銃と………
こんにちは、異世界
テキーラを10杯くらい一気にショットした後、タバコを一気に10本くらいチェーンしてバク転で50m走破したらこの位になるかな?
頭を裂け目に吸い込まれた瞬間に襲いかかってきた不快な感覚。頭がクラクラしていて、自分が立っているのか、倒れているのかすらわからない。唯一ある感覚は、キャリーをしっかり握っている掌の感覚だけで、次の瞬間には膝の力が抜けて腕の力だけでキャリーに縋り付く。ぐるぐると、天地が常にひっくり返ってるような感覚は体感で優に1分は続いた。後少し続いてたら胃の中身が逆流してたな。と、大きく息を吐きながら目を開ける。
目の前の景色は、太陽が燦々と降り注ぐ空港から、暗いへやに変わっていた。さっきまでの茹だるような暑さも、今は少し薄ら寒くなっている。足元には如何にもなザ!魔法陣があり、暗いのでよくわからないが、古そうな石っぽい壁に囲まれている。ヘンテコな時間停止の次は、瞬間移動ですってさ。理解不能な状況が続くと人間不思議と落ち着くんだね。また一つ賢くなってしまった。
「………ああああ!ついに、ついに私はやり遂げました!」
女の声?と、後ろを振り向くと、魔法陣の外に黒いローブ?を纏った人がいた。つうか、日本語を喋ってるけど、現代日本にこんな如何にもな魔法陣で瞬間移動や時間停止ができる人間がいる訳ない。日本じゃないかもだけどさ。あの裂け目はSFじゃなくファンタジーの方でしたか。警察官から銃をパクるんじゃなくて、コスプレショップか美術館から刀剣類をパクっといた方が良かったのかもしれない。
いきなり、訳のわからないことを叫ぶような人とはなるべくお近づきにはなりたくないが、事情を把握してそうなのは目の前にいるイタイローブの人だけっぽい。仕方なしに、あんまり刺激しないように喋り掛ける。あ、別に見えないように腰に取り付けたガンホルダーのリボルバーを握りしめるのは万が一の時の為だから、気にしないで下さい。
「あのー………」
「この力を持ってお父様、お母様の無念を!ついに………」
アハハハハッとちょっとトンじゃってる笑い声をあげる黒ローブ。
ああ、これはもう手遅れかもわからんね。
ちらっと見えた顔はそこそこ綺麗なラテン系っぽいオネーサンなんだけど、目とか血走ってるし、焦点とかも虚ろ。ヤバげなトリップしてるとしか思えない。本人が楽しそうで大変よろしいんですが、次の瞬間には、襲いかかられそうなんで、失礼しますね。って出来たらいいなぁ。
俺がここにいる事情は知りたいけど、それ以上にこの人と関わり合いたくない。
必殺、愛想笑いを繰り出しながらキャリーごとゆっくり、オネーサンから距離を取り始める。当然リボルバーはガンホルダーから取り出してる。いざとなったら正当防衛です。精神異常者にホールドアップなんて優しい声かけはいらないのです。
「お前!なにしているのです!」
後少しで魔法陣から出て、オネーサンから少し安全な距離を取れると思った時、オネーサンから鋭い声をかけられる。
なにってあんたから離れてるんですよ。見てわかりませんか?なんて正直な返答はしません。精神異常者に意味のある言葉は必要ないのです。
愛想笑いを継続して、魔法陣を出る。壁際に追い詰められてる状況ではあるんだけど、何より、いきなり襲いかかられるのを対処する為には距離が必要だ。キャリーを体の前に持ってきて、ガードにしながら部屋の中を確認する。やっと目が暗さに慣れてきて部屋の詳細が分かるようになってきた。
古びた石造りの壁に囲まれた、おおよそ20畳くらいの広さの長方形の部屋だ。窓はないから、地下かもしれない。部屋の真ん中より奥の方に直径2メートルほどの魔法陣があり、オネーサンの方の奥には重そうな扉がある。家具などはなく、全体的に埃っぽい。頼りない明かりはオネーサンの近くにある燭台のロウソクだ。
「お前はなぜ魔法陣から出られるんですか!聖刻の陣から悪魔が出れるはずが………」
悪魔ってなんでしょう。キリスト系の悪魔って言われたら否定できるか自信がない。七つの大罪的な意味で。仏教徒だもの、しょうがない。え?○価?ぼく、創○は学校の校則で禁止されてるから。
「悪魔って何ですか?」
「お前は………悪魔じゃないのですか?ああ、そんな。そんなはずはないのです」
この善良なイケメンを悪魔と勘違いするとか、ないです。
ゴメンなさい。イケメンとか言い過ぎました。でも、善良な小市民は本当です。
ブツブツと、また自分の世界に入り込んでしまったオネーサン。
ちょっと不安定すぎやしませんかね。逃げるチャンスを伺うけど、オネーサンが部屋のど真ん中に居座ってるんで、脇をすり抜けるにはちょっと距離が足りない。通れるんだけど、俺の安全的に厳しい感じ。
「あの、俺がもし悪魔だったら、何だったんですかね?」
なんとか正気に戻そうと、対話を続けるのも大事なのかもしれない。主にこのまま変なトリップがバッドな方向に行っちゃうと本気で襲いかかられそうな気もするからね。
「やはり、悪魔なのですね!私の望みを!憎きサランディア国王に復讐を!」
これは酷く人の話を聞かない精神異常者ですね。あ、普通の事か。
よく本に出てくる悪魔召喚的な話なんかね。メフィストフェレス的な。それに呼び出された感じな俺は悪魔?ないです。
「復讐ですかー。大変ですねー」
「お父様とお母様の仇を討っていただけるなら、代償はなんでも支払いましょう!」
「うんうん。わかりますわかります。両親の仇ならば、悪魔を召喚してでも果たしたいと思いますよねー」
なるべく刺激しないように話を合わせながら、じりじりと距離を詰める。脇をすり抜けてここから逃げ出すためだ。今までの話を聞く限り、さっきまでの不思議現象について、この異常者が原因にしても、こいつ自体理解してないくさい。ならば、付き合う必要性もない。だって異常が移ったら嫌だし。
「はい。サランディア国王は、卑怯にも不意打ちでお父様をっ」
声を詰まらせて、泣き崩れるオネーサン。チャンス!
「復讐、頑張ってくださいねー」
一気にカートを押してオネーサンの横を走り抜ける。
重そうな見た目通りにクッソ重たいドアを開いて潜り抜けた先には廊下。カートは成田の時とは違い、スイスイと動くのでそのまま持ってきてしまった。
「………アアアアアアアアアアア!」
俺の事を呆然と見送ったオネーサンだったが、俺がドアを閉めて廊下を走り出して暫くすると、獣みたいな叫び声をあげたのが聞こえてきた。とうとう精神にトドメを刺されちゃったんだろうか。
さようなら!人間のオネーサン!こんにちは!畜生のオネーサン!
でも、もう二度と会いたくありません!
廊下を勘を頼りに走り抜ける。
やっぱり、地下なのか、廊下にも窓はなく、ひんやりと湿った空気に包まれている。
ちょっと不思議なのは、廊下の所々に灯されている松明だ。地下だとしたら、こんなに火を灯してたら一酸化中毒は大丈夫なのか心配になってくる。
1分くらい走っていて、おかしいことに気づく。
地下だとしても、地上だとしても、1分間全速力で走り抜けられるまっすぐな廊下ってなんですか?立ち止まって背後を振り返るが、オネーサンは追いかけてきていないみたいだ。
息を整えてゆっくりと歩き出す。ガラガラとうるさいキャリーだが、これから先、どうなるかわからない現状、荷物を置いて行くのも怖い。
「にしても、どこなんですかね、ここ」
わかっているのは、日本語をしゃべるラテン系の精神のバランスがだいぶヤバ目なオネーサンが悪魔召喚をしようとする世界か。
どこだよそこ。何もわかってないよ。
日本で絶対にありえないとはいわないけど、成田でのあの変な時間停止と裂け目を通って瞬間移動してる時点で、真っ当な日本じゃないよね。
「とりあえず、行き止まりになるまで進んでみよう」
あのオネーサンの恐怖の再来はご免なのでとりあえず進むしかない。
***
何時間歩いたのか。いつの間にか動き始めている腕時計に気づいてからでも6時間は歩いた。
足が疲れるというより、気力が持たなくなってゾンビみたいな歩みになってるのが自分でもわかる。石造りだった壁はいつの間にか土の洞窟になり、一定間隔で壁に灯されている松明は気が遠くなるほど先まで続いている。
所々で背後を振り返るが、あの狂気のオネーサンは付いてきていない。
空腹が我慢できなくなってきた。
喉も渇いた。
荷物の中にはお土産として購入したちょっとしたお菓子と、ワインやらウイスキーが入ってる。お土産に手をつけるのもどうかと思うが、現状お土産を手渡すことができる可能性も低い。
「背に腹は変えられん」
スーツケースをキャリーから地べたに下ろす。
荷物を満載してクッソ重たかった筈のスーツケースは中身が空のように軽い。
キャリーを押している間も軽いなとは感じてたが、これで、中身が空なんてことはないよね。あるものとして考えていたものが、ない可能性が思い浮かぶと、今まで以上に、空腹と渇きがひどくなった気がする。
とりあえず、確認しなければ。
ジャンプロックを外して開く。
「なんじゃこりゃあ!」
スーツケースの中は、入っていたものがないとか、空、なんてレベルじゃなく、満載した荷物がそのまま黒い靄になったように詰まってました。
言ってる意味がわからないと思うが、俺にもわからない。
なんというか、体に悪そうな黒いドライアイスの煙みたいなものがスーツケースの両側いっぱいに詰まってるんだ。俺じゃなくたって叫んじゃうよ。
恐る恐る黒い煙を指でつっつく。
指先の感覚には何も感じなかったが、まじまじと触った筈の指先を見ても、取り立てて危険はなさそうである。
黒い煙の下に荷物がかくれている可能性がなきにしもあらず。
意を決して手を突っ込むと、不思議な感覚が脳裏に浮かぶ。
指先には、何の感触もない。でも、頭には何を取ろうか考えなくても、入っているものが点在しているかのようにわかる。言っている意味が俺にもわからない。
とりあえず、空腹を満たすため、母の好物のマカダミアチョコを取り出してみる。あれってハワイ土産の定番なんだけど、大体どこの空港でも売ってる。
指先の感覚はなかったのに、頭で取った感じのまま黒い煙から手を出すと、チョコの箱を掴んでいた。
指先の感覚は、当然掴んでいるのだから、掴んでいる感覚だ。黒い影の中では、なかった筈の感覚が連続的に影から出た瞬間掴んでいる感覚に変わっている。変わる瞬間がわからないから、脳が混乱した。
「いっつそーふぁんたじぃ」
包装を開け、何個か口に突っ込む。色々ありすぎて、オーバーヒート気味の脳に糖分が行き渡る。うーん、マーベラス。ついでに、ワインとオープナーのセットを取り出す。ロスの家から近いワインセラーのオススメの高級ワインとちょっといいオープナーのセット。兄の結婚祝いの予定だったが、まぁ喉が渇いてるんだから、ここで飲んでしまうのもしょうがない。
キュポンッ
とコルクのいい音とともに濃厚な赤ワインの香り。
味は最高。ワインセラーでベロベロになるまで試飲して決めた一品だから、当然でもある。正直、ラッパ飲みで飲むには勿体なさすぎる。
スーツケースを戻し、ちょっと不毛なんじゃないかと思いだしてきた歩みを再開する。
歩きながら考えるのはもちろん、スーツケースのことだ。
ちょっと、ついていけないくらいファンタジーすぎる。それを言ったら、今日の昼間からついていけない事態が連続してるんだが。
考え事に夢中になっていると、いつの間にか、通路の終わりが見えるようになった。
もう何時間歩いたのか気にしたくもない。走って行き止まりまでたどり着く。
行き止まりは石の壁だった。
「ふっざけんな!xxxx'xxxx!」
思わず大声で汚い言葉を叫んでしまっても俺は悪くないと思う。行き止まりには、大きな一枚岩が壁のようにはまって、道を塞いでいた。
叩いても、押してもびくともしない。そらそうだ。俺の身長以上の高さと手を広げた以上の横幅のある大岩が動くわけない。
動かないのはわかっていたが、蹴って憂さ晴らしをするのにも疲れて壁際にかがむと背中に違和感。
目立たないようになっているが、小さなレバーがある。
回しますか?回しませんか?
引っ張ります。
背中で押してダメだったのだから、とりあえず引いてみる。これ人生の真理ね。
変なテンションでいじくりまわしていると、カチッと何かがはまる感触。
期待通り、あんだけ押しても蹴っても動かなかった石壁が横にずれていく。
「おっしゃあ!」
歓声を上げるのはしょうがない。人間だもの。
石壁の向こうは結局また石造りの部屋だったが、上に向かう階段が見える。
苦節10時間弱にして俺は地下を脱出することに成功した。キャリーを持って上がるのは億劫だったが、スーツケースやらなんやらの荷物を個別で持つのももっと面倒だったのでもうひと頑張り。なんとか一気に持ち上げることが可能だったので、キャリーごと荷物を抱えながら階段を慎重に上がっていく。階段を登りきると、そこにあったのは崩れかけた神殿のような建物に出る。崩れた天井から見えるのは、ちょっと信じられないくらいの数の星と赤い月。
「ファッ」
そう。赤い月だ。
日本で比喩に言う黄砂やらなんやらのせいで赤味がかった月とは違う。完璧に紅色をした月である。
「ちょっとファンタジーが行き過ぎじゃないですかね」
お父さん、お母さん、そして兄ちゃん、うっすらと気づいてはいたけれど、ここは日本、っていうか地球じゃないみたいです。
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