銃とメイドと………

スプラッタのその先に

朝です!今日も元気に殺戮です。爽やかな朝に殺戮ですよ。この世界ちょっと殺伐としすぎちゃいませんかね!

さっさとランクアップ試験を突破しないとお金がありません。一回生活レベルを上げると元に戻れないって本当ね。結局今朝も、食事のあと鎧を着るのに手間取ってサマンサの手を借りてしまった。その時知ったけど、サマンサは宿屋の奴隷なんだってさ。手を煩わしたからチップに銅貨を握らせようとしたらすごい剣幕で拒否られた。さすが高級宿。各部屋一人奴隷がつくなんて至れり尽くせりで本当に素晴らしい。俺、もう二度と奴隷のない生活に戻れない体にされちゃったかも。まったく、奴隷解放なんて誰が言い出したんだ。本当に便利すぎる。あと、昨日の風呂のサービスなんかも普通のことなんだって。泡風呂的なサービスが心配になるけど、サマンサみたいなのは宿の備品扱いで、そういう行為は損害賠償って事で結構な額で買取を請求されるらしい。まぁ、たまに襲われそうになるらしいが、そういうのはあの筋肉マッチョが撃退するんで風呂場は清潔に保たれてるらしく、安心した。他の人間の出したモノが浮いてる風呂なんて入りたくないからね。


そんなことより、ランクアップ試験だ。ゴブリンを3匹殺戮するお仕事。荷物も完璧。装着済みの鎧、腰には昨日思考錯誤して鎧に取り付けたガンホルダーが2個、リロードのためにもちゃんと持ってきてるスーツケース。できるなら、エキストラの魔石を手に入れてスーツケースに魔石が必要なのかのテストもしないと。リュックがあるのにスーツケースを持っていく俺に、見送りのサマンサが微妙な目線を送ってきたが、今は無視。なんだよ。スーツケースさんディスってんのか?お前も便利だけど、お前の100倍便利なお人なんだぜ。

そんなこんなで、先日オークを殺戮した現場へやってきました。あの時はビビりましたね。本物の殺意ってのがなんなのか、教えていただきました。そんな経験を活かし、本日の作戦はこうです。こっちに来てから、拳銃の発砲音が地球の時より小さいし、反動も少ないようなので、両手拳銃で見敵必殺。すぐにリロードできるようにロックを外した状態で脇にスーツケースさんを控えさせてます。まだ朝も早いのに、既に森の周りにはチラホラと黒い影。近くに行って処理できない数がきても嫌なのでこっから撃ってみることにします。

現在のメインアームは何気に今回が初出動のM37さんです。両手拳銃でやってみるなら、試し打ちは必須ですよね。装弾してるはずのシリンダーを見た時は、既に実弾は黒い靄に変わっていたのでオートマチックと変わらないと予想してます。狙いをつけるのは30メートルほど先のオークかゴブリン。当たらなくても当たっても、こっちに近づく前に、両手拳銃状態に移行できる安心な距離です。

狙いは影の胴体。ある程度こっちに近づいてもらわないと、安心して死体を袋に詰める作業ができないからね。


パンッ


想像通り軽い反動と軽い音で、M37さんが発砲。命中は当然しなかったっぽいけど、魔物はこっちに気付いたらしく、猛然とこっちに駆け出してきた。周りを見渡しても他の魔物は、我関せず状態なので余裕を持って両手拳銃へ。なるべく引きつけてから両手の拳銃を撃ちまくる。弾切れを心配しなくていいって最高。

こちらに向かってきたのはオークだったらしい。呆気なく地べたに倒れこんだ先で地面に血が広がっていく。おいおい、まさか勝てると少しでも思っちゃったの?やめてよね、前回は俺を恐怖でちびらせたかもしれないけど、拳銃さんが本気になったら魔物ごときが敵うはずないじゃない。


「それでも、袋詰めはとっても怠い」


しかもオークだったのであんまり意味がない。ランクアップまで討伐報酬も貰えないらしいけど、素材だけでも200ディナール。捨てておくにはもったいない。せっせと、地面に広げた袋の中にオークを引っ張り込む。オーマイガッ。昨日、袋を洗浄に出しとくんだった。よく見るとウサギのアレな肉片がこびりついてるし、臭いもひどい。オークを殺すよりも袋詰めの方が体力的にも精神的にも、致命的な傷を負わされた。


気を取り直して、場所を移動しながら先ほどと同じような手法で魔物を殺害していく。銃は変わらず不思議な黒い靄によってリロードされるし、殺害自体に危険を感じる瞬間はほとんどないが、その後の袋詰め作業によってsan値がゴリゴリ削られる。何より、ゴブリンに会えないので袋は既に俺の荷重量を超えかけてるのに、先ほどから殺害できるのは豚ばかり。また一匹、オークのお代わりが追加されることになった。


目の前で寝そべる豚を袋詰めするにはあと2人くらい人手が必要だと思う。さっきまでだって、一体一体、袋詰めする度にキャリーから降ろし、袋に詰めたら詰めたで袋の中のオークを一体ずつカートに乗せることでなんとか積み込んでいたんだ。パズルのように平面に袋詰めしたオークで袋にあきはなくなっている。これはあれだな。少しグロ耐性も付いてきたところで、オークの体から魔石を取り出して実験をせよという神の思し召しだ。どのみちゴブリンが出てきたら体を裂いて体内の魔石を取り出し、討伐証明の右耳?左耳?あれ?どっちだったっけ?こないだちらっと聞いただけだからど忘れしちゃった。耳だったのは確かだから、両耳とも持ってきゃいいか。とまぁ、そんなこんなで耳をそぎ落とすなんて拷問をしなきゃいけないわけだ。


そういうわけで取り出したるは、昨日市場で買った剥ぎ取り用ナイフ!基本的に刃は鋭くなってるけど、短いから剥ぎ取り用にしかならないんだとか。砥石込みでお値段3万円。高いのか安いのかよくわからん。


いざ腹を搔っ捌くのは結構勇気がいるな。魔石は胸の近くにあるって言ってたから、胸のあばらに沿ってナイフを入れる。ミチミチッって肉が切れる感触と共に生暖かい血が血がああああ!san値直葬食らいそうなくらいグロい。酸っぱい唾が口の中に広がって………無理!


オロオロオロオロ


脇に自家製もんじゃ焼きを作る。思った以上にキツイよ!ウサギとかを解体するのを見るのは行けるようになったから、余裕だと思ったんだけど、人型をしたものを切り裂いて生暖かい血が………うぇ。


***


10分後、辺りには血の臭いが充満してる。なんとか魔石を取り出したオークの死体のまわりには4つほどもんじゃ焼き未満の水たまりが増えているし、そのほかにもなんか色々形容しがたいモツの残骸が飛び散ってるが、俺の記憶には何もない。魔石は取り出せた、大事なのはそれだけだと思うんだ。嫌な事件だったね。結局魔石は心臓の筋肉の中に紛れてた。なかなか見つからなくてオークのお腹の中を色々探して、このザマだよ!このザマは密林の通販だけで十分お腹いっぱい!誰のせいだよ!


まあ、色々R-18Gな状況は置いておいて、水瓶の魔道具によって手とか服とか口の中もスッキリしたところで、本日の第二目標、魔石の実験へ移ります。すでにスプラッターな現場から離れて、心機一転。なるべく俺の中の記憶からも消去したいです。


実験1、ほかの魔道具みたいな魔石をはめるみたいな穴はあるのか?

ありません。っていうか、それが見つかるなら、こんな検証みたいなことをしなくてもわかります。

次っ。


実験2、スーツケースの中に魔石は入るのか?

スーツケースを開き、あの真っ黒な靄の中に魔石を落として見る。なんの反応もありません。一応、黒い靄の中に消えてったから、入ったということでいいんだと思う。


実験2.1、スーツケースの中に入った魔石は存在してるのか?

スーツケースを逆さにして振ってみるが、魔石がおっこってくることも、黒い靄の中に消えている荷物が出てくることもない。次に、黒い靄の中に手を突っ込んでリスト化して中身を考えようとする。なんだかんだ、すでにこの不思議スーツケースと付き合いだして4日目だから、慣れたもんだ。


Tシャツ×5

シャツ×3

Gパン×1

アロハ×2

短パン×1

パンツ×6

靴下×5

靴×2

本×5

筆箱×1

箱×1

コンドーム×11

トートバッグ×1

財布×1

タバコ×56

デューティーフリーの袋×1

お酒×4

チョコレート×3

香水×1

ソムリエナイフ×1

歯ブラシ×1

歯磨き粉×1

ライオットシールド×1

水瓶の魔道具×1

木製コップ×2

木製食器×4

革製テント×1

革製リュック×1

鉄製剥ぎ取りナイフ×1


あれ?魔石がなくなった。タバコは少しずつ大事に吸ってるから一つ減ってるけど、それ以外は何も変わってない。


仮説1、魔石は黒い靄に同化して無くなった。

まぁ、魔道具なんかと同じ不思議アイテムであるスーツケースだから、魔石を丸ごと取り込んでも不思議じゃない。これが一番確率高いかな。


仮説2、魔石はスーツケースの異空間で迷子になった。

異空間で迷子になることを否定するわけじゃないけど、他に出し入れしてる時は大丈夫だったのに、魔石だけピンポイントで迷子になるのもおかしいよね。


仮説3、入れたと思った魔石は実は入ってなかった。

スーツケースの真ん中から黒い靄の中心に落っことしたんだから、それはないわ。


仮説4、黒い靄には入らず、ひっくり返した時に気づかない間に落っこった。

魔石が同化してないなら、一番可能性があるのはこれかな。俺だって人間だし、見落とすことはある。でもそうなると、検証ができないから、またあの惨殺事件現場を作って魔石を手に入れなければならない。なるべくなら遠慮したいけど、どのみちランクアップしてお金を稼ぐにはあのスプラッターを乗り越えなければならないんだ。ゴブリンの討伐数を満たす前に魔石が手に入ったら実験してみよう。


実験に一息ついていると、遠くの方からギャーギャーという鳴き声が聞こえてくる。辺りを探せば、先ほどのオーク惨殺事件現場に何匹か魔物が集まってオークの死体に取り付いているのが見えた。


食ってるみたい。あーそこそこ、豚は生で食べると病気になりますよ。あ、魔物だから関係ありませんか。森の外周部はゴブリンとオークしか出ないって言ってたから、あの魔物の影がゴブリンであるだろう。さすがになんでも食べる豚っていっても、共食いはしないと信じたい。ただ、数が多いのが少し問題だ。見た感じ5匹ほど集まっている。どうしようか悩んでしばらく眺めていると、なんか普通に5匹でも大丈夫な気がしてきた。なぜかっていうと、あの5匹のゴブリンども、仲間内でオークの肉を取り合いしながら夢中で肉にかぶりついてる。テレビで見た畜生のライオンですら獲物にかぶりつきあいしてる間も、周りの警戒を怠らないのに、魔物っていうのは知能面で畜生以下のようだ。


そうと決まれば、ゆっくり近づいて手前のゴブリンから射殺していく。狙いが着けやすいように、だんだん近づいていたんだが、結局、5匹目のゴブリンを射殺するまで、1匹としてこちらを警戒したり、仲間が倒れていることにすら気づかなかった。畜生よりも知能が劣っている時点で、この結果は当然でしたね。


そして恒例になりつつあるR-15Gの猟奇殺人現場製作のお時間ですが、さっきよりは、進歩した。都合5匹の魔石と両耳を手に入れるまでに作ったもんじゃ焼きは1個。すでに固形物は無く、もんじゃ焼きっていうより単なる臭い水たまりみたいになってるけど、気にしない。

何より大事なのは、今日のスプラッタはここまで、これで帰れるってこと。エキストラのゴブリン魔石をポケットに入れて、洋々と街に向かっていく。昨日に引き続き、キャリーはホームレスのアルミ缶集めになってるけど、しょうがないんだ。


***


西門を抜けて、街の中では昨日と同じ異様だという視線を感じながら、解体小屋へ向かう。だんだん有象無象の視線が気にならなくなってきた。解体小屋は今日はさすがにすでにあいていて、ミゼットじゃ無くドワーフの毛ミット、じゃなかったケミットがカウンターの上でだらけてた。


「おう、今日もまた大量だな。お前ら手伝え!」


「毎度、お手数かけます」


キャリーの上から解体小屋の従業員総出で袋を回収する。


「こいつはオークか。それと、あん?何でゴブリンの両耳が入ってんだ?」


「どっちの耳が討伐証明なのか忘れてしまって、とりあえず両耳回収してきました」


「ゴブリンの討伐証明は右耳だ。しっかし、こんだけの量となると確認するのも一苦労だな。ゴブリンの耳の方は別に素材になるわけじゃねー。魔石の方はどうしたんだ?」


「魔石は自分の方で使おうかと思って、別においてたんですけど、ゴブリンの討伐証明って魔石も必要ですか?」


「いや、いい。魔石は需要に全然追いついてないから、売ってくれるならありがたいが、自分で使うなら仕方ねえ。オークの魔石の方はどうする?」


「とりあえず、ゴブリンの方だけで足りてるんで、オークの方は買い取りでお願いします」


「それなら、オークは普通の買い取り値段で良さそうだな。14匹で2800ディナール、手数料が1割だから、2520ディナールな。オークの鑑札が14に、ゴブリンが5だ。毎度あり」


オークの状態を確認して、奥から買い取り金額と鑑札を持ってくる。硬貨や鑑札を受け取った後、袋を内容物を出して小さくなった袋をキャリーに置かれそうになったところで、今朝の悪臭を思い出した。


「あ、忘れてたんですけど、袋を洗浄に回してください。今日、袋詰めしてる時かなり酷かったんで」


「あー、まぁそうだろうな。よし、洗浄の方に回すから、こっちの袋の鑑札も忘れずに受付に回せよ」


昨日のウサギの脳天穴あき死骸の山を思い出したのか、ケミットは納得するように苦笑して、袋をそのまま、近くの従業員に渡した後で、カウンター裏から鑑札を取り出す。


「ありがとうございました」


「おう。また来な」


まだこの街に来て4日目だというのに、この生活にももう慣れ親しんだものだ。キャリーを抱えて、ギルド前の階段を登ろうが、すれ違うギルド員はもう驚きもしない。昼過ぎの時間で空いているギルドのホールを突っ切ってカウンターへ。カウンターに座っていたのは、知らない職員だった。ランクアップまで討伐報酬は出ないと言われたから、オークの鑑札を出すのは少し迷ったが、目の前で鑑札を抱えているのを見られていたのでしょうがなくそのまま全部渡す。


ギルド証と一緒に奥へ入った受付の代わりに奥から出てきたのはサイファ。昨日の今日なのに、副ギルド長ってのは結構暇な職業なんですね。


「これは、ヨシヒサさん。早速、ランクアップ試験の達成おめでとうございます」


「ありがとうございます」


「ちょうどヨシヒサさんにご相談がありまして、ランクアップの処理が終わるまで少しお付き合いください。昨日、ヨシヒサさんがお帰りになった後、他のFランクのギルド員から報告がございまして、西門前の草原に生息するツノウサギの生息数が著しく減少してしまったらしく、ヨシヒサさんにはしばらくツノウサギの討伐を自粛していただきたくお願いを申し上げます。通常ですと、Eランクの冒険者の方がFランクのツノウサギを討伐する事に対して制限がかかるのはおかしな事なのですが、いささか先日の討伐数は例を見ない事でありましたので、今回のお願いとなりました」


あの敵視してきたガキンチョどもですか。せっかくこれで制限が取れるから、おちょくる為にも今度は狩り尽くす勢いでやってやろうと思ってたのに、怒ると怖そうなサイファからのお願いを下手に反発すると彼、きれちゃうかもしれない。なんか他の手段であのガキンチョどもをおちょくった方がいいね。自分でもあの量はないわ〜と思ってたから仕方がない。


「わかりました。ちょうどランクも上昇するので、自分のランクにあった対象を狙うようにしますね」


「おわかりいただけて幸いでございます。ヨシヒサさんならば、後1つか2つ上のランクでも通用すると思いますので、今後の活躍を一層期待させていただきます」


ランク詐欺って言われても、残念な事に俺ってば銃におんぶに抱っこなんです。しばらくはゆっくり過ごしますよ。

ちょうどその時、奥に入っていた受付がギルド証を持って帰ってくる。


「ああ、ヨシヒサさんの対応は私がするから大丈夫だよ。おや、ランクアップ以外の討伐報酬がないようだから、もう一度確認して取って来なさい」


ギルド証をサイファに奪われたあの受付は、え?みたいな顔の後サイファがもう一度頷くのを確認して奥に慌てて戻っていく。邪推だけど、さっきの話を迷ったり蹴ったりしたら、今回の討伐報酬はなかったって事ですかね。もう一回邪推だけど、あの受付の表情に吹き出し作るなら、え?あんたの指示でこうしたのに、いいの?だったのは、単なる俺の考えすぎなんですかねえ。


「これよりヨシヒサさんはEランクギルド員として登録されました。ますますの活躍をご期待させていただきますね」


「ありがとうございます」


「お待たせいたしました。こちらが今回の討伐報酬の銀貨15枚になります。くれぐれも、先ほどの件、よろしくお願いいたします」


戻ってきた受付から硬貨を受け取った後、サイファは笑み崩さずに銀貨を渡しながら念を押した。もう真っ黒だよ、この人。


「了解です。そういえば、登録する時に聞いた、スキルアップの補助っていうのはどんなものがあるか質問していいですか?」


そろそろ本当に文盲である事が辛くなってきた。言葉自体は日本語なので、文字を覚えるくらいは簡単にできるんじゃないだろうか。


「そうですね、私は少し仕事があるので、先日のメルティアに説明させますので、少々お待ちください」


忙しいならわざわざ出てくるんじゃない。あなたのプレッシャー、微妙に胃に来るんだよ。ただでさえ今日は何回も胃の中を空っぽにしたおかげで胃酸過多ぎみなんだから。


メルティアはあいも変わらず、まだ美少女だった。昨日の今日で変わるはずもないんだけど、ラテン美少女はある日突然ラテン普通女性に変わるから気をつけろって友人に言われたんだけど、今はまだその時じゃないのかもしれない。


「こんにちは。スキルアップについてのご質問という話でしたが、どのようなものでしょうか?」


「全く何があるか想像がつかないので色々教えていただければと思いまして。とりあえず、文字を覚えたいとは思っているんですが」


「そうですね。文字なんかは皆さんよく選択されているので、教室のノウハウもしっかりしていてオススメの一つですね。他にも、戦闘技能で、剣や槍、弓なんかの基本技能も低ランクの方を中心に人気です。その他ですと、計算、それに少し特殊ですが魔法なんかも人気のコースになっています」


「魔法、ですか?」


あんのかよ、魔法。こう手のひらを広げて、◯ラ!とかいって火の玉が飛んで行ったり、それはメ◯ゾーマではない、メ◯だ。みたいなやつ?いや、ファイ◯の方かもしれんけど。


「ご存知ありませんか?特殊な才能が必要なのであまり一般的ではないんですが、何も無いところから火を出したり、水を出したり、凄くカッコいいんですよ。初回の授業で才能の有無を調べていただけるので、皆さん一回は受けてる方が多いんです。やっぱり魔法は憧れですから」


君が魔法が好きなのはよくわかったけど肝心な魔法の内容が、まんま子供感想なのをどうにかしろよ。何も無いところから火とか水を出すってどうやってだよ。意味がわかんないよ。


「あー、そうですね。一度で才能の有無がわかるなら私も一度受けて見てもいいかもしれませんね。それで、その教室に通うのはどれほどの費用がかかるものなんですか?」


「はい。是非。もし魔法が使えたら、使うところを見せてください!あっ、それで費用ですね。それがコースによってまちまちで、一回の授業でいくらというところもあれば、月謝という形で月にいくらという形のところもあるので一概には言えません。というのも、コースはそれ専門の道場であったり、その技能が使える方とギルドが契約して授業を行ってもらっているので、その派遣先の料金体制で決まってしまうんです」


「なるほど。では、文字と魔法の授業はいくらくらいなんでしょうか?」


「はい、魔法は1回ずつの料金で、一度につき銀貨2枚となっています。少々値段は掛かりますが、日に1人ずつの長い時間をかけて個人授業を行っていただけるので、それを考えたら安いと思います。それと、文字は………少々お待ちください」


魔法はさっと答えたくせに、文字の方は、抱えていた大きな冊子を捲って探し出す。魔法好きだから魔法の授業は暗記してるんですね、わかります。安いって言うけど、初回は才能の有無を確かめるんだろ。才能があればいいけど、なければその場でおしまいじゃないか。確認にどれくらいかかるか知らないけど、短ければとんだぼったくりだわ。話に聞く感じそんなに才能がある人間がいっぱいいるわけでもなさそうだし。確認するだけで濡れ手に栗とか裏山!


「ありました。文字は1日2時間で大銅貨3枚ですね」


「なるほど、早速文字の授業をお願いしたいんですが」


「え?魔法じゃないんですか?」


どんだけ魔法推しなんだよ、このガキ。


「あー、ちょっと今は手持ちが心もとないので、魔法の方はまた今度お願いします」


「初回で、才能の有無だけでも確認してみればいいのに。ええと、文字でしたら、本日はまだ誰も予約していないので、大丈夫だとおもいます。これから向かって2時間でよろしいですか?」


とうとうタメ語にまで落ちたよ。魔法は確かに気になるけど、才能ないってなってドブに金を捨てるほどリッチじゃないわ。


 文字の勉強するなら、鎧脱いで風呂入ってからからがいいな。一応水と布では拭ってるけど、多分ひどい臭いもこびりついてるし。


「予約ができるなら、今から一度宿に戻ってからでもいいですか?お風呂とかも入りたいので2時間後とかだと嬉しいんですが」


「はい。この冊子に2時間後に予約しておけば、他の方とかぶってしまうことはないので、それぐらいの時間に先方に行っていただければ大丈夫です。文字の教師の方は普段代筆のお仕事をなさっているので場合によってはお客様がいらっしゃって、少々待つことになるかもしれませんが」


「あ、大丈夫です。料金は、向こうで払えばいいんですか?」


「はい。今依頼書をお持ちするので、それを持って東通りの代筆屋に行ってください。場所は依頼書の方に描いてあります」


依頼書はフツーの紙にこの世界の文字と雑な地図が描かれている。少し汚れているところを見ると使い回しなのかもしれない。さっさと宿に帰ってお風呂に入ろう。自分から胃酸とか臓物の臭いがこびりついてる気がして気持ち悪い。


***


というわけで、目の前には地図に書かれた家がある、東通りの代筆屋とやらは大通りから一本入ったところにあった。現在は、スーツケースを宿において、筆記用具と行きがけに市場で見繕った紙をトートバッグに入れて身軽スタイル。風呂も入って、着替えも完璧、今朝のスプラッタのおもかげは一つもない。風呂はアカスリの部分を除けばいつも通り極楽で、サマンサに鎧の掃除まで任せてきてしまった。お礼に果物かなんかを買ってシェアするんだったら許されるだろうか。まぁいらないって言われれば自分で食えばいいから、とりあえず何か買って帰るか。


「すいません」


普通の一軒家みたいな外見なので入るのに勇気がいったが、いつまでも前に突っ立ってても仕方がないのでノックして声をかける。しかし不思議な事に、代筆屋と聞いていたが看板なんかも無く、一見単なる一軒家だ。


「なんじゃ?」


不機嫌そうな声とともに顔を出したのは結構年いった偏屈そうなジジイ。こんな文化してる世界だと短そうな平均寿命ぶっちぎって長生きしてる感じ。ああ、ナントカ世にはばかるってやつか。


「ギルドでスキルアップの教室を紹介されてきました。これが依頼書です」


クソジジイは横柄に依頼書を奪うと、長生きしすぎて使い物にならなくなったんだろう目を細めて依頼書の文字を読む。あーこれはハズレだわ。こんな態度の死に損ないに物を教わるとか俺の胃がストレスで穴が開く。依頼書を読み終わったクソジジイはジロジロ人のことを頭の先からつま先まで睨み付けると、


「入れ」


そういって何の前振りもなく後ろを向いて家の中にはいっていく。うぜー。このまま帰ってやろうかな。でも本当に文盲は辛いんだ。3秒くらい本気で文盲の辛さとこのジジイに教えを請うウザさを天秤にかけてから、しょうがなく家の中に入っていった。


狭い家だ。くたばり掛けのジジイならいいだろうけど、おれだったらこんな犬小屋みたいな家にはとても住めない。しかも代筆屋って言うくせに代筆をするための机もペンもない。キョロキョロと家の中を眺めていると、二階から呼ぶ声が聞こえる。

知らないうちに二階へ上がっていったらしい。せめて声かけてからいけよ。ただでさえ死にかけで生気ないんだし、なるべくなら視界にも入れたくないんだから気付かない。


二階に上がると、さすがは文字を職業にしてる人間なんだろう。壁一面に本が並べられていて、本棚から溢れた本が床まで侵食している。ジジイは本に埋もれた先の机の横に立っていた。その机の上には水晶玉が置かれている。

あれ、なんかおかしい。この部屋のどこにも代筆屋に必要だろうペンみたいな商売道具がないうえに、とてもこのジジイに客商売などできるとは思えない。そのうえ水晶玉ってなんだ。風水かなんかを信じちゃってる人ですか?こっちの世界に風水があるかどうかは知らないけど。


「こっちじゃ。早く来んか」


本当にうざいです!爺婆は若者を尊重して肩身狭く生きていくべきなんだよ。生きてても消費するしか能がないポンコツが!

諦めてジジイのそばまで来ると、ジジイは机の反対側まで行き、水晶玉を中心に置く。これ、完全に間違ってるよね。水晶玉で文字の勉強とかさすがにこの世界でもないでしょ。


「あの、ちょ………」


「うるさい。黙って心をおちつけておれ。水晶玉の中心を見て変化があれば教えるんじゃ」


こういう人の話を聞かないクソジジイってまだ生存してんのね!もうさっさと付き合って満足したところで帰ろう。あの受付のラテン美少女よ、俺の大事な時間を奪った責任は取ってもらう。


「集中せんか」


はいはい。わかりましたよ。

水晶玉の中心ね。偏光であんたの顔が映るだけでしょうが。これだから未開人は。と思ったらいつの間にかスーツケースのような黒い靄が水晶玉の中心を満たして、透き通ってたはずの水晶玉はあっという間に真っ黒な…………


「喝っ!」


ーーーーィン


いきなり大声を出すな!耳の奥がキーンとして頭の奥でジジイの大声が山彦のように繰り返してる。思わずつぶっていた目を開けるとさっき真っ黒な玉になったはずの水晶玉は透明に戻っていた。ジジイはちょっとキモいくらい元気になってこっちを見つめている。なんか若者の生気を吸い取る系の邪教の呪いかなんかだったのか?なんか妙に疲れた。


「何が起きた?」


「水晶玉の中に真っ黒な靄ができて、水晶玉が真っ黒になったら、お爺さんの声が………」


「真っ黒な靄か!」


こんな時まで崩れない俺の外面は完璧すぎて自分でもほれぼれするわー。もう早く帰って寝たい。もうメルティアに責任取らすとかどうでもいいくらい疲れた。


ジジイは俺の答えを聞くと、いつの間にか本棚の方に移動して、本棚の中から本をとっかえひっかえしては中身を確認してる。こっちを気にするそぶりもない。もう帰っていいですか。


「あの、今日は調子が悪いんで、終わりにしてもらってもいいですか?」


もう二度とこないし、メルティアにはどういうことなのかしっかり確認させるけどな。


「あと少しだから待っとれ!」


勘弁してください。


***


散々人の事を待たして、ジジイが正気に戻ったのはゆうに20分は経った後だった。この部屋の椅子は一つもないし、衛生的にちょっと床には座りたくない。なので壁に寄っ掛かるようにして休んでいた俺に、ジジイは満面の笑みで近寄ってきた。最初の不機嫌そうな顔が懐かしい。


「すまんのう」


そう思ってるんだったら早く帰らしてください。


「なにぶん才能のある生徒なぞ久方ぶりすぎてのう。魔力のイメージが黒い靄というのも珍しい。本当はもっと色々教えてやりたいんじゃが、今日は無理やりパスを繋げたせいで体がだるいじゃろう。もう帰った方がいいじゃろうな。この魔法書を貸してやるから、毎日少しずつ自分でも練習するとええ」


なんとなくそんな気はしてたんですけど、やっぱり魔法の先生でしたか。なんで文字の教室の依頼が魔法にいつの間にかすり替わってるんですかね。詳しく聞きに行くから待ってろよあの魔法キチガイ。

初対面の偏屈ジジイからいつの間にか好々爺にジョブチェンジしたジジイも意味がわかんねー。貰えるものは全部貰うから、魔導書は受け取っておく。一生返さなければ借りものと貰い物って一緒だよね。


「わしはゼバルドという。お前の名は?」


「ヨシヒサです」


「よし、ヨシヒサ。本来なら今日の分も教師代を貰うんだが、今のところお前さんが唯一の生徒だからの、今日の分はサービスしておいてやろう」


出口まで見送りに来たジジイは必ずまた来るように、と何度も念を押してもう一つ、必ず練習はしとんじゃぞ、という言葉で送り出してくれた。練習するも何も、俺文字読めない文盲だし、本に何が書いてあっても読めなきゃ練習なんてできません。

何より、やっと解放された。さて、冒険者ギルドにクレームをいれにいかなきゃ。さっきまでの疲れは、これからクレームを入れに行くって考えたらどっかに行った。俺の有意義になるはずだった時間を、訳のわからない実験で潰された恨みは深いぞ。


***


「「申し訳ございませんでした」」


あの副ギルド長のサイファとラテン美少女のメルティアが揃って頭を下げている。うーん、気持ちいい。


「いえ、謝ってもらう必要はないんです。どうしてこうなったのか事情を説明して欲しいというだけで」


あの後、ギルドに直行した俺は魔法バカに対して、行った場所が魔法の教室だったことを話した。当然確認のためにメルティアがひとっ走り、ゼバルドってジジイの所まで確認しに行っている間に、事情を聴きに来たサイファにはメルティアが故意で間違えたんじゃないかと、説明を受けている時の状況をセットにして話したら、メルティアが確認して帰ってきてからこの状況な訳だ。気持ちよくて心の中で笑いが止まらん。


「いえ、決して故意というわけではなく、文字の教室の依頼書の中になぜか魔法の教室の依頼書が混ざっていたようでして」


「そうですか。まぁ、私が文字を読めれば、すぐにミスに気づくこともできたわけですから、頭をあげてください」


そのために文字の教室に行こうとしてたんですけどね。心持ちメルティアの頭の角度が下がる。


「ミスは仕方ありません。幸い才能があるということで、ゼバルドさんには今回の授業料は免除されたので私にも被害はないですから」


「才能があったんですか?!」


メルティアが頭を下げていたことなんて速攻で記憶の彼方に飛ばしてハイテンションで聞いてくる。君、サイファの方を見たほうがいい。すっごい顔して君の事を見てるよ。


「ええ。サイファさんも頭をあげてください。ある意味、メルティアさんのおかげで早く魔法の才能に気づく事ができたわけですから」

「すごいです!もうちょっとした魔法も使えるようになったりしたんですか?」


作戦通り。これで俺が何をしなくてもメルティアの魔法バカはサイファに後で、じっくり叱られる事だろう。俺が怒ってないと言った後、才能の事を打ち明ければこの魔法バカの事だからこうなるって予想は大当たりだった。


「ですが、ヨシヒサさんにはそれ以外にもご迷惑をおかけしています上で、重ね重ねのご迷惑、本当に申し訳ございません」


と、サイファがもう一度深々頭を下げる横で、能天気にすごいです!を繰り返してるメルティアさん。若さとはいえちょっとこの後のサイファの怒りが心配になってきた。


「報告したかったのは、それだけです。本当に気にしないで頂いて大丈夫ですよ。自分自身ではラッキーだったと思ってますから」


本当にラッキーだとは思ってないけど、さっさとこの場を去りたい。さっきからなんかサイファの周りの空気が冷たくなってきてる気がするんだ。能天気に騒いでたメルティアがサイファに気付いてわかりやすいくらい顔を引きつらせる。縋ってくるメルティアの目線を振り切って逃げ出した。メルティア、君の事は多分忘れない。だから何かのきっかけで殺されてしまったとしてもけして俺を恨むんじゃないよ。君の死因は俺じゃなく君自身が作った事だからね。


***


メルティアに対する鬱憤は晴らしたので意気揚々と何種類か果物をお土産に買って宿へ戻る。ちょっと薬が効きすぎるかもしれないけど、あの魔法バカには許されると思う。半分以上は自爆だったし。あそこまで馬鹿だとはこの俺の目を持ってしても見抜けなかった。あ、ついでにフロントでもう2日宿泊を延長する。


部屋に戻って呼び鈴を鳴らすと、サマンサが手入れが終わった鎧を持って部屋に入ってきた。


「ありがとう。市場で果物を買ってきたんだけど、一緒に食べない?結局鎧の手入れまでして貰っちゃったし」


「畏まりました。ではナイフをお持ちいたします」


ぬかった。皮むきが必要な果物だったらしい。まぁ、美味しい果物下さいで適当に買ったから、自分でも何を買ったのかはわかんないんだけどね。


シャリシャリとリンゴのような果物の皮をむくサマンサ。なんていうか、奴隷との付き合い方なんてわからんから居心地が悪い。一応、お礼という事で、サマンサもたまに摘んで食べている。静かな部屋に、二人分の咀嚼の音だけが響く。異世界ってあれだな。こういう時に間が持たない。地球ならとりあえずテレビでもつけてれば何とかなるのに。


「あー、なんだ。その、うまいな」


なんだ俺は、女の子と初のお出かけをする中学生かなんかか。自分の恥ずかしい発言に、脳内で身悶えていると、クスクスとサマンサの初めてかもしれない笑い声が聞こえてきた。思わずサマンサの方を見ると、笑ってしまった事実に自分自身でも驚いたのか、取り繕うように一度咳払いをした後、いつもの無表情に戻る。


「旦那様は不思議な人ですね。私のような奴隷にお礼を言ったり、お土産まで。かといって体を求められるわけではありませんし」


 お前のようなガリガリの骨と皮だけの女に性的欲求を感じるほど飢えてないです。


「貧相なのは自覚していますが、そこまで否定されるほどでしょうか?これでも奴隷市に身売りした当時は将来性だけで値がついたほどだったんですが」


 なんだそれは。聞いたところによると、サマンサが奴隷市に立った時はまだ一桁の年齢だったそうだが、その年齢で性奴隷として値段が付くのはそれなりに将来性を買われた証だという。結局性奴隷としてではなく現在の宿のオーナーにメイドとして買われた事でそういうサービスはしたことがないそうだが。っていうか、やっぱり性奴隷とかあるんですね。


「娼館なんかの奴隷はほとんどが性奴隷だそうですよ。娼婦の中には奴隷身分から解放された後も収入のために娼婦を続ける人もいるようですから、娼館のすべての娼婦が性奴隷というわけではないらしいですが」


 奴隷制度について聞いてみると、身分というよりは年季奉公のようなものらしい。ある程度の金銭の代わりに決まった年季を奴隷として過ごすことになるらしい。サマンサも今年で10年近い年月をここのメイドや下働きとして過ごしているが、まだ年季の半分にも達していないという。ある意味性奴隷になって娼館で働いていればそろそろ年期明けも見えてきたのに、とよく分からない愚痴をこぼしていた。


「まぁ旦那様にこぼしても仕方がないんですけどね。せいぜい宿にお金を落としていただければ私のお小遣いも増えますので嬉しいですが。特にお食事中のお飲物なんかもっと頼んでいただいてもいいんですよ?」


 お前はキャバクラのホステスか。でもまだ勝手に頼んでいいでしょー?とか言わないだけマシなのか?全く。重いはずの話の内容もサマンサのあっけらかんとした口調によってそれを感じさせなかった。下手な方向に興味を持ってしまった自分に少し反省しつつ、サマンサに感謝を返すためにも今日の夕食では少し羽目を外して飲み物を奮発しよう。

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