は元気なのがいい。


「それじゃあ旦那様、明日は総出で向かうということでよろしいですか?そうなると部屋が空になるので、荷物は残していけませんね」


「ああ、だったらスーツケースに入れちゃえばいいよ」


 どうせ狩りに一緒’に行くならば見せることになる、とスーツケースの方も秘密を明かすことにする。今まではサマンサに見えないように使っていたから、さすがに有能なサマンサさんでも気づいてはいないだろう。


「あの不思議なカバンの中ですか?」


「ああ、うん。気づいてたんだね」


「今までの状況で気づかれないと本気で思っていた旦那様は本当に可愛いですね」


 サマンサにスーツケースを開けて見せる。サマンサも中の黒い霧についてはびっくりした様子でそれが何なのかはわからないらしかった。


「魔道具の、ものがいっぱい積める箱があるだろ?それと同じようなもんだと思って。大きさも関係なくいろいろ入れられるみたいだから、キャリアーなんかもこの中に入れてある」


 百聞は一見に如かず、と手を突っ込んでキャリアーを取り出してみせると、今度こそ、サマンサは声を上げて驚いた。さっきまで散々からかってくれたちょうどいい意表返しになった。なんだ、キャって。女の子みたいな悲鳴あげちゃって、サマンサちゃんかわいーってか。


「旦那様、私もれっきとした女の子でしたよ。昨日まで」


「あー、うん。そうだ、折角のお近づきにみんなにいいものをあげよう」


やばい。なんかわからないけど、非常にまずい気がする。慌ててご機嫌伺いついでにちょうど脳内リストの中で見つけたチョコの缶を取り出す。お母様、あなたへのお土産は異世界でなんだかわからないうちに奴隷になった女性のご機嫌とりに使わせていただきます。


マカダミアチョコの方は食べてしまったが、高級チョコの方はまだ残っていた。缶を開けて、中の放送に包まれたチョコを一つずつ渡す。キョトンとした顔でそれを見つめる三人に分かるように、自分用に取り出したチョコの包装を開けてみせ、それを口の中へ入れる。甘い、こっちの世界に来て、久しぶりに感じる味覚に脳がとろける。三人の方も見よう見まねで口に入れた後、蕩けている。


「何これ!何これ!」


「甘い、です」


「これは、チョコレート、ですか?」


「うん、こっちだと飲み物らしいけどね、どうやってるのかは知らないけど、チョコレートを固形にした食べ物」


サマンサも、さっきの恐怖の表情じゃなくて、チョコの甘さに柔らかい表情へ戻っている。その視線が俺がチョコの缶を戻したスーツケースの方に向かっているのは、気のせいだと思う。大丈夫だよね?知らないうちに全部食べられたりしたら、別にいいけど少し悲しい。


「なるほど、これも旦那様の秘密の一つ、ということですね」


「まぁ、そんな大層な秘密でもないけど一応ね」


「わかりました。タバサ、ベガ、このことは私たちだけの秘密にしておきますよ。下手に教えたらあなたたちの取り分が少なくなってしまいます」


「僕、絶対しゃべらないよ!」


「わ、私は別に取り分が減ってもいいですけど、喋りません」


うーん、子供は素直で癒される。


「ああ、旦那様、夕食には少しまだ時間があるので、明日のために私たちの服を買ってきても宜しいですか?流石にこのメイド服をモンスターの血で汚すわけには参りませんので」


「あー、そっか。それじゃお願いしようかな。ついでに俺の服も買えたらお願いできないかな」


「何をおっしゃっているんですか。当然旦那様にもついてきていただいて、私たちの服を選んでいただきませんと。それに奴隷に財布を預けたままなのも、あまり良いことではありませんよ」


今更すぎるよね、その言葉。どう考えても、嫌がらせにしか思えない。頭の中でいろいろ、拒否の言葉を考えるが、サマンサの有無を言わせないとする視線に加えて、タバサとベガのつぶらな瞳に負けて結局みんな連れ立って古着屋を回る事になった。


******


夜、子供2人は既にベッドを占領するようにして就寝している。その様子を確認して、体にシーツをかけてから、サマンサが俺の方に近づいてきた。寝る場所については、三人ともみんなでベッドに寝ることを主張したが、主人特権として、俺一人で備え付けのソファで寝ることを了承させた。4人も一緒にベッドに寝たら正直狭くて寝苦しい。サマンサの方は先日まであったはずの待機部屋も解消されたので、姉妹でベットに寝てもらう。


「奴隷がベッドを使って、主人がソファなんて、旦那様は本当に甘っちょろいですね」


「まぁ、久しぶりに姉妹水入らずで寝るのもいいことだろ。正直、一人でベッドに入ってもいつの間にか潜り込んでくるような気がして結局狭い思いをする事になりそうだったしさ」


「………否定はいたしませんが」


「そこは否定しとこうか」


思った以上に、サマンサの妹たちははしゃいでいた。夕方、服屋では好きなものを選べと言ったら、手当たり次第に体に当ててははしゃぎ、夕食時には、机いっぱいに広がった料理にはしゃぎ、夕食後、本日だけ特別に、と支配人の許しが出て、なぜか一緒に入る事になったお風呂ではしゃぎ、と演技かと思うほど実際の年齢以上に幼くはしゃいでいた。


「あの子たちは、子供でいられた時間がありませんでしたから」


サマンサが少しずつ話し出す。サマンサと一緒に奴隷になった時、彼女たちはまだ物心もつかないような子供だったという。何とかして、せめて一緒に居られるように交渉して、現在の宿屋へ売却されてからも、サマンサが宿の働き手として働くと同時に、彼女たちも小さいながら小間使いとして働いていたらしい。


「旦那様に伝えた私のほんの少しのわがまま、妹たちを一緒に見受けして頂くことが叶った以上、これから先は旦那様にのみ身も心も捧げて、ご奉仕させていただきます」


「似合わないから、やめとこうぜ。やっぱり、少し憎たらしいくらいの方が、こっちも気を使わないで済むし、サマンサらしくなくて、正直気持ち悪い」


「………。旦那様にはやはり、教育が必要だと認めます。私が一体どんな思いを込めていたか、わかった上で茶化すのは主人の風上にも置けません。ここはひとつ、体で教え込むしかありませんね」


「ふはは、昨日まで処女だった小娘が言いよるわ」


「………まさか本当に処女だったと信じていたんですか?」


「え?いや、だってベッドの血とか、支配人が傷物って………え?」


「旦那様に余裕など似合いません。こちらのほうがずっとらしいですよ。そういえば、ベッドのシミは植物でも簡単に作れますよね」


「いや、ちょっと待って、どういう事だよ?」


「ナイショです。その内教えて差し上げます」

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