初めてのモンスター

目がさめると、元の世界に戻っていて、すべては夢でしたなんて事はなく、ふくろうの宿り木亭の部屋で目を覚ます。高さの合わない枕の所為で微妙に首が痛い。どんなに粗末なベッドだろうとグッスリ寝れる体質に少し感謝。睡眠不足を解消して、体調は完璧だ。今日はさっさとギルドに行って金を稼ぐ。ちょっと、元の世界に帰るための捜索はお預けにして、こっちで生活基盤をある程度築かないと、兎みたいにストレスで自傷行動に出そう。昨日みたいな労働は現代のもやしっ子にはキツすぎる。銀貨1枚=大体1万円、ここがそのレベルの宿だという事は、もっといい宿も存在しているはず。もしかしたらそこにはお風呂だってあるかもしれない。風呂か、風呂という単語を思い出したら最後、何としても風呂に入りたくなってくる。


「よし。帰るよりも何よりもまず、目指せ風呂のある生活だ」


そのためにはまず、ギルドのランクを上げる。危険度が高いってことはそれなりに報酬だって高いはずだ。警棒だってあるし、盾だってある。銃がなくなったところでいきなり戦えなくなる事はないだろう。

いざとなれば、チョコレートを売りさばくという選択肢もあるが、昨日の融資担当の言葉を聞く限り、売れても100万や200万。そんなもんじゃそこまで長く風呂があるかもしれない宿に泊まれるとは思えない。帰る手段が早く見つかればいいが、この訳のわからない状況を考えるに、楽観視は危険すぎる。俺のフロある生活的に!


ちょうど、窓から見える景色は朝日の光を浴びて明るくなってきた。まずは朝食だ!朝の歯磨きは、体力的にスキップ推奨でお願いします。


朝食を済ましたらすぐ出るつもりで、スーツケースを持って食堂に向かう。不思議なことにこのスーツケース、あんだけ物が入っているはずなのに、カラのように軽い。内容物の重さがなくなるらしい。どこまで入るかわからないが、量を詰めることができるなら、商売なんかもいいかもしれない。泊まる先々に風呂があればだが。


「おはようございます!早いですねー」


ナイリーネの元気な声に迎えられて、カウンターに座る。あの子も体は合格点だから、もうちょっと目の大きさが大きくて、顔全体の左右のバランスが整ってて、鼻がもう少し小さければ、この宿であの肉体労働を我慢しても泊まる価値が出るのになー。

ぼーっとナイリーネが注文を取りに来るまで、お店の中を走り回る彼女の後ろ姿を見ていると、脇から、アメリカンモーニングのようなプレートとジョッキが出てくる。慌ててそちらを見ると、熊のような大男が鬼のような形相で俺を見ている。ああ、親父さんですか。いくら娘がかわいいって言っても、現実見ましょうよ。そんな心配するほど、美人じゃないですよ、娘さん。むしろ、逆のことを心配したほうがいいくらい。あなたみたいな親の所為で現実を見れない女性が増えていくんです。

もちろん、心の中でだけで呟いて、表面上はにこやかにお礼を言う。座ってすぐ料理が出てくるってことは、朝は注文をとる訳ではないらしい。

ふっつーのモーニングの味。飲み物は薄っすらと果物の薫りがする水で、正直、モーニングいらないから、飲み物のほうを倍ほしかったかも。

ご馳走様でした。と手を合わせてから、鍵をナイリーネに渡し宿を出る。既に装備は万全。片腕にライオットシールドを抱え、警棒、両方の銃は共に腰に装着している。スーツケースをガラガラ引っ張りながら朝日の中、通りを歩く。ギルドに着く頃にはちらほらと町の住民も活動し始めていた。

昨日よりは随分楽になったギルド前の階段を上ると、ちょうどこのギルドナンバー2、副ギルド長のサイファが内側からドアの鍵を開けるところだった。


「おや、ヨシヒサさん。おはようございます。お早いですね」


「おはようございます。今日こそ、ギルドの依頼を受けようとやってきました」


「それはよかった。昨日のうちに市民証の受理も終わってますので、後ほど依頼の説明の間にギルド証へ書き込みましょう。どうぞ、お入りください」


サイファに連れられて、ギルドのカウンターへ移動する。今日は左端ではなく、真ん中だった。不思議な顔をしたのがわかったのだろう、


「一応、どのカウンターでも全ての業務は出来るんですが、優先的に真ん中3つの業務は、依頼の斡旋完了確認、左端では新規入会、右端はギルド員の情報登録変更などをうけつけております。ですが、先ほども言った通り基本的にはどのカウンターでも同様の業務が可能なので空いているカウンターへ並んでいただければ大丈夫ですよ」


サイファは人のよさげな笑みを浮かべて説明してくれた。


「さて、先日も説明させていただいた通り、仮登録から本登録までの方法は2通り。市内の依頼を幾つか達成していただくか、塀の外へ出て、魔物や獣の討伐を一件達成して頂くことになります。どちらかご希望はありますでしょうか?」


「魔物、というのはオークのようなモンスターということですか?手っ取り早くランクを上げるには、その、討伐に行くほうがいいんでしょうか?」


「はい。基本的には魔物の持つ魔石や討伐証明部位を提出していただくことで討伐確認ということになります。獣の場合は、魔石を持たないので獣ごとの討伐証明部位の提出によって確認させて頂いております。基本的に、魔物や獣の討伐依頼は行政府により常時依頼となっているので、受理が必要ありません。このまま市街へ出て、何かしらの魔物か獣の討伐をして頂き、討伐証明が確認され次第F級ギルド員として登録され直します。市内依頼に関しては、依頼内容によってはお時間がかかる事もございますが、その分安全です」


「魔物と戦った事がないんですが、その魔石というのはどんなものなんでしょう?」


「そうですね。見本に魔石を一つお持ちしましょう」


そう言って奥に入っていったサイファは直ぐに右手に綺麗な石を持って帰ってきた。


「こちらが魔石となります。これはBランクのギルド員が提出した迷宮深部のサイクロプスの魔石ですので、この町の近辺に存在する魔物の魔石はもっと小さいものになります。大体、親指も爪より少し大きい程度でしょうか。魔石は魔物の心臓のあたりにあるので、食用や素材として向かない魔物の場合はその場で取り出す必要があります。それ以外の魔物の場合、様々な素材などになる為、そのまま運んでいただければ、少々の手間賃でギルドが解体、素材の買取を行います」


「え?でも昨日から魔物の死骸を持った人なんて見かけませんでしたけど?」


「はい。ご自分で素材の回収を行う方もおりますが、それができない方の場合、流石にモンスターとはいえ死体を持って市街を歩くのは良くないので、このような袋に詰めて運んでいただいております」


サイファが取り出したのは麻のような繊維で作られた大きな袋だ。


「この袋は、防水性処理されており、中に保存した死骸の血液など、外部からわからなくするには十分な性能があります。基本的には魔物をそのまま詰められる大きさはありますが、あまりに大きな魔物の場合は、ご自分で解体、採取を行うか、ぶつ切りにして何枚かに分けて運んでいただきます。その時、ぶつ切りによって生じた素材の劣化等は納得していただくしかありません。ですが、そのような大型の魔物を討伐する皆さんは、基本的にご自分で処理する方が多いです。やはり、そのまま運ぶといってもナマモノですので、討伐から時間が経った後の解体ですとそれなりに素材に劣化が生じてしまいます」


結局、スプラッターとはお別れできないらしい。でも、そんな大型の魔物を狩る事はどの道無理だろ。つまり、モーマンタイ。


「その麻の袋って、購入しなければならないんですか?」


「いいえ、ある程度の枚数は貸し出しになります。破損した場合は、実費で請求させていただきます」


好きだなー、実費。まぁ多く取ってるわけじゃないってのを強調したいのかも知れないけど、あんま繰り返すからかえって嘘くさく感じる。


「討伐の方に行ってみようと思います。この街の周りの魔物っていうのはどんなのが居るんですか?」


「この街には東西南北、4つの門があります。昨日受け取った鑑札からすると、ヨシヒサさんは南門から入られたようですが、魔物や獣がよく出没するのは西門を出たあたりになります。ちょうど、ここからフクロウの宿り木亭の方にまっすぐ進んだところにある門の先ですね。そこに出没するのは、獣から、ツノウサギ、森狼、草原ネズミとなります。森狼以外は食用になりますので、そのまま持ち込んだ方がよろしいでしょう。森狼は右の犬歯が討伐証明部位になり、素材は毛皮となっています。魔物は門の近くにはほとんどいません。1時間ほどそのまま西に向かったところにある森周辺にゴブリン、オークと言った魔物が出没します。オークはご存知かと思いますが食用、ゴブリンは殆ど素材になる部分がないので右耳が討伐証明部位となっております。森の中に入るのはやめた方がよろしいでしょう。慣れないうちに、森へ押し入って、帰らなくなった冒険者の方は枚挙にいとまがありません。討伐依頼の達成には、獣であれば5匹以上、魔物であれば1匹以上です。これ以上の情報は、金銭的に余裕ができしだい、当ギルドで販売している、この街の周辺討伐ガイドをご購入下さい。以上、何かご質問はございますか?」


「いえ、ありません。袋を頂いたら、直ぐに出発しようかと思います」


「はい。此方が袋になります。ギルド証に袋1枚分の情報を書き込むので、預からせていただきます」


ギルド証を渡すと、そのまま奥へ持って行って、ものの数秒で戻ってくる。

どんな事をやってるのかわからないけど、早すぎじゃね?もうなんか秘密文字とか言って単なるブラフなんじゃないかと思えてきたよ。外れた時馬鹿でっかい負債抱え込むから絶対に試さないけど。


「それでは、無事討伐が完了するように祈っております。ああ、それと討伐した死体を持ち込む時は、ギルド右横の小道を入っていただきますと、解体部屋と買取のカウンターが御座いますので、そちらの方に向かってください」


「はい。了解しました。それでは、行ってきます!」


俺はまだ登ったばかりだ。この果てしない魔物討伐の坂を!


完!


***


って、さすがに、こんなところでは終わらないですよ。

まだ二日目だしね?とりあえず、やって来ました、西門外。昨日歩いた南門の外と同じように踏み固められた道が遠くの方に続いて、見渡す限りの大草原。違うのは、南門外ではほとんど見かけなかった生き物の影がチラホラと見れる。

直ぐ近くにウサギがいるのを発見する。俺の最初の獲物は貴様だ!

討伐依頼って余裕すぎじゃない?そこに見えるウサギに近寄って警棒で殴りつける簡単なお仕事ですってか!

意気揚々とウサギに歩いて近づく。ウサギ逃げる。


「………」


ウサギが立ち上がってこっちにケツを向けて、その大きい耳を左右に動かした。

今ぴーんと感じた。絶対こっちの事を馬鹿にしやがった。おのれ!畜生の分際で!

走って近づくが同じスピードでウサギが逃げていく。その距離5メートルほど。走ってもその距離はそれ以上近づかない。


「………」


うぜええええええええええ!誰だよ!簡単な仕事とか抜かしやがったの!めっちゃむずいよ!っつかウサギ足はえーよ!何だよウサギ跳びって!ウサギはピョンピョン飛ぶんじゃねーのかよ!普通に四つ足でガン走ってるよ!詐欺だよ!改名と、謝罪と賠償を請求する!あ!またあいつ俺の事馬鹿にしてやがるよ!死ねよ!


ウサギはダメだ。足が速いし、耳がいいからこっちに直ぐ気付く。森狼は狼って名前がついてるだけ危なそう。なのでネズミ!君に決めた!げっ歯類ごとき、我が警棒のしみにしてくれるわ!


そして、ネズミを探す事30分、探せど探せどいるのはウサギばかり。


ねずみいねえええよおおおおおおお。正々堂々勝負しろよ!チキンか!ネズミのくせにチキンか!かくれんぼ超得意です!じゃねーよ!


ヤバい!俺様のゴールデン未来予想図が既に灰色に変わりつつある。今日はなんとかなっても、明日には宿代も無くなってホームレス。所持してるお土産を処分すればあと3ヶ月くらいはなんとかなりそうだけど、そしたら風呂なしの未来。


絶望しかない………


今からでも、所持品処分して町内の依頼に変えようか。いや、あんなに余裕ぶっこいて逃げ帰ったら、恥ずかしさで憤死できる。命あっての物種とも言うけどさ!


とりあえず、最終手段、拳銃を使うしかないか?使うなら、日本で調べた感じ、オートマチックの方が弾数多いし、薬莢の長さも短いからオートマチックから使っていこう。あんまり、弾数に余裕もないから、どうせなら魔物の一匹で済ましたい。さすがに拳銃なら当たりどころによっては魔物でも一発で死ぬだろう。死ななくても、オートマチックの方なら弾数も多くて、最悪、連射できる。本当の連射なんかしないけどさ。連射なんかしたら的に当たんない。初めてガンレンジに行った時、映画のつもりで調子こいて連射して、オーナーに超ガチギレられたのを思い出す。あれ、結局二発目どこ飛んだんだろう。


まぁいい。オートマチック持って、森の方に行って、出会った魔物トレインした後、近距離でヘッドショット!できるかわかんないけどこれで行ってみよう。


さっそく森の方に歩いて行くが、一応ネズミも探す。狼は近寄らない限り、襲ってこないっぽい。何回か30メートル先くらいに見えたけど、慌てて違う方向に進んだら追ってくる事はなかった。


30分以上歩いた。森が見えてくる頃になると、だんだん同業者も追いついてきた。朝早くから行動したおかげで、同業者よりだいぶ早く始める事になったんだろう。ゆっくり歩きながら、同業者が獣をやっつけるところを観察させてもらう。コソコソっと近づいて一発!ってのと、超スピードで近づいて一撃!ってのが多い。中には弓矢でやってるのもいる。うーん、人間業じゃないです。なんなのあの超スピード。30メートルは離れてるのに動き出して一瞬見失いかけるとか馬鹿でしょ。コソコソ近づいてる人は、じっくり最初から見てないと見失うし。隠形って奴なんかね。あーヤダヤダ。ゲームみたいな超技能持ってる奴ばっかですか!冒険者ってのは!それで面接いけよ!超圧迫面接受けてこいよ!特技は?隠形です?は?隠形です。使うと敵は死にます!とかやってこいよ!ばーか!死ね!


ふう。ストレス解消ー。心の中で罵詈雑言言うって心が洗われるわー。今ならどんな不細工な女でも綺麗だねって言ってやれるわ。言うだけならタダだしね。


なんてやってたらあっという間に森の近くまで来れた。森までの距離は大体100メートルくらい。周りを見渡してもまだ同業者はいない。ここなら、トレインしてきても文句は出ないだろう。トレインする間、スーツケースも置いていかないといけないから、誰かいたら持ってかれちゃうかもしれないからね。


森のキワを見るとチラホラと魔物っぽい影がある。丁度、こっから森の間に突出してる影があるからそれを引っ張ってこよう。ライオットシールドは走るのに邪魔だけど、いざという時のためにおいて行くって選択肢はない。右手にH&K P2000、左手にライオットシールド、完璧。怖いから一応P2000の方はコッキングを済ませとく。スライドを引っ張って、ちょっと硬い。トリガーに指は置かない、と。後人に向けるのもNGだったっけかな。ガンレンジで言われたことを一生懸命思い出す。


準備に少し時間がかかったが、まだ森との間にいたはぐれはそのままだった。最終確認で周りを見渡すが、誰もいない。

よし、行くぞ。


あんまりゆっくり行って、スーツケースのところに人がきてもダメだし、あのはぐれの近くに他の魔物がきてもNGだ。かといって、走っていくと、トレインするための体力が削られる。


銃を握る右手にかいた汗がウザい。手のひらに汗とか意味わからない。人間を創造した神様はその必要性を具体的な例を用いて100文字以内で説明するべき。


だんだん近いてきて、はぐれの顔が判別できるようになってくる。


グロい。映画のロードオブザリングのオークよりグロいよ!豚っ鼻だから多分あれはオークだろう。昨日食べたオークのステーキを思い出して、当然消化されてるはずなのに胃がムカムカしてくる。


オークが気付いた!


そう思った瞬間後ろに向かって全速力。所々後ろを確認すると、早いよ!オーク早い!豚で二足歩行のくせになんでこんな足早いの!彼我の距離は大体15メートルほど。振り返って狙いをつける時間を考えたらすでにギリギリの距離だと思う。思ったほど森から距離が取れていない。銃撃の音で森の魔物を刺激するかと思うと、この場で立ち止まるのは怖い。


迷っているうちにオークとの距離は10メートルまで縮んでいた。もうダメだ!


反転して銃を構える。トリガーに手をかけて、左手でホールド、エイム。狙いをつけるけど、怖すぎるよ!顔が怖い!手に持った棍棒らしい木の棒を振りかぶってるのが怖い!


「あああああああああああああああああ!」


一発ヘッドショットとか、残りの弾数とか、考える余裕なんてない。モノホンの殺意を持って殺しにかかってくる怪物は怖すぎる。


バンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッカチッカチッ


とうに動かなくなったオークに向かってすでに弾が出ていない銃を打ち続ける。


1分後、俺は、しょうきにもどった。


さすがに30秒くらい空の銃を撃ってトリップしてたら、正気にだって戻る。ライオットシールドで倒れているオークをつついてみるが、完全に死んでいるらしい。ピクリともしない。周りには幸運なことに、他の魔物や、他の冒険者もいない。スーツケースも少し先に置かれているままだ。


「こ、怖かったああああ」


内緒だけど、少しションベンちびった。パンツの中が気持ち悪いってほどじゃないけど、確かに感じた。汚れちまった悲しみに!って奴だ。

スーツケースを取ってきて、サイファから借りた袋を広げてみる。


すごく、おっきいです。


アホじゃないの?3m×3m位ある。入れられる量を詰めたらどう考えても持ち上がる重さじゃない。確かに、入れられる魔物が多いのはいいけど、持っていくことをなんで考えないの?馬鹿なの?死ぬの?


袋の口を広げて、グロいオークの死体を四苦八苦しながら袋に詰める。口を広げる、オーク持ち上げる、袋に詰める、全部一人でやらなきゃいけないのが孤高の俺様の辛いところだな。って、本当に辛いよ!オーク重いし!試行錯誤すること5分。結局、俺ごと袋の中に入りながら、引っ張りこむことで袋詰めを完了する。


なるほど。こうやって入れるためにこんなでかい袋なんだな。

あーあるあ………ねーよ。


所持金的にもう一匹くらい狩りたいところだが、銃を一個消費してしまったので、もうその余裕はない。なんか異常に疲れたし。この馬鹿でかい袋を持って行くのは非常にだるいので、スーツケースからキャリーを取り出す。どう考えても、大きさ的にスーツケースに入るわけがないんだけど、入るし、出てくる。その出てくる時や入る時の見た目は、話に聞くLSDでもってラリってるんじゃないかと思う感じだ。サイケデリックアートってやつな。


スーツケースとオークの入った袋をキャリーに詰めて、街に向かう。もう今日は戦闘は懲り懲りなので、疲れた精神に鞭打って草原の魔物を避けながら帰り道を頑張った。


ポケットから、残り少なくなった口の空いたタバコを取り出す。限りある資源なので、なるべく吸わないようにしていたが、さっきスーツケースからキャリーを取り出す時にライターと一緒に取り出しておいた。

吸わなきゃやってらんない。

一本口にくわえて火をつける。思いっきり肺の中まで煙を吸い込むと、キューっと肺が歓喜の律動をしている気がする。あーこれこれ、このために生きてる。フーッと吐き出す煙。随分久しぶりだからか、ニコチンが頭に回ってクラッとする。んぎもぢいいいいいい。

脳細胞が死んでいく?肺気腫で将来息苦しく死んでいく?脳梗塞リスク?関係ないね!この一瞬の快感のためなら死ねる!あ、ちなみに肺ガンの原因になるってのはデマね。日本◯師会とかあんだけ肺ガンリスクってネガキャンやったのがガセだったって知ってNDKNDK!喫煙開始から肺ガンが発生するまでに5年から10年の時差が存在する(キリッ、じゃねーよ、ばーか。禁煙ファイ◯ーにどんだけお金もらったんですかー。そこんとこ詳しく教えてくださいよー。


横道に逸れた上、危ない話題はここまでにして、ちょっと不思議なことがある。無我夢中で銃を連射してたんだけど、何発でたんだ?日本でマガジンを確認した時は弾は13発。俺が撃った数は、10発以上だったのは確実なんだけど、13発以上だったかは覚えてない。でもやっぱりちょっと多かった気がする。うーん。装弾数以上に撃てる銃っていいよね?で終わればいいんだけど、今日確認した通り、やはりこの銃は俺の生命線。やっぱり詳しく調べないとダメだと思う。あと、銃声ってあんなに小さかったっけな。ガンレンジで撃った銃はもっと大きな音がした気がする。まだある。銃弾を自作できないのはわかってるんだけど、一応薬莢を集めとこうと思って銃を撃った場所を確認したんだけど、一つも見つからなかった。撃ってる間、上に飛び出すタイプじゃなかったから、下に落ちてると思ったんだけど。一応、飛び跳ねてるのかと思ってあたりも確認したけど見つからなかった。まあ、草も結構生えてたから紛れ込んで見えなかったっていうのもあるかもしれない。そこらへんも要確認だな。っつっても、P2000の方は弾がなくなっちゃったからどうすることもできないけど。おっと、いつの間にか無意識にタバコを吸って、もう残り少ない。体に悪いとはわかりつつ、もったいなくてフィルターギリギリまで吸い込んで、携帯灰皿に押し込んだ。


街に入るのは簡単だった。南門の時とは違い、冒険者ギルド証を見せたら、あっという間にオーケーが出た。ガラガラとキャリーを押して小走りで冒険者ギルドへ向かう。食用なら血抜きとかも必要だろうからね。早く解体してもらった方がいい気がする。俺はもう二度とオークのステーキなんて食べないけど。


朝のサイファの言葉を思い出して、ギルドの右横にある小道に入っていくと、成田の喫煙小屋みたいに、ギルドの建物から飛び出した小屋が見えた。

中では、忙しそうにスプラッターな光景を作っているミゼットが沢山。中には普通の人もいるけど、その数は圧倒的に少ない。ミゼットの分布割合がここだけおかしい。


「お、坊主じゃねーか。昨日の今日でいきなり討伐か?」


カウンターで暇そうに頬杖ついていたミゼットは昨日会ったケミットだったらしい。何度見ても、毛むくじゃら。


「はい。ここで解体していただけるって聞いたんですけど」


「おう。ギルドのカウンターの横は酒場も兼ねてるんであんま、血なまぐさいのもどうかってな。ここで討伐証明部位を受け取って、鑑札を渡してんだ。それをカウンターに提出すれば依頼達成ってこったな。どうれ、見せてみろ」


キャリーからオークの入った袋をケミットのいる台の上に置くと、周りから他のミゼットたちが集まってあっという間にオークを袋から取り出す。やっぱり、袋に入れたり出したり、一人でやる作業じゃないな。


「こりゃ立派なオークだな。お前さん見た目によらず戦闘技能持ちだったのか」


ケミットは台の上に飛び乗って、マジマジと息絶えているオークを見つめる。


「しっかし、どうやって殺したんだ?小さな穴が15個も開いてやがる。まー肉や魔石に問題は無さそうだから、200ディナールって所だな。解体手数料が1割だからー幾らだ」


「180ディナールですか?」


「おお、そうだ。お前さん、計算できるのか。思った以上に沢山技能持ってやがるな」


ひょいっと、乗っていた台の上から降りて、奥においてあったカバンから木の板とジャラジャラと硬貨を取り出す。


「ほい。銀貨1枚と大銅貨8枚だな。これがオーク討伐の鑑札だ。袋はどうする?一度洗浄に回すなら袋ぶんの鑑札も渡すが」


「お願いします」


「おう。んじゃあと、これだな。これを受付に渡せばギルド証の袋ぶんの記載を消してくれるはずだ」


硬貨と二枚の鑑札を受け取ったあと、お礼を言ってそそくさと解体小屋を立ち去る。こんなスプラッターな現場に居られるか!ケミットが精算に入ると、ミゼットたちが自分たちの背の大きさぐらいの刃物を持ち出して、オークの解体を始めていたんだ。赤がドパァッって弾ける映像を頑張って意識から消す。無理だよ!絶対これ夢に見るよ!さっき殺されかけた恐怖よりミゼットが大ナタ振り上げて肉が弾ける光景の方がよっぽど恐怖だから!せめて俺が外に出るまで待てないの?あんたの大ナタは血に飢えた魔剣かなんかなの?ばかなの?死んで!


喫煙によって少し上向いたはずのテンションが一気に急降下してブルーのままギルドの建物に入る。カウンターを覗くと、サイファが居ない。さすがに副ギルド長が常時受付に入るわけもないか。


「すいません、討伐完了の報告がしたいんですけど」


適当に空いてる受付に声をかける。

受付にいたのはまだあどけなさが残るラテン系の美少女だ。おお、意識してなかったけど、一昨日の狂気のオネーサン以来の美人さんだ。お目目ぱっちりで、左右の対称もほぼ完璧。でもこの子の年代だとラテンの血はまだ後2回変身を残してるからなー。10代美少女、20代普通、40代以降タダの豚ってのが普通にあり得るのがラテン系だから、結婚したアメリカ人の学友は詐欺で訴えるって吠えてたな。ざまー。まぁ、今は鑑賞にたえる美少女ってだけだからどうでも良いか。


「はい。解体小屋で鑑札は受け取っていますか?」


「はい。コレですね」


ギルド証と一緒にケミットから受け取った鑑札を渡す。


「確認できました。ランク外でオークの討伐が可能なんて凄いですね。では、ギルド証の更新と、討伐報酬を取ってくるので少々お待ちください」


やっぱり、おっさんに対応されるより美少女だよね。フツーのこと言ってるだけなのに心が癒されてる気がするわー。


「お待たせいたしました。こちらがオーク討伐報酬の100ディナール、それとギルド証をランクFに更新したものになります。袋に関しては、回収の鑑札があったので、その部分についての情報を更新してあります。再度必要になった場合は受付にお申し付けください」


ギルド証と、銀貨を受け取る。


「ヨシヒサさんはこれから正規ギルド員となります。この街以外のギルドへ移動することと、ランクアップの試験を受けることが可能になります。ランクアップの要項をヨシヒサさんは満たしてないので、まだ先になるかもしれませんが、頑張ってください」


「ありがとうございます。それと、今朝サイファさんから、この街の魔物などの情報が載ったガイドを販売してると聞いたんですが、お値段はいくらでしょうか?」


「はい。周辺討伐ガイドですね。冒険者の方にその都度ご説明をするのは大変なので、常時討伐依頼の詳細と、討伐対象の魔物や獣などの説明が簡単に書かれています。どうしても紙などを使っているので、1冊100ディナールとお値段の方が少しかかってしまいますが、ほとんどの方がご購入されますね。ご購入されますか?」


高いのか、安いのかどうなんだろう。大体1/3オーク。そういえば俺文盲だった。買っても意味ねーじゃん。


「あー、今はいいです。ちょっとここの文字が読めないんで」


「あ、畏まりました。それでは、またの機会に」


うっせーよ。あーかわいそうなとこついちゃった、みたいな顔してんじゃねー。なんだよまたの機会って。文盲の人間に、頑張って文字覚えてから買ってくださいねーって上から目線か!

いや、俺から地雷踏みに行ったんだけどね。わかってるけどさ。わかってるけどー!


「あははは。後他にも聞きたいんですけど、オークって適正ランクはどのくらいなんですか?」


「それも知らずに討伐に向かったんですか?西門の辺りですと、オークがE、ゴブリンと森狼がF~E、その他の獣がFですね。森の中は魔物が多数、グループを組んで襲ってくるので適正ランクはD以上となっています」


うわーマジかよこいつ。みたいな顔になってる。スンマセン。普通に殺されかけました。銃がなかったらFのウサギも満足に狩れないモヤシです。ホントスンマセン。生きててゴメンなさい。


ちょっと落ち込む。顔がキレーな女の子に幻滅されるのはクルもんがあるわ。


「他にご用はございますか?」


「いえ、特に無いです。ありがとうございました」


最後は和かに別れを告げて受付を離れる。朝が早かったのでまだ昼過ぎだ。もう一回討伐に向かうこともできるし、街中の依頼にチャレンジすることもできる。でも、離れたばっかの受付に戻るのもアホらしい。今日は色々心が折れる体験をしたから、ゆっくり過ごそう。街の中を探検するのもいいかもしれない。その為にはキャリーが邪魔だが、ここであの不思議スーツケースに入れてしまうと騒ぎになる気がするので、一回宿に帰るか、人気の無いところでしまった方がいい。


そうと決まれば、ギルドを出よう。



***


結局宿に帰ってきた。お昼の営業中だったので、声をかけるのもそこそこに鍵を受け取って部屋に閉じこもる。部屋に着いてすぐキャリーをスーツケースにしまった。何度見ても、スーツケースのモヤモヤは不気味だ。ライオットシールドなんかもしまってしまうと、すごく身軽になった気がする。


銃の検証をしてみる。リボルバーは日本にいるときに確認した時は一つ空きがある、5発だった。オートマチックの方は13発。しかし、解体小屋のケミットは15個の穴が開いているといっていた。数が合わない。ちょうど腕を打つなりして腕を突き抜けた弾丸がそのまま体に当たったとすれば考えられなくも無いのか?でも、夢中で連射してる時にどう考えても明後日の方に向かって撃っ他のもあった気がする。そうなると、やはり、入っていた銃弾以上の数を撃ったということになるが、そんなことがあり得るんだろうか。

あり得ないなんて事は、現在の状況やスーツケースを考えると、一概に言えない気がする。なにより、銃弾以外に弾が増えている可能性というのは俺にとってプラスでしか無い。そうであってほしい、と思いながらリボルバーを取り出す。もう一度、撃ち尽くす前に確認しといた方がいいかもしれ無い。シリンダーをずらして装弾数を確認しようとすると、最近見慣れ始めたものがそこにあった。

スーツケースでお馴染みの黒い靄。銃弾が詰まっているはずの穴には銃弾じゃなく黒い靄が詰まって、向こう側が覗けなくなっている。恐る恐る靄を突っつくが、スーツケースの時と同様に突っついた指には何も無い。

スーツケースと同じく、黒い靄に手を突っ込まないといけないのかもしれない。しかし、どうやって手を突っ込むんだ?シリンダーの穴はかろうじて指を突っ込むくらいの大きさしか無い。指を突っ込んでみる。指の太さで途中で止まる。変化なし。なんだそれ。

いかにも、何かありますよ!的な黒い靄のくせして、何しても無反応とか。

オートマチックのP2000の方を取り出す。マガジンを外すと、やはり、黒い靄がある。しかし、何か変だ。靄が薄い?というか、かすかに靄が残っている程度で、あると思って見なければ気づかないくらいかもしれない。

キーは黒い靄だろう。弾が入ってるはずのリボルバーにはしっかりとした黒い靄。入っていたはずの装弾数以上を撃ったと思われるオートマチックのマガジンには微かな靄。黒い靄といえばスーツケースだ。スーツケースには、リボルバー以上に濃い黒い靄が依然として詰まっている。

スーツケースからはこぼれ無いが、あくまで、触れば動く黒い靄なのだから、どうにかして写す事はできるかもしれない。この薄くなった靄が入っているマガジンですくってみる。

案の定マガジンの中には濃くなった黒い靄。

やっぱり俺様天才。これで、オートマチックがもう一度打てるようになったら、俺最強伝説爆誕!

そうと決まれば宿の中でひきこもってる場合じゃない。ギルドに行って袋を回収し、西門へゴーだ。はやくしろー!まにあわなくなってもしらんぞー!


***


そしてやって来ました、大草原。今回は実験なのでオークなんかの恐怖生物ではなく、朝、俺様の事をおちょくりやがったクソウサギだ。

周りを見ると、粗末な道具を持った同業者の少年少女達がウサギにおちょくられている。近接武器じゃなくて、弓で攻撃しているやつもいるが、どんな反射神経をしているのか、結構な近距離で撃った矢を飛んで避けているウサギまでいる。ちょっと何を見ているのかわから無い。まあいい。他人は他人。銃は弓とは違うんだよ弓とは。………違うよね?

朝と同じく、ウサギを発見し、歩いて近づく。奴らは畜生の分際で人間様を舐めきってやがる。5メートルくらいの距離になるまで我関せずで草を食み続けてる。ピーンと、ウサギの耳が立って、警戒を始めたのがわかった。朝の経験からすると、あと一歩進めば、同じ距離逃げて、あのクソ忌々しい耳の動きをするはずだ。しかし、今の俺は朝の俺とは違う。近接武器を持って、せっせとウサギの尻を追いかけてた坊ちゃんは卒業したのだ。腰のホルダーからオートマチックのP2000を取り出す。この俺の灰色の脳細胞が出した予測によればこの銃はリロードされた状態になっているはず。ウサギがこれ以上逃げ無いのをいいことに、ゆーっくり狙いをつける。くくく、何も知らずに草を食む畜生よ、今一度天に召されて、来世は畜生道からの解放を願うがいい。


心の中だけで情感たっぷりに語り尽くす。これで失敗したら憤死ものだからね。声に出すなんてことはしない。


パンッ


呆気ない音と反動を伴って、果たして銃撃は成った。視線の先のクソウサギは、狙い通り頭を撃ち抜かれてピクピク痙攣している。近づいて、耳を持って持ち上げてみると、弾が貫通したらしい反対側は、ちょっと表現できないグロさに破裂している。うっぷ。直視したことをかなり後悔。脳漿っぽい変な肉片を触らないように撃った場所からウサギの頭があった場所を直線で結んで、貫通したはずの弾があるはずの地面を探してみるが、弾痕がない。頭蓋骨かなんかで弾の軌道がずれたのだろうか。うーむ、謎だ。謎の黒い靄のおかげで謎の銃弾が撃てるんだから謎で全然いいけどね!謎バンザイ!おーし、この調子でウサギの虐殺パーティーだ!


夢中でウサギを撃ち、弾がなくなれば、バレないようにスーツケースを少しだけ開けてリロード。オークと違って軽いから、一人で袋に詰めるのも余裕だから、気分はもう、射的ゲーム。時間を忘れて虐殺をしてしまった俺はきっと悪くない。


見えづらいなーと思った時にはもう、辺りは真っ暗だった。たまーに集中力が爆発して時を忘れる事ってあると思います!だから俺は悪くないんだって。袋が重すぎて取り出したキャリーに乗せるのに馬鹿みたいに苦労したって、門が閉まってて、声をかけても門を叩いても全然応えてくれなくてちょっと途方にくれてたって、それでもきっと俺は悪くない。

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