銃とメイドと異世界生活

@Keshia

Prologue

7月の終わり。

久々の蒸し暑い日本の空気は記憶にあるものとは違い、まるで水の中を進んでいるかのようだった。


「暑いっていうか、じとい。これ、もう半分水中だって」


ロスにあるlaxから13時間。空調の効いた旅客機はもちろん、空港内もきっちり湿っぽい外気から隔離されていて、到着ゲートの近くにある自動ドアまで感じていた郷愁の念は一瞬にして掻き消えた。


「夏に日本になんて帰ってくるもんじゃない。一年で一番過ごしにくい季節に帰ってくるとかもう、死ねばいいのに」


「しょうがないでしょ、義弘兄さんが結婚するんだから。結婚式を欠席するなんて不義理は許しません」


俺の横でこのクソ暑い中でも、涼しい顔で睨めつけてくるこいつは、実家の隣に住む佐川涼子。所謂幼馴染というやつで、俺がオギャーとこの世に生まれててからこっち、一昨年高校を卒業するまで常に俺の人生につきまとってきた俺の金魚の糞だ。

話に出た義弘っていうのは俺の不肖の兄で、この夏、高校から8年越しの大恋愛の末、結婚を決意。一ヶ月後に挙式を控えた新郎様だ。できちゃった婚だと俺は睨んでいるが、両親にしろ、兄も否定している。

自己紹介が遅れたが、俺の名前は戸倉義久。狭っ苦しい日本の教育に嫌気がさして、一昨年からアメリカの大学に進学していて、兄の結婚式を機に3年ぶりに日本へと帰ってきた。


「とりあえず、タバコが吸いたい。15時間も強制禁煙なんて世の中間違ってる」


ごそごそとポケットを漁り、少し潰れたタバコを取り出す。

アメリカに渡ってから覚えた悪癖だが、家族や友人関係にはすでにバレて隠す必要もない。


「こら!そんなとこで火つけるな!ここは禁煙です!」


「はぁ?禁煙って、外だぜ?」


ちょっと意味がわからないです。

涼子は道の先にある看板を指差す。そこには赤くno smokingの文字。まあ出入り口近くだからわからなくもないが、アメリカ、というかロスで建物から出た瞬間にタバコに火をつけるのが習慣になっていた身には辛い。主に面倒臭くて。

ひとつ心の中で舌打ちしながら、しょうがないので出入り口から横に5メートルほど歩みを進めてライターに火を灯す。


「こらー!なにやってんの!禁煙って言ってるでしょ!タバコ吸うなら喫煙所に行きなさい」


「喫煙所ー?」


周りをよく見ると自動ドアの横にsmoking areaの文字の横に矢印がプリントされている。矢印の方向には空港の建屋の端に引っ付いた小さな小屋。


「まさか、アレか?」


ただでさえただっ広い成田の空港敷地内である。周りには駐車場に向かう向かう人がちらほら見受けられるだけで、その喫煙所とやらの周りには駐車場に向かう道なんかもないので、其れこそ人っ子一人いない。


「何がしたくて小屋なんて作ってるのか意味不明すぎる」


それこそ、灰皿ひとつ置いておけばそれで良さそうなものなのに。


「副流煙とかあるんでしょ?」


「副流煙を気にする前に、排気ガスのほうを気にして下さい」


その喫煙所を利用する喫煙者の副流煙よりも、その小屋分を作るために出た排気の方が地球にも人間にも悪影響です。

これだからマスゴミに踊らされる愚民はダメだな。と心の中だけで悪態を付いて、小屋に向かう。 ニコチン中毒者としては、付帯する面倒よりもニコチン摂取の方が大事だから、仕方ないよね。


****


「それで、車はどこに止めてんの?」


15時間ぶりのニコチン摂取によるヤニクラと、時差ボケ、睡眠不足の三重苦で少しふらつきながら、涼子の元に戻って来る。

到着ゲートで迎えに来た涼子ただ一人だったので、当然電車移動になるものとして考えていた俺を、ここまで引っ張ってきたのはこいつだ。運動神経皆無のくせに生意気にも自動車免許を取ってここまで運転してきたらしい。


「確か、あっちの方だったと思う」


歩き出す涼子を追って、クソ重たいスーツケース乗っけたキャリーを引っ張る。お土産だなんだと、増えてしまった荷物を乗せたキャリーはちょっと気をぬくと、あっちへこっちへ勝手に移動しようとする。


「ちょっと待て、勝手に行くな」


いうことを聞かないキャリーに四苦八苦しながら、慌てて涼子を追いかけようとすると、


ーーーーガガッーーーー


無線の音のような機械音が後ろから聞こえた気がした。

タバコを吸っている間に、駐車場につながる出口付近は無人になっていたはず。その間、自動ドアが開くこともなかったので、不思議に思い、後ろを振り返るがやはり何もない。気のせいにするにははっきり聞こえてきたので、首を傾げながら周りを見渡すが、やはり誰もいないし、不審なものは何もない。


「何してんの?」


立ち止まってこちらを振り返る涼子に今のなんだ?と問いかけるが、こいつには聞こえていなかったらしいく、人の頭を心配してくる。気のせいにするにははっきり聞こえていた気がするんだが、これ以上気にしても仕方がない。気のせいにして、憎らしくニヤニヤ笑っている涼子に天誅を下さんとした時、


ーーーーガガガッガガッーーーー


先ほどよりも強烈に、今度は音とともにキーンと頭の奥に鋭い痛みが走って、思わず頭を抱える。

「おい、涼子!今度は聞こえただろ!」


ズキズキとまだ痛む頭に手を添えて涼子の方を見ると、時が止まったかのように、先ほどの格好のまま微動だにしない涼子の姿が目に入ってくる。


「おい、こら。冗談にしても笑えないぞ」


嫌な予想が頭の中をグルグルと回ってうまく思考がまとまらない。


「おーい、もしもーし。こら!いい加減にしろって」


返事がない。ただのしかばね〜。懐かしいゲームのフレーズが思いつくだけ、俺の頭はまだまともだと信じたい。

先ほどの頭痛と、まだ治ってないヤニクラのせいだろうか。気づくとさっきまで聞こえていた、蝉の鳴き声や車の騒音なんかも聞こえなくなっている気がする。


「涼子さーん。いい加減にしないとセクハラするぞー」


嫌な考えを認めたくなくて、ちょっと声が震えていたかもしれない。超常現象はテレビと本の中だけで充分過ぎる。よく見ると、涼子の瞼はずっと開きっぱなし、瞬きしていない気がする。いや、でも、1分やそこら瞬きぐらい我慢できる。音が聞こえないのも偶々周りの状況が無人になってるだけで、蝉も息継ぎぐらいしたいんだろう。こうなったら我慢比べだ。今更謝ってきても、おねだりに応えて買ってきた、そこそこ良いブランドの香水も渡してやらん。

10秒、20秒、と止まったままの涼子を見つめながら我慢比べを続行する。暑さが原因じゃない嫌な汗が出てくる。


***


5分たった。そろそろ認めるしかないかもしれない。流石にこのまま我慢比べと自分に言い訳をして、突っ立っていても状況が変わらないのは理解できた。慣れた、とも言う。


「とりあえず、確認の為だ」


静かすぎて、不気味な雰囲気をごまかすため、わざと声に出しながら、固まったままの涼子に近づく。自分でもわかるくらい屁っ放り腰で涼子の頭を叩いてみる。

ふっつーの感触だ。長年叩き続けていた感触と変わらない。なんかの不思議パワーで固まっている、というわけではないらしい。頭を叩いた衝撃で、涼子が売れないお笑い芸人のような変な体勢で固まっているが気にしない。

右手にした腕時計を見ると、秒針はしっかり止まっている。こんなジャストタイミングで電池切れ、なんかじゃない限り、止まっているということで良いのかもしれない。


「涼子だけじゃなく、時計も止まっている。なのに太陽は忌々しいくらい元気に照ってるし、涼子も動かそうと思えば、動く」


光だって突き詰めれば波だ。時間が止まったとすれば、光の波だって止まるわけだから、目が見えている現状の理解ができない。時計はただ単に電池切れで止まっていただけで、時間が止まったわけじゃないんだとしてもおかしい。俺がしっかり地面を踏みしめることができてる時点で重力がなくなったわけじゃ無いんだから、慣性的に移動中の車がどっかにぶつかるか、空の鳥がおっこってくるか、どっちかじゃ無いかとおもうんだが。


「結論、意味不明理解不能が天元突破」


一先ず、落ち着こう。今更禁煙場所での喫煙なんて咎められることも無いだろう。

タバコを取り出し火をつけて一服。あーこの瞬間のために生きてるわ、俺。ニコチンでこんだけハイになれるんだから、今度コロラドとか行ってウィードにチャレンジしてみるのもいいかもなー。法律をぶっちぎるつもりは無いから学友に誘われても断ってたけど、興味が無いわけじゃ無いし。

もう現実逃避の方向が明後日に向かってるのは自分自身わかってるんだが、どうしようも無い。

ゆっくりたっぷり時間を使ってタバコをを呑み終わる。愛用の携帯灰皿に火種を押し付けたところで、また先ほどの雑音が聞こえてきた。


ーーーーガガガッガガッガガガガッーーーー


今度は頭痛も伴わ無い。でも、この感じ、どっかで聞いたことある音なんだよなぁ。ああ、周波数の合ってないラジオだ。そう思いつくと、あの雑音も人の話すフレーズに聞こえなくも無い。

うーむ。たぶん、この音が原因だって考えて間違いは無いだろうね。ここで立ち止まっててもしょうがないので、原因を探すために一番最初に聞こえてきた場所に向かおう。


***


あったよ。これでもかっていうくらい怪しいのが。

最初に聞こえてきた場所にあったのはなんというか、裂け目。光ってて、向こう側が見えなくなってるけど、裂け目としか表現できない何かが空港建屋に続く自動ドアの前に存在してる。


ーーーーガガガガッガガガッガガッーーーー


やっぱり、さっきからの雑音はここから聞こえてくるみたい。しかも、何やら音が大きくなってきてる気がする。SFといえば映画。映画でこういう時は、モンスターが出てくるってのがハリウッド的お約束。こういう場合、無防備に立ってるのは非常に心許ない。やっぱり、最初の遭遇者は悲劇的に蹂躙される可能性が高いからね。お約束的な意味で。

そうなると、何か武器を手に入れておきたいわけなんだけど、周りにあるのはスーツケースとお土産の入った袋、それらを積んだキャリーくらいなもの。スーツケースは重いし、振り回せるならそれなりに衝撃はあるだろうけど、ひ弱な俺には無理すぎる。なので、何か無いかと周りを見渡すと交番が目に入ってきた。

あそこならアレがあるだろう。ハリウッド的リーサルウェポン、銃。エイリアンだってブチ殺せる。ハリウッド的な意味で。日本の警察が持ってるのはニューナンブだっけ?口径小さそう、よく知ら無いけど。たまに友人とガンレンジに遊びに行くくらいしか銃に対する知識は無いけど、それなりに射撃は上手いって褒められたから、そんなんでも貧弱な坊ちゃんである俺が肉体を使うより攻撃力があるだろう。

ダッシュで交番に向かうと、中には丁度制服を着た警官が停止中で書類に向かっている。

腰には思った通り、銃の入ったガンホルダー。なんかもう、異常な状況に釣られてハイになってるからか、自分でもどうかと思うくらい大胆に、止まっている警官の腰からガンホルダーごと銃を奪う。やっぱりリボルバー式の銃で小さい。アメリカのガンレンジで初心者の時に撃ったのと同じくらいだ。スイングアウトのシリンダーだったのも一緒。大丈夫、撃てる。確認すると、弾数は5発。あれ?警察の銃って一発目は空砲とか聞いたことあったけど、どう見ても実包。うーん、でも5発じゃ少し心許ない。他に何か無いかと奥を除くともう一人の警官発見。当然のごとく銃をいただくと、こっちは自動拳銃だった。使い方はわから無いけど、何個か撃ったことはあるので少しいじれば撃てるようになるだろう。

交番内部を少し漁ると、色々出てくる。テレビで警官隊が持っているような盾と、警棒をみつけ、ありがたく拝借することにする。お礼の言葉と共に交番を出て、裂け目の前に来ると、先ほどまでと同様、壊れたラジオのように雑音を流していた。


「さて、こちらの準備は万端だ!来るなら来い!」


裂け目から少し離れた花壇に身を隠して、リボルバーを構える。

構える。

………構える。


10分経っても何も起こら無い。

依然として、裂け目は耳障りな雑音を流しているが、何かが出てきたりする様子は無い。

さて、やることがなくなってしまった。

とりあえず、掌の汗を拭うと、タバコに火をつける。

落ち着くにはこいつが一番。

モワモワと中空に浮かぶ煙に向けて、吸い込んだ煙を吐き出しながら、もう一度考え直す。


目の前にある裂け目がこの不思議状況の原因であることは、ほぼ確実だろう。随分時間が経ったが、変化の無い状況からみて、目の前の裂け目をどうにかし無い限り、元に戻ら無い気がする。ハリウッド的に何か化け物系が出てくるのかと思ったが、どうやらそんなことも無いようだ。だが、依然として裂け目から聞こえてくる雑音は、雑音のまま。


うーむ。あの裂け目は出入り口じゃなく、置物みたいなものなのかもしれない。

横に所在なさげに置いてあるスーツケースを積んだキャリーに目が行く。こいつを突っ込ませて安全性を検証してみよう。


慎重に狙いをつけてキャリーを勢いよく押し出す。

結構なスピードで裂け目に進んでいったキャリーだったが、先ほどまで運ぶのに四苦八苦していた通り、裂け目の手前で方向を変え俺の隠れているのとは反対の花壇に突っ込んで止まった。

もしここが無音の状況でなくても、ビミョーな沈黙が流れそうな気まずい雰囲気を無かった事にしてキャリーの方に回り込む。

さっきは安全策で遠くからやりすぎたのが失敗だった。それこそキャリー分の距離を置けるわけだから、もっと近くから試してみれば良かったのだ。

自分の新しい案にウンウンと自画自賛しながらキャリーを押して裂け目に近づく。

あと少しでキャリーの先端が裂け目に触れそうになるところまで来て、勢いよくキャリーをぶつける。

と、期待した衝撃はなく、そのままキャリーは裂け目をすり抜けて、その向こうの自動ドアに突っ込んでいく。強く押し出したキャリーはこんな時ばっかりガラスに一直線。いくら訳のわからない状況で、拳銃を奪うような犯罪を犯していても意図しない器物破損の未来に、慌ててキャリーを止めようと手を伸ばす。

何が悪かったのか、思った以上に勢いがついていたキャリーは止めようとする俺の体を慣性のままガラス、その途中にある裂け目に向かって引っ張った。

キャリーが素通りしたはずの裂け目は俺の手が触れるやいなや、吸い込むように俺の体を引き寄せる。引き寄せられる力に抗いながら裂け目の向こう側を覗くと、キャリーの手すりを無我夢中で掴んでいる手は裂け目を突き抜けたまま、中空にある裂け目の中心に向かって中程から曲っちゃいけない方向に曲がっているのが見えた。


あ、これはやばいやつですね。ぼく、だいたいそうぞうできてました。


幼児退行してそんな事を思った瞬間、俺の体は裂け目に吸い込まれた。

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